

図3
「夕涼み図」
。応挙40歳頃の作品です。描かれているのは、三井総領家の4代目 三井高美(たかよし)
と伝わります。高美は応挙のパトロンだったわけですが、この無防備にくつろぐ姿からは、高美にとって応挙は心許せる存在でもあったことを窺い知ることができます。絵の右端には高美作・書と思われる「さつぱりと はらひはてたる まるはたか さそやすゝしく世をわたるらむ」の歌が入っています。
応挙の絵の中でよく知られているのが、「足のない」幽霊の絵です。 図4
に 「幽霊図」
の代表作の一つを示します。応挙40歳代の作です。江戸時代の国学者・ 藤井高尚
(1764-1840)は、その著書の中で次のように記述しています。
図5「元旦図」
。作年代は不詳です。正装した男性が初日の出を拝しています。元旦の静粛な雰囲気が伝わります。回りの景色も日に照らされて明るいはずですが、描かれていません。日の出で太陽が顔を出した瞬間は眩しくて、それまで見えていた回りの景色が一瞬見えなくなるという経験はないでしょうか。応挙は、人の眼に感じる日の出を描いたのかも知れません。
図6「波上白骨座禅図
」。天明期の作ですから、50代前半の作と考えられます。波の上で白骨の人体が座禅するという特異な画題です。仏教的な寓意が何かあるかも知れませんが、人物を描く場合、裸体に服を着せるという考え方で描いた応挙ですので、さらに突き詰めて、骨格を描くというところまで入り込んだのかもしれません。「解体新書」が刊行されたのが、応挙が42歳のとき。応挙は解剖学も学んだといわれています。【若冲と応挙】#56 付録4 若冲と同時代… 2021/10/29 コメント(4)
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