




今までは全部動植物の絵の比較でした。応挙は動植物以外に、風景画や人物画も多く描いたのに対し、若冲はほとんど風景画や人物画を描かなかったので、比較する絵が動植物の絵にならざるを得ないためです。若冲の絵への向き合い方が 大典顕常筆「寿蔵碣銘」
に記されていることを以前の回で紹介しました。 「では何を描くか。雲の上を飛ぶ麒麟や中国故事人物は実存しない。月代頭(さかやきあたま)の日本人を描くのは嫌である。日本の山水も描くほどのものはない。」
風景や人物は端から描く対象として考えていなかったのです。とはいうものの若冲は辛うじて、肖像画の形で人物画を遺しています。 図3若冲「蒲庵浄英像」
。黄檗僧・蒲庵浄英の肖像画です。対して 図4応挙「江口君図」
。出来栄えという点では応挙の方が数段上回っていると言っても過言ではないでしょう。もともと若冲は人物画が好きではなっかたし、得意でもなかったのでしょうが、お世話になった知己の肖像画だけは描かざるを得なかったのでしょう。【若冲と応挙】#56 付録4 若冲と同時代… 2021/10/29 コメント(4)
【若冲と応挙】#55 付録3 応挙年譜 そ… 2021/10/25
【若冲と応挙】#54 付録3 応挙年譜 そ… 2021/10/23
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