ワルディーの京都案内

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2026/08/08
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テーマ: 京都。(6369)
カテゴリ: 京都研究
伏見稲荷大社とその周辺の「お滝」について その6
ワルディー・ヨーリョ

11.新たに発見した2つの「お滝」
 第6章の地図に記載された「お滝」で、どうしても見つけ出せなかった「お滝」がある一方で、現地踏査を重ねる中で、記載されていない2つの「お滝」を発見することができた。
 1つは「お山巡り」裏参道の入り口近くの 「間力教会」 「間力滝」 である。現地取材で、間力教会は昭和28年創建で、現教主で2代目であり、「お滝」は、その石鳥居に彫られているように昭和57年に建設されたものであることが分かった。尾根筋にあるので水流は水道水とのことで、お滝群の中で最も新しい「お滝」であり、唯一水道水を使う「お滝」である。
 もう1つは、日蓮宗 宝塔寺 境内の 「たつみ滝」 である。すでに廃滝になっており、石碑で昭和25年に建設されたものであることが分かる。幸いにも、境内を掃除されている地元の檀家さんにお話を聞くことができ、この「お滝」はある熱心な信者さんの寄進によって造られたが、近くに学校(当時の立命館高校)が建設された後、水流が弱くなり、約20年前に廃滝になったとのことである。
図1




12.歴史の中で名前の変わっている「お滝」
 古地図などのリストを再掲する。


②松岡貞次郎「伏見稲荷神社御山獨案内」(1913)
③吉田初三郎「伏見稲荷大社境内名所図会」(1925)
④中村風祥堂「伏見稲荷参拝図」(推定昭和初期)
⑤伏見稲荷大社編「続・お山のお塚 参拝経路図」(1966)
⑥深草稲荷保勝会「伏見稲荷大社付近名所案内図」(2001)
⑦北尾鐐之助「近畿景観 第三編 京都散歩」(1934)


 上記の地図に記載の「お滝」のなかには、、歴史のなかで、名前が変遷しているものがいくつかある。前出の 「不動滝」 「岩龍滝」 がそうである。

 それ以外では、 「末広滝」 「七面滝」 の間の「お滝」がそうである。 図2 に示す。



では 「新熊鷹新」 となっており、 では 「三光滝」 はあまりデフォルメされていない地図であることから考えると 「熊鷹新滝」 は現在の 「御劒滝」 と考えられる。一方、 では、隣接する2つの「お滝」からの距離が記載されており、ちょうど中間に位置することから、こちらの 「三光滝」 も現在の 「御劒滝」 の地図は両方とも、1913年に発行されているので、正式名と通称といったように、複数の呼称があったと考えるのが妥当であろう。その後、所有者が替わるなどして 「御劒滝」 という名称になったとのではなかろうか。ただ、 「御劒滝」 の管理者の方は、 「熊鷹新滝」 「三光滝」 の名前は聞いたことがないとのことであった。

 もう1つは 「清滝」 上流の「お滝」で、 では 「荒滝」 では 「笠杦早瀧」 、③では 「初音滝」 ④では 「清明滝」 となっていてる (図3)



現存の「お滝」の名称は 「清明滝」 である。 「清明滝」 は伏見稲荷大社社領にあり、かつ伏見稲荷大社が直接管理する2つの「お滝」のうちの1つである(もう1つは 「清滝」 )。これについては前出の文献 「朱」36号 の「 稲荷山のお塚についての覚え」 に、昭和9年に 「初音滝」 を改修して 「清明滝」 と改称したとあるので、 「初音滝」 が同じ場所で 「清明滝」 となったのは間違いない。 「荒滝」 「笠杦早瀧」 も同じ場所にあったのかどうかは不確かではあるが、「お滝」に適切な場所は自ずと限られてくるので、同じ場所で 「荒滝」 「笠杦早瀧」 「初音滝」 と変化していったと考えてもいいのではなかろうか。


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最終更新日  2026/08/08 08:34:36 AM
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