ワルディーの京都案内

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2026/09/03
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テーマ: 京都。(6436)
知られざる伏見稲荷大社 その3

「3」 のエリアをご案内します。

知られざる伏見稲荷大社 フィルードワーク ルート図





3.楼門
 一番鳥居から二番鳥居の方向に歩き、二番鳥居を潜ったところに 楼門 があります (図1) 。 重要文化財 に指定されています。

 天正17年(1589)に 豊臣秀吉 が母親 大政所(おおまんどころ) の病気祈願をしたときの祈祷料で建てられたものです。そのときの、いわゆる “命乞いの願文” (注1) 。昭和48年の楼門の解体修理で、願文の年次と同じ「天正十七年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。また、神社の楼門の規模としては最も大きいものに属します。

(注1)

 楼門の左右には 「随身(ずいしん・ずいじん)像」 (「随神」とも)と呼ばれる人形が1体ずつ安置されています (図2) 。随人は、平安時代の「皇族」や「官僚」を警護する警備兵あるいは武官です。稲荷大社を守護するために安置されています。 向かってか右側 の像が口を開けた 「阿形(あぎょう)」 で 年配者 の姿をしています。本殿側から見て右側なので 「右大臣」 とも呼ばれます。 向かって左側 の像が 「吽形(うんぎょう)」 で、青年の姿をしています。本殿から見て左側なので、 「左大臣」 とも呼ばれます。両方とも弓矢を持っていますが、何故か 向かって左の方だけ「矢大臣」





 「大臣」とはいうものの、天皇に直接仕えて政治を司る右大臣、左大臣とは異なり、前述した「皇族」や「官僚」を警護する警備兵あるいは武官です。ひな祭りの雛段の、右大臣、左大臣も同じです。もし、天皇におつきする右大臣、左大臣であれば、位が高いですから、三人官女より上の段に来なくてはなりません。

 どんどん横道にそれます。 「うれしいひなまつり」 という サトウハチロー 氏作詞の童謡があります。その3番の歌詞にこの随身が登場します。「金のびょうぶに うつる灯(ひ)をかすかにゆする 春の風 すこし白酒(しろざけ)めされたか あかいお顔の 右大臣 」。となっています。しかし、ここに間違いがあります。顔が赤いのは、向かって右側の年配者の 左大臣


図3 雛壇の左大臣、右大臣



 楼門の前には、一対の狐像が置かれています (図4) 。狐は稲荷大社の御祭神と誤解する方も多いようですが、稲荷大神のお使い (眷族<けんぞく>) です。稲荷大神の眷族が狐となった由緒には諸説あります。稲荷大神が食 物の神=御饌津神(みけつかみ) であるので、やがて 三狐神(みけつねかみ) と書かれるようになったという説、 狐が米を食い荒らす鳥獣を追い払う からだという説、 狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ている からという説などがあります。 向かって右の狐像は 玉 、向かって左の狐像は 鍵 をくわえています。稲荷大社には、玉鍵の信仰があり、「玉は 稲荷神の霊徳の象徴 で、鍵は その御霊を身につけようとする願望 である」ともいわれます。また、鍵は 稲蔵の鍵 という説もあります。この2体の狐像は明治13年(1880)に寄進されたものだと伝えられており、それ以前はごく普通の狛犬像だったようです。江戸時代の境内絵図には狛犬像が多く書かれており、狐像が増えたのは近代になってからのようです。江戸時代までは、 愛染寺 (後述)が境内にあって、狐に乗った 荼吉尼天(だきにてん )を祀っていましたが、その愛染寺が明治維新の廃仏毀釈で破却されたことと、明治になって狐像が増えたことは関係あるかもしれません。境内には狛犬像も残っています。

 さて、この「玉」と「鍵」は、花火が上がったとき 「たまや~」 、 「かぎや~」 と歓声をあげることと関係しています。今の奈良県五條市の花火師であった弥兵衛(やへい)は稲荷信仰をしていて、後に江戸に出て、万治2年(1659)日本橋に店を構え、狐がくわえる鍵から屋号を 「鍵屋」 としました。後の文化5年(1808)、鍵屋の番頭が暖簾のname="insertImg" />れん分けで両国上流に開業し、やはり狐くわえていた玉から着想を得て 「玉屋」 という屋号をつけました。お店はともに繁盛し、両国の花火大会では、両国橋を挟んで両店が花火を上げ、どちらの花火屋の花火なのかを紹介するためもあって、「たまや~」、「かぎや~」と川面で叫ぶようになったといいます。「鍵屋」は今に至るまで15代続いています。
境内にはこれ以外に 「稲穂」 「巻物」 をくわえた狐像も存在します (図5) 。「稲穂」は稲荷大神がもともと 五穀豊穣 の神であることに由来します。「巻物」は 知恵 を象徴しているといわれます。

 楼門付近から見える現代的な建物についても言及しておきましょう。

 1つは駐車場の南に建つ 「参集殿」(図6) です(現在では取り壊されて駐車場になっている)。昭和38年(1963)竣工の年代物の建物です。稲荷大社のホームページでは「食堂・喫茶」としか紹介されていませんが、実は宿泊もできます (図7) 。ネットの予約サイトには登場しない穴場です。宿泊だけですが3,500円強です。以前は 「お山巡り」 やそこで修行をする全国の信者さんで混雑したのでしょう。時代の変化を感じさせます。建物の古さに拘らない、あるいは昭和レトロの雰囲気を楽しみたい方にはお薦めかもしれません。コインロッカーも100円と安価です (図7-2) 。


図6 参集殿



図7 参集殿の部屋



図7-2 参集殿のコインロッカー



 もう1つが、 八芒星 の形をした 「儀式殿」 です。昭和43年(1969)の竣工です。その名から分かるように、結婚式場として建てられましたが、今は一部が社務所として使われているのみです(現在は解体済み)。 棟方志功 氏奉納の壁画 「七大星韻図」 (7作品)があり、今は額装され、「京の冬の旅」など特別公開の際に順繰りに公開されることがあります。





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最終更新日  2026/09/18 09:16:47 AM
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