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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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現在の四国地方は有数のみかんの産地です。
はたして『土佐日記』にはみかんについての記述があるでしょうか。
『古今集』の編者の一人でもあった紀貫之。
土佐守として4年を四国の土佐でおくっています。
今でいう県知事といったところでしょうか。当時は任命制ですが。
日記が書かれたのは承平4年、934年のことです。
内容は、四年の任期を終えて、国守の館を12月21日に門出してから、2月16日夜京の自宅に帰るまでの毎日の様子をかいた旅日記です。
今なら電車やバスを乗り継いで半日もかからないでしょうが、当時は天候による足止め、送別会などもふくまれていますが、55日間もかかっています。
その中には残念ながら、みかん(橘)についての記述はありません。
まだみかんの産地ではなかったでしょうし、みかんの花の季節とは反対の時期のためでもあったとおもいます。
しかし梅についてはありました。
難波から淀川をのぼって行く、その途中で、2月9日に渚の院というところを通ったとのことです。そこに次のようなことが書かれています。
『(渚の院の)背景には松の木があり、中庭には梅の花が咲いていた。
そこは故在原業平中将が、有名な歌を歌った所とのこと、
世の中にたえて桜の咲かざらば春の心はのどけからまし
私も、いま今日にあって、そこにあったように、似た歌をつくった、
君恋ひて世を経る宿の梅の花昔の香にぞなほ匂ひける
と歌いながら、都の近づくのを喜びつつ川をのぼった』と。
以上、残念ながらそれだけで、
みかんについての記述はありませんでした。
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