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農民連と有坂哲夫冊子
私はこれまで20数年、みかん畑の雑草の草刈りをしてきただけの農夫ですから、二つのことは、その農業論の中身はよくわかりません。
1、農民連の長谷川敏郎会長の参議院での6月23日の参考人陳述、
2、有坂哲夫さんの『農業再建にどう近づけるか』冊子、ですが。
しかし、そんな草刈りしか知らない私ですが、
それでも、よくわかった点があります。
1、有坂哲夫さんは、2021年に退職されるまで日本共産党の農漁民局長などを務められてきた農業問題の大御所なんです。
この冊子では、日本共産党の綱領の確立に際しての、すなわち1958年の第7回党大会の綱領報告の紹介から入っています。戦後の農地改革の大変動の内容をどうとらえるべきか、その変化の結果、農家の人たちの置かれた課題・問題はどの様であったのか。そこから始めて、1974年には農業を「基幹的生産部門として位置づけ」て、現在に引き継いでいることを紹介しています。
この1958年の報告を見ると、農地改革により基本的要求を実現した農民運動は、政党の一党支持の問題などもあり、バラバラになり農家の運動は衰退していってしまっていること、事態の打開のためには、農家の要求に基づいての自主的な運動が必要だと、問題提起をしています。
2、それから32年が過ぎて、1989年に農民連(農民運動全国連合会)が結成されました。
有坂さんの冊子には、第7章に、さりげない1ページに、農民連結成の流れとその意義が語られています。
私など思うんですが、小作農が一般的だった農家が、要求実現し600万の小自営農民かわって、言ってみれば中小企業の社長さんです。この人達がまとまるというのは、言うは易し行うは難しだったと思うんです。しかし、1989年に農民連が結成された。
小林節夫著『まもれ 日本の農業・食料』(1989年刊)、その第5章「国民合意の運動」に、その結成の時の様子が紹介されています。
3、これを読むと、戦後80年の農民運動の歴史が、その苦労が伝わってきます。
ようするに、農民連は農家の要求を基礎としたナショナルセンターなんです。
フェイスブックで会長の「長谷川敏郎」さんを見ると、それがわかります。
この6月23日には、「主要食糧法改定案」問題で、参議院の農林水産委員会で参考人として発言されてます。
島根県で、今現在も、お米と牛の、実際に農家を営んでおられる方ですよ。
その方が、フェイスブックを見るとわかりますが、全国の農家の要求を背負って、国会と全国の農家の間を飛び回って、発言をしつづけているんです。これはスーパーマンですよ。
草刈りしか知らない私などは、その要求発言が持っている中身を知ろうとしているんですが。
4、このことは、どういうことか。「農民連」=共産党じゃないかという人もいますが。
私などが見るのに、有坂さんたちも含めて多くの政党人も、この農家の運動体ができるのを応援したんです。そしてそれらの力もあって農民連ができた。
それは、独自の、独立した農家の人たちの要求運動の組織なんです。
しかし、その要求は国民的な共同の性格のものでして、一党一派の従属物といったものじゃないんです。農家の要求という基盤があるんです。
私などは、この間に一つの体験をしました。
今年の2月8日に神奈川県の小田原方面で、中・晩柑橘の雪・凍害の問題が発生して、この問題に対してどうしたものか、集中的に問われました。
このことを通して、その基本問題を体験しました。
「そんな要求するなんてことをするのは共産党じゃないのか?」など、水掛け論も出てきます。私なども、日常のなかに気がつかなかった、ある種の偏見や誤解があることも体験しました。
しかし、私などは全体として感じました。
そこには戦後80年の間に日本社会が歩んできたところの、縮図のようなものあると。
戦後の民主主義というのは、実社会のなかでは、当初は建前論だったかもしれません。
しかし、様々な具体的な体験をとおして、農家にとっても、その尊厳を一歩一歩、具体的につかみ取ってきた問題だし、新らたな事態の中でつかみ取らなければならない新たな問題として発生してきている。
じつは、そうした一つ一つの問題というのは、国民のそれぞれにとっても、それぞれがちょっと形を変えてぶつかっている共通問題なんだということ、それが今という時の課題なんだと感じている次第です。
この二つの発言問題が提起していることですが、それを理解するということですが、
これは、だてに戦後の80年が過ぎてきたわけではないということです。
それらすべてを無にして、泣き寝入り、「長い物には巻かれろ」といったことが押し付けられる、それにへいへいとして従うとなどは、だれしも出来ないし、そこには国民としての権利の自覚がかかっている問題だと思います。そんなことを感じさせてくれる二題でした。