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雨の多い今年の9月、みかん園の草刈り秋分の日が過ぎましたが、小田原のみかん園ではヒガンバナが咲いています。今年の9月は雨の日が多いい。少なくとも15日間は雨です。センダン草や葛が、雨水を受けて、どんどん繁茂してきます。雨しずくが消えないことには畑に入れませんから、この秋は、草刈りの時間が限られていたわけです。二週間前くらいに草刈りをしたところも、ごらんのとおりです。木周りの草刈りをした置いたから、みかんの木がわかるんですが、草刈りしてなければ、みかんの木は雑草に完全に埋もれちゃっていたでしょう。秋晴れにより、みかん果実は黄色く熟しだしますから、みかんの美味しさは、太陽の恵みですから、これからの秋晴れに期待するところです。しかし、その成熟を待ちかねているものがいます。農道にせり出したみかんがイノシシに食べられてました。昨日の夕方に帰るときは何でもありませんでしたから、昨夜から今朝にかけての仕業です。みかん園の入り口も、イノシシが鉄柵を押していました。Jピンで下を止めてあったから、何とか突破を防ぎましたが、みかんが成熟しだすと、イノシシがそのみかんを狙って畑に侵入しようとしてきます。どちらがみかんを採るか、攻防戦が始まっているわけです。11月文化の日あたりが、早生みかんの収穫を開始しだす時期なんですが、まだ秋晴れの少ない今年は、みかんの成熟の時は、果たしてどうなるでしょうか。しかし、それまでには、みかん園の全体を、草刈りしておかなければなりません。9月も下旬ですが、今回の草刈りですが、先週、援農の方が応援してくれたので、木周りだけでなく、その周囲の草刈りが出来ていました。今回は、その続きで、奥の方の草刈りをしました。とりあえず、木に巻きついているクズを剥がして、木周りを草刈りすることしかできませんでしたが。今回はここまでした。次回に来た時に、草刈りを予定している畑です。みかん小屋の後ろ側の斜面です。ここも、以前に草刈りをしておいたところですが、みかんの木が雑草に埋もれています。みかんの収穫の時期に入る前に、あともうひと頑張りが必要だということです。
2026年09月27日
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お米とポテトチップスで今の農業を探りますみかんの草刈り作業でへとへとになると、疲れた体に、塩気のきいたポテトチップスとビールが必需品でした。コンビニに並ぶポテトチップスをみると、おそらく多くの人がそうなんでしょう。しかし、私などは遅すぎる目ざめなんです。アメリカのイラン侵略で、資材不足のため、「包装袋が白黒になる」とのニュースでポテトチップスというものを知った次第です。100円くらいの手ごろな価格で、疲れた体に塩気のきいたおつまみは、美味しいし助かるじゃないですか。つい最近になって、そのことを知りました。ところがです。今、そのポテトチップスが大問題になっているんですね。農民連の新聞「農民」の9月21・28日付は、「アメリカ産の生ジャガイモの輸入解禁を許すな」との特集になっています。どういうことか。もともとジャガイモは、ゆでてマヨネーズでも、カレーライスにしても、日本の家庭の必需品です。これまでは、国産のジャガイモで、十分にまかなわれていたんですね。ところがアメリカの輸入せよとの要求です。そのアメリカの圧力で、2006年からポテトチップスに限って輸入を認めた。現在、4万トンの輸入しているそうです。ところが2020年からアメリカは、ジャガイモを日本が全面解禁するよう要求しだした。小麦とか、大豆とか、グレープフルーツとか、前例があるわけでして。日本政府はアメリカの圧力に、戦後一貫して弱腰なんです。TPP問題が典型ですが。しかしジャガイモにはシロシストセンチュウとかいう害虫がいるそうで、鳥インフルエンザで何十万羽の鶏を処分したように、同じようにアメリカのジャガイモ産地ではこの菌を防ぐために問題なそうなんです。アメリカの農家は広大ですから、これまでもその余剰作物を日本に売りたがっているんですね。この「農民」新聞の特集では、北海道のジャガイモ生産者の声が紹介されています。また、農民連の食品分析センターの八田所長の、分析の模様が紹介されています。ポテトチップスを食しだした私などとしては、これはいまの日本農政の無責任な政治のもとで、大問題の一つだということです。もう一つあります。お米の問題です。消費者を混乱させ、農家を畑じまいに追い詰めている、日本国民の主食・お米の問題です。私などは、みかん栽培をしているものですから、お米農家の状況はよくわからないんです。しかし、昨今の農政は、「私はお米を買ったことがない」なんて人物が農水大臣をしていたわけですから、消費者にとっても生産者にとっても、ケセラセラの政治です。ましてや、今回の台風25号の被害は、これは千葉県ですが、その前は熊本県です。新潟だって線状降水帯の被害にあっている。私などは、この6月に農水省交渉を経験しました。2月8日の神奈川の小田原方面での柑橘で、マイナス7.9度の凍害発生で、この問題で農水交渉に参加する機会があったんです。その時の農水省の姿勢は、激甚災害の指定をするかどうかと、収入保険を利用してほしいと、この二つしかなかったんです。このことの一点張りだったんです。被害の報告があれば、国はこの二点において支援を審査するとのことでして、目の前に起きている自然災害の災害被害者にたいして、それをどう救うかなんて姿勢はない。「まだ県からは報告がありませんから」と。お役所仕事の典型的な姿を見させてもらいました。そんな太平天国な事態ではなく、農家は悲鳴を上げているというのに。しかし何かやってい感だけは、そうしたポーズだけは示すんです。が、まったくの現実事態は他人事でした。「貴重なお話を聞かせていただきました」というだけです。これが今の農政の現実の姿なんです。被害者は、霞が関くんだりまでゆく余裕はないんですが、しかし要求しないと、いやいくら要求しても既存の施策を適用するか否かを判断しようとしている役人のお役所仕事が相手ですから、馬耳東風なんですが。しかし、それでも要求しなければ、何もなかったことになって、ただ「大変なんですね」というだけなんです。私などは、これを体験した以上、今回のポテトチップスと、お米をめぐる問題において、今のいい加減な政治に翻弄されないように、めちゃくちゃに無責任政治を変えるためには、何が必要か。この問題を探っていくようにします。
2026年09月26日
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マルクス『フォークト君』第4章「テヒョーの手紙」マルクスの『フォークト君』をご存じでしょうか。ME全集の第14巻に1860年2月から11月に執筆し、1860年に刊行されたものです。全体は12章もあって、P357からP708と、351ページもあって長いんです。私も、まだ全体は読めてはいません。私などは、この雨の多く降った9月に、繁茂してくる雑草の草刈り作業に追われている身ですから。とても、この冊子をとても簡単に通読するなんてことは出来ません。しかし、第4章「テヒョーの手紙」については読みました。だいたい、なんでマルクスの『フォークト君』か? ですが。一、そこには、私なりにですが、大事な問題があると思っているんです。その第4章「テヒョーの手紙」には、マルクスのこんな言葉があります。「フランスおよびドイツの社会主義ないし共産主義とドイツ哲学のごったまぜ、これが当時の「同盟」の秘密教義だったのだが、われわれはそれにたいして容赦のない批判をあびせ、それに代わるものとして、ブルジョア社会の経済構造の科学的認識を唯一の確実な理論的基礎として提示し、最後に、なんらかのユートピア的制度の実施が問題なのではなくて、われわれの目のまえでおこなわれている社会の歴史的変革過程への自覚的参加こそが問題なのだ、ということを平易に説明したのであった」(P420)と。これは、言うまでもありませんが、社会主義者・共産主義者の、社会に臨む基本的な態度ですよね。そのことが、解釈としてではなく、マルクスの肉声として語られているんですね。この基本を再確認するわけですが。二、一つに、なぜそれがそれほどの問題なのか、との点ですが。マルクスは『資本論』を1867年に刊行していますが、その前の1859年に『経済学批判』としてある程度まとめて刊行しようとしていたんですね。それがなぜ中止になったのか。『資本論』の刊行は、1859年の時点で試みられたんです。しかし中止した。何故か?もちろん当時の出版社の都合もあったでしょうが、しかしそれだけではない。基本的な問題は、この『フォークト君』をまとめる作業に取り組む必要性が発生したんですね。1844年からの研究を15年ぶりにまとめようとした『経済学批判』の仕事を中止してまでも、この『フォークト君』をまとめて対処することが、何よりも一番の必要になったんですね。フォークトからくわえられた誹謗と中傷にたいして、「共産主義者同盟」の理論と運動の名誉(科学的な道理)を明らかにすることが、その当時の社会には大事な優先的課題となったんですね。三、私は以前に、マルクスに『フォークト君』の著作があることくらいですが、知っていたんですが。それは、杉原四郎氏の著作『マルクス経済学の形成』(未来社 1974年刊行)ですが。そこで、P70-71ですが、初めに紹介した基本姿勢が、「最後に、なんらかのユートピア的制度の実施が問題なのではなくて、われわれの目のまえでおこなわれている社会の歴史的変革過程への自覚的参加こそが問題なのだ、ということを平易に説明したのであった」この箇所が紹介されていたんです。ようするに、1970年代の半ばに、先人にとって基本の問題として、紹介していたということです。杉原四郎氏については、去年の2025年7月13日のブログで紹介しました。杉原四郎著『マルクス経済学の形成』(未来社)を読んで | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ経済史の研究者で、この本はマルクスの経済学のあゆみを知る上で、私などにもわかりやすく紹介してくれていたので紹介したんですが。杉原氏の恩師は河上肇の弟子なんだそうです。日本の経済学者の流れにおいて、先人の努力が引き継がれているんだなぁと、私などには感じさせられました。ところで最近、志位和夫さんが『自由な時間と『資本論』』(新日本出版社 2026年1月30日)をだされましたが。そのP33の注で、こんな意外なところで杉原四郎氏の名前が出てきました。マルクスの『資本論』草稿で、搾取時間の短縮の意義を説いた匿名のパンフレットがあるそうですが、マルクスはそれを評価していたんだそうですが、そのパンフレットの匿名の著者がディルクという人であることを突き止めたのが杉原四郎氏だったとのことです。意外なところで、ひょっこりとその名前が出てきましたが、杉原氏の経歴の紹介でその仕事を大まかに知ると、「なるほど」ですね。四、さらに、私などは、あらためて「テヒョーの手紙」を読んでたんですが。そして感じている点ですが。マルクスが『ドイツ・イデオロギー』でまとめようとした唯物史観ですが、その後マルクスはこの思想をどのように生かしてきたのか。『哲学の貧困』から、『共産党宣言』、その後の「新ライン新聞」と、1860年までに至る努力の過程について、マルクスがここで紹介しているんですね。この唯物史観の理論をどのように適用するのか、そこ為にはどのような努力が必要なのか、こうした問題を、マルクス自身がこの第4章「テヒョーの手紙」で説明しているんですね。それはのちのちマルクス学者による勝手な解釈や憶測といった本が、今でも氾濫しているわけですが、そうした中で、ここでマルクス自身が、その仕方を紹介してくれているわけです。その点で、マルクスの方法に関心のある方は、その理論を生かそうと思われている方は、是非ともこの「テヒョーの手紙」を一読されることをお勧めする次第です。私などは、ここにはマルクスの今にいたる生きた精神があると感じているんですが。ようするに、是非、『フォークト君』第4章を、一読されることをお勧めする次第です。
2026年09月26日
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台風25号の被害は、周りでなかったでしょうか私なとの八王子・鹿島は大丈夫でしたが、小田原のみかん園はまだわかりません。現地を見れるのは、明後日の9月24日(木)ですから。はっきりしているのは、台風25号で大雨が降ったこと。今年の9月は、秋晴れが少なくて、行くたびに雨降りがかかわりました。クズやセンダングサなどの雑草だけは大喜びでのはずです。繁茂を想像するだけでも、その草刈り仕事を思うだけでも、くたびれます。日本は台風銀座ですし、このところいろいろな自然災害が各地で発生しているでしょう。神奈川県の小田原でも2月8日にマイナス7.9度の柑橘凍害が発生しました。初めてのことですが、6月9日に私などは、霞が関の農林水産省へ出かけて、災害支援を要請しました。この交渉の経験からして、私などは危惧しているんです。国の農水行政というのは、災害救助法と収入保険が災害支援の柱なんですね。したがって、自然災害の発生にたいして、その制度を適用するかどうか、それを判断することを仕事としているんです。目の前に起きた事故にたいして、どのような支援をするのか、ということではないんですね。わかりますか、まさにこうした姿こそが、お役所仕事の現実の姿なんです。そうしてみると、いかにも事態を知っていそうで、なにか一生懸命に対策を打とうとしているかのような報道がされる面と、実際に現実に打たれている手当との間に、大きなギャップがあることを、見せつけられた6月の農水省での交渉でした。「収入保険に一般の白色申告者も入れるようにしてほしい」、これが私など農家の要請なんですが、゛のれんにうでおし゛で、「規則で青色申告者が資格にだ」と、まったくの馬耳東風でした。しかし、このことは、農家の苦難に寄り添って、その直面している問題を、一緒になって打開するすべを探りだす、それが国には、国の行政はに求められていると思います。しかし、実情は現場の悲鳴に対して、まったくの馬耳東風なんです。国は「県からの報告がない」、県は「市町村からの報告がない」、その市町村は農協だよりです。農協ができるのは、農協組合員のなかで農協に出荷をしている人しか、わからないわけです。これでは、被害の実情については、実際の事態が誰にもわからないということです。農家は、被災して悲鳴を上げているんですよ。熊本、千葉、北陸、青森、福島、等々、各地で起きている被害の実際をつかみ、それに有効な支援対策をはかる、その当たり前なことが、実際はどうなのか。本体200億円、管理費を入れれば数千億円の偵察機、軍備費を無駄にすててるわけですから、「お金がない」なんてことは、政権担当者は絶対に言えないはずですが。それでも、抱き着き外交に出かけて行っています。一体、実際には、何を話し合っているんでしょうかね。
2026年09月22日
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イランの侵略戦費は380億ドル(5兆8900億円)この秋は、8月から雨が多くて、みかん農夫は草刈りしたくても出来ない。みかんの美味しさは太陽の恵みですから、これからの秋晴れに期待しているんですが。そうした中、どかの新聞で気になる記事を見ました。「アメリカのイラン侵略戦争の戦費は、8月1日で380億ドル(5兆8900億円)。戦闘が続けば、月に4600億円を追加していかなければならない」そんな記事でした。その記事をどこで見たのか。いつの日だったのか、どの新聞だったのか。わが家のシッチャカメッチャカのごみ屋敷のなかを、ひっくり返して探したんですが。ありました。さもありなん、『赤旗』でした。その9月17日付の一面でした。これを探しだすのが、それこそ大変だったんですが、それを見つけてすっきりしました。しかし、中身は重要です。アメリカの議会予算局が9月15日に発表したそうです。アメリカ帝国主義が、一方的にイラン侵略戦争をはじめてからこれまで、8月1日時点で、その戦費は380億ドル(約5兆8900億円)担っているとのこと。7月と同様の規模で戦争を続ければ、月に30億ドル(4600億円)の追加が必要だということです。これって、なんと馬鹿な無駄遣いをトランプ政権はすすめているか、と思いますよね。だって、国内は、たいへんな生活苦難にあるじゃないですか。もちろん、トランプや軍事産業は、儲けが入ってウファウファしてるでしょうが。「戦争を始めるのはたやすいけれど、どのように終結させるかは大変なんだ」これは、一般に歴史がしめし、日本のアジア太平洋戦争でも、しめしたことです。しかし、これは他人事ではありません。今の日本が、ミニ・トランプ路線で、同様の道を自民・維新政権が進んでいますから。それはアメリカ人民がかかえている問題と同じです。マスコミが、圧力のもと報道されることの少ない中で、今の政治進路をつかんで、平和・民主の憲法を捨てて、国民の暮らしを捨てて軍事大国化に進むとの、実態をつかんで、自分たちでも出来うることを、勇気をもって、「この道はおかしい」との意思を明確にして、流れを変えることです。この記事ですが、チラッと見ただけでしたが、ごみの中から必死に探しだそうとしたのは、そのテコになると思ったからです。ぜひ、この記事を確かめてみてください。どうしたらこの流れを、本当に変えることが出来るのか。
2026年09月21日
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八王子市鹿島での市政懇談会東京・八王子市鹿島で、9月19日(土)、共産党鹿島後援会の主催で「八王子市政についての懇談会」が開かれました。先に八王子市議団が提出した2027年度「八王子市への要望書」(12課題85項目)について、望月しょうへい市議からその全体の紹介がありました。広い八王子の、その片隅の鹿島に住んでいると、八王子の市政というのは遠い存在でして、なかなかその全体的状況がわからないんですが。今回共産党市議団(5名)がまとめて提出した要望書を見ると、そしてこの説明を聞くと、八王子市政の今の状況が少しずつ見えてきます。参加者は、要望書への質疑をするなかで、日ごろ自分たちの感じている要求について、八王子市ではどのうな扱いになっているのか、質問や意見とともに要望が検討されました。一つは、高すぎる国民健康保険料です。八王子市は三多摩26市で一番国保料が高いんです。二年前でも平均家庭、四人世帯で収入400万円の家庭で、国保税は584,900円です。当然悲鳴が寄せられているのに、八王子市は毎年、毎年国保料を上げている。一般会計からの繰り入れを周辺の自治体は支援しているのに、八王子市はゼロの現状です。市民からの支援してほしいとの要望は、八王子市議会で否決されている事態なんですね。ですから、このおかしさに、もっとみんなで大きく声を上げるべきだ、と。国や都に国保財政への支援を求めるとともに、八王子市としても支援策をはかるべきだ、と。二つ、広い八王子で、地域の公共交通(「はちバス」)の運行利便を充実させる問題です。この10月から「はちバス」の路線は二つ増やすけど、毎日から週3回の隔日運行に減便されます。なんたって八王子は広いですから、買い物にしても、通勤通学にしても、通院にしても、暮らしに直結する問題です。トップダウンでへんなバス路線を押し付けられ、「利用客が少ないから廃止だ」なんてことになったら、とんでもありません。地域から市民の要求を明確にして、要望にこたえる公共交通の改善するように、声を上げなければ、と。参加者の要求は、切実で多岐にわたってました。しかし、これまでは、なかなかこうした懇談の機会がありませんでした。一般の生活者の人たちは、個人的な手探りするだけで、どうなっているか知らないし、あきらめちゃっている、それがいまの鹿島の全体的な状況なんです。こうした懇談会のもっている役割、開催を努力している意義がみてとれます。参加者からは、「シルバーパスの更新する9月末の時期だけど、はちバスの券も、あわせて手続してもらってきたよ」と情報と実物を紹介してくれる人がでてきたり、「八王子市政への共産党市議団の要望書の明確さが良くわかりました」「共産党市議団は『さすが!』と、心強く感じました」と、など、いろいろな感想がよせられました。次回は、10月10日に鹿島松が谷後援会として「八王子市政学習会」の開催を予定しています。主題は同じようではあっても、時、所、参加者の顔ぶれが広がります。今回よりもっと広い地域によるものですから、多彩で大きな要求が出されるだろうと思います。
2026年09月20日
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ゴーヤ料理をいただきました9月13日の沖縄の県知事選は、残念な結果でしたが。しかし、県民の暮らしは、歴然としています。そのたたかいは、ここの現実をも踏まえ、ここから本当のたたかいが始まります。それはともかくとして、沖縄といえばゴーヤですが、いまはそのゴーヤの季節です。収穫された立派なゴーヤをつかった料理を、本日いただきました。東京の農家の方の作、ゴーヤチャンプルと、ゴーヤの佃煮です。ゴーヤは、形の似たキューリなどと比べると、独特の苦みの癖があるんですが、しかしそれは、暑い夏場の疲れをいやしてくれる健康食材なんです。暑い沖縄の気候の中にあって、ゴーヤが大切にされてきたわけがわかります。それにしても、県民の民意をゆがめるフェイクニュースが、それが沖縄にこの選挙で、湯水のようにふりまかれた。その9割がたの発信が本島からのものだったとのことのこと。そうしたことが指摘されています。それが事実であるなら、これは、誰かが、かなりの資金をもって、かなりの組織をもってしなければできません。それが事実かどうか、けっしてうやむやにしてはなりません。もしそれが事実なら、かくれた黒い連中が、この選挙結果を牛耳っているわけですから。しかしそれは最近の選挙では、けっして今に始まったことではありません。あちこちの、これまでの選挙でも、そうしたことが見え隠れしていた。それがとことん究明されずにきていた。それが、今回は、日本政治の大焦点で問われているわけで、しかもそれは、日本だけのことではないわけでして。これを機会に、国民が、自らの権利を公正に守ろうとするなら、この問題は、一時的な噂話にすますことなく、悪事をしている連中を、けっして見過ごすことなく、とことん、その真相を究明することがもとめられています。たんに感覚的な問題ではないんです。印象の問題ではないんです。ものごとの真実を究明するということは、たとえその相手がダレであっても、どんなごまかしをしていようとも、許さない。真相の究明というのは、正義と貫くということは、アブのようなもので、その悪事を究明する力というのは、とことんしつこいんです。曖昧な、だらだらした言い逃れといったものは許さないんです。そうした国民の真の力というものが、問われているわけです。
2026年09月18日
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沖縄県知事選は残念でしたが9月13日の沖縄県知事選。「木が沈んで石が浮く」、残念な結果でした。デニー候補をはじめ、沖縄県の未来を拓く方たちの、この間の努力に敬意を表します。私などは、東京都民の一人ですが。東京も、かつて革新都政がつぶされました。そのため都民は、今もそのつけを、はらいつづけてはいるんですが。どうして沖縄で負けたのか、どのような県政にかわるのか、これから分析され見えてくると思います。しかし、わたしなど都民の一人として思うのは、沖縄の県民は素晴らしい、かつて本土復帰を実現した力が、今回の選挙結果にも示されている。それは、東京よりも、京都よりも、大阪よりも、大きいんじゃないですかね。それは、沖縄が直面している現実の問題、苦難が大きいからですが。選挙の結果によっても、それは少しも変わりません。東京都民も、革新都政の敗北から、新たな戦いをすすめているわけで、沖縄の人たちも、同じように、新たに戦いが求められているわけで。これは、日本政治の基本を変えるという、共通の問題であるわけです。アメリカの人民も、あのトランプ王様を変えるたたかいをすすめているわけです。沖縄県民と日本国民の障害がどこにあるのか、選挙に負けたことで、それがいっそう明確になってきています。この障害物をどのようにして取り除くのか。ほんとうのたたかいは、ここから始まるということです。
2026年09月14日
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政治は動かせる-小田原の柑橘災害での経験私などは神奈川県小田原のみかん園に、草刈り援農に通っています。今年の2月8日に大雪とマイナス7.9度の凍害が発生しました。普通ウンシュウミカンは12月に収穫を終えてましたが、湘南ゴールド、レモン、甘夏などの中・晩柑橘は、ほとんどが破棄でした。農家にとっては、これはかなりのダメージであるわけです。一、災害が発生した時、農家は深刻な事態を見ては、右往左往でした。神奈川で凍害が発生するなんて、40年ぶりくらいでしょうか、現役世代は知らないわけです。大きな深刻な被害なんですが、神奈川県小田原地方の、いわばローカルな災害ですから、地方紙の片隅に乗っただけでした。農民運動全国連合会(農民連)は、それは大事な問題だと、新聞「農民」の記者がきてくれて、現地の農家を取材してくれました。4月13日付の「農民」にリアルな被害の様子が報告された。ここからこの災害が、深刻な問題として社会的に知られるところとなったんですね。私なども直後に、農協に問い合わせたんですが、「災害があったらしいけれど、誰からも言ってきていない」とのことでした。問題が客観化する上で、この新聞がリアルな被害の事実を伝えたことは、大きかったと思います。二、この災害の発生に農民連は、政治に対して、4月末に神奈川県の農政課と、5月6月には国の農水省に対して、農家への支援を要請しました。県の態度は、「災害から日がたっているから、いまさら調査はできません」と。農水省交渉では、「青色申告が入っている収入保険が支援策だ」と。この目の前で起きている災害に対して、話を聞いてないし、支援としては青色申告者が入れる収入保険が支援策だというだけ。ようするに、荒い目のざるのような収入保険があるというだけで、「たいへんですね」というだけで、具体的な災害支援に一向に動こうとしないんですね。国の政治は、激甚災害対策とか、限られた人しか入っていない収入保険の柱以外には、策はないし、新たな動きをしようとしないんですね。農家の人たちが、「あんな所に行っても無駄だよ」とつぶやいているのが聞こえてきます。しかし、災害にあっている以上、その事態を把握し、支援の手立てを探るというのは、政治の責任です。三、小田原市に動きがありました。6月議会で、3名の市議が、立憲、共産、自民の市議会議員の方たちが、質問で取り上げてくれた。共産市議は、現地に入って農家の状況と要求を聞いて、代弁してくれた。自民市議は、当人自身がみかん農家ですから、悩める事態を紹介していた。こうした中、市長が8月25日の記者会見で、収入保険への加入促進事業として、青色申告者を対象に、最高で一戸3万円、30戸までと、90万円の補正予算を提案したんですね。9月9日に市議会の建設経済常任委員会がひらかれ、この議案の質疑が行われました。小田原には青色申告者は500軒がいるそうですが、そのうち、今現在、収入保険には20軒が加入しているとのことです。四、このことから私などが感じることですが。1、災害にあった人たちは、それへ対応で精いっぱいです。農家の実情は、同じ小田原在住者でもわかってないんですね。農協は大事ですが、農協に出荷している組合員しか被害の調査はできないんですね。農協に出荷してない農家はわからない、ましてや農協組合員以外の農家のことはわからないんです。市は、その農協の調査に乗っかって対策を検討している。県はその市からの報告にもづいて「考えようとしている」?。国は、各県からの報告に基づいて「考えようとしている」。「考える」ということは具体的には何も動かないということですが。これがこの経験から見えていることです。2、農民連の役割は大きいですね。ただちに農家の災害被害の様子を社会に明らかにして、動きにくい農家の人たちを助けて、政治・行政に対し、支援策を要請しているんですね。この補助の協力がなかったら、なにごともないことになってしまいます。農家は、日々の家業が大変なんですが、それだけにとどまっていたら、こうした災害時になすすべがないということです。ほったらかされるということです。3、私などは、「政治は動く」ということを、今回体験しました。議員の人が、議会で取り上げてくれてこそ、政治の場で問題になる。国民・農家の要求は、政治の場で、行政マンの力もかりて施策提案の形に仕上げてこそ、実際に政治は動くということです。農家や国民が、要求を声としてあげなければ、そもそものところ、何も動きはおこらないということです。だれしも忙しい身ですが、要求を言ったからといって、即それが実現出来るわけではありませんが、言わなければ何もなしです。100言っても、そのうちの5しか実現できないかもしれません。しかし、言わなければ、何もなしです。それと、農家・国民に寄りそってくれ政治家が大切です。みんな議席欲しさから、口先では調子のよいことを言うんです。しかし、本当に頼りになる代弁者は誰なのか、この政治不信が蔓延している中でも、誰がよりましなのか見極めていくことが大切だと、私などは、今回の経験から感じています。大事な結論です、ようするに、もしもこれらの条件がそろうなら、政治は動かせるということです。
2026年09月12日
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ポテトチップスー「ブルータス、お前もか!」私などは、みかん畑の草刈り作業で疲れた体に、塩気がきいていて、ジャガイモ加工のポテトチップスは、100円くらいですから、おつまみとして必需品だったんです。ところが、今、それが要注意だっていうんです。今、トランプが、アメリカ産のジャガイモを日本に対し「門戸開放せよ」の要請があるってんです。コレラじゃないですが、ジャガイモにともなう危険な病源菌があるそうでして、それを防止することが、アメリカ国内はもちろんですが、今、世界で問題になっているんだそうです。ところが、この日本は。トランプに媚びを売って、抱き着きついている姉ちゃん首相です。トマホークを買えといわれれば、イエス。沖縄の辺野古建設にも、普天間の居座り事態にも、イエス。アメリカのお米の輸入も、国内農家を切り捨てて、どんどん拡大です。核兵器の廃絶も、いまや世界の人々が危惧しているのに、肝心な日本政府はまったくの枕詞でしかない。すべてはアメリカのトランプが要請するままに、すべて、なんでもイエス、イエスです。なんじゃこれは、国民サイドではそれですが。しかし、それが今の日本の現実です。これって、政治のトップの頭が、外務省の組織する外交が、ようするに政治・社会体制の代表するとしている頭が、日本の政治の基本が「対米従属」の現実にあることでして。そのなかにいると、日々の日常で問題を感じにくいんですが、外から日本を見ている世界中の人たちにとっては、「なんじゃこれは」です。日本の世間の一般からしても、世界の見識からしても、見なされているのが今の日本の政治の実態です。今日は金曜日ですが、明後日の9月13日は沖縄県知事選の投票日です。これは、今の日本の縮図です。沖縄県民の歴史的な悲願にたいして、その日本国民の平和・民主の戦後の基本に対して、それに対して、お金と組織力でねじ伏せようとするよこしまな輩がいます。その連中との、沖縄戦知事選は、歴史的な一大決戦なんですね。金の力が勝つか、そとも、平和・民主の歴史的な道理が勝つのか、の別れ道です、そこが問われています。私などは、ポテトチップスを、安全・安心に食べさせてほしい、それだけなんですが。しかし、ここ明後日の沖縄県知事選挙においては、今の日本の基本問題が問われている。この私などのレベルの思いではなくて、日本の基本が問われているわけでして。はたしてどちらが、市民の支持を得るのか、そこに今の日本の基本が問われているわけです。
2026年09月11日
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鰺坂真著『科学的社会主義の世界観』の紹介数日前ですが、私は、鰺坂真著『科学的社会主義の世界観 社会と生き方を見つめて』(新日本出版社 2002年9月刊行 1700円)を読みました。私なりにこの本は、科学的社会主義の哲学、社会観を紹介した傑作だと思います。日本共産党中央委員会が発行している月刊誌に『月間学習』がありますが、それに2001年8月から2002年6月に連載された11回分をまとめたものだそうです。これまでに、科学的社会主義の世界観、哲学というのは、それこそたくさんの作品があると思います。このテーマは、大事な基本的な問題であり、共産党に所属する人はもちろんですが、哲学や科学にかかわる人にとっては、意識すると否とにかかわらず、問われているわけです。なかなか一般生活には問題にならない、抽象的な問題-哲学です。しかし大事な問題です。誰しもわかりやすくそれを説明しようとするんですが、勝手な小難しい解釈論になりがちなんです。ないしは、「そんなことは当たり前なことだ」とわかりきった「常識」として解説されているんです。そうした中で、この本は、哲学の学識者が、そんなテーマを、質を落とさずに、わかりやすく私など庶民に解明してくれている。これは傑作だと思うんです。わたしなどの本棚に、いつからあったかはわからないんですが、本を一見して、こんなのはわかりきっていることと、バカにしていたんじゃないかと思います。だから、今頃になって、事新しく開き、認識を新たにしているようなわけですが。もったいないことをしました。鰺坂真氏は、1933年鹿児島県生まれなんですが、2022年1月に死去されました。生きていれば、質問や感想を交歓できたかと思いますが、それはもうできません。どういうわけか、私などは、この8月28日夜中のブログで、「鰺坂真著『時代をひらく哲学』を読む」を発信し、8月29日のブログで「再び、鰺坂真著『時代をひらく哲学』を紹介します」を発信しました。それは、鰺坂氏が、生き生きと、深い学識ある中身を、わかりやすく語っているのに驚いたんですが。ご自身で刊行した最後の作品が、この『科学的社会主義の世界観』だったんじゃないでしょうか。経歴にある刊行案内からの推測ですが。あらためて、本棚に散らばっていた、手元にある鰺坂氏の本を集めてみたんですが。ちょっと並べただけでも、①『哲学のすすめ』(学習の友社 1998年)②『マルクス主義哲学の源流』(学習の友社 1999年)③『時代をひらく哲学』(新日本出版社 2000年)④『科学的社会主義の世界観』(新日本出版社 2002年)⑤亡くなった後に『日本唯物論史を学ぶ』(学習の友社 2023年)これらの本は、私の手元にあるもので、実際に刊行された全体のごく一部なんですよ。だいたい、一冊の本を出すのには、それなりの検討、まとめ、本づくりと、時間がかかるんですが、この2000年前後に行われた鰺坂さんの努力というのは、何なんでしょうか。テーマの共通性はありますが、それにしてもすごい。あたかも、生きることを急いだかのようです。これじゃあ体がいくつあっても足りない、体を壊しかねない、そんな気がしてきます。その人が亡くなると、その人の刊行物は、よほどでないと光が当たらなくなるんですが、だいたいのところ、忘れられていく。だけど、私などは思います。鰺坂さんは、今に生きる素晴らしい作品群を残していってくれた、と。おしむらくは、今を生きる我々が、その生きた活動をされていた時に、もっとその努力を評価をして、社会的にそれらが討議されてしかるべきだったと。これは、反省なんですが。しかし、生きているものにとっての責任だと思うんですが。亡くなった方の生きた業績を、今に生きている私たちが、しっかりと評価すること。追悼文以外には、そんな機会は、なかなかないんですが、しかし、しっかりと先人の成果を確認すること、それを、今に生かし明らかにすること、それは大切なことだと思っています。もちろん、生きているうちに分かち合うことが、それが望ましいんですが。
2026年09月07日
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一つの悟りと反省私などは、これまで2008年から、みかん栽培と学習のブログ発信をしてきたんですが。学習については、2023年に『ヘーゲル 歴史のなかの弁証法』を、2025年に『マルクス 唯物弁証法の方法』を、冊子としてまとめたんですが。それぞれの発信は、今の社会の中、関心者にはそれなりに役立つと思って発信してきたんですが、それらに対する、中身にふれた反応がほとんどないもので、達磨大師の壁に向かってるかのように、自己問答しかないわけで、ぼやきに、ぼやいていたんです。しかし、考えてみれば、マルクスとエンゲルスしているような往復書簡の交換というのは、例外ちゅうの例外なんですね。だいたい世の中の人は、自分の感覚に合うか、合わないかで、発信を見るわけですから、私のややこしい探求に、付き合ってくれる暇な人なんて、なかなかいない。ましてや、それに意見を抱いてコメントを返してくれる人なんて、ほとんどいないんですね。それを期待するなんて、期待するだけ野暮なんですね。だいたい世のなかの研究者というのは、孤独な中での探求であり、その中での発信なんだろうと。同じような仲間がいて、討論の機会でもあれば別ですが、そんなことは学園内くらいで例外でしょう。だれしも一般に学習者とは、そうしたものかと。他者のコメントを期待するんじゃなくて、もちろんそれが返ってくれば貴重なことなんですが。そんなことは、18年の発信活動からごくまれだと、それを早いところ悟るべきだったんです。ようやくにして、遅まきながらの悟りです。これからは、自分で自分自身を、最も厳しく点検することですすんでゆく、これが私などの方法であり、結論です。だいたい、そうしたものじゃないかと悟ったしだいです。
2026年09月06日
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小田原市の凍害支援策今回の小田原のみかん園行きで二つのことが。一つは、イノシシがみかん園の鉄柵を突破したとの知らせがあり、塞ぎに行ってきました。もう一つは、2月の柑橘の凍害に対する小田原市の支援策が明らかになったことです。小田原市の支援策ですが。私などからも聞き取りをして、6月議会で質問された市議の方から。小田原市長が8月25日の定例記者会見で、9月議会へ補正予算を提案した、と。小田原市のホームページ、記者会見の資料の7ページで見ることが出来ると。ありました。「農業経営収入保険加入促進事業」(案) 一戸につき上限3万円(保険料の半額)を、30事業者(戸)に、 したがって、市は90万円を用意する、と。 ただし、収入保険の保険料の補助ですから、あくまで青色申告者しか対象になりません。 私などのように、一般申告者(白色申告者)は、はなから対象外なんですが。これは、確かに、限られた人とわずかな支援策なんですが、しかし、どんなにわずかでも、災害にあった農家を、政治が救済するということは、大事なことだと思います。国や県は、「大変ですね」とただ聞き置くだけで、何にも新たな支援に動かない、検討しようとすらしない中でのことですから。わずかですが、政治が動いた。政治を動くんだとの希望を感じさせるものがあると思うんです。農家は高齢化で、ただですら耕作地を縮小せざるを得ない。放棄地の広がりです。そこへやれ減反だ、生産費にも合わない低価格だ、法外な相続税だと、それはコメ農家にかぎらない、オレンジの自由化でレモンの木は伐採すらされたんですから。そこへきて、大きな自然災害があっても、具体的に支援に動こうとしない政治ですから。農家が大きな政治不信になるのは当然なんです。そうしたなか、ともあれ、9月9日(水)には、9月定例会の建設経済常任委員会がひらかれ、この議案が検討されます。私などは、遠くからですが、農家の支援に向けて、とてもこれが十分だなどとは誰も思っていませんが、市議会で、いったいどのような農家支援の議論が交わされるか、注目している次第です。もう一つは、みかんシーズンを前にイノシシが出没しだしました。今回も、その連絡があって、天気は雨予報でしたが、出かけてきました。だいたい、まわりの耕作放棄地の広がりというのは、イノシシにとっては自由な生活圏の広がりです。放棄地には、ぬた場をつくって、住み着いていく。そこから、丹精込めたみかん畑や野菜畑に侵入して、せっかくの作物を食い荒らしていきます。これは前回に、先週、新たに突破された柵の様子です。イノシシはぐいぐい押して、鉄柵をへし曲げ、押し上げちゃうんですね。すごい力です。そして今回は、これとは別の個所でして、突破されたとのこと。農家のカボチャと里芋が食べられたということで、柵の抜け道の穴が応急措置がされていました。針金でしっかりと固定して、援農の方と周囲の草刈りしてきました。これからは、みかん畑に行くと、その最初の仕事は、畑の柵が破られていないかその見回りです。柵の無事を確認します。いよいよ、ついに9月に入りました。これからいよいよみかんが成熟しきます。ここからが勝負なんです。クズや雑草のからみつきを草刈りして。いよいよ肝心のみかんです。苦労して育てた農家が収穫するのか、イノシシのエサとして食い荒らされるか、いよいよ攻防戦が始まっています。11月の文化の日あたりが、早生みかんの収穫の始まりです。無事だったならば、ですが、
2026年09月05日
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小田原より、小さな朗報です小田原の柑橘は、2月の大雪凍害で農家はダメージをうけていますが。昨日、8月31日に聞いたんですが。小田原市は9月議会に向けて、この凍害被害の農家に対して、3万円を30人に限って、支給する予算案を出してきたそうです。まだ、遠くからの一報をきいただけで、事実かどうか確かめなければならないんですが。これは、実際に被害をうけている農家は1000戸はゆうにあると思いますから、みみっちい話ですが。当然、国も県にも4月、5月、6月と要請してきたんですよ。しかし、いくら要請しても、話を聞置くだけで、ちっとも動かこうとしないんです。そうした中で、農家は小田原市を実際に動かしたんです。いま全国では、青森のリンゴ、福島の桃、熊本、千葉、北陸など、各地で大きな被害が発生しています。大変な事態です。被害は報道されますが、被災した農家を救うための国の動きというは、ほとんど聞かないでしょう。国は、激甚災害に指定するかどうかだけで、実際の多くの対策は弱いんです。各自治体に任せるだけで、目の前でおきている災害に対して、国は新たな動きはしないんです。今回だって、「3万円を、30戸に限り支給する」案というのは、限られた農家に対して、雀の涙で、みみっちいものです。ほとんどの農家には届かない。しかし、それでも、小田原の農家は、実際に政治(行政)を動かしたんです。これって、農家にとっては、小さなことだけれど、しかし大きな朗報だと思います。
2026年09月01日
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再び、鰺坂真著『時代をひらく哲学』を紹介します昨夜、鰺坂真著『時代をひらく哲学』(新日本出版社 2000年刊)を紹介したんですが。かさねての紹介です。鰺坂真氏は、1933年鹿児島県に生まれて、京都大学で哲学を学び、関西大学の名誉教授だったそうです。つい最近の2022年1月6日に亡くなられています。この『時代をひらく哲学』(2000年刊行)が、私などの問題意識と重なる部分があることを知っことは、前回に紹介しました。その根底には、現代をよりよく生きるには哲学の学習が大切だ、との認識・精神がそこにはあるわけでして。今回は、私などとの違いについて紹介します。この『時代をひらく哲学』は、序章と1-4章からなっていますが。3つの部分からなっていると見ます。1つは、序章「哲学のすすめ」と1章「哲学とはなにか」です。今の時勢は活字離れの時代で、新聞・活字がピンチになっている。ましてや哲学ですから。いい加減な政治家が、政治権力を牛耳っているわけですから、民主主義も教育も国民生活もきれいごとは言うけれど、実際は蹴とばされているわけですから。その風潮の中で、若い人たちは大変な苦労な中にある。その若ものたちに、どのように努力したら、この哲学の学習の大事さが受け止めてもらえるのか。この努力が、この第一の部分ですね。2つ目は、第2章「エンゲルスの『フォイエルバッハ論』に学ぶ」です。これは「民主青年新聞」1999年9月~11月に掲載されたとのこと。なんたって、鰺坂氏は哲学を学んできた人。数多くの哲学書をだされてきました。『マルクス主義哲学の源流』(1999年)、共同執筆『ヘーゲル論理学入門』(1978年)などは、私などの手元にもあります。この「エンゲルスの『フォイエルバッハ論』に学ぶ」は、たかだか29ページの短い説明ですが。なんたって、哲学をず~と研究されてこられた鰺坂氏です。そうした哲学の専門研究の上に、その中身の質を落とさずに、簡潔にして正確に、しかも親しみやい表現でもって紹介してくれている。その内容を誠実、かつまじめにとらえようとしている姿勢ですが、原典の内容を現代に引き寄せるものとして、そこには出ています。これは傑作だと思うんですよ。3つ目は、第3章「科学的社会主義の世界観、歴史観」、第4章「歴史観の前進と現代の歴史意識」です。第3章「科学的社会主義の世界観、歴史観」は、第30回日本共産党中央人民大学の講演がベースとのこと。わたしたち庶民に語ったことですが、古典をほじるような解釈論じゃないんです。自分勝手な毒舌を並べるといったものでもないんです。哲学や歴史観の問題を、個々のテーマをその核心的な中身と、問題の全体を、自主的に掘り下げられていて、それを国民にたいしてわかりやすい言葉でもって語りかけているんですね。第4章「歴史観の前進と現代の歴史意識」は、雑誌『前衛』2000年8月号に掲載されたものとのこと。現代の激しい渦の中で、哲学者として歴史意識の分野で格闘している、その成果ですね。率直に言って、以前に読んだときは、私はバカにしていたんですね。「何だ、いまさら、こんなわかりきったことを」などと。しかし、まじめに読み直してみると、中身の質を落とさず正確に、哲学研究の学識の広さと教養をもって、それを不勉強な私などにもわかりやすい言葉で話されている。ないし書かれている。これは、鰺坂真氏の傑作な作品であり、現代に生きる人たちへの貴重なプレゼントなんだ、ということが見えてきました。ということで、再度紹介させていただきました。
2026年08月29日
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鰺坂真著『時代をひらく哲学』を読むどうしたことでしょうか。以前に読んでいたはずの本ですが、再読することになりました。著者は亡くなってますが、鰺坂真氏。『時代をひらく哲学』(新日本出版社 2000年12月刊行 1600円)です。 私は「足柄山の金太郎」じゃないんですが、同じようなものです。世間の常識を知らない中で、不遜にも誰も読まない冊子ですが、2冊を出しました。「ヘーゲル 歴史のなかの弁証法」「マルクス 唯物弁証法の方法」ですが。中身にふれた反応は、ちっともないんですが。しかし、この鰺坂氏の著作ですが、それを2000年12月、2015年1月と、読んではいたんですが。その時々、私などには、この努力を評価できなかったんですね。今回、読み直して、それがわかりました。今回、この本は、私などにとって。一、どうして、今マルクスを学ぶ必要があるのか。二、私などの心を白紙にしたとき、今、若ものがそれを初めて学ぶとしたら。三、さらに、その基本内容は、今を生きる我々に、いったい何を問題提起しているのか。こんなことを、提起してくれていたんですね。いわばこれは、鰺坂氏の哲学人生をかけて歩んできた結論、「遺言」なんですね。そのことが伝わってきました。これは、鰺坂氏の我々に対する知的なプレゼントです。どうしてそう思うかというと、私などが、まとめた二つの冊子ですが、つたない断面ですが、その思い、動機が、この鰺坂さんの講演に重なるものがあるんです。しかも、はるかに中身と重みがあって、「ふん、ふん」と響くものがあるんですね。私も冊子の中で、知人の言葉を紹介しましたが、「現代ほど、哲学を学ぶ必要があるときはない」と。鰺坂さんは、私などとは違って、はるかな努力と視野を持って、そのことを、現代に生きる我々に提起してくれています。同じ問題を、はるかに広く、豊かに、具体的に語ってくれています。これは、現代をよりよく生きようとする者にとって、いったい何が問題なのか、そうした問題を打開するためにはどんな努力が必要か、現代を生きる人たちに対して、鰺坂氏のこの著作(講演と論文)ですが、提起してくれてます。私などは、遅まきながら、その価値を再発見した次第です。
2026年08月29日
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東京農民連の第4回理事会に参加2026年の盛夏の8月23日、東京農民連の第四回理事会に参加してきました。これは、私が思うところの、完全な主観的な紹介です。何が今、農家にとって問題なのか、私などには、二つの問題があると思いました。私などは、一つとして、この間の小田原の凍害への対応を報告しました。これまで私などは、小田原のみかん園の草刈りしか念頭になかった農夫なんです。そこへ2月8日に、小田原方面でのことですが、大雪が降りマイナス7.9度の凍害の発生しました。この事態が、「これまでの根性ではダメだ」と、突き動かされる事態になったわけです。どういうことか。被害の現状の把握の問題です。交通事故にあったようなもので、関係者はうろたえるだけ。被害への対策です。県農政局、国の農水省、最寄りの小田原市が支援策として何ができるのか。そうした被災事態への対応という問題が、2月以来に集中的にあります。ここで農民連の存在価値というものが、根本的に問われたわけです。もう一つは、草刈りしか知らなかった私などにとっては、難題です。国の農政の根本、国民の食糧をどう確保するか、大きな基本的な「食糧法」問題です。さきに閉会した国会でも、食糧自給を投げ捨てる「食糧法」が、農家の反対を押し切って、7月8日衆議院で「169対72」で通過した。農家の生産価格を補償しない、食糧管理を投げ捨てて、自由市場に投げ捨てる。アメリカ米は既定のトランプ約束で新潟県生産量を入れていく。農家は、米にしても、牛にしても、果樹にしても、マッチポンプでやれ増やせ・いや減反だと、時々の自民党の都合により完全に振り回されてきた。この亡国の政権、これまでの農業政策です。東京は、その農家の矛盾の最先端にある位置ですから。それが議論されました。さらに、もう一つは、この秋に東京で学習交流集会が開かれるんです。この10月に、東京農民連が世話役・主宰として、関東の東京と、神奈川、千葉、茨城、群馬、埼玉、栃木、山梨、長野。ようするに1都8県の農家によって学習・交流集会がひらかれようとしています。なんたって、その交流会の主催団体ですから、思いは大きいんです。いわば収穫祭です。この関東の農家の祭りを、東京の理事会が、それを節目にその準備をすすめていこうとの協議でした。一方では、今は、日に日にクズや雑草の繁茂してくる早川のみかん園がありますから、その草刈りが待っていますから、これは農夫は大変な大忙しです。
2026年08月24日
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八王子市鹿島での、核兵器廃絶と憲法9条の懇談会8月22日に、東京・八王子市鹿島で、核兵器廃絶と憲法9条の擁護の懇談会が開かれました。この懇談会のテーマの「平和」は、八王子市の片隅の鹿島ですが、日常のあれこれ世知辛い中で、「平和」なんて問題は、とりたてて問題とはならないんですが、しかし、昨今の世相です。国家予算の軍事費はじゃかじゃか増大する、トランプ・プーチンは核兵器の使用で脅かしている。日本国民にとっては、核兵器廃絶・平和というのは、当たり前な地味なテーマなんですが、あえて、この問題をテーマにして懇談する必要性を感じあって、この懇談会を設定しました。私などは八王子市の僻地の鹿島ですが、つい最近、この近くに被爆者で、核兵器廃絶を訴えている方が住んでおられることを知りました。この二冊は、その時に紹介された上田さんたちの努力の記録です。上田紘治さんは、84歳ですが。この懇談会には、八王子市鹿島に住む6名が参加しました。その被爆当時、三歳だった上田さんです。ですから、当人が言うのに、その直接認識、記憶は限られています。しかし、その記憶と客観的資料を、一生懸命につないだんですね。その苦労が、じわーっと伝わってきました。しかし、その直接体験を伝えれる人は、今や限られているわけです。上田さんは、被爆の実相を、きな臭い今、今を生きる人たちに伝えようと、腹をくくっておられました。ほんとうは悲惨の出来事ですから、だれしもに忘れてしまいたいと思うんですよ。しかし、戦後80年の核兵器の脅かし政治です。その上に、昨今の世相ですから、被爆体験者は自らの体力をふり絞り出して、語らざるを得ない。今は、一寸先は、核兵器が使われかねない世界です。その危険を感じて、あえて被爆者は古傷を掘り起こし語られているんですね。この集いの参加者は、私のように1950年の戦後生まれのものと、終戦を幼少を過ごした人でした。だから、だれしも戦争の悲惨さを、直接的な体験としては、知っていないんです。そのことは、今の現に政治の責任者にある人たちも、同じような感覚であることを見ます。しかし、基本的な違いは、ミーハー族と、現実の危険を感じるも、そこに大事な違いを、感じさせられているところの最近の日々です。この懇談では、それぞれの戦後生きてきた体験、その感覚から、今の現状にたいする政権の推し進めていることに対する危惧が、それぞれから語られました。私などは思うんです。私などは1950年生まれです。私などには、その親たちは忌まわしい過去については語りたがらなかったんです。今にして思えば、それは戦後民主主義の憲法のもとでの、大きな大勢の流れを肯定していたから、だからあえて忌まわしい事柄などを語らずに、前に進む。子どもたちには、暗い過去を、あえて語る必要はなかったんだと思います。しかしそれから80年、そうした親の世代の人たちは、自然の寿命で、亡くなりました。ところが、そうした中での、昨今の世相です。今日の政権、政治の中心で言われることというのは、核兵器をもつことで、その使用で相手を脅かすことで国を守るんだとか、この憲法の9条を変えて、武力により相手にたいし身も守るんだとか、そのためには、アメリカの兵器の購入を最優先にして、国民の福祉や教育、民主主義、暮らしなんて、切り捨ててかまわない、なんて現実事態です。終戦当時、ないしその直後に生まれた、参加者の面々でしたから。その発言は、はたしてこんな今の政治を、戦争の犠牲者たちは、いったいどう見るだろうか。近代日本に、平和・民主・国民生活をよくしようとして奮闘努力した先人たちですが、その人たちは、いったいこの事態をどう見るだろうか。また、日本の戦争体験から、それを自らの心を寄せての核兵器禁止条約をすすめている世界の諸国・人民ですが、その人たちに対して、この国民の大きな声にもかかわらず、政府の明確さをかき、ごまかそうとするあいまいな政権です。国民の平和・民主を求めるの声を知りつつも、それと真逆な軍拡政治をすすめている確信犯です。鵺の日本政治です。どうしたらこのねじれた政治を正せるのか。いったい国民と世界の人民は、どのようにしてこの妨害の壁を壊すのか。この裏切りの、政治の暗闇を正すことができるのか。そのためには、日本国民として、被爆体験を持つ国民として、一人一人がどのように努力したら、この事態を本当に変えれるのか。そんな思いが、議論されました。
2026年08月23日
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姉歯暁著『(新版)農家女性の戦後史』のおすすめもちろん、素人の私ごときがお勧めしても、ほとんど馬耳東風のことかとは思いますが。でも私なりには、この著作は紹介しておく必要があると思っているんです。3日前ですが、8月18日のブログで、私なりに唯物史観の学習の必要性を感じて、なおかつその仕方の二つを立てました。その二つ目の農業論ですが、その時に、たまたま読みだした一冊の本を紹介しました。姉歯暁著『(新版) 農家女性の戦後史-日本農業新聞「女の階段」の五十年』 (現代思潮新社 2024年6月刊行 2200円) ですが。これを紹介した手前もあり、急いで本日までに、とにかく全体を読んでみたんです。姉歯さんの本を知るきっかけは、東京農民連の10月にある東京での学習交流集会の講師をされる方であり、その講師紹介のなかに、この本の紹介があったからなんですが。一昨日、農民連の8月24日からの学習講座の案内チラシが届きました。その2回目の、9月17日の講師が姉歯暁さんだと知って、これは、人となりを知るためにも、早く一冊でも読んでおかなければ、とのことになった次第です。これは、いそぎ通読しての、私なりの勝手な感想ですが、この本は、農業といえば、草刈りしか知らなかった私にとっては、日本の戦後農業がかかえている問題がなんなのか、何だったのか、それを知る上でこの本は貴重な本だとみました。唯物史観との関連では、意見は現実存在の反映ですが、この著作はその関連を提示してくれてます。だいたい、私などにとってなかなか聞くことのできない農家女性の本音の声ですが、これは新聞に投書された生の声を、時系列のテーマで紹介していて、それに対する当時の客観状況を論文やデーターによってその存在を紹介してくれています。第一章.敗戦のもとで農地解放というのは農家にどのような変化をもたらしたか、第二章.公害と農薬問題、第三章.戦後の食料増産、農業基本法と出稼ぎ、第四章.総合農政の減反への転換、第五章.農産物の預入自由化問題、第六章.高齢化する農家の現在。これは、50年の農家のあゆみです。私などは、お米を食べて生きてきたんですが、それがどのような農家の努力によって提供されていたのかは、ちっとも気が回りませんでした。食卓に出されたご飯を食べる、それが当たり前のことでした。しかし、今ある自然というのは、それが成り立つためには、ある条件があって、それには歴史的な経過があって、その上に今の自然があるということ。このことを、この『農家女性の戦後史』は論証してくれているとみました。今という、私たちが生きている条件について、それがもつ問題点について提起してくれています。草刈りしか知らなかった私ですが。その私などにとっては、現実の今が、いったいどのような問題を持っているのか、この本は、それを知るための、農業問題を探るためのヒントを与えてくれています。
2026年08月21日
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米空母「エブラハム・リンカーン」からの声しんぶん「赤旗」の8月17日付の6面に注目する記事がありました。原子力発電というのは「トイレのない装置だ」との指摘がありますが。イランとの戦争に配備されているアメリカの空母「エブラハム・リンカーン」からの声。私は今日、8月19日、八王子労連に行ってきました。「憲法9条改悪に反対する請願署名」の署名用紙をもらうためだったんです。問題の記事ですが、米空母「エブラハム・リンカーン」には、約5000人の兵士が乗務しているそうです。米軍事専門紙「ミリタリー・タイムズ」8月12日付によると、この空母で、いま自殺未遂がおきている、と、兵士の家族からよせられた声が紹介されているとのことです。私の鹿島団地は340戸、かりに700人が住人として、鹿島の地域全体では2700人ですよ。その倍の5000人もの人たちがですよ、あの一艘の原子力空母に乗務しているというんです。その乗務してる人たちが、そこでいったい何にこまっているか?大儀なき侵略戦争に、密室空間の組織命令でとじこめられて、悲鳴を上げているんです。具体的な問題では。・艦内で食糧が足りない・トイレが詰まっている・洗濯機が使えない、・長期間、お湯が使えないなどの物理的な悲鳴が、その兵士の家族をとおして寄せられているというんです。考えられないことですが、しかしわかりますよね。もしも、私などの住む団地で、こんなことがおきたら・・・・、とんでもないことになります。直ちに管理組合に相談して、JSの管理会社に修理を手配します。生活ができませんから。それが、一艘の狭い密室空間で、その中で起きているというんですよ。しかも、原発を搭載した空母の中でですよ。想像しがたいことです。なかには、甲板から海に飛び込んだ兵士もいるとのこと。ビルディングの高さもあるだろう甲板からですよ。なんでこんなことがおきているのか。それもこれも、トランプの命令によるものです。自分勝手な無法を強いる、それをあくまでも無理強いしようとする王様のためです。兵士はアメリカ本国を守るわけでもなく、イランへの侵略戦争のための派遣ですよ。当初は昨年11月に出航して5月には帰るはずだったそうです。それが8か月を過ぎても、まだトランプが意地を張る侵略戦争に、その緊張の継続で、渦中の中です。大儀なき戦場に駆り出された兵士とその家族は、たまったものではありません。だれか、裸の王様に、鈴をつけてくれるものいないか。中からは、それは言えないんです。たった1艘だけでも、5000人です。そしてその家族が、いま悲鳴を上げているわけです。わたしたち日本では、この八月はお盆です。故郷に帰った人もいるとおもいます。自分たちの先祖を想い、先の第二次大戦での犠牲や、広島・長崎の原爆被爆の体験に思いを致す月です。二度とああした過ちは繰り返さない、その思いを新たにする月です。まぁ、なかには口先だけで、ごまかそうとする人間もいますが。しかし、国民の多くは、そのちかいをともにしているのが、この8月という月です。この赤旗が紹介する記事をよんで、一つの決意をしました。「憲法9条を守れ」、「核兵器と戦争は禁止だ」との運動ですが、これまでも、自分の人生の中で、折節につけ、署名に協力してきましたが。新たな事態です、日本の国内でも切迫していますが、イランやパレスチナの生活者にとっても、また、アメリカ軍の兵士やその家族にとっても、これは切実で、切迫した願いだということです。この目の前で繰り広げられている無法を抑えること、そのために、たとえ一人の市民であってもできることは何か。その結論として、今日は、署名用紙をもらいに行ってきました。これから一年間、いくつ集めれるか、私なりに挑戦します。
2026年08月20日
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私なりのマルクスの学び方数日前、8月16日に「マルクスの『唯物史観』とは何かを探ってます」ブログを発信しました。今回は、その続きです。この間に、志位和夫さんが『Q&A いま『資本論』がおもしろい(赤本)』(新日本出版社 2025年8月10日 1210円)を刊行されました。なかなか『資本論』は、それを読むのは容易ではないんです。しかし、そのポイントの一つ、資本主義的生産の搾取の仕組みについて、3時間でわかりやすく紹介してくれた。これはすばらしい成果だと思っています。私自身の学習の流れからして、今、二つの点を感じています。一つは、マルクスの唯物史観とその方法の学習です。前回のブログで紹介したように、私はこの間に「ヘーゲルの弁証法」、「マルクスの唯物弁証法」を学んできました。マルクスの『資本論』には、この唯物史観がどのように使われているのか。その方法をつかむという点で学んでみたいという点です。マルクスも序文で強調しているわけですが。これを学ぼうと思います。ただし、これは抽象的なものですが、もちろん『資本論』第一巻そのものも対象です。これに対して、最近、親しい人から言われました。「またはじまった。わけのわからない、誰も読まない、変なことを、またやろうとしてるんだろう」と。もう一つは、農業論です。私は、神奈川県真鶴・小田原のみかん畑に、八王子から25年間通ってきました。みかん畑の雑草を抑えようと、その草を相手にすることだけに四苦八苦してきたわけです。この2026年2月8日に小田原方面の中晩柑橘に大雪と凍害が発生しました。これを機会として、私は反省しているんです。これまで私のしてきたことは草刈りだけだったんです。周りのみかん農家の方たちのみかん栽培の仕方について、さらにもっと基本の日本の農業そのものについて、ちっとも知らないわけです。その学び必要を突き付けられました。何とこれまで長い人生を無為に過ごしてきたことか、と反省させられている次第です。たまたまそうした時に、姉歯暁著『農家女性の戦後史』(現代思潮社 2024年6月30日刊行 2200円)を手にしました。まだ、第一章 農家女性にとっての「戦後」 を読んでいるところですが。この本は、農家の女性たちの発言を集めています。その紹介とは、指摘されるとおおよそが想像つくんですが、これまで草だけを相手にしてきた私にとっては、この農家の女性たちが置かれてきた事態、声なき声を聞かせてもらっています。素晴らしい作品です。あらためて日本農家の問題がどのようにあるのか、農業問題を認識させられています。以上、前回の続きです。
2026年08月18日
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マルクスの「唯物史観」とは何かを探っています日本共産党の志位和夫さんが「マルクスを読もう!」と吠えました。名古屋の中・高校が企画した石破茂自民党前首相・枝野幸男立憲民主党元代表との、6月27日に行われた三者での鼎談ですが、今、ユーチューブで配信されてます。鼎談の最後に、それぞれ三氏が最後に締めくくり発言をもとめられて、これはその一コマです。私は、それは誰が唱えたとしてもいいんですが、「マルクスを読もう!」これは私なども共感するところなんです。一、なぜ、今、マルクスなのか私などは、これまでの学習してきたことを、二冊の冊子にまとめました。① ヘーゲル「歴史のなかの弁証法」(2023.12.12)② マルクス「唯物弁証法の方法」(2025.4.30)、ですが。ヘーゲルはドイツ観念論哲学の大御所ですが、絶対理念が展開したのが歴史なんだと、その観念論の考え方は問題なんですが、しかし、それは人間社会とその歴史の発展をとらえたんですね。だけど、その本を開いた方なら誰しも思うと思うんですが、理解しにくいんです。もちろん大御所ですから、その影響は絶大です。ヘーゲルを解説する人はあまたいるんですが、はたしてそれを本当に読んでいるのか? 読んだ上で論じているのか? 私などは疑問を感じた次第です。また、マルクスがヘーゲル弁証法を批判して、唯物弁証法を提唱したということは、哲学史の常識的な事柄になってます。が、しかし、マルクスはどの様にヘーゲル弁証法を批判したのか? この吟味について、当たり前のように語られているけれど、本当に研究者もふくめて、その努力がされているのか検討がされているのか?もちろん、良心的な研究者は努力を先人はしてきたんですよ。その成果は残っているんですよ。しかし私などは、一般的に広く論評している人たちに対して、あちこちで疑問に感じた次第でして。それが、私などの、たかが一般素人の、どんなにつたないものではあったとしても、自分自身で探り確かめまとめてみようと思った、それがこの二作なんです。二、私の場合ですが、「マルクスを学ぶ」とは、この流れの中で、どういうことか、いったい何を、どのように学ぶのか? この問題が問われてきます。みなさんとは違うと思いますか、この問題はいかがでしょうか? そこの時点で、志位さんの「赤本」『資本論』(2025年8月)の紹介がありました。志位さんは『Q&A資本論』(赤本)で、資本論の搾取の仕組みを紹介してくれました。これは、たいへんわかりやすくて、難問をたった3時間で紹介するなんて、これは歴史的な傑作ですね。また、当時、斎藤幸平氏は『人新世の資本論』をだしていて、これは環境問題をはじめ『資本論』の現代的魅力を紹介してくれていました。それは当時、30万部が日本社会に出ていたとのことでした。それぞれの方の努力が、その『資本論』の今日的な意義、魅力を、いきいきとフレッシュに、わかりやすく紹介してくれているんです。これは、ともに素晴らしい、新たな成果です。日本の良識です。ようするにここで、私などが流れの中で、二つの問題が提起されていました。一つは、唯物史観とは何か、それは『資本論』の基礎にあるとされてますが、いったいどのように関連しているのか? 私などは「唯物弁証法とは何か?」、この問題を1844年の『経済学哲学手稿』の「ヘーゲル弁証法」批判を検討することで学んでいたわけですが。マルクスは1846年に『ドイツ・イデオロギー』をだそうとした。ここで初めて唯物史観を発表しようとしたんです。それは刊行できませんでしたが、『哲学の貧困』ではじめて発表できたというんです。その『資本論』の基礎にあるとされる唯物史観とはいったいどのようなものか、この問題です。もう一つは、マルクスは1867年の『資本論』第一巻で経済学研究の成果を発表しましたが。その前に、1858年『経済学批判』で、最初にその成果を発表しようとしました。この時点で、『経済学批判』(1858年)と、その「序説」(1857年)、「序言」(1858年)と、その書評1、2(1859年)を新聞にも書いています。この4点が、1844年以来の経済学批判を15年にわたり研究してきたことの、一つのまとめになっていると思うんです。マルクス自身はその獲得された唯物史観を、自分のすべての具体的な作品で示していますよ、しかしその「唯物史観とは何か」、その一般的な歴史観の理論を語ったものは少ないんです。1847年の『ドイツ・イデオロギー』は刊行することが出来ませんでした。その次に、語ったのは『経済学批判』をまとめた段階の1858年ころの4作品だったんですね。私などは、この唯物史観と経済学批判の方法、この二つをつかむこと、それが大切なことだと思っている次第です。個々の問題での見解というのは、その時々の歴史条件によって規定されてますから、変わりうるんです。たとえマルクスだったとしても、レーニンでも、誰だって「歴史の子」です。その条件が変わる中で、その見解が古くなることはありうるんです。当人たちがそのことを言っています。大事な問題は、彼らがそこで使っている哲学、方法論をつかむことが大事だと思うんです。それをしっかり学んで、それを現代に生かすこと、すなわちそれぞれの分野・課題での活動に生かすこと。そうした努力が求められているし、それが大事じゃないでしょうか。私などはそう思って、唯物史観と方法論を探っています。
2026年08月16日
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もう一度、自分の歴史を確かめてみたい1950年に神奈川県の片隅、真鶴町岩に生まれた私ですが。この加藤登紀子&斎藤幸平氏の対談をお聞きして、心に響くものありました。断片的で、ほんの一部の部分なんですが、しかしそれは確かに、こころ響くものがあります。私は、1969年4月に法政大学に入学しました。社会のことは、加藤さんが経験してきたことは、ほとんど、まったく知らないんですが。しかし、全体はわかりませんが、しかし少しですが、重なっている部分があるんです。この対談ですが、私などの1970年前後の学園を知る上で、貴重な話です。なかなかそれを振り返る機会がありませんでしたが。きくほどに、他には聞けない話でして、得難い貴重な時代の空気間を、思い起こさせてくれました。【斎藤幸平vs加藤登紀子】革命に失望した少女…学生運動で見たものとは?【ReHacQ】もう一度、いろいろな材料にあたることで、あの時代について、確かめてみたいと思ってます。お二人に、感謝です。
2026年08月11日
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小田原みかん園、2026年8月7-9日の手入れ一、農家はこの時期はみな、たいへんな暑さの中での草刈り作業です。梅雨の時期を過ぎ、周期的に降る雨と、太陽の光で、クズや雑草の繁茂がすごいんです。今回はみかん畑の脇側に、クズの侵入を遮断し、通路をつくるための草刈り作業でした。正面を見ると、左側からも右側からも、みかん畑を原野に戻そうとする自然の力が働いています。2月以来、何回か草刈りはしてきたんですが、ごらんのとおりの雑草畑です。農家のベテランがアドバイスしてくれています。 《猛暑の中、草刈り三昧の日々。 午前中2時間、夕方4時から集草をかねながら3時間程度が限度》と。高齢になっている農家ですが、放棄地を抑えるために、体力と知恵を駆使しています。なんたって、この炎天下での草刈り作業ですから。すこしでも実際にやってみれば、その大変さがわかりますが。二、今年は2月8日に自然災害がありました。熊本地方で7月28日に大震災が発生しましたが、小田原方面でも2月8日の大雪とマイナス7.9度、凍害の自然災害が発生しました。「農民」新聞の4月13日付が、現地を取材して、その大きな被害を様子を発信してくれました。JAも出荷で扱っている組合員については被害調査をしました。農民連は4月28日に神奈川県への要請し、5月11日・6月9日には農林水産省への要請をしました。神奈川県は「被害から日が立っているから、調査は無理だ」が、当初の態度。私も農水省への要請に参加したんですが、要請は、①農協任せの調査に乗ってるだけじゃなく、県や国としてしっかり調査してほしい。②収入保険は青色申告者が加入資格だけど、一般(白色)申告者も加入できるよう改善してほしい。国の態度は、従来の「青色申告者のみが資格だ」との態度に固執していました。これは、多くの農家が収入保険に入れないということです。いいんですかね、こんな態度で。はたしてこんな対応で、全国の果樹農家が受けている自然災害を救えるんですかね。このことは、熊本の被災者が、今現在、置かれている苦難な事態と同じ問題だと思います。小田原の市議会では、3人の市議さんがこの問題で質問をしてくれました。市としては、「9月議会に向けて何かしらの支援策を検討する」と回答がされました。もちろん中身については、まだわかりませんが。三、これが国民の血税をあずかる政治の、政治家の基本だと思うんですよ。しかし、今の国家行政には、これがまったく欠けているんです。情け容赦なく、軍事費用は強制徴収するくせに、事故にあって目の前でこまっている国民は、放ったらかし。「たいへんね、かわいそうね」とお愛想の台本をしゃべるだけで、求められる肝心な救済については一向に動かないんです。他人まかせで、既得制度の適用をさぐるだけで、自らは一向に働こうとしないんです。あの江戸幕府だって、富士山の宝永噴火の時には、その被害には、全国の各大名から救済金を集めて手当てをしたんですよ。それが政治にたつものの責任なんです。だいたい、そうした国民の苦難に寄り添うのは、敗戦直後では当たり前だったわけですが、いつから今のようになっちゃったんですかね。不良な政治が、勝手な横暴を押し付けてあぐらをかいている。ポーズだけで、非道な政治が、政治屋が支配するようになっている。この原水禁世界大会でも、世界の人たちが、核兵器が使用される危険を感じて、大きな連帯をすべく日本に集まった。そこで、出席せざるを得ない日本の首相が語ったのは、非核三原則を、原則ということから、「目下の政策」にかえられた。これは考え抜かれた意識的な表現で、組織的な悪だくみですね。だけど、国民もマスコミも、今やその姿を見抜いている。世界の大同団結にさからって、こそくな言い訳でしかなく、実際は真逆な危険な行為であることを。まぁ、そうはいっても、農家は今、難行苦行の草刈り作業の最中です。その手を緩めるわけにはいきません。だけど、こうして事態をみると、草刈りだけでへとへとになっていては、一向に事態は変わらないということ。いや、今は、悪い方向に流れて行きかねないということです。傍観せずに、国民の一人として、しっかりした対応が必要だということです。これが、今年の8月を迎えての、私などの思いです。
2026年08月10日
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8月は、お盆と鎮魂の月東京の都会生活にある私は、お盆や鎮魂のへったくれもない身なんですが。おそらく、お盆は今自分があることのもと、自分のルーツのご先祖様をうやまう。もう一方、1945年8月15日の終戦、今の自分があることの犠牲に思いをはせる。そんな、二重の意味をもつ8月だと思うんです。若いころは、まったくそんなことには、思いをいたすことは、すこしもなかったんですが。こんなことは、歳のせいですかね。八王子にくらして40年は経過したと思うんですが、都会生活者は、八王子にただ寝に帰ってくるだけで、地域に思いをいたすことはなかったんですが。こんな冊子が、地域の図書館で目につきました。八王子市老人クラブ連合会の50周年記念誌「八王子 昭和の語り部」(2013年刊)です。八王子といえば、江戸幕府の西の守り手としての「千人同心」が示しているように、どちらかといえば、時の政治体制を守ることをポリシーとしてきたきらいがあると思うんです。実際にも、保守政治の基盤ともなってきましたから。ところで、この記念誌ですが、私などのように40年とはいえ、最近の新参ものとはちがって、古くから八王子に暮らしてきた年配者の人たちが、その八王子で暮らしてきたところの思いを語っているんですね。200人以上のエッセーです。そこに記されていたのは、戦争のなかでの苦労と、その終戦の苦労の思いでした。切々としたくらしの真実がつづられました。共通して、「戦争などということは二度と絶対にしてはならない」、これが高齢者の思いなんですね。これは、保守だとか革新だとかを問わず、国民の底からの体験であり、発言だったんですね。わたしなども、当時の八王子市民がこうむった苦労に、いくぶんなりとも思いを馳せます。ところがです。この冊子の巻頭部分には、この地域の有力者が何人かあいさつを寄せています。それをみて、むかついたのは、誰とは言いませんが。今現在の政治家で、軍事費建て増強を推進している政治家が、『先輩達の知恵や勇気を、豊かさと引き換えに背骨の細くなってきた今の日本に、私達世代に、大いに喝をいれていただく存在であってほしいと願います」こんな文章を寄せているんですね。わたしは、国民の心と、政治家の言動とは、まったく中身が乖離していると思います。今回の熊本大震災にたいしてもそうですが。国がやっているのはポーズを演じているだけで、心や行動は被災者の苦難とは乖離している。政治家とは、被災者国民にもっともらしいポーズをとるだけで、政治家の実際の関心というのは、まったくそこ被災者の苦難とはかけはなれている。被災者は、大変な事態で救援を頼む側ですから、ギャップを感じてもそれは言えないんです。このザルで救うような対応に、もっともな建前論に実際に実を入れさせるのは、外からの指摘であり、国民の圧力なんですね。放っておいたら、よろずかっこだけのザルです。ここに目を向けた、国民のしっかりした支援の力が必要です。
2026年08月05日
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齢76歳にして、一つの旅立ち私のブログを、これまで見ていたたいている方は、ご存じでしょうが、私は神奈川県真鶴町岩に1950年に生まれで、1969年の二十歳前から東京生活をしていきますが、今や齢75歳の年よりです。この間、もっとうとしてきたのは、3つですが、1つは真鶴・小田原にかよってのみかん栽培。2つは東京・八王子市鹿島団地でのくらし、3つ目は、これまで歩んできた全体としての学習ということでした。これまでのブログをふりかえってみると、とどのつまり、この3点が私などの世界だったと思います。もちろん、その3点はこれからも引き続き続けていくんですが、今回、私自身の第3の学習について、一つの思いたちがありました。まな板の鯉じゃないですが、ルソーの『告白』じゃないですが、私などの考察を開陳してみようと今回は、そうした私などの学習の旅、その第一回目の試みです。一、自然は歴史的な発展をしている、との考えですが。エンゲルスが『反デューリング論』(『空想から科学へ』1880年 明治13年刊行)で述べ、ダーウィンが『種の起原』(1859年 安政6年刊行)で論じた点です。ところで、私などが、ダーウィンと『種の起原』の名を初めて知ったのは、1968年の高校時代でしてエンゲルスの『空想から科学へ』からでした。それによってダーウィンの『種の起原』ですが、その書名と進化論を提唱した意義については、おおよそですが知ったわけでしたが。なんたってそれは大著ですし、これまでも今も、本棚で埃をかぶっていた次第です。ところが、最近のことですが、私などにほこりを、幾分ですが、払うきっかけがありました。それはなにか?どういうきっかけで、1859年刊行されたダーウィン『種の起原』が問題になったのか。とにかく、ダーウィンの『種の起原』が、意識の問題になりました。それはマルクスが初めて自らの経済学批判をまとめる頃の、1857年-59年を探ったことがきっかけで。ダーウィンの名が、いつ頃に初めてエンゲルスの意識に登場したのか。さらに、マルクスはどの様にキャッチしたのか?二人の認識にとって、ダーウィンという人が、どのように意識の遡上にのぼったのか、この問題です。〇1859年12月11日付のエンゲルスの手紙(第29巻)と、〇1860年12月19日付のマルクスの手紙(第30巻)とが、ことのはじめと見て取れます。自然科学を探求していたエンゲルスですが、刊行されたばかりのダーウィンの本に着目した。エンゲルスは、これにより個々の事物がそれぞれの形で発生するとの「目的論」の考え方が、これにより打ち破られ、自然は歴史的な発展をしてきたということが立証されることになる。このことをマルクスに紹介したんですね。当時マルクスは、20数年間の経済学批判をまとめようとしている時でした。そのエンゲルスの手紙から1年後ですが、今度は、1860年12月19日付でマルクスが、エンゲルスにあてた手紙です、この本は「我々の見解のための博物学的な基礎をふくんだ本だ」と評価しています。こうして、モーガンの原始共産制の世界もそうですが、ダーウィンの進化論も、マルクスたちの世界観の中に評価されるところとなりました。それは、1876年の『反デューリング論』ですが、その第一篇「哲学」の七「自然哲学。生物界」で、整理され、公に紹介されるところとなったわけです。確認すれば、ダーウィンはビーグル号での航海から1837年に帰って、その時に得た着想(進化論)を、その後、事実的な材料を20年にわたって集めて、そうして『種の起原』(1859年)で刊行した。私たち現代人は、だいたい、パッパ、パッパと思ったことや感じたことを、ただやたらに述べたてているじゃないですか。しかしそれではダメなんです。ダーウィンの『種の起原』、マルクスの『資本論』が、示しています。そんなことで、事柄自体が持つ必然性を証明することになっていないと。大事なことは、ダーウィンの苦労、努力ですが、育種の成果だとか個々の事実的な材料を、明暗とも徹底して集めたこと、20年にもわたってあつめたこと。そうした材料をあつめ、まとめたことで、その説(考え)が、それとは独立した客観的な事態の中で妥当していることを示したんですね。ヘーゲルは『論理学』の中で、その事物自体の中にある必然性として説いているようですが。これらは、科学者として素晴らしい努力であり、成果です。マルクスの1860年12月19日の手紙ですが、エンゲルスからの知らせをうけてから1年後の手紙ですが、ダーウィンの著作は「我々の見解のための博物学的な基礎をふくんだ本だ」と評価しています。こうした経過の流れの中で、エンゲルスの1876年の『反デューリング論』ですが、その第一篇「哲学」の七に、二人のダーウィンにたいする評価がまとめられたんですね。これは素晴らしいことですね。二、しかし、問題なのは、それまですすめられてきていたマルクスの人間社会についての探求です。それは唯物史観の考え方の確立と、その後20年間続けてきた経済学批判をまとめるとの問題です。マルクスは1846年に唯物史観を、『ドイツ・イデオロギー』で発表しようとしたんですが、それを刊行することはできませんでした。唯物史観そのものを、マルクスがあえて正面から論じたものは少ない。どれもそれを語ってはいるんですが、少ない。おそらく、1846年『ドイツ・イデオロギー』と、1858年『経済学批判』の「序言」、『資本論』の序文くらいじゃないでしょうか。唯物史観は、歴史社会に対する見方ですから、『反デューリング論』(『空想から科学へ』)をはじめ、その思想を表現しているものにはいろいろあります。エンゲルスだって、1883年にマルクスが亡くなって、そのマルクスの業績の最大ポイントとして唯物史観と剰余価値論をあげて、『共産党宣言』の序文や「共産主義者同盟の歴史」など様々な文章で、様々に紹介しているわけです。それは枕詞のように当たり前のようになっていますが、問題はその内容です。唯物史観の内容をどうつかみ、その方法をどのように生かすのか、この問題は簡単ではありません。唯物史観の内容は、ただ定式(ことば)を暗記すればよいといったものではありません。生きた精神をつかむ、行動の指針として生かす、それは簡単なことではありません。その唯物史観は経済学批判における基礎としての意義、その労働者の革命運動において持つ意義など、マルクスの死後にも、理論と実践で問われているわけです。私などは、マルクスの死後、この問題を、唯物史観の内容と意義の問題を取り上げたものとして、レーニンの『人民の友とはなにか』があるとおもいます。これは1894年の著作だそうですから、当時は24歳、その時にサークルに報告したものをまとめたものだそうです。レーニンについては、ソ連邦の崩壊後に、様々な議論にありますから、私などはその一つ一つについてはリアルにみるとして、しかし全体としてはマルクス主義を守り発展させようとした、その一生懸命な努力というのは、人間として素晴らしい人だと思っています。その基本評価はいささかも変わりません。三、今回、どうしてこうした自己学習を紹介する気になったのか、ですが。共産党の志位和夫さんが、『Q&A いま『資本論』が面白い』(2025年8月)に刊行されたじゃないですが。この志位さんの「赤本」は、日本のマルクス主義の歴史において、大きな功績だと思っています。マルクスの『資本論』というのは、日本の学術界では、しばらくの期間、世間から忘れさせられていたと思うんです。そのマルクス『資本論』第一巻の搾取論を、現代にわかりやすく引き寄せてくれたのが「赤本」で、これは傑作な本だと思うんですよ。斎藤幸平氏『人新世の資本論』もそうですが、現代社会の的を探るヒントを提起してくれていると思うんです。私などは、遠くなった学生時代に苦労したことが、そうした当時のことが、あらためて「赤本」で思い出されます。そこには、たしかな真理を持っているんです。しかし果たした成果というのは、私などが思うのにごくいち部分なんです。問題は、私などの探求は、まったくの道半ばにおかれていて、求められる努力はこれからだことです。そんなことを感じて、かつてからの学習を今に思い返して、この問題だらけの日本社会に、いまこそ再び、努力を尽くさなければならないと思っている次第です。今は、かつての時代とは違って、その後新たに出てきている問題もあります。しかしまったくの目新しさではありません。世界が動いています。そのなかで、この間努力してきた自己の力を、さらに高めるということでもあります。ふりかえれば、マルクスは1846年に唯物史観を意識化したのち、『共産党宣言』をはじめとする探求を進め、経済学批判を進めてきた。この1859年の『経済学批判』ですが、その1844年以来の努力の成果のまとめです。この『経済学批判』(1857⁻59年)は、1844年から20年間の経済学批判の探求をまとめようとしているわけです。この文庫本に添えられている33通の手紙、そしてエンゲルスの名になってますがマルクス自身が書いている二つの書評、さらに「序説」と、赤本というのは入口なわけです。その努力を、ちょこっとした努力で知ったなんて気になるのは、それはおこがましいことじゃないですか。それは昔も今もたいへんな努力が求められている。それを思うと、まったくの苦労知らずの、「せこさ」といったことを感じます。わたしなどは、『資本論』の基礎にある哲学、方法というものを、今に生きて問われている方法を学ぶ。どのようにしてか。それを、私自身の認識において、もっとより明確にして、東京の片隅でも、荒廃の広がるみかん園でも、諸般の事態のもとで、その改善のために、人として努力を探り、尽くすことだと思ってます。それが課題だと思っている次第です。
2026年08月01日
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「赤旗」のスクープ、外務省の中心はおかしい7月26日付『赤旗』日曜版のスクープです。日本の外務省が、アメリカに日本政府に働きかけるように要請していた。2014年7月1日の集団自衛権の行使の閣議決定する背後で、外務省がアメリカ政府に働きかけを要請していた。そんな公式文書が明らかになりました。今の日本政府の行動の謎ですが、憲法9条の平和民主の大原則が、どうしてねじれちゃうのか。もちろん、アメリカが終戦以来、戦後日本に居座って、自らを補完するようにと再軍備やら、戦争加担の圧力を働きかけてきた、それはわかるんです。アメリカの力だけでは足りないから、「吉田茂君、岸信介君、安倍晋三君、平和憲法をまげて、俺に力を貸せ」と。しかし、日本国憲法がありますから、国民の世論がありますから、アメリカ対日本政府との間でごまかしの手練手管が図られてきた。今回明らかになったのは、日本の外務省が、アメリカに対して、自衛隊の海外活動ができるようにするために、今、この時に日本の内閣に対して働きかけてほしいと要請したこと。もちろんアメリカ大使館は、その日本の動向を逐一つかんで、本国に報告し要請しているんです。アメリカ大使館ならわかるんですが、日本の外務省がですよ、その外務省の中枢が、内部からそうした流れをつくるために手引をしていたというんです。私などは、外務省というのは、歴史的には、日本の国益にたって、諸外国との問題点を議論し調整していくとのポリシーがあったと思うんです。井上清著『条約改正』(岩波新書 1955年刊)などには、そうした苦労の姿が紹介されています。不平等条約を、どうやって対等の関係にするのか、先人の苦労したさまが刻まれています。ところが、戦後の日本はおかしいんです。特に最近はひどいんです。外務省で働いてきた方が、自らの体験とその見識で書いています。孫埼享著『日米同盟の正体』(講談社現代新書 2012年8月刊)やっていることの実際を国民に語らない。何故、平和民主の憲法を持つ国で、どうしてそうしたことが起こるのか。しかし、日本の農家にとって、TPPの問題があったでしょう。日本の市場を開放せよ、関税で国内の農業をまもるなんて「規制」をいっぱいしろ、と。今も、アメリカからのミニマムアクセス米の輸入拡大を広げています。その実相はなかなか公にはされません、しかし優先的に実行されてるようです。日本の農家の生産基盤を守るんじゃなくて、アメリカに市場を開放する。その実際を、あれこれの理屈をつけて、理屈にならない理屈をつけて、農家、国民にねそれを飲ましてきたし、更にそれを進めようとしている。まあ、今回、明らかになった在日アメリカ大使館からアメリカ国務長官あての2014年6月3日付の秘密報告ですが、あきらかになった公文書ですが、どの様な面々が、安倍首相の閣議決定をつくろうと働きかけていたか、政治の実際の関係が見えてきます。少なくとも、国民の立場に立って、その障害に対したたかったかつてのポリシーはそこにはなく、アメリカ大使館同様に、そのアメリカの都合・利害・主張を、いかにしたら日本の政治決定にできるか、そんなところに努力をつくしているのが、今の外務省中枢なんですね。その事実が、公文書のなかに明らかされて、それが今回のスクープです。日本の政治の姿です。
2026年07月31日
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田村質問は、何が問題なのか?7月27日の衆議院の予算委員会での共産党・田村智子議員の高市首相への質疑ですが、いったい、何が問題か? 一つ、生での質疑は、テレビ中継では見れませんでした。11時50分、正午前のNHKは気象情報に切り替えられました。生中継はカットされました。以前であれば、放送がでかなかった質疑は、午後の時間に録画が放映されていたんですが。その放映はまったくなし、政府とNHKは田村質問をカットしたんです。仕方なし。2026年7月27日の衆議院予算委員会・田村質問については、衆議院のホームページから見るしかないんです。衆議院インターネット審議中継なんと民主主義にとってアンフェア―な、姑息なことか。共産党を国民に見せたくないとの、政治的な意図を感じますね。二つ、田村質問は、「非核三原則を堅持せよ」との点でした。問題は、日本の国民にとって、世界の世論としても、当然なこの問いかけですが、高市首相は、「堅持する」との明言をかたくなに拒んだんですね。もちろん被爆者をはじめ、国民の歴史的な願いの声です。国連のグレテイス事務総長や、核兵器禁止条約をもとめる国際世論の声です。しかし、高市首相は「堅持する」とは言わなかった。ここに、今の日本の根本問題がありますね、それがこの質疑で明確にされました。いま日本政府がすすめているのは、アメリカの核戦略の協力どころか、推進ですね。「軍備を拡大することで平和をまもる」といって、全面的な軍拡路線です。その実際の政策をちっとも説明せずに、軍事費を捻出のために、暮らし福祉・教育予算を削っている。首相は「台湾の有事は日本の存立的危機で、自衛隊の出動だ」との主張を撤回しない。この全体的な流れの中からみれば明らかです。高市首相のやろうとしているには、「非核三原則の堅持する」とのこれまでの方針ですが、「これを変える」ということを、口にすることを避けつつ、行為でしめそうとしているわけで。国民には信念をちっとも語らずに、トランプ政権に対しては抱きついているわけですから。この政治の実態をよくみて、これをしっかり変えなければ、今の日本の進路は危険です。
2026年07月28日
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農民連と有坂哲夫冊子私はこれまで20数年、みかん畑の雑草の草刈りをしてきただけの農夫ですから、二つのことは、その農業論の中身はよくわかりません。1、農民連の長谷川敏郎会長の参議院での6月23日の参考人陳述、2、有坂哲夫さんの『農業再建にどう近づけるか』冊子、ですが。しかし、そんな草刈りしか知らない私ですが、それでも、よくわかった点があります。1、有坂哲夫さんは、2021年に退職されるまで日本共産党の農漁民局長などを務められてきた農業問題の大御所なんです。この冊子では、日本共産党の綱領の確立に際しての、すなわち1958年の第7回党大会の綱領報告の紹介から入っています。戦後の農地改革の大変動の内容をどうとらえるべきか、その変化の結果、農家の人たちの置かれた課題・問題はどの様であったのか。そこから始めて、1974年には農業を「基幹的生産部門として位置づけ」て、現在に引き継いでいることを紹介しています。この1958年の報告を見ると、農地改革により基本的要求を実現した農民運動は、政党の一党支持の問題などもあり、バラバラになり農家の運動は衰退していってしまっていること、事態の打開のためには、農家の要求に基づいての自主的な運動が必要だと、問題提起をしています。2、それから32年が過ぎて、1989年に農民連(農民運動全国連合会)が結成されました。有坂さんの冊子には、第7章に、さりげない1ページに、農民連結成の流れとその意義が語られています。私など思うんですが、小作農が一般的だった農家が、要求実現し600万の小自営農民かわって、言ってみれば中小企業の社長さんです。この人達がまとまるというのは、言うは易し行うは難しだったと思うんです。しかし、1989年に農民連が結成された。小林節夫著『まもれ 日本の農業・食料』(1989年刊)、その第5章「国民合意の運動」に、その結成の時の様子が紹介されています。3、これを読むと、戦後80年の農民運動の歴史が、その苦労が伝わってきます。ようするに、農民連は農家の要求を基礎としたナショナルセンターなんです。フェイスブックで会長の「長谷川敏郎」さんを見ると、それがわかります。この6月23日には、「主要食糧法改定案」問題で、参議院の農林水産委員会で参考人として発言されてます。島根県で、今現在も、お米と牛の、実際に農家を営んでおられる方ですよ。その方が、フェイスブックを見るとわかりますが、全国の農家の要求を背負って、国会と全国の農家の間を飛び回って、発言をしつづけているんです。これはスーパーマンですよ。草刈りしか知らない私などは、その要求発言が持っている中身を知ろうとしているんですが。4、このことは、どういうことか。「農民連」=共産党じゃないかという人もいますが。私などが見るのに、有坂さんたちも含めて多くの政党人も、この農家の運動体ができるのを応援したんです。そしてそれらの力もあって農民連ができた。それは、独自の、独立した農家の人たちの要求運動の組織なんです。しかし、その要求は国民的な共同の性格のものでして、一党一派の従属物といったものじゃないんです。農家の要求という基盤があるんです。私などは、この間に一つの体験をしました。今年の2月8日に神奈川県の小田原方面で、中・晩柑橘の雪・凍害の問題が発生して、この問題に対してどうしたものか、集中的に問われました。このことを通して、その基本問題を体験しました。「そんな要求するなんてことをするのは共産党じゃないのか?」など、水掛け論も出てきます。私なども、日常のなかに気がつかなかった、ある種の偏見や誤解があることも体験しました。しかし、私などは全体として感じました。そこには戦後80年の間に日本社会が歩んできたところの、縮図のようなものあると。戦後の民主主義というのは、実社会のなかでは、当初は建前論だったかもしれません。しかし、様々な具体的な体験をとおして、農家にとっても、その尊厳を一歩一歩、具体的につかみ取ってきた問題だし、新らたな事態の中でつかみ取らなければならない新たな問題として発生してきている。じつは、そうした一つ一つの問題というのは、国民のそれぞれにとっても、それぞれがちょっと形を変えてぶつかっている共通問題なんだということ、それが今という時の課題なんだと感じている次第です。この二つの発言問題が提起していることですが、それを理解するということですが、これは、だてに戦後の80年が過ぎてきたわけではないということです。それらすべてを無にして、泣き寝入り、「長い物には巻かれろ」といったことが押し付けられる、それにへいへいとして従うとなどは、だれしも出来ないし、そこには国民としての権利の自覚がかかっている問題だと思います。そんなことを感じさせてくれる二題でした。
2026年07月27日
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マルクス『共産党宣言』の紹介なにしおうマルクス『共産党宣言』ですが、それを私なりに紹介します。私は、関東平野のはずれ、みかんと漁業、石の神奈川県真鶴町岩で1950年生まれです。1968年ころの高校時代でしたが、この『共産党宣言』を知りました。この本は、1998年に服部文男訳が新日本出版社版で刊行したもので、その時のものではありませんが。その当時は、日本の政治、社会のことは、ほとんど知らない若造だったんですが、どうしてこの『共産党宣言』を手にしたのか、知ったのか、ふりかえってもわからないんですね。だけど、当時の若者は現実の政治社会の動きなどろくに知らないくせに、どうしたわけか、この主張の中に、響くものを感じたんですね。1848年2月にマルクスが刊行した『共産党宣言』ですよ。そのどこに響くものを感じたのか、1968年の若造には当時としては感覚でしかなかったんです。マルクスの『共産党宣言』ですが、いったいそのどこに引き付ける真理があるのか?それのころから58年の歳月が流れましたが、その問いに対する、今流の私なりの答えなんですが。『共産党宣言』には、当時の新旧の社会思想と、哲学や法律、経済学、革命論、社会主義思想と、ものすごく広い領域を探ったあとがうかがえます。ここでは、盟友として共にしたエンゲルスですが、その彼が指摘している点を考えます。マルクスは1883年(明治16年)に死去しましたが、盟友エンゲルスは、その亡き友の業績について、それを確認し伝えようとしています。ME全集の第21巻(1883-89年)を見ると明らかです。その一つに、『共産党宣言』が提起した基本思想、唯物史観についての問題です。これは、エンゲルスの『共産党宣言』1883年ドイツ語版への序文ですが、マルクスの死の直後ですが、その唯物史観の内容について、短くも端的に指摘し、確認しています。中身の指摘についてはくり返しません。これらの一連の指摘を基に、その「根本思想」がどこにあるのか、確認することが大事だと思います。自分自身で探ることが大事だと思います。唯物史観に対しは、それこそさまざまな解釈が氾濫しているわけですから、公式を暗記するような態度ではなく、探る必要があります。二つに、エンゲルスは『共産党宣言』の時代に生きる生命力を指摘しています。もちろん、時代社会の変化により、古くなった点もあるわけですが。その1884年でも、『宣言』の生命力がどこにあるのか、それを指摘しています。論文「マルクスと『新ライン新聞』(1848-1848年)」(1884年3月13日付 ME全集第21巻)ですが。1848年2月の『共産党宣言』の中にある規定を、エンゲルスは1884年(明治17年)時点で、その正しさを確認し指摘しています。『共産党宣言』の綱領の戦術についての二つの箇所を、エンゲルスは取り上げています。「1、一国(自国)での闘争において、一方で民族の別にかかわらないプロレタレアート全体の共通の利益を主張する、他方で闘争が経過する様々な発展段階で、つねに運動全体の利益を代表する。2、その一つのドイツですが、ブルジョア革命の前夜にあるドイツのプロレタリアートがとるべき態度についての指摘です。」これらの指摘ですが、それがどういうことを言っているのか、具体的に検討しなければなりません。今日とでは、時代も社会も違いますから。しかし、1884年(明治17年)3月13日時点のエンゲルスですが、1848年に指摘した点が「正しい」としているんです。明治17年(1884年)の時点で、エンゲルスは一般的に『共産党宣言』の生命力どこにあるのか、その時点で、アドバイスを残しました。それは今日の日本社会にも通じている。今日でも妥当する点だと、私などは感じている次第ですが。ここには、もう一つの側面があると思います。それは、当の私たち日本人は、その先人たちは、その思想をいつ頃から知るようになったのか?です。一つの指標があります。この冊子は戦後の1952年に出されたものですが、その元になっているのは、1904年(明治37年)に『平民新聞』に、この幸徳秋水・堺利彦訳で『共産党宣言』が訳されて、紹介されたというんです。いわばその復刻版です。日本社会は、マルクスが亡くなって、エンゲルスがその業績を再確認した時から20年にして、それを自らの言葉で理解し紹介しようとする先人が出てきたということですね。戦後の民主社会では、学問研究、思想信条の自由、出版の自由がありますから、ふつうに誰でも手にすることができますが、戦前の社会では犯罪ともみなされかねない、大変な中でのことでした。そうした努力の流れの中に、1968年ころに、私などにとっての出会いがあったわけです。古典の作品というのは、とかく古くさいとか、今では通用しないとか、そうした見方もありますが、わたしなどは、それが自然になるにはそれなりの歴史があったこと、何よりも、その精神は今においても生きていること、大事な側面をもっていると思っています。
2026年07月22日
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梅雨明けと草刈り7月20日、気象庁は関東の梅雨明けを発表しました。すでに熱い日々が始まっていたんですが。小田原のみかん園、梅雨の雨と太陽の強い日差しの下で、雑草の繁茂が続いています。ここも、つい2,3週間前に大方の草刈りしたはずのみかん畑なんですが。みかんの苗木が、雑草に取り囲まれて見えなくちゃってます。今週も草刈りに援農者が来てくれました。1人で草刈りするのと、2人でするのとでは、大違いなんです。ぽつんと一人で、賽の河原のような広大な作業をすると、すぐくたびれちゃう。終わりの見えない作業が、延々と続くわけですから。二人になると、張り合いもでてきますし、集中力が違ってくる。休憩を取りつつ、1時間余で、ごらんのとおりです。青空の青さが目につくようになりました、あとで聞くと梅雨明けとのこと。作業の前には、空の青さを見る余裕などありません。みかんの苗木も目立つようになり、みかん畑らしくなりました。草刈りを一段落したことで、空の青さに気がつく次第です。みかんの手入れとは、とどのつまりは、繁茂してくる雑草を抑えること。ちょっと手を抜くと、苗木はクズや雑草に覆われてしまいます。日が当たらなくなると、葉は落ちてしまい、みかんの木は枯れてしまいます。梅雨の基幹の水分を地面は蓄えていますから、これから梅雨明けの炎天下になりますが、農家の草刈り作業は続きます。
2026年07月21日
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八王子市鹿島で7月つどい開催八王子市鹿島で7月18日(土)、鹿島のつどいが開催されました。50万人都市の八王子市にあって、その東はずれにある鹿島地域ですが、八王子市政からはまったく遠い存在でして、市政や市議会というものが、なかなか見えないんです。この鹿島のつどいでは、6月議会、すなわち第二回市議会定例会(6月8日-25日)の内容を、望月しょうへい市議が、二つのニュースを材料に報告してくれました。一つ、小中学校図書館へ、図書館司書の増員を求める請願が問題になっていました。図書館司書は、子どもたちの知をはぐくむものとして、国基準では1.3校に1人を配置すること、これが提起されてるんですが。八王子市の現在は、小・中の107校に対して、27人しか図書館司書が配置されていない。このため、週に一日しかいない。司書さんは4校の掛け持ち状態です。「学校司書の増員を」との請願は、短期間に8093筆の署名が集められ、提出されました。しかし、この請願ですが、6月16日の文教経済委員会、さらに本会議において、共産・ネットの賛成者7名に対して、自民・公明等の30人の議員の反対で否決されたんです。何故、この当たり前な請願ですが、それが否決されたのか、わかりますか?これが八王子の市議会であり、八王子行政なんです。二つ、国民健康保険税は、八王子は三多摩で一番高い。これが前々から問題になってました。他市は、高すぎる保険税に、市の一般会計から補填をしている。八王子市は補填は無し。毎年の値上げしていて、しかも徴収したお金を余らせているんです。それでも高い負担を強いている。毎回、市民から高すぎる保険税の引き下げを求める請願が出されている。この請願も同じで。共産ほかの7名の引き下げ賛成に対して、自民・公明等の30議員の反対で、否決されたんです。三、今回、広い八王子の循環バスによる交通利便の確保や、学校施設のバリアーフリー化などが、望月市議の一般質問などで、市民の切実な要求が提起されました。八王子は広いし、防災への対応からしても、その一つ一つがしっかりした対応が求められているんです。状況の調査もしないでいて、一般的に「努力します」では、願望論でお茶濁ごしの議論です。市民要求が、どのような問題にぶつかって、あいまいになっているのか、正さなければすすみません。このつどいで、八王子市議会の議論の様子を聞いていて、参加者からは、なぜ当たり前な請願を、議員は否決するのか、訳が分からないと。八王子市政というのは、市議会というのは、市民の暮らしに対し、じつにつめたいと感じた。だいたい、その具体的に様子が、望月市議の紹介と説明を聞かなかったら、ちっともわからない。聞いても、自民・公明などの、市民要求の請願を否決するのか、その理由・根拠がわからない。国の政治も、八王子市政も、今の状況は、共産党議員の活動をぬきにしたら、まったくの暗闇だ。「今の日本の動きというのは、本当に大丈夫かしら」など、参加者からの感想が交わされました。次回ですが、 今、戦争へすすむような危険すら感じさせられる、 この流れを止めて、平和への道をすすむためには、何が必要なのか、 この問題をテーマとすることになりました。
2026年07月20日
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農民連は共産党か? 今回・7月12日からの小田原行きですが、有坂哲夫さんの「農業再建にどう近づけるか」冊子、7月11日到着の普及を始めました。現地の小田原では、これから、それこそ目を白黒させるかと思います。7月11日(土)、待望の有坂哲夫著「農業再建にどう近づけるか」冊子が刷り上がり、到着しました。7月10日(金)には、2月8日に発生した小田原方面の雪・凍害ですが、これに小田原市が動くとのビッグニュースが入りました。2月8日の災害発生に右往左往していた小田原のみかん園でしたが、農民連が現地調査にはいってくれて、リアルにその農家の被害の様子を、新聞「農民」(4月13日付)で紹介してくれました。これで、この災害が社会のだれしもにとり、客観的認識となりました。しかし、現地の農家には戸惑いがおこりました。「おめえは共産党か?」、「農民連は共産党か?」「「農民」新聞は、「赤旗」の農民版なのか?」「みかんに関する部分のコピーを知らせてくけるだけでよい、そのほかの記事はいらない」と。小田原方面に発生した、中・晩柑橘の災害を社会的に知ってほしい、ただそれだけだったのに、「勝手に知らせるな」「報道することは迷惑なんだ」「そんな新聞を配るな」等々。そんなリアクションが、事実を紹介することに対して、軋轢が起こりました。それから5か月が過ぎました。神奈川県の農水課への要請が、4月28日に行われ、農林水産省との要請が、5月11日、6月9日に行われました。小田原市議会では、6月議会で3人の市議会議員(立憲、共産、自民)が取り上げました。国や県は、農家の切実な被害を、ただ聞き置くだけでちっとも動きを示しませんでしたが、7月10日に小田原市からの知らせがありました。小田原市として、農家への支援を9月議会までに検討する、とのいわば「内示」が出されました。中身についてはこれから検討するわけですが、とにかく、何らかの被害農家への支援策を検討する、との知らせがありました。小田原方面での、今回の自然災害は、おそらく農家の現役世代にとっては初めてのことかと思います。農協や、市町の農政課の職員にとっても、初めてのことかと思います。出発点の災害の被害の調査からしても、だれがどこまでで来るのか。過去の経験や、全国の被害対策の経験も、これまでは他人事だったわけですから、2月8日から、この災害の事態にどう対処すべきか、それぞれの「努力」というものが、問われているわけです。そこには、これまで日ごろでは気がつきませんでしたが、何か新しいことが起こると、私などは今回、「それは共産党じゃないか?」「そんなことをするの共産党じゃないのか?」そうした水かけ論が、どこからともなく出てくるのを体験しました。私などは思います。今回の有坂論文ですが、共産党の農漁民局長を務められてきた方であり、同時に、長野県で農村青年として働いてきた方なんですね。もちろん農家と共産党とは、別々の存在です。そもそも農家は縄文末期の昔からあるわけですから。しかし、私などは、2月8日の凍害の被害を受けて、農家の苦悩にたいして、最も心を寄せてくれている政党の一つに共産党があることを。もっとも、共産党員の方たちにもいろいろな方がおられますから、すべてのひとが、理解あるなんてことはいいませんが。少なくとも、数ある政党の中で、農家に悩みや要求に、もっとも近いのが共産党であると。ようするに、それぞれが、協力と共同の関係にあること。それが、私なとなどが体験しての見方なんです。今回の、災害対応の体験と、有坂哲夫氏の「農業再建にどう近づけるか」冊子を読んで、あらためて、そのように思います。二つの団体が重なるところがあり、協力関係があるのは、素晴らしいことです。しかし、一体のように見るのは、それぞれ独自な目標をもって努力されているんですから、それぞれにとっては、自己の尊厳をはき違えることであり、失礼なことかと思います。前回の7月11日のブログでも紹介しましたが、この有坂さんの冊子(16ページ)をあずかりました。今回の小田原行きの草刈りの中で、最初の4人の方に冊子を販売できました。活字離れの今の時、それを読んでみようなんて奇特な方は、なかなかいないと思いますが、私が見たところ、これは一人の方の人生の記録です、ライフワークをまとめたものです。言ってみれば、『資本論』や『種の起原』などにもあたるような、今を前にすすめていく上で、貴重な作品と思っています。そうした、私などの、いち押しの冊子なんです。ほんとうかどうか、確かめてみたい方は、前回の7月11日ブログに、連絡先を書いておきましたので、お申し出ください。本体の冊子が200円で、郵送料が180円の、計380円ですが。お待ちしています。
2026年07月15日
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冊子『農業再建にどう近づけるか』を紹介します有坂哲夫著『農業再建にどう近づけるか』冊子が、本日到着しました。有坂哲夫さんは、農民運動家・農業研究者ですが、その歩みをまとめました。日本農業の今の状況と課題、日本共産党の農業政策の一端が確認できます。たまたま八王子在住が縁で、『備忘録』(2021年)に掲載されていた論文を、その再発行をお願いしていたんですが、今回それが実現しました。この冊子は、一冊200円とプラス送料です。自費出版ですから、部数が限られていますが、もしも、この冊子をご希望される方は、当方まで、FAX、ないし、はがきで、送付先の住所、氏名を明記して、お申し出ください。FAX 042-676-5143〒192-0353 東京都八王子市鹿島8-3-104 橘田幸夫 です。お待ちしてます。
2026年07月11日
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昨日、朗報がはいりました2月8日に発生した中・晩柑橘の雪・凍害ですが、この自治体の6月市議会ですが、6月14日と15日に、この問題で、一般質問で3人の市議会議員の方が、被害把握と支援対応について質問してくれました。3人の市議さんは、それぞれの立場から、行政のみかん農家への支援を要請してくれていました。私などは、その速記録をいただいて、質疑の様子を読んでキャッチしていたんですが。昨日、7月10日、ビックニュースがとびこみました。行政が、被害農家の支援に踏み出すと、もちろん、いまはまだ内示の段階ですが、連絡があったそうです。これはダメージを受けている農家には何よりの朗報です。もちろん、今、検討している最中しょうから、中身についてはわかりませんが。2月8日に発生した大雪とマイナス7.8度の凍害、観測史上2番目の何十年ぶりの災害で、現役世代には初めての事態です。国や県にも支援を要請してきていたんですが、ちっとも明るい返事はなかった。湘南ゴールドやレモン、そのほかの柑橘も、ほとんど使い物にならなくなったわけですから。農家としてはガックリ、ため息交じりでの声なき草刈り作業となっていたわけです。もちろん、支援策とはいえ、それがが私などの援農者に届くなどの期待はしてませんが。国の収入保険も、県の果樹共済も、青色申告が加入の資格要件ですから、白色申告者が保険に加入できるためには、国が制度の適用条件を変えなければならない。国が重い腰を上げなければならない。このため農民連は、毎年毎年、再三再四、国へ要請し、交渉してきているんです。私なども、6月9日には、農水省への要請交渉に参加してきました。全国のリンゴ、桃、ぶどう、など果樹農家は、昨今の異常気象のもとで、毎年、大きな被害を受けているわけです。ですから、災害保険に白色申告者でも加入できるようにしてほしい、と。しかし、行政当局は、立て板に水で、被害を理解するのに鈍く、災害支援策では、現状を指一本も改善しようとしないんです。いくら要望しても、立て板な水だった。そうした、冷たい事態の中でのことでしたから、もちろん中身はこれからですが、その支援策の中身が見えてくるのは9月ころでしょうが。とにかく自治体が、被災農家の支援に動く、一歩を踏み出すということは、今回の災害でガッカリしている農家にとって、ビッグニュースです。もちろん中身と実効性の程はこれからのことですが、とにかく、支援に動く、と。これはみかん農家が営農を続ける上で、あかるい希望、期待につながると思います。その第一歩だと思います。がんばれ! みかんの農家です。
2026年07月11日
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カミキリムシ防虫剤の塗布を完了梅雨が明けたかのような青空のもと、カミキリムシ対策で、防虫剤を塗布してきました。元気をなくしたみかんの木、その主要な原因はなんなのか? わかりません。ただ、カミキリムシが、その原因の一つにあることは、たしかなことでして。この間に、基幹部分の草刈りをして、防虫剤の塗布を、先週もしてきていたんですが。前回に塗布した部分を見ると。炎天下での苦労をした甲斐があったということです。これは、今季の6匹目の確認となります。私などがみかん園にいる時間はごく限られているのに、それでもこの事態です。とにかく、みかん園の木のすべてについて、防虫剤の塗布を完了しました。ヤレヤレといったところです。今回は、この草刈り・防虫剤塗布とともに、もう一つ仕事がありました。みかん園は、2月8日雪・凍害の被害を受けました。4月になってから、その被害のほどが明らかになってくる中で、この被害の調査と支援策について、農民連は4月28日に神奈川県の農政課へ、5月11日と6月9日には、農林水産省に対策を要請してきました。今回は、その県と国への要請した時の内容を、農家の人たちに報告すること。農家の災害には、各県単位で果樹共済があります。全国としては収入保険があります。しかし、今回知ってみれば、湘南ゴールドは果樹共済の対象にはなっていない。また、果樹共済にしても収入保険にしても、青色申告をしてないと加入資格がない。一般の白色申告では、加入できないんですね。今回の、国や県との要請・交渉というは、白色申告者であっても、この二つのいずれの共済制度を使えるようにしてほしいとの点でした。交渉は立て板に水のやりとりで、「青色申告者でないとダメ」が農水省の壁でした。しかし毎年、災害は激しくなっているわけで、一般農家は、支援策の対象から除外されているのが今の現状でして。私などは、草刈りと防虫剤を塗布してへとへとになっているわけですが、それで終わっていたらダメで、一般農家にも支援対策がされるように、もうひと頑張りして、冷たい今の現実を変えるように努力せよ、ということです。それが、私などにとっては、2.8凍害が提起している問題です。要請交渉の報告文をつくるのもたいへんなんですが、その内容を農家にかえすこと、それを、今回の小田原行きですすめてきました。
2026年07月09日
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小田原・みかん園の雪・凍害のその後今年2月8日に小田原方面で発生したみかん園の凍害ですが。それから5か月が過ぎましたが、その後の様子です。2月8日の大雪と、その後マイナス7.9度の凍結。それにより湘南ゴールドやレモン、甘夏等の中・晩柑橘に大きな被害が発生しました。これまで経験したことのなかった災害なんです。雪がとけて、しばらくしてから、その大きな深刻な被害の状況が見えてきました。農民連が、3月18日に現地を取材してくれました。このリアルな報道により、初めてこの災害に対する調査と対応が動き出しました。自分の被害はわかっても、周りの農家や全体の被害はわからない。戸惑うばかりの事態、なにしろこれまでこうした経験がなかったですから。農協も、4月17日に農協に出荷している農家の被害調査し、まとめました。農民連は、4月28日に神奈川県の農政課に支援を要請しました。すると「災害から日がたっているから、調査はできない」とのこと。農民連は、5月11日と6月9日に農林水産省に対し、支援要請と交渉をしました。私もこの第二回目の6月9日に要請に参加してきました。そこで分かったことは、被害の把握というのは、農協がおこなった調査に乗っかっているだけなんですね。農協に加盟し、農協に出荷している農家だけのデータなんです。被害をうけた農家の全体を把握するものではないこと。また、対策の中心は収入保険・果樹共済というんですが、それは青色申告者が資格要件なんです。一般申告している(白色)申告者は、はなから対象外なんです。これでは、災害にあった農家の全体にたいして、手を差し伸べるものにはなっておらず、一般の農家は対象外に捨て置かれているということなんですね。したがって、何十年ぶりの凍害の被害、農家の現役者としては初めての災害なんです。この事態に、農家としてもこの社会のあいまいな現状を直視し、改善して、真に実効性のある支援策をつくりだすことが求められています。昨今の気候変動、異常気象の折です、去年今年のリンゴ農家がそうなように、来年もまた、いろいろな形での災害が発生することもありうるわけですから。今の現実は、形だけの支援制度で、ざるで水をすくうような事態なんだということです。現地の小田原市議会でも、6月14日、15日に3人の市議会議員の方たちが質問しました。私の見た限り、小田原市も神奈川県も、農林水産省も、農協のデーターに乗っかって、従来のざるで水をすくう制度を紹介するだけで、実際に被災にあっている農家にたいし手を差し伸べるものとはなっていません。被害の実情をつかんで、支援救済のために実効性のある対策を講じること、それが、今、農家を支援するため、政治は問われており、求められています。
2026年07月05日
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みかんの草刈りと防虫剤の塗布梅雨の切れ間に、6月29日から7月1日に、みかん園でひと仕事してきました。この時期は、みかんを枯らしてしまうカミキリムシ、その防虫対策をしています。みかんの木の基幹部分に、カミキリムシに加害されないように、防虫剤を塗布しています。この時期は、一雨ごとに雑草が繁茂してきますから、その前に、木周りの草刈りが必要です。これが草刈りを始めだす前のみかんの木です。何十本とあるみかんの木ですが、草刈りを始める前は、ごらんのとおりです。こうした状態では、基幹を加害する害虫の動きは、わからないわけです。草刈りしてみると、基幹の状態がわかります。木への加害はカミキリムシだけではないんですね。草刈りしてみると、基幹部分ですが、何かの害虫により加害されてます。これではみかんの木は成長しません。これを放置していると、みかんの木は枯れてしまうこともあります。今回の草刈りをしていて、4匹目のカミキリムシを見つけました。他の病害の場合は、翌年には再生することができるんですが、カミキリムシに加害されると、みかんの木自体が枯れてしまいます。木の水脈を断ち切られて、根からの養分を上部の枝葉に送れなくなるからですが。したがって、このゴマダラカミキリムシは、みかん栽培にとって大敵なんです。6月中旬から7月に、羽化して、外からも飛んできますから、みかんの木の周りを草刈りして、防虫剤を塗布しています。みかん園を守るためには、欠かせない作業です。
2026年07月01日
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農業・農民運動を考える二冊の本みかん畑の草刈りを26年間してきていながら、草を相手にしていただけで、ちっとも農業問題を知らなかった私なんですが。農業の一端をしていながら、農業を知らなかったわけです。ただ草刈りに追われているだけではダメだと感じていたんですが、そこで、あらためて農業問題を知ろうと思って、昨年の3月に東京農民運動連合会に入会しました。そうした中、今年の2月に、小田原方面の中・晩柑橘ではマイナス7.9度の雪・凍害が発生しました。あらためて、自らの立ち位置を知ることが求められているわけです。二冊の本を紹介します。1、『まもれ 日本の農業・食糧』(新日本出版社 1989年7月30日刊行) そのなかに第5章「国民合意の運動」(小林節夫著)があります。 1989年1月24日の「農民運動全国センター結成大会を祝う会」の様子が紹介されています。 農民連とはいったい何なのか、どのような役割を果たそうとしているのか。 東京農民連の方との偶然の出会いで入会しましたが、 私の本棚の片隅に眠っていた本でしたが、この本が農民連の原点を示していることを知りました。2、『日本農民運動史』(稲岡進著 青木文庫 1954年11月1日刊行) なんでこの本が本棚にあったのか、わかりません。 私は都会生活者ですから農業のことは知りません。この本はどこかの古書店で入手していたものです。 日本農業の起源と、大化改新と農民生活から、明治維新にいたるまでの農民運動の歴史、 1945年の敗戦までの農民運動が紹介されています。 一読して驚いたのは、 ア、1922年(大正11年)4月9日の日本農民組合の創立大会の紹介です。 創立宣言とその21項目の主張。 そして1923年10月に農民国際協会がつくられて、日本の農民あての「檄」が紹介されています。 これは、今日の農民連の精神と基本で通じるものがあると読みました。 イ、農民運動は今でこそ社会からあまり目立たない存在ですが、歴史的に大きな存在だったこと。 今でこそ社会的に目立たない地域、地方ですが、それぞれがじつに大きな運動を展開していたこと。 おそらく、農業という基礎は、日本の各地で多く共通している営農作業、状態だったんですね。 いまでこそ、政府のある首都東京における政治の在り方が問われていますが、 その基礎には全国の各地の農家の問題があったし、今でもその歴史形態があるということです。まずは、一読して、そんなことを感じたので、紹介させていただきました。
2026年06月27日
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みかん園の草刈り小田原・石垣山のみかん園の草刈りに、6月24日援農が来てくれました。梅雨のこの時期は、雑草の繁茂がすごい。手前には埋もれかけた苗木があり、奥の方では援農者が草刈りしてくれてます。隣の農家の方がアドバイスしてくれました。「草刈りは、要領が大事だ。それがまずいと、このようなことになる』と。それでも二人で作業していると、この草刈り作業を客観的に見ることができます。この時期の一雨ごとの繁茂は凄い。2,3週間まえにここも草刈りしたんですよ。別の畑のくさかりをしていたわずかの間に、ごらんのとおり覆われてしまいました。草刈り作業は、雨が降っていてはできませんから、梅雨の切れ間の日は貴重なんです。しかし、周りの畑を見回すと、クズに覆われてしまったみかん畑が、ところどころ目につきます。農夫の高齢化がすすんでおり、耕作範囲を狭めざるを得ない。手の及ばなくなったところを、カバーしているわけですが。畑を原野に返そうとする自然の力と、みかん畑を守ろうとする人の力との、二つの綱引きです。ちょっと、というか多分に自然の力に押され気味ですが、しかしそうはさせないぞと、援農者の力を借りて押し返しています。二人で作業すると、1人の時に比べて、体の負担がはるかに楽なんです。これぞ「協業」の力ですね。
2026年06月25日
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八王子市鹿島で要求懇談会6月20日、東京・八王子市鹿島で要求懇談会が開かれました。テーマは、1.学校の図書館司書の増員、2.地域のバス交通の確立、でした。1、学校図書館の司書の増員問題は、八王子には107校の小・中学校があります。学校図書館の司書は27名。1人の司書さんが4校をかけもち勤務ですから、週に1日しかいない。このため、子どもたちは「うちには司書さんなんていないよ」とか、なかには司書さんのいないときは図書館を閉めちゃう学校もあるとか。国の文科省では「1.3校に1人」の配置が基準とのこと。この6月市議会には、8000筆を超える請願署名がよせられ、6月16日の文教経済委員会で、この請願が審査されましたが。結果は、共産党のみの賛成と、それ以外の会派(自民2、公明2、無所属2、立憲1)の反対で否決されました。教育委員会側は、「学校側から司書増員の要望は出ていない、よって増員しない」「八王子の子は、本を読まないことを初めて知った」などの見解で。その行政の態度を、市議会の多くの会派が追認したことで、この請願は否決となりました。この懇談会では、「八王子市の学校図書館に学校司書の増員を求める会」の方と、共産党の望月市議が参加してくれて、この八王子市議会を傍聴しての、あきれた姿と怒りを紹介してくれました。2、もう一つは地域公共交通の問題です。長年にわたり都民が要請してきた「多摩都市モノレールへのシルバーパスの適用」が、実現することとなりました。これは大きな朗報です。しかし、八王子は広いですから。鹿島からは市役所は遠い彼方です。地域循環バスが4路線あったんですが、ニュータウン地域にはまったくなかったんです。京王の限られた幹線部分しかなかったんです。市内の病院や買い物は不便なわけです。今回、この10月からですが、従来の地域バスの4コースが変更されて、新たな10コースが計画提案され、新たにニュータウン地域にも2コースが走ることになりました。これは新たな一歩前進なんですが、しかし、予算の関係でこれまでの毎日運行が減便されたりしますし、本当に市民の利便に役立つ交通網をつくれるかどうかは、それは、これからの市民運動の課題なんです。すぐに、「もうからないから、やめる」なんてことになりかねないのが、今の八王子市政ですから。そうした二つの問題が懇談されました。
2026年06月21日
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『小田原市農協三十年のあゆみ』の紹介私は東京在住ですが、神奈川県の真鶴と小田原のみかん園の手入れをしています。今年の2月8日に小田原方面で大雪と零下7.9度による凍害が発生しました。その災害を機にして、あらためて農家の置かれている状況について学んでいます。今、一冊の本をよんでいます。『小田原市農協三十年のあゆみ』(1994年刊行)ですが、これは、小田原の農家が置かれている状況と要求がよく紹介されています。わたしも2013(平成25)年の7月から農協の組合員だったんですが。これまでは、営農を確認するアンケートが送られてくるだけで、農協について知らなかったんです。2023年に小田原・早川の、知人の園主が亡くなったんですが。その彼が、生前にこの本をプレゼントとして残していってくれたんです。今回の小田原方面での、中・晩柑橘の凍害を体験しているんですが、この三十年史には、農業協同組合が農家の営農をどのように支えようとしてきたか、もちろん、詳細なことがらはわかりませんよ。しかし、めくっていたら『家の光』が出てきました。もはや60年以上も遠い昔のことですが、真鶴の我が家でも『家の光』をとっていたんですね。もちろん私などの小学生の頃のことですから、中身は知りませんが、あったことは覚えています。この「三十年のあゆみ」の本には、この間に、かつて『家の光』を見た時から今回までの間に、私などの知らなかったところで、いろいろたいへんな問題の中を歩んできたことがうかがえます。減反政策で水田を宅地化をせざるを得なくなる農家、オレンジの輸入自由化でみかん畑を縮小・改変を余儀なくされた農家のこと、そして農家の担い手が高齢化してくる問題と、田畑の後継者をつくっていく補償・保証がない中でSOSを発信していること。どれも皆、今現在に通じる問題が、すでに30年も前に、この本の中で語り合われているんです。農家が政治不信になるのもわかります。自己流の活路を探ろうとする気持ちもわからなくはありません。やけっぱちでかっこいい見栄えする輩に、あてにならない期待を託すのもわからなくはありません。しかし、今の道は、亡国の道をすすんでいる事態には変わりがありません。私などは、今回の災害に対して、いったい国や県、市の行政は、何ができるのか、何をしようとしているのか、問われているし、あえて霞が関くんだりまででかけたのはなぜなのか。もちろん災害への対応の問題がありますが、それ以上に戦後80年の農業政策の対応の根本が問われるところに、今や来ていると思っているからです。だいたい周りを見ると、現場は70-80歳のお年寄りが、声なき声で、ぎりぎりの努力でかんばっている。霞が関に物申したいけど、その自由がない。他方、国はそうした全国の事態をよく知っているわけですよ。しかしだいたい全体は知っているんだけど、肝心な決定権を持つ人たちは「アカンベー」なんです。しかもこの決定権者の無為無策の事態に対して、亡国の農政に対して、野党の多くがすり寄っていく。政権亡者たちが「そうだ、そうだ」と合唱している。災害対応ということは、誰が見ても当たり前な主張です。しかし、わかっていながらいっこうにこの国の政府は対応しようとしない。今問題なのは、この閉塞した事態を変えることです。今や言い訳は無用です。政治を動かすこと、このことが決定的に問われているところです。
2026年06月19日
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みかんの木の手入れと、凍害対策を喚起する今回のみかん園の仕事ですが、みかんの木の樹幹下の草刈りと、カミキリムシ対策での防虫剤の塗布でした。これまでに3日間、45本の木に塗布しています。まだ途中ですが。しかし、みかん園を続けるためには、それだけでは足りません。小田原から湯河原方面では、2月8日の大雪とそのあとマイナス7.9度の凍害が発生した。湘南ゴールドやレモン、甘夏などの中・晩柑類は、痛んでダメになってしまったんです。農民連が現地に入って調査し、4月13日付「農民」新聞で、2軒の様子を、深刻な被害のリアルな様子について、その一端を紹介してくれました。4月28日神奈川県・農政課に対し支援要請をしましたが、「時間がたっているので調査はできない」と。調査すらしようとしない、動かないというんです。そうしたこともあり、5月11日に農林水産省へ、資材の値上がり、入手できない問題での要請に、凍害問題も入れて、調査と支援を要請しました。青森のリンゴ農家の被害も大変だったんですね。さらに5月にには、福島の桃農家で、雹による大きな被害が発生しました。6月9日には、農水省に対して、果樹被害への支援対策で、再び緊急の要請交渉がありました。これに対しては、私も参加するようにしました。そこで私などが知ったことは、問題は、現場の調査の問題ですが、国や市や県の状況認識というのは、農協の調査によっていること。しかし農協の調査というのは、農協に果実を出荷している組合員に対する内部調査なんです。ということは農家全体の被害を把握するために動くような体制になっていないということです。またその行政の支援対策というのは、収入保険・果樹共済だというんです。しかしこのその資格は青色申告をしている農家に限定されているわけですから、多くの一般の農家は除外されているんですね。加えて保険が知られておらず、青色者の30%が状況なんです。湘南ゴールドは果樹共済の対象にすらなっていない。この問題をめぐって、私なども被害者の一人ですが、周りの農家の人たちは高齢で農作業を続けている、その人たちは霞が関まで出かける自由はありませんから、梅雨のこの時期は草刈りをしなければならないわけです。ですから、私などは誰も出ないよりかはましかとおもい、農家に代わって、援農者の立場から見ての、その農家の状況と思いを農水省に紹介した次第です。最近は、気候変動にともない、毎年各地の農家で自然災害が、様々な形で発生しています。ここで有効な手立てを探りださなければ、毎年、様々な被害の発生に悩まされる。国や県、市町村の対応の能力と努力が問われ、下手をするとその無策と責任が問われることになります。そうしたことで、やむにやまれずに、今回、霞が関くんだりまで行ってきました。
2026年06月17日
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東京農民連の第三回理事会に参加私は2000年以来、神奈川県真鶴町の27本のみかんの木の手入れをしていました。1950年生まれですが、農家のことなんて、まったく知らずに2000年まで過ごしてきたんですが。そんな事態のものが、2026年2月の東京農民連第37回総会において、なんと、その東京農民連の理事になっちゃったんです。小田原方面のみかん園、しかも雑草の草刈しか知らない、農業のことは知らない理事なんです。いいんですかね、そんな私ごときものが、農家の魂の一員になるなんてことがあって。しかし、時の流れです。本日、6月14日に第三回東京農民連理事会に参加してきました。これは、その副産物です。きれいなお米でしょう。一見して、これぞ農家のポリシーのこもったお米です。そのお米を分けていただいたんです。いま、さっそくそれを炊いてみたところです。「森のめぐみと、ウシ、クモ、ツバメの力を借りて・・・」その味のほどは、後日、あらためて報告させていたきますかが、とにかくごらんのとおりです。3月15日第二回理事会から本日6月14日の理事会まで、私は風邪に悩まされてきたんですが。一番大きかったことは、総選挙の2月8日に神奈川県小田原から湯河原方面に大雪が降って、そのあとマイナス7.9度という凍害が発生したことです。30⁻50年ぶりに発生した災害だということです。小田原・厚木道路は通行止めで、私などが現地に行けたのは、解除された3日後だったんですが。その時は、雪も道路の路肩にくらいにあるだけで、大した異常は感じられませんでした。それから、徐々にみかん園の異常が見えてきました。中晩柑橘が、レモンや湘南ゴールド、甘夏、その他の柑橘ですが、深刻なダメージを受けていた。深刻な事態が、徐々に明らかになってきました。これは湘南ゴールドです。神奈川農民連は、4月28日に神奈川県農政課に対策を要請したんです。県は「要請はわかるが、発生から日時が立っており(いまさら)調査は出来ない」と。それから農民連は、5月11日、6月9日と、政府・農水産省に要請・交渉を行いました。本日、6月14日の東京農民連の理事会で、そうした一連の経過が報告されました。ここからは、6月9日の農水交渉に参加しての、私の感想です。1、[状況把握は]現場の被害の深刻・切実さは、農家がその声を上げなければ、うすめられた報告でしか行政・国には届かないこと。その認識には、大きな乖離があること。2、[その対策ですが]お役人の習性でしょうか、目の前の災難に自ら飛び込むことはしない、自分の責任を回避して、新たな問題に踏み入って、被害者を救済するとの新たな努力を回避する。「わかっちゃいるけど、(自己保身の安寧は)やめられない」との、役人根性のみにくい姿です。3、その根本には、今の国の基本姿勢があります。じゃかじゃかとアメリカからの要求にはベッタリ抱き着いて、国民の切実な声にたいしては冷たく袖にあしらっている。今日の東京農民連理事会ですが、私などに聞こえ来るのは、その発言のすべてはこの基本関係ですね。結論として、一つの発言がありました。「東京農民連は、確かに数は少ない。しかし、少ない数のメンバーではあるけれとせ、それが全国各地の何百もの会員がつくる運動に匹敵するような活動を展開している。そこには、たとえ東京の会員は少数者であったとしても、それが全国の農家や農民団体の切実な要求に重なっている」と。そこに「鬼に金棒」の東京農民連の力があります。この間の流れですが、そのことを実証しています。「要求のあるところに農民連あり」、そこにポリシーがあると。私など新参者ですが、理事会の声はそうしたこととして聞かせていただきました。
2026年06月14日
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早川農協で柑橘凍害の政府要請を紹介「かながわ西湘」城南支店では、6月11日に総代会にむけて事業説明会がありました。私も組合員なんですが、これまで連絡ルートに入れずに、幽霊だったんです。今回の凍害問題を機会に、連絡網に組み入れてくれるように働きかけました。したがって、初めて農協の会議への参加でした。当然、柑橘の凍害が大きな問題となっていて、主催者から「被害の様子をおしえてほしい」と提起がありました。それで、初参加ですから、要領を得ないんですが。とにかく、自分の畑の被害の様子と、9日に農民連の農水交渉について紹介しました。1、行政に被害を伝えないと、なかなか実際の被害が知られるところとならない。2、湘南ゴールドは果樹共済の対象になっておらず、要請しないと県も国も動きが鈍い。3、今は青色申告だけが収入保険や果樹共済の対象でり、一般の白色申告者は対象外となっているのは大問題だと。初めての参加で、初めての発言だったのに、皆さんよく聞いてくれたと思いますよ。隣の畑の人が、帰りぎわに、あいさつの声をかけに来てくれました。代表理事専務の方、店長さんとも挨拶して、名刺交換をしました。気候変動の激しい中、今回の凍害の被害をよくつかんで、農家を支援する対策をしっかり立てること、さぐることは、農業にかかわる人たちにとって、だれしも目下の重要課題です。
2026年06月12日
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今年最初のカミキリムシを発見梅雨の切れ間で、今日は太陽が顔を出しました。6月11日の本日、みかん園ではカミキリムシ除けの防虫剤の、基幹への塗布を開始しました。したところ、案の定、今年最初のカミキリムシを見つけました。カミキリムシは基幹に卵を産み付けて、一年で羽化するものと、二年で羽化する者との二種類があるそうです。幼虫は基幹にトンネルを掘るように穴をつくります。そのため、みかんの木は根からの養分が枝葉に送れなくなって、枯らされてしまいます。先般、枯れてしまった木を切ったら、中からカミキリムシの幼虫が出てきました。枯れてしまった木の中にも、二年目の幼虫がいるということです。放置しているとみかん園は、次々に消失してしまいます。これから7月まで、羽化して飛んでくるカミキリムシ対策です。晴れた日しかできませんから、梅雨の晴れ間は貴重です。みかんの木の基幹部分に、「ガット」という防虫剤を塗布します。カミキリムシ対策とミカンナガタマムシ対策で、みかんの木を守ります。
2026年06月11日
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雪凍害・雹被害での農民連の緊急要請雪凍害・雹被害から農家を守るため、6月9日、農民連の農水省への緊急要請に参加してきました。5月の雹被害では、福島県などではモモなど200億円以上の被害がでており、被害を受けた農家に対する支援が求められています。農民連も緊急要請を提出していました。私などは、神奈川のみかん農家も、2月7日の大雪とマイナス7.9度による中晩柑橘の凍害被害です。農林水産省側から要請に対する「回答」がしめされて、具体的に支援・対策を要請しました。まず、状況調査です。農協は農協にたいし出荷している組合員しか調査できていません。一般の組合員やそのほか農家全体は調査できません。自治体は、独自に全体を調べるべきですが、「必要はわかるけれど、日が立っているからむずかしい」(神奈川県)などと言っている。しかし、日時が立つことによって被害がわかるようになってきているんだから。手当としては、国や県は「収入保険が対策だ」といっています。しかし、その加入の資格は青色申告をしている一部の農家しか加入できないわけで。一般の申告者は対象外となっている。農家のの側からは、一般の白色申告をしている農家にたいしても保険の対象となれよう、加入条件を一般農家に対しても広げるべきだと。国は新規就農者への支援ということも強調しているんだから。早急な対応が求められている。この近年の異常気象のもと、各地で様々な農業被害が出ている。来年も繰り返されるかもしれない。今回の農家の実際の被害状況をリアルにつかんで、その痛みに寄り添って、国と地方自治体は、農協とともに、農家全体にたいし有効な支援をはかれるよう、知恵と努力を尽くしてほしいと要請してきました。
2026年06月09日
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八王子・東部の貴重な歴史資料私は八王子・東部の鹿島に住んでいますが、住んで30年以上がたちますが、ちっとも地域の周りの歴史を知りませんでした。農家の方にお話をお聞きしたいと、地元の市議の方に頼んでいたところ、この6月5日(金)に、農家の方とお会いすることができ、地域を案内していただき、その歴史を聞くことができました。外装はハイカラですが、家の中は築100年の古民家でした。もちろん、わずかな時間ですから、聞けることは、ごく限られていました。そこで、その方に、この地域に関した本が、何かあったら貸してほしいと頼んだところ、3冊の本を貸してくれました。①岡田航著『里山と地域社会の環境史』(新曜社 2025年刊行)②『新八王子民俗調査報告書 第2集 八王子市東部地域 由木の民俗』(平成25年3月刊行)③山下惣一著『百姓の遺言』(家の光協会 2023年7月刊行)まだ、山下氏の本を読んでいる途中なんですが。私はびっくりしたんです。「セイノカミ」さん、私は1950年に神奈川の西のはずれの真鶴町岩で生まれたんですが、当時は岩村でした。小さいころですが、年寄りたちがお茶飲み話の中で「セイノカミ」さんということを語り合っていました。それが何のことだか、ずーっとわからずに、その言葉だけが記憶の中に残っていました。ところが、この八王子民俗調査報告書の中に、それが出てきたんです。1月15日くらいに竹を三角形のやぐらに立てて、「どんど焼き」で、書初めや古くなったしめ飾り・達磨などを焼く塔のことだったんですね。この八王子の東部資料をみて、私などの「セイノカミ」さん、心の奥にあった謎が解けました。これがどういうことか、わかりますか。1960年ころの神奈川県の岩村の生活と、そのころの八王子の由木地域の生活とは、この別々の地の民俗ですが、似たり寄ったりのものが、たくさんありそうだということです。もちろん、八王子・由木では1964年ころからは多摩ニュータウンの開発が始まりますし、神奈川県の岩村では、国道一号線の渋滞を緩和させるために海岸沿いに真鶴道路ができて、ともにそれまでの民俗生活は、大きく変わってきました。農業の在り方も、営農の仕方も、大きく変わってきました。それは、たかだか70年くらいのあいだにでの変化なんですよ。それまでは、私などの遠く小さいころの想い出と八王子の田舎の生活とは、重なるものがあるということなんですね。それが漠然とした記憶ではなくて、しかりした調査資料として、この記録として残されていたということです。もちろん、私などは、追憶をさぐるといたことが問題ではなくて、昔から今に至る過程を知る中で、今直面している課題をリアルにつかむことが問題なんですが。この聞き取り調査に当たられた方の努力に敬意を表します。平成25年といったら2013年ですから、たかだか10数年前に足で調査した記録です。今はほとんど消えてしまった日本の田舎の暮らしが、それによって、明治、大正、昭和の日本の農村の地域社会の暮らしの様子が記録されているんですね。昔の暮らしの姿を、生き生きとした具体性において知ることができるんですね。これは貴重な記録だと思います。
2026年06月07日
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6月初めの、みかん園の課題台風6号が、6月3日(水)、各地に水害を残し、関東を通過していきました。小田原のみかん園ですが、この機会に作業をまとめてみました。5月初めは茶摘みの時でしたが、この時期の基本作業の草刈りとともに、お茶の木の整枝剪定をしました。5月17日の草刈り前の様子です。つぎは、お茶の木の整枝剪定です。草刈りと整枝が、5月の畑仕事となりました。いつもの年であればこの時期は、湘南ゴールドや甘夏の収穫と出荷があるんですが、今年は無し。2月の大雪と凍害によって、今年の中・晩柑の収穫はゼロなんです。しかし、草刈り作業の方は、いつまでもグズグズしていられないんです。今、6月に入りましたが、今、草刈りとともに、待ったなしの課題があります。みかんの木を枯らしてしまう害虫対策、カミキリムシとミカンナガタマムシへの対策です。6月の半ばには、カミキリムシ対策の防虫剤を、みかんの木の基幹に塗布します。これが今回の重要な作業です。カミキリムシに加害されたみかんの木です。これは3月22日時点のものですが、これは、基幹の中にいたカミキリムシの仕業です。枯らされてしまった木をやむなく切断していたら、幼虫が出てきました。これが木を枯らした原因です。もう一つ、害虫がいます。、ミカンナガタマムシですが、これは樹皮をボロボロにしてしまいます。この二つは、みかんの木の基幹に加害して、木を枯らしてしまいます。これらは木の中にいて、木の表面に出で来るのは6月中旬から8月なんです。この時期が大事なんですが、私などは、これまでは、とかく草刈り作業に追われていました。梅雨の時期でもあり、塗布処理のできる晴れた日が少ないこともあったんで、防虫剤の基幹塗布が、後回しになりがちになっていたんです。そのために、みかんの成木が枯らされてしまい、みかん園が消失する事態になったんです。ただ、もう一つみかん園を消失させてしまう原因があります。これは3月22日時点のものですが。手前は、草刈りして雑草を押さえています。しかし向かい側のみかん畑は、クズやヤブカラシに巻きつかれてみかんの木が覆われています。右側からは竹藪が広がってきています。これは、自然による被害というよりも、農家の手が回らなくなってしまったためのもの。農家の人たちが高齢化してしまったための問題、人的原因による問題、今の社会的問題なんですね。みかん園の6月の課題ですが、それは基本は草刈りですが、忙しさに流されずに、晴れ間には防虫剤を基幹塗布するということです。本来なら、梅の収穫の時期なんですが、2月の雪・凍害により、今年は梅の木に、実がほとんどついていないんです。そうではあれ、農夫はこの6月は草刈りと防虫対策は欠かせないわけです。
2026年06月04日
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望月しょうへい市議とのつどい八王子市の東部で、5月31日に望月しょうへい市議とのつどいが開かれました。来年の一斉地方選挙まで、すでに一年を切るところまできています。八王子市は人口56万人で広いんです。八王子市議会は定数40議席、自民11、公明10などが与党をつくっています。その中で共産党市議団は5名、その一人が望月しょうへい市議なんです。私などの住んでいるのは八王子市の東側のはずれですが、八王子市政、行政というものが、ひごろ遠い存在なんです。つい先ごろまで、学校体育館にクーラーのないが学校が多かった。夏が暑い八王子でですよ。設備があるところでも、行政は「防災のためのものだから」と、生徒たちは使えなかった。長年、その改善をもとめた市民の請願ですが、市議会でそれが否決されてきたんです。この八王子の異常な事態を正せたのは、市民と共産党、市民会派によって、つい最近のことなんです。そもそも、共産党や望月市議の努力がなかったら、八王子のそうした市政の現実が私たちには伝わってこないわけで。国民健康保険税は三多摩一高くて、一般会計からの補助は無し。そのつけだけが市民に回されてくるわけです。市民から八王子市政は遠い存在なんです。こうした中で、望月市議や共産党がコツコツと頑張っているわけです。その結果、みんなの努力で、まったくの後進的な八王子市政をすこしずつ変えつつある。それが、最近の八王子市の状況なんです。今回のつどいでは、学校への図書館司書の増員を求める要求が紹介されました。八王子には107の学校があるそうですが、図書館司書は27人しか配置されたないんです。だから、1人の司書が4校を掛け持ちする。ないし、週に一日しか図書館司書がいない事態。「歴史文化を大切に」「教育環境の充実」なんて、きれいな文句が宣伝されてますが、建前論にたいして、貧しい現実の事態。市民生活の困難さを改善してくための、行政側からの熱意が伝わってこないんですね。一斉地方選挙は、市民生活の問題点を明らかにして、どのような八王子市政をつくるのか、市民要求を切り開く、その集中点だと思います。この集いは、そんなエールが交歓されたということです。
2026年06月03日
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