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農民連と有坂哲夫冊子私はこれまで20数年、みかん畑の雑草の草刈りをしてきただけの農夫ですから、二つのことは、その農業論の中身はよくわかりません。1、農民連の長谷川敏郎会長の参議院での6月23日の参考人陳述、2、有坂哲夫さんの『農業再建にどう近づけるか』冊子、ですが。しかし、そんな草刈りしか知らない私ですが、それでも、よくわかった点があります。1、有坂哲夫さんは、2021年に退職されるまで日本共産党の農漁民局長などを務められてきた農業問題の大御所なんです。この冊子では、日本共産党の綱領の確立に際しての、すなわち1958年の第7回党大会の綱領報告の紹介から入っています。戦後の農地改革の大変動の内容をどうとらえるべきか、その変化の結果、農家の人たちの置かれた課題・問題はどの様であったのか。そこから始めて、1974年には農業を「基幹的生産部門として位置づけ」て、現在に引き継いでいることを紹介しています。この1958年の報告を見ると、農地改革により基本的要求を実現した農民運動は、政党の一党支持の問題などもあり、バラバラになり農家の運動は衰退していってしまっていること、事態の打開のためには、農家の要求に基づいての自主的な運動が必要だと、問題提起をしています。2、それから32年が過ぎて、1989年に農民連(農民運動全国連合会)が結成されました。有坂さんの冊子には、第7章に、さりげない1ページに、農民連結成の流れとその意義が語られています。私など思うんですが、小作農が一般的だった農家が、要求実現し600万の小自営農民かわって、言ってみれば中小企業の社長さんです。この人達がまとまるというのは、言うは易し行うは難しだったと思うんです。しかし、1989年に農民連が結成された。小林節夫著『まもれ 日本の農業・食料』(1989年刊)、その第5章「国民合意の運動」に、その結成の時の様子が紹介されています。3、これを読むと、戦後80年の農民運動の歴史が、その苦労が伝わってきます。ようするに、農民連は農家の要求を基礎としたナショナルセンターなんです。フェイスブックで会長の「長谷川敏郎」さんを見ると、それがわかります。この6月23日には、「主要食糧法改定案」問題で、参議院の農林水産委員会で参考人として発言されてます。島根県で、今現在も、お米と牛の、実際に農家を営んでおられる方ですよ。その方が、フェイスブックを見るとわかりますが、全国の農家の要求を背負って、国会と全国の農家の間を飛び回って、発言をしつづけているんです。これはスーパーマンですよ。草刈りしか知らない私などは、その要求発言が持っている中身を知ろうとしているんですが。4、このことは、どういうことか。「農民連」=共産党じゃないかという人もいますが。私などが見るのに、有坂さんたちも含めて多くの政党人も、この農家の運動体ができるのを応援したんです。そしてそれらの力もあって農民連ができた。それは、独自の、独立した農家の人たちの要求運動の組織なんです。しかし、その要求は国民的な共同の性格のものでして、一党一派の従属物といったものじゃないんです。農家の要求という基盤があるんです。私などは、この間に一つの体験をしました。今年の2月8日に神奈川県の小田原方面で、中・晩柑橘の雪・凍害の問題が発生して、この問題に対してどうしたものか、集中的に問われました。このことを通して、その基本問題を体験しました。「そんな要求するなんてことをするのは共産党じゃないのか?」など、水掛け論も出てきます。私なども、日常のなかに気がつかなかった、ある種の偏見や誤解があることも体験しました。しかし、私などは全体として感じました。そこには戦後80年の間に日本社会が歩んできたところの、縮図のようなものあると。戦後の民主主義というのは、実社会のなかでは、当初は建前論だったかもしれません。しかし、様々な具体的な体験をとおして、農家にとっても、その尊厳を一歩一歩、具体的につかみ取ってきた問題だし、新らたな事態の中でつかみ取らなければならない新たな問題として発生してきている。じつは、そうした一つ一つの問題というのは、国民のそれぞれにとっても、それぞれがちょっと形を変えてぶつかっている共通問題なんだということ、それが今という時の課題なんだと感じている次第です。この二つの発言問題が提起していることですが、それを理解するということですが、これは、だてに戦後の80年が過ぎてきたわけではないということです。それらすべてを無にして、泣き寝入り、「長い物には巻かれろ」といったことが押し付けられる、それにへいへいとして従うとなどは、だれしも出来ないし、そこには国民としての権利の自覚がかかっている問題だと思います。そんなことを感じさせてくれる二題でした。
2026年07月27日
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マルクス『共産党宣言』の紹介なにしおうマルクス『共産党宣言』ですが、それを私なりに紹介します。私は、関東平野のはずれ、みかんと漁業、石の神奈川県真鶴町岩で1950年生まれです。1968年ころの高校時代でしたが、この『共産党宣言』を知りました。この本は、1998年に服部文男訳が新日本出版社版で刊行したもので、その時のものではありませんが。その当時は、日本の政治、社会のことは、ほとんど知らない若造だったんですが、どうしてこの『共産党宣言』を手にしたのか、知ったのか、ふりかえってもわからないんですね。だけど、当時の若者は現実の政治社会の動きなどろくに知らないくせに、どうしたわけか、この主張の中に、響くものを感じたんですね。1848年2月にマルクスが刊行した『共産党宣言』ですよ。そのどこに響くものを感じたのか、1968年の若造には当時としては感覚でしかなかったんです。マルクスの『共産党宣言』ですが、いったいそのどこに引き付ける真理があるのか?それのころから58年の歳月が流れましたが、その問いに対する、今流の私なりの答えなんですが。『共産党宣言』には、当時の新旧の社会思想と、哲学や法律、経済学、革命論、社会主義思想と、ものすごく広い領域を探ったあとがうかがえます。ここでは、盟友として共にしたエンゲルスですが、その彼が指摘している点を考えます。マルクスは1883年(明治16年)に死去しましたが、盟友エンゲルスは、その亡き友の業績について、それを確認し伝えようとしています。ME全集の第21巻(1883-89年)を見ると明らかです。その一つに、『共産党宣言』が提起した基本思想、唯物史観についての問題です。これは、エンゲルスの『共産党宣言』1883年ドイツ語版への序文ですが、マルクスの死の直後ですが、その唯物史観の内容について、短くも端的に指摘し、確認しています。中身の指摘についてはくり返しません。これらの一連の指摘を基に、その「根本思想」がどこにあるのか、確認することが大事だと思います。自分自身で探ることが大事だと思います。唯物史観に対しは、それこそさまざまな解釈が氾濫しているわけですから、公式を暗記するような態度ではなく、探る必要があります。二つに、エンゲルスは『共産党宣言』の時代に生きる生命力を指摘しています。もちろん、時代社会の変化により、古くなった点もあるわけですが。その1884年でも、『宣言』の生命力がどこにあるのか、それを指摘しています。論文「マルクスと『新ライン新聞』(1848-1848年)」(1884年3月13日付 ME全集第21巻)ですが。1848年2月の『共産党宣言』の中にある規定を、エンゲルスは1884年(明治17年)時点で、その正しさを確認し指摘しています。『共産党宣言』の綱領の戦術についての二つの箇所を、エンゲルスは取り上げています。「1、一国(自国)での闘争において、一方で民族の別にかかわらないプロレタレアート全体の共通の利益を主張する、他方で闘争が経過する様々な発展段階で、つねに運動全体の利益を代表する。2、その一つのドイツですが、ブルジョア革命の前夜にあるドイツのプロレタリアートがとるべき態度についての指摘です。」これらの指摘ですが、それがどういうことを言っているのか、具体的に検討しなければなりません。今日とでは、時代も社会も違いますから。しかし、1884年(明治17年)3月13日時点のエンゲルスですが、1848年に指摘した点が「正しい」としているんです。明治17年(1884年)の時点で、エンゲルスは一般的に『共産党宣言』の生命力どこにあるのか、その時点で、アドバイスを残しました。それは今日の日本社会にも通じている。今日でも妥当する点だと、私などは感じている次第ですが。ここには、もう一つの側面があると思います。それは、当の私たち日本人は、その先人たちは、その思想をいつ頃から知るようになったのか?です。一つの指標があります。この冊子は戦後の1952年に出されたものですが、その元になっているのは、1904年(明治37年)に『平民新聞』に、この幸徳秋水・堺利彦訳で『共産党宣言』が訳されて、紹介されたというんです。いわばその復刻版です。日本社会は、マルクスが亡くなって、エンゲルスがその業績を再確認した時から20年にして、それを自らの言葉で理解し紹介しようとする先人が出てきたということですね。戦後の民主社会では、学問研究、思想信条の自由、出版の自由がありますから、ふつうに誰でも手にすることができますが、戦前の社会では犯罪ともみなされかねない、大変な中でのことでした。そうした努力の流れの中に、1968年ころに、私などにとっての出会いがあったわけです。古典の作品というのは、とかく古くさいとか、今では通用しないとか、そうした見方もありますが、わたしなどは、それが自然になるにはそれなりの歴史があったこと、何よりも、その精神は今においても生きていること、大事な側面をもっていると思っています。
2026年07月22日
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梅雨明けと草刈り7月20日、気象庁は関東の梅雨明けを発表しました。すでに熱い日々が始まっていたんですが。小田原のみかん園、梅雨の雨と太陽の強い日差しの下で、雑草の繁茂が続いています。ここも、つい2,3週間前に大方の草刈りしたはずのみかん畑なんですが。みかんの苗木が、雑草に取り囲まれて見えなくちゃってます。今週も草刈りに援農者が来てくれました。1人で草刈りするのと、2人でするのとでは、大違いなんです。ぽつんと一人で、賽の河原のような広大な作業をすると、すぐくたびれちゃう。終わりの見えない作業が、延々と続くわけですから。二人になると、張り合いもでてきますし、集中力が違ってくる。休憩を取りつつ、1時間余で、ごらんのとおりです。青空の青さが目につくようになりました、あとで聞くと梅雨明けとのこと。作業の前には、空の青さを見る余裕などありません。みかんの苗木も目立つようになり、みかん畑らしくなりました。草刈りを一段落したことで、空の青さに気がつく次第です。みかんの手入れとは、とどのつまりは、繁茂してくる雑草を抑えること。ちょっと手を抜くと、苗木はクズや雑草に覆われてしまいます。日が当たらなくなると、葉は落ちてしまい、みかんの木は枯れてしまいます。梅雨の基幹の水分を地面は蓄えていますから、これから梅雨明けの炎天下になりますが、農家の草刈り作業は続きます。
2026年07月21日
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八王子市鹿島で7月つどい開催八王子市鹿島で7月18日(土)、鹿島のつどいが開催されました。50万人都市の八王子市にあって、その東はずれにある鹿島地域ですが、八王子市政からはまったく遠い存在でして、市政や市議会というものが、なかなか見えないんです。この鹿島のつどいでは、6月議会、すなわち第二回市議会定例会(6月8日-25日)の内容を、望月しょうへい市議が、二つのニュースを材料に報告してくれました。一つ、小中学校図書館へ、図書館司書の増員を求める請願が問題になっていました。図書館司書は、子どもたちの知をはぐくむものとして、国基準では1.3校に1人を配置すること、これが提起されてるんですが。八王子市の現在は、小・中の107校に対して、27人しか図書館司書が配置されていない。このため、週に一日しかいない。司書さんは4校の掛け持ち状態です。「学校司書の増員を」との請願は、短期間に8093筆の署名が集められ、提出されました。しかし、この請願ですが、6月16日の文教経済委員会、さらに本会議において、共産・ネットの賛成者7名に対して、自民・公明等の30人の議員の反対で否決されたんです。何故、この当たり前な請願ですが、それが否決されたのか、わかりますか?これが八王子の市議会であり、八王子行政なんです。二つ、国民健康保険税は、八王子は三多摩で一番高い。これが前々から問題になってました。他市は、高すぎる保険税に、市の一般会計から補填をしている。八王子市は補填は無し。毎年の値上げしていて、しかも徴収したお金を余らせているんです。それでも高い負担を強いている。毎回、市民から高すぎる保険税の引き下げを求める請願が出されている。この請願も同じで。共産ほかの7名の引き下げ賛成に対して、自民・公明等の30議員の反対で、否決されたんです。三、今回、広い八王子の循環バスによる交通利便の確保や、学校施設のバリアーフリー化などが、望月市議の一般質問などで、市民の切実な要求が提起されました。八王子は広いし、防災への対応からしても、その一つ一つがしっかりした対応が求められているんです。状況の調査もしないでいて、一般的に「努力します」では、願望論でお茶濁ごしの議論です。市民要求が、どのような問題にぶつかって、あいまいになっているのか、正さなければすすみません。このつどいで、八王子市議会の議論の様子を聞いていて、参加者からは、なぜ当たり前な請願を、議員は否決するのか、訳が分からないと。八王子市政というのは、市議会というのは、市民の暮らしに対し、じつにつめたいと感じた。だいたい、その具体的に様子が、望月市議の紹介と説明を聞かなかったら、ちっともわからない。聞いても、自民・公明などの、市民要求の請願を否決するのか、その理由・根拠がわからない。国の政治も、八王子市政も、今の状況は、共産党議員の活動をぬきにしたら、まったくの暗闇だ。「今の日本の動きというのは、本当に大丈夫かしら」など、参加者からの感想が交わされました。次回ですが、 今、戦争へすすむような危険すら感じさせられる、 この流れを止めて、平和への道をすすむためには、何が必要なのか、 この問題をテーマとすることになりました。
2026年07月20日
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農民連は共産党か? 今回・7月12日からの小田原行きですが、有坂哲夫さんの「農業再建にどう近づけるか」冊子、7月11日到着の普及を始めました。現地の小田原では、これから、それこそ目を白黒させるかと思います。7月11日(土)、待望の有坂哲夫著「農業再建にどう近づけるか」冊子が刷り上がり、到着しました。7月10日(金)には、2月8日に発生した小田原方面の雪・凍害ですが、これに小田原市が動くとのビッグニュースが入りました。2月8日の災害発生に右往左往していた小田原のみかん園でしたが、農民連が現地調査にはいってくれて、リアルにその農家の被害の様子を、新聞「農民」(4月13日付)で紹介してくれました。これで、この災害が社会のだれしもにとり、客観的認識となりました。しかし、現地の農家には戸惑いがおこりました。「おめえは共産党か?」、「農民連は共産党か?」「「農民」新聞は、「赤旗」の農民版なのか?」「みかんに関する部分のコピーを知らせてくけるだけでよい、そのほかの記事はいらない」と。小田原方面に発生した、中・晩柑橘の災害を社会的に知ってほしい、ただそれだけだったのに、「勝手に知らせるな」「報道することは迷惑なんだ」「そんな新聞を配るな」等々。そんなリアクションが、事実を紹介することに対して、軋轢が起こりました。それから5か月が過ぎました。神奈川県の農水課への要請が、4月28日に行われ、農林水産省との要請が、5月11日、6月9日に行われました。小田原市議会では、6月議会で3人の市議会議員(立憲、共産、自民)が取り上げました。国や県は、農家の切実な被害を、ただ聞き置くだけでちっとも動きを示しませんでしたが、7月10日に小田原市からの知らせがありました。小田原市として、農家への支援を9月議会までに検討する、とのいわば「内示」が出されました。中身についてはこれから検討するわけですが、とにかく、何らかの被害農家への支援策を検討する、との知らせがありました。小田原方面での、今回の自然災害は、おそらく農家の現役世代にとっては初めてのことかと思います。農協や、市町の農政課の職員にとっても、初めてのことかと思います。出発点の災害の被害の調査からしても、だれがどこまでで来るのか。過去の経験や、全国の被害対策の経験も、これまでは他人事だったわけですから、2月8日から、この災害の事態にどう対処すべきか、それぞれの「努力」というものが、問われているわけです。そこには、これまで日ごろでは気がつきませんでしたが、何か新しいことが起こると、私などは今回、「それは共産党じゃないか?」「そんなことをするの共産党じゃないのか?」そうした水かけ論が、どこからともなく出てくるのを体験しました。私などは思います。今回の有坂論文ですが、共産党の農漁民局長を務められてきた方であり、同時に、長野県で農村青年として働いてきた方なんですね。もちろん農家と共産党とは、別々の存在です。そもそも農家は縄文末期の昔からあるわけですから。しかし、私などは、2月8日の凍害の被害を受けて、農家の苦悩にたいして、最も心を寄せてくれている政党の一つに共産党があることを。もっとも、共産党員の方たちにもいろいろな方がおられますから、すべてのひとが、理解あるなんてことはいいませんが。少なくとも、数ある政党の中で、農家に悩みや要求に、もっとも近いのが共産党であると。ようするに、それぞれが、協力と共同の関係にあること。それが、私なとなどが体験しての見方なんです。今回の、災害対応の体験と、有坂哲夫氏の「農業再建にどう近づけるか」冊子を読んで、あらためて、そのように思います。二つの団体が重なるところがあり、協力関係があるのは、素晴らしいことです。しかし、一体のように見るのは、それぞれ独自な目標をもって努力されているんですから、それぞれにとっては、自己の尊厳をはき違えることであり、失礼なことかと思います。前回の7月11日のブログでも紹介しましたが、この有坂さんの冊子(16ページ)をあずかりました。今回の小田原行きの草刈りの中で、最初の4人の方に冊子を販売できました。活字離れの今の時、それを読んでみようなんて奇特な方は、なかなかいないと思いますが、私が見たところ、これは一人の方の人生の記録です、ライフワークをまとめたものです。言ってみれば、『資本論』や『種の起原』などにもあたるような、今を前にすすめていく上で、貴重な作品と思っています。そうした、私などの、いち押しの冊子なんです。ほんとうかどうか、確かめてみたい方は、前回の7月11日ブログに、連絡先を書いておきましたので、お申し出ください。本体の冊子が200円で、郵送料が180円の、計380円ですが。お待ちしています。
2026年07月15日
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冊子『農業再建にどう近づけるか』を紹介します有坂哲夫著『農業再建にどう近づけるか』冊子が、本日到着しました。有坂哲夫さんは、農民運動家・農業研究者ですが、その歩みをまとめました。日本農業の今の状況と課題、日本共産党の農業政策の一端が確認できます。たまたま八王子在住が縁で、『備忘録』(2021年)に掲載されていた論文を、その再発行をお願いしていたんですが、今回それが実現しました。この冊子は、一冊200円とプラス送料です。自費出版ですから、部数が限られていますが、もしも、この冊子をご希望される方は、当方まで、FAX、ないし、はがきで、送付先の住所、氏名を明記して、お申し出ください。FAX 042-676-5143〒192-0353 東京都八王子市鹿島8-3-104 橘田幸夫 です。お待ちしてます。
2026年07月11日
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昨日、朗報がはいりました2月8日に発生した中・晩柑橘の雪・凍害ですが、この自治体の6月市議会ですが、6月14日と15日に、この問題で、一般質問で3人の市議会議員の方が、被害把握と支援対応について質問してくれました。3人の市議さんは、それぞれの立場から、行政のみかん農家への支援を要請してくれていました。私などは、その速記録をいただいて、質疑の様子を読んでキャッチしていたんですが。昨日、7月10日、ビックニュースがとびこみました。行政が、被害農家の支援に踏み出すと、もちろん、いまはまだ内示の段階ですが、連絡があったそうです。これはダメージを受けている農家には何よりの朗報です。もちろん、今、検討している最中しょうから、中身についてはわかりませんが。2月8日に発生した大雪とマイナス7.8度の凍害、観測史上2番目の何十年ぶりの災害で、現役世代には初めての事態です。国や県にも支援を要請してきていたんですが、ちっとも明るい返事はなかった。湘南ゴールドやレモン、そのほかの柑橘も、ほとんど使い物にならなくなったわけですから。農家としてはガックリ、ため息交じりでの声なき草刈り作業となっていたわけです。もちろん、支援策とはいえ、それがが私などの援農者に届くなどの期待はしてませんが。国の収入保険も、県の果樹共済も、青色申告が加入の資格要件ですから、白色申告者が保険に加入できるためには、国が制度の適用条件を変えなければならない。国が重い腰を上げなければならない。このため農民連は、毎年毎年、再三再四、国へ要請し、交渉してきているんです。私なども、6月9日には、農水省への要請交渉に参加してきました。全国のリンゴ、桃、ぶどう、など果樹農家は、昨今の異常気象のもとで、毎年、大きな被害を受けているわけです。ですから、災害保険に白色申告者でも加入できるようにしてほしい、と。しかし、行政当局は、立て板に水で、被害を理解するのに鈍く、災害支援策では、現状を指一本も改善しようとしないんです。いくら要望しても、立て板な水だった。そうした、冷たい事態の中でのことでしたから、もちろん中身はこれからですが、その支援策の中身が見えてくるのは9月ころでしょうが。とにかく自治体が、被災農家の支援に動く、一歩を踏み出すということは、今回の災害でガッカリしている農家にとって、ビッグニュースです。もちろん中身と実効性の程はこれからのことですが、とにかく、支援に動く、と。これはみかん農家が営農を続ける上で、あかるい希望、期待につながると思います。その第一歩だと思います。がんばれ! みかんの農家です。
2026年07月11日
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カミキリムシ防虫剤の塗布を完了梅雨が明けたかのような青空のもと、カミキリムシ対策で、防虫剤を塗布してきました。元気をなくしたみかんの木、その主要な原因はなんなのか? わかりません。ただ、カミキリムシが、その原因の一つにあることは、たしかなことでして。この間に、基幹部分の草刈りをして、防虫剤の塗布を、先週もしてきていたんですが。前回に塗布した部分を見ると。炎天下での苦労をした甲斐があったということです。これは、今季の6匹目の確認となります。私などがみかん園にいる時間はごく限られているのに、それでもこの事態です。とにかく、みかん園の木のすべてについて、防虫剤の塗布を完了しました。ヤレヤレといったところです。今回は、この草刈り・防虫剤塗布とともに、もう一つ仕事がありました。みかん園は、2月8日雪・凍害の被害を受けました。4月になってから、その被害のほどが明らかになってくる中で、この被害の調査と支援策について、農民連は4月28日に神奈川県の農政課へ、5月11日と6月9日には、農林水産省に対策を要請してきました。今回は、その県と国への要請した時の内容を、農家の人たちに報告すること。農家の災害には、各県単位で果樹共済があります。全国としては収入保険があります。しかし、今回知ってみれば、湘南ゴールドは果樹共済の対象にはなっていない。また、果樹共済にしても収入保険にしても、青色申告をしてないと加入資格がない。一般の白色申告では、加入できないんですね。今回の、国や県との要請・交渉というは、白色申告者であっても、この二つのいずれの共済制度を使えるようにしてほしいとの点でした。交渉は立て板に水のやりとりで、「青色申告者でないとダメ」が農水省の壁でした。しかし毎年、災害は激しくなっているわけで、一般農家は、支援策の対象から除外されているのが今の現状でして。私などは、草刈りと防虫剤を塗布してへとへとになっているわけですが、それで終わっていたらダメで、一般農家にも支援対策がされるように、もうひと頑張りして、冷たい今の現実を変えるように努力せよ、ということです。それが、私などにとっては、2.8凍害が提起している問題です。要請交渉の報告文をつくるのもたいへんなんですが、その内容を農家にかえすこと、それを、今回の小田原行きですすめてきました。
2026年07月09日
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小田原・みかん園の雪・凍害のその後今年2月8日に小田原方面で発生したみかん園の凍害ですが。それから5か月が過ぎましたが、その後の様子です。2月8日の大雪と、その後マイナス7.9度の凍結。それにより湘南ゴールドやレモン、甘夏等の中・晩柑橘に大きな被害が発生しました。これまで経験したことのなかった災害なんです。雪がとけて、しばらくしてから、その大きな深刻な被害の状況が見えてきました。農民連が、3月18日に現地を取材してくれました。このリアルな報道により、初めてこの災害に対する調査と対応が動き出しました。自分の被害はわかっても、周りの農家や全体の被害はわからない。戸惑うばかりの事態、なにしろこれまでこうした経験がなかったですから。農協も、4月17日に農協に出荷している農家の被害調査し、まとめました。農民連は、4月28日に神奈川県の農政課に支援を要請しました。すると「災害から日がたっているから、調査はできない」とのこと。農民連は、5月11日と6月9日に農林水産省に対し、支援要請と交渉をしました。私もこの第二回目の6月9日に要請に参加してきました。そこで分かったことは、被害の把握というのは、農協がおこなった調査に乗っかっているだけなんですね。農協に加盟し、農協に出荷している農家だけのデータなんです。被害をうけた農家の全体を把握するものではないこと。また、対策の中心は収入保険・果樹共済というんですが、それは青色申告者が資格要件なんです。一般申告している(白色)申告者は、はなから対象外なんです。これでは、災害にあった農家の全体にたいして、手を差し伸べるものにはなっておらず、一般の農家は対象外に捨て置かれているということなんですね。したがって、何十年ぶりの凍害の被害、農家の現役者としては初めての災害なんです。この事態に、農家としてもこの社会のあいまいな現状を直視し、改善して、真に実効性のある支援策をつくりだすことが求められています。昨今の気候変動、異常気象の折です、去年今年のリンゴ農家がそうなように、来年もまた、いろいろな形での災害が発生することもありうるわけですから。今の現実は、形だけの支援制度で、ざるで水をすくうような事態なんだということです。現地の小田原市議会でも、6月14日、15日に3人の市議会議員の方たちが質問しました。私の見た限り、小田原市も神奈川県も、農林水産省も、農協のデーターに乗っかって、従来のざるで水をすくう制度を紹介するだけで、実際に被災にあっている農家にたいし手を差し伸べるものとはなっていません。被害の実情をつかんで、支援救済のために実効性のある対策を講じること、それが、今、農家を支援するため、政治は問われており、求められています。
2026年07月05日
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みかんの草刈りと防虫剤の塗布梅雨の切れ間に、6月29日から7月1日に、みかん園でひと仕事してきました。この時期は、みかんを枯らしてしまうカミキリムシ、その防虫対策をしています。みかんの木の基幹部分に、カミキリムシに加害されないように、防虫剤を塗布しています。この時期は、一雨ごとに雑草が繁茂してきますから、その前に、木周りの草刈りが必要です。これが草刈りを始めだす前のみかんの木です。何十本とあるみかんの木ですが、草刈りを始める前は、ごらんのとおりです。こうした状態では、基幹を加害する害虫の動きは、わからないわけです。草刈りしてみると、基幹の状態がわかります。木への加害はカミキリムシだけではないんですね。草刈りしてみると、基幹部分ですが、何かの害虫により加害されてます。これではみかんの木は成長しません。これを放置していると、みかんの木は枯れてしまうこともあります。今回の草刈りをしていて、4匹目のカミキリムシを見つけました。他の病害の場合は、翌年には再生することができるんですが、カミキリムシに加害されると、みかんの木自体が枯れてしまいます。木の水脈を断ち切られて、根からの養分を上部の枝葉に送れなくなるからですが。したがって、このゴマダラカミキリムシは、みかん栽培にとって大敵なんです。6月中旬から7月に、羽化して、外からも飛んできますから、みかんの木の周りを草刈りして、防虫剤を塗布しています。みかん園を守るためには、欠かせない作業です。
2026年07月01日
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農業・農民運動を考える二冊の本みかん畑の草刈りを26年間してきていながら、草を相手にしていただけで、ちっとも農業問題を知らなかった私なんですが。農業の一端をしていながら、農業を知らなかったわけです。ただ草刈りに追われているだけではダメだと感じていたんですが、そこで、あらためて農業問題を知ろうと思って、昨年の3月に東京農民運動連合会に入会しました。そうした中、今年の2月に、小田原方面の中・晩柑橘ではマイナス7.9度の雪・凍害が発生しました。あらためて、自らの立ち位置を知ることが求められているわけです。二冊の本を紹介します。1、『まもれ 日本の農業・食糧』(新日本出版社 1989年7月30日刊行) そのなかに第5章「国民合意の運動」(小林節夫著)があります。 1989年1月24日の「農民運動全国センター結成大会を祝う会」の様子が紹介されています。 農民連とはいったい何なのか、どのような役割を果たそうとしているのか。 東京農民連の方との偶然の出会いで入会しましたが、 私の本棚の片隅に眠っていた本でしたが、この本が農民連の原点を示していることを知りました。2、『日本農民運動史』(稲岡進著 青木文庫 1954年11月1日刊行) なんでこの本が本棚にあったのか、わかりません。 私は都会生活者ですから農業のことは知りません。この本はどこかの古書店で入手していたものです。 日本農業の起源と、大化改新と農民生活から、明治維新にいたるまでの農民運動の歴史、 1945年の敗戦までの農民運動が紹介されています。 一読して驚いたのは、 ア、1922年(大正11年)4月9日の日本農民組合の創立大会の紹介です。 創立宣言とその21項目の主張。 そして1923年10月に農民国際協会がつくられて、日本の農民あての「檄」が紹介されています。 これは、今日の農民連の精神と基本で通じるものがあると読みました。 イ、農民運動は今でこそ社会からあまり目立たない存在ですが、歴史的に大きな存在だったこと。 今でこそ社会的に目立たない地域、地方ですが、それぞれがじつに大きな運動を展開していたこと。 おそらく、農業という基礎は、日本の各地で多く共通している営農作業、状態だったんですね。 いまでこそ、政府のある首都東京における政治の在り方が問われていますが、 その基礎には全国の各地の農家の問題があったし、今でもその歴史形態があるということです。まずは、一読して、そんなことを感じたので、紹介させていただきました。
2026年06月27日
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みかん園の草刈り小田原・石垣山のみかん園の草刈りに、6月24日援農が来てくれました。梅雨のこの時期は、雑草の繁茂がすごい。手前には埋もれかけた苗木があり、奥の方では援農者が草刈りしてくれてます。隣の農家の方がアドバイスしてくれました。「草刈りは、要領が大事だ。それがまずいと、このようなことになる』と。それでも二人で作業していると、この草刈り作業を客観的に見ることができます。この時期の一雨ごとの繁茂は凄い。2,3週間まえにここも草刈りしたんですよ。別の畑のくさかりをしていたわずかの間に、ごらんのとおり覆われてしまいました。草刈り作業は、雨が降っていてはできませんから、梅雨の切れ間の日は貴重なんです。しかし、周りの畑を見回すと、クズに覆われてしまったみかん畑が、ところどころ目につきます。農夫の高齢化がすすんでおり、耕作範囲を狭めざるを得ない。手の及ばなくなったところを、カバーしているわけですが。畑を原野に返そうとする自然の力と、みかん畑を守ろうとする人の力との、二つの綱引きです。ちょっと、というか多分に自然の力に押され気味ですが、しかしそうはさせないぞと、援農者の力を借りて押し返しています。二人で作業すると、1人の時に比べて、体の負担がはるかに楽なんです。これぞ「協業」の力ですね。
2026年06月25日
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八王子市鹿島で要求懇談会6月20日、東京・八王子市鹿島で要求懇談会が開かれました。テーマは、1.学校の図書館司書の増員、2.地域のバス交通の確立、でした。1、学校図書館の司書の増員問題は、八王子には107校の小・中学校があります。学校図書館の司書は27名。1人の司書さんが4校をかけもち勤務ですから、週に1日しかいない。このため、子どもたちは「うちには司書さんなんていないよ」とか、なかには司書さんのいないときは図書館を閉めちゃう学校もあるとか。国の文科省では「1.3校に1人」の配置が基準とのこと。この6月市議会には、8000筆を超える請願署名がよせられ、6月16日の文教経済委員会で、この請願が審査されましたが。結果は、共産党のみの賛成と、それ以外の会派(自民2、公明2、無所属2、立憲1)の反対で否決されました。教育委員会側は、「学校側から司書増員の要望は出ていない、よって増員しない」「八王子の子は、本を読まないことを初めて知った」などの見解で。その行政の態度を、市議会の多くの会派が追認したことで、この請願は否決となりました。この懇談会では、「八王子市の学校図書館に学校司書の増員を求める会」の方と、共産党の望月市議が参加してくれて、この八王子市議会を傍聴しての、あきれた姿と怒りを紹介してくれました。2、もう一つは地域公共交通の問題です。長年にわたり都民が要請してきた「多摩都市モノレールへのシルバーパスの適用」が、実現することとなりました。これは大きな朗報です。しかし、八王子は広いですから。鹿島からは市役所は遠い彼方です。地域循環バスが4路線あったんですが、ニュータウン地域にはまったくなかったんです。京王の限られた幹線部分しかなかったんです。市内の病院や買い物は不便なわけです。今回、この10月からですが、従来の地域バスの4コースが変更されて、新たな10コースが計画提案され、新たにニュータウン地域にも2コースが走ることになりました。これは新たな一歩前進なんですが、しかし、予算の関係でこれまでの毎日運行が減便されたりしますし、本当に市民の利便に役立つ交通網をつくれるかどうかは、それは、これからの市民運動の課題なんです。すぐに、「もうからないから、やめる」なんてことになりかねないのが、今の八王子市政ですから。そうした二つの問題が懇談されました。
2026年06月21日
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『小田原市農協三十年のあゆみ』の紹介私は東京在住ですが、神奈川県の真鶴と小田原のみかん園の手入れをしています。今年の2月8日に小田原方面で大雪と零下7.9度による凍害が発生しました。その災害を機にして、あらためて農家の置かれている状況について学んでいます。今、一冊の本をよんでいます。『小田原市農協三十年のあゆみ』(1994年刊行)ですが、これは、小田原の農家が置かれている状況と要求がよく紹介されています。わたしも2013(平成25)年の7月から農協の組合員だったんですが。これまでは、営農を確認するアンケートが送られてくるだけで、農協について知らなかったんです。2023年に小田原・早川の、知人の園主が亡くなったんですが。その彼が、生前にこの本をプレゼントとして残していってくれたんです。今回の小田原方面での、中・晩柑橘の凍害を体験しているんですが、この三十年史には、農業協同組合が農家の営農をどのように支えようとしてきたか、もちろん、詳細なことがらはわかりませんよ。しかし、めくっていたら『家の光』が出てきました。もはや60年以上も遠い昔のことですが、真鶴の我が家でも『家の光』をとっていたんですね。もちろん私などの小学生の頃のことですから、中身は知りませんが、あったことは覚えています。この「三十年のあゆみ」の本には、この間に、かつて『家の光』を見た時から今回までの間に、私などの知らなかったところで、いろいろたいへんな問題の中を歩んできたことがうかがえます。減反政策で水田を宅地化をせざるを得なくなる農家、オレンジの輸入自由化でみかん畑を縮小・改変を余儀なくされた農家のこと、そして農家の担い手が高齢化してくる問題と、田畑の後継者をつくっていく補償・保証がない中でSOSを発信していること。どれも皆、今現在に通じる問題が、すでに30年も前に、この本の中で語り合われているんです。農家が政治不信になるのもわかります。自己流の活路を探ろうとする気持ちもわからなくはありません。やけっぱちでかっこいい見栄えする輩に、あてにならない期待を託すのもわからなくはありません。しかし、今の道は、亡国の道をすすんでいる事態には変わりがありません。私などは、今回の災害に対して、いったい国や県、市の行政は、何ができるのか、何をしようとしているのか、問われているし、あえて霞が関くんだりまででかけたのはなぜなのか。もちろん災害への対応の問題がありますが、それ以上に戦後80年の農業政策の対応の根本が問われるところに、今や来ていると思っているからです。だいたい周りを見ると、現場は70-80歳のお年寄りが、声なき声で、ぎりぎりの努力でかんばっている。霞が関に物申したいけど、その自由がない。他方、国はそうした全国の事態をよく知っているわけですよ。しかしだいたい全体は知っているんだけど、肝心な決定権を持つ人たちは「アカンベー」なんです。しかもこの決定権者の無為無策の事態に対して、亡国の農政に対して、野党の多くがすり寄っていく。政権亡者たちが「そうだ、そうだ」と合唱している。災害対応ということは、誰が見ても当たり前な主張です。しかし、わかっていながらいっこうにこの国の政府は対応しようとしない。今問題なのは、この閉塞した事態を変えることです。今や言い訳は無用です。政治を動かすこと、このことが決定的に問われているところです。
2026年06月19日
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みかんの木の手入れと、凍害対策を喚起する今回のみかん園の仕事ですが、みかんの木の樹幹下の草刈りと、カミキリムシ対策での防虫剤の塗布でした。これまでに3日間、45本の木に塗布しています。まだ途中ですが。しかし、みかん園を続けるためには、それだけでは足りません。小田原から湯河原方面では、2月8日の大雪とそのあとマイナス7.9度の凍害が発生した。湘南ゴールドやレモン、甘夏などの中・晩柑類は、痛んでダメになってしまったんです。農民連が現地に入って調査し、4月13日付「農民」新聞で、2軒の様子を、深刻な被害のリアルな様子について、その一端を紹介してくれました。4月28日神奈川県・農政課に対し支援要請をしましたが、「時間がたっているので調査はできない」と。調査すらしようとしない、動かないというんです。そうしたこともあり、5月11日に農林水産省へ、資材の値上がり、入手できない問題での要請に、凍害問題も入れて、調査と支援を要請しました。青森のリンゴ農家の被害も大変だったんですね。さらに5月にには、福島の桃農家で、雹による大きな被害が発生しました。6月9日には、農水省に対して、果樹被害への支援対策で、再び緊急の要請交渉がありました。これに対しては、私も参加するようにしました。そこで私などが知ったことは、問題は、現場の調査の問題ですが、国や市や県の状況認識というのは、農協の調査によっていること。しかし農協の調査というのは、農協に果実を出荷している組合員に対する内部調査なんです。ということは農家全体の被害を把握するために動くような体制になっていないということです。またその行政の支援対策というのは、収入保険・果樹共済だというんです。しかしこのその資格は青色申告をしている農家に限定されているわけですから、多くの一般の農家は除外されているんですね。加えて保険が知られておらず、青色者の30%が状況なんです。湘南ゴールドは果樹共済の対象にすらなっていない。この問題をめぐって、私なども被害者の一人ですが、周りの農家の人たちは高齢で農作業を続けている、その人たちは霞が関まで出かける自由はありませんから、梅雨のこの時期は草刈りをしなければならないわけです。ですから、私などは誰も出ないよりかはましかとおもい、農家に代わって、援農者の立場から見ての、その農家の状況と思いを農水省に紹介した次第です。最近は、気候変動にともない、毎年各地の農家で自然災害が、様々な形で発生しています。ここで有効な手立てを探りださなければ、毎年、様々な被害の発生に悩まされる。国や県、市町村の対応の能力と努力が問われ、下手をするとその無策と責任が問われることになります。そうしたことで、やむにやまれずに、今回、霞が関くんだりまで行ってきました。
2026年06月17日
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東京農民連の第三回理事会に参加私は2000年以来、神奈川県真鶴町の27本のみかんの木の手入れをしていました。1950年生まれですが、農家のことなんて、まったく知らずに2000年まで過ごしてきたんですが。そんな事態のものが、2026年2月の東京農民連第37回総会において、なんと、その東京農民連の理事になっちゃったんです。小田原方面のみかん園、しかも雑草の草刈しか知らない、農業のことは知らない理事なんです。いいんですかね、そんな私ごときものが、農家の魂の一員になるなんてことがあって。しかし、時の流れです。本日、6月14日に第三回東京農民連理事会に参加してきました。これは、その副産物です。きれいなお米でしょう。一見して、これぞ農家のポリシーのこもったお米です。そのお米を分けていただいたんです。いま、さっそくそれを炊いてみたところです。「森のめぐみと、ウシ、クモ、ツバメの力を借りて・・・」その味のほどは、後日、あらためて報告させていたきますかが、とにかくごらんのとおりです。3月15日第二回理事会から本日6月14日の理事会まで、私は風邪に悩まされてきたんですが。一番大きかったことは、総選挙の2月8日に神奈川県小田原から湯河原方面に大雪が降って、そのあとマイナス7.9度という凍害が発生したことです。30⁻50年ぶりに発生した災害だということです。小田原・厚木道路は通行止めで、私などが現地に行けたのは、解除された3日後だったんですが。その時は、雪も道路の路肩にくらいにあるだけで、大した異常は感じられませんでした。それから、徐々にみかん園の異常が見えてきました。中晩柑橘が、レモンや湘南ゴールド、甘夏、その他の柑橘ですが、深刻なダメージを受けていた。深刻な事態が、徐々に明らかになってきました。これは湘南ゴールドです。神奈川農民連は、4月28日に神奈川県農政課に対策を要請したんです。県は「要請はわかるが、発生から日時が立っており(いまさら)調査は出来ない」と。それから農民連は、5月11日、6月9日と、政府・農水産省に要請・交渉を行いました。本日、6月14日の東京農民連の理事会で、そうした一連の経過が報告されました。ここからは、6月9日の農水交渉に参加しての、私の感想です。1、[状況把握は]現場の被害の深刻・切実さは、農家がその声を上げなければ、うすめられた報告でしか行政・国には届かないこと。その認識には、大きな乖離があること。2、[その対策ですが]お役人の習性でしょうか、目の前の災難に自ら飛び込むことはしない、自分の責任を回避して、新たな問題に踏み入って、被害者を救済するとの新たな努力を回避する。「わかっちゃいるけど、(自己保身の安寧は)やめられない」との、役人根性のみにくい姿です。3、その根本には、今の国の基本姿勢があります。じゃかじゃかとアメリカからの要求にはベッタリ抱き着いて、国民の切実な声にたいしては冷たく袖にあしらっている。今日の東京農民連理事会ですが、私などに聞こえ来るのは、その発言のすべてはこの基本関係ですね。結論として、一つの発言がありました。「東京農民連は、確かに数は少ない。しかし、少ない数のメンバーではあるけれとせ、それが全国各地の何百もの会員がつくる運動に匹敵するような活動を展開している。そこには、たとえ東京の会員は少数者であったとしても、それが全国の農家や農民団体の切実な要求に重なっている」と。そこに「鬼に金棒」の東京農民連の力があります。この間の流れですが、そのことを実証しています。「要求のあるところに農民連あり」、そこにポリシーがあると。私など新参者ですが、理事会の声はそうしたこととして聞かせていただきました。
2026年06月14日
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早川農協で柑橘凍害の政府要請を紹介「かながわ西湘」城南支店では、6月11日に総代会にむけて事業説明会がありました。私も組合員なんですが、これまで連絡ルートに入れずに、幽霊だったんです。今回の凍害問題を機会に、連絡網に組み入れてくれるように働きかけました。したがって、初めて農協の会議への参加でした。当然、柑橘の凍害が大きな問題となっていて、主催者から「被害の様子をおしえてほしい」と提起がありました。それで、初参加ですから、要領を得ないんですが。とにかく、自分の畑の被害の様子と、9日に農民連の農水交渉について紹介しました。1、行政に被害を伝えないと、なかなか実際の被害が知られるところとならない。2、湘南ゴールドは果樹共済の対象になっておらず、要請しないと県も国も動きが鈍い。3、今は青色申告だけが収入保険や果樹共済の対象でり、一般の白色申告者は対象外となっているのは大問題だと。初めての参加で、初めての発言だったのに、皆さんよく聞いてくれたと思いますよ。隣の畑の人が、帰りぎわに、あいさつの声をかけに来てくれました。代表理事専務の方、店長さんとも挨拶して、名刺交換をしました。気候変動の激しい中、今回の凍害の被害をよくつかんで、農家を支援する対策をしっかり立てること、さぐることは、農業にかかわる人たちにとって、だれしも目下の重要課題です。
2026年06月12日
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今年最初のカミキリムシを発見梅雨の切れ間で、今日は太陽が顔を出しました。6月11日の本日、みかん園ではカミキリムシ除けの防虫剤の、基幹への塗布を開始しました。したところ、案の定、今年最初のカミキリムシを見つけました。カミキリムシは基幹に卵を産み付けて、一年で羽化するものと、二年で羽化する者との二種類があるそうです。幼虫は基幹にトンネルを掘るように穴をつくります。そのため、みかんの木は根からの養分が枝葉に送れなくなって、枯らされてしまいます。先般、枯れてしまった木を切ったら、中からカミキリムシの幼虫が出てきました。枯れてしまった木の中にも、二年目の幼虫がいるということです。放置しているとみかん園は、次々に消失してしまいます。これから7月まで、羽化して飛んでくるカミキリムシ対策です。晴れた日しかできませんから、梅雨の晴れ間は貴重です。みかんの木の基幹部分に、「ガット」という防虫剤を塗布します。カミキリムシ対策とミカンナガタマムシ対策で、みかんの木を守ります。
2026年06月11日
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雪凍害・雹被害での農民連の緊急要請雪凍害・雹被害から農家を守るため、6月9日、農民連の農水省への緊急要請に参加してきました。5月の雹被害では、福島県などではモモなど200億円以上の被害がでており、被害を受けた農家に対する支援が求められています。農民連も緊急要請を提出していました。私などは、神奈川のみかん農家も、2月7日の大雪とマイナス7.9度による中晩柑橘の凍害被害です。農林水産省側から要請に対する「回答」がしめされて、具体的に支援・対策を要請しました。まず、状況調査です。農協は農協にたいし出荷している組合員しか調査できていません。一般の組合員やそのほか農家全体は調査できません。自治体は、独自に全体を調べるべきですが、「必要はわかるけれど、日が立っているからむずかしい」(神奈川県)などと言っている。しかし、日時が立つことによって被害がわかるようになってきているんだから。手当としては、国や県は「収入保険が対策だ」といっています。しかし、その加入の資格は青色申告をしている一部の農家しか加入できないわけで。一般の申告者は対象外となっている。農家のの側からは、一般の白色申告をしている農家にたいしても保険の対象となれよう、加入条件を一般農家に対しても広げるべきだと。国は新規就農者への支援ということも強調しているんだから。早急な対応が求められている。この近年の異常気象のもと、各地で様々な農業被害が出ている。来年も繰り返されるかもしれない。今回の農家の実際の被害状況をリアルにつかんで、その痛みに寄り添って、国と地方自治体は、農協とともに、農家全体にたいし有効な支援をはかれるよう、知恵と努力を尽くしてほしいと要請してきました。
2026年06月09日
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八王子・東部の貴重な歴史資料私は八王子・東部の鹿島に住んでいますが、住んで30年以上がたちますが、ちっとも地域の周りの歴史を知りませんでした。農家の方にお話をお聞きしたいと、地元の市議の方に頼んでいたところ、この6月5日(金)に、農家の方とお会いすることができ、地域を案内していただき、その歴史を聞くことができました。外装はハイカラですが、家の中は築100年の古民家でした。もちろん、わずかな時間ですから、聞けることは、ごく限られていました。そこで、その方に、この地域に関した本が、何かあったら貸してほしいと頼んだところ、3冊の本を貸してくれました。①岡田航著『里山と地域社会の環境史』(新曜社 2025年刊行)②『新八王子民俗調査報告書 第2集 八王子市東部地域 由木の民俗』(平成25年3月刊行)③山下惣一著『百姓の遺言』(家の光協会 2023年7月刊行)まだ、山下氏の本を読んでいる途中なんですが。私はびっくりしたんです。「セイノカミ」さん、私は1950年に神奈川の西のはずれの真鶴町岩で生まれたんですが、当時は岩村でした。小さいころですが、年寄りたちがお茶飲み話の中で「セイノカミ」さんということを語り合っていました。それが何のことだか、ずーっとわからずに、その言葉だけが記憶の中に残っていました。ところが、この八王子民俗調査報告書の中に、それが出てきたんです。1月15日くらいに竹を三角形のやぐらに立てて、「どんど焼き」で、書初めや古くなったしめ飾り・達磨などを焼く塔のことだったんですね。この八王子の東部資料をみて、私などの「セイノカミ」さん、心の奥にあった謎が解けました。これがどういうことか、わかりますか。1960年ころの神奈川県の岩村の生活と、そのころの八王子の由木地域の生活とは、この別々の地の民俗ですが、似たり寄ったりのものが、たくさんありそうだということです。もちろん、八王子・由木では1964年ころからは多摩ニュータウンの開発が始まりますし、神奈川県の岩村では、国道一号線の渋滞を緩和させるために海岸沿いに真鶴道路ができて、ともにそれまでの民俗生活は、大きく変わってきました。農業の在り方も、営農の仕方も、大きく変わってきました。それは、たかだか70年くらいのあいだにでの変化なんですよ。それまでは、私などの遠く小さいころの想い出と八王子の田舎の生活とは、重なるものがあるということなんですね。それが漠然とした記憶ではなくて、しかりした調査資料として、この記録として残されていたということです。もちろん、私などは、追憶をさぐるといたことが問題ではなくて、昔から今に至る過程を知る中で、今直面している課題をリアルにつかむことが問題なんですが。この聞き取り調査に当たられた方の努力に敬意を表します。平成25年といったら2013年ですから、たかだか10数年前に足で調査した記録です。今はほとんど消えてしまった日本の田舎の暮らしが、それによって、明治、大正、昭和の日本の農村の地域社会の暮らしの様子が記録されているんですね。昔の暮らしの姿を、生き生きとした具体性において知ることができるんですね。これは貴重な記録だと思います。
2026年06月07日
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6月初めの、みかん園の課題台風6号が、6月3日(水)、各地に水害を残し、関東を通過していきました。小田原のみかん園ですが、この機会に作業をまとめてみました。5月初めは茶摘みの時でしたが、この時期の基本作業の草刈りとともに、お茶の木の整枝剪定をしました。5月17日の草刈り前の様子です。つぎは、お茶の木の整枝剪定です。草刈りと整枝が、5月の畑仕事となりました。いつもの年であればこの時期は、湘南ゴールドや甘夏の収穫と出荷があるんですが、今年は無し。2月の大雪と凍害によって、今年の中・晩柑の収穫はゼロなんです。しかし、草刈り作業の方は、いつまでもグズグズしていられないんです。今、6月に入りましたが、今、草刈りとともに、待ったなしの課題があります。みかんの木を枯らしてしまう害虫対策、カミキリムシとミカンナガタマムシへの対策です。6月の半ばには、カミキリムシ対策の防虫剤を、みかんの木の基幹に塗布します。これが今回の重要な作業です。カミキリムシに加害されたみかんの木です。これは3月22日時点のものですが、これは、基幹の中にいたカミキリムシの仕業です。枯らされてしまった木をやむなく切断していたら、幼虫が出てきました。これが木を枯らした原因です。もう一つ、害虫がいます。、ミカンナガタマムシですが、これは樹皮をボロボロにしてしまいます。この二つは、みかんの木の基幹に加害して、木を枯らしてしまいます。これらは木の中にいて、木の表面に出で来るのは6月中旬から8月なんです。この時期が大事なんですが、私などは、これまでは、とかく草刈り作業に追われていました。梅雨の時期でもあり、塗布処理のできる晴れた日が少ないこともあったんで、防虫剤の基幹塗布が、後回しになりがちになっていたんです。そのために、みかんの成木が枯らされてしまい、みかん園が消失する事態になったんです。ただ、もう一つみかん園を消失させてしまう原因があります。これは3月22日時点のものですが。手前は、草刈りして雑草を押さえています。しかし向かい側のみかん畑は、クズやヤブカラシに巻きつかれてみかんの木が覆われています。右側からは竹藪が広がってきています。これは、自然による被害というよりも、農家の手が回らなくなってしまったためのもの。農家の人たちが高齢化してしまったための問題、人的原因による問題、今の社会的問題なんですね。みかん園の6月の課題ですが、それは基本は草刈りですが、忙しさに流されずに、晴れ間には防虫剤を基幹塗布するということです。本来なら、梅の収穫の時期なんですが、2月の雪・凍害により、今年は梅の木に、実がほとんどついていないんです。そうではあれ、農夫はこの6月は草刈りと防虫対策は欠かせないわけです。
2026年06月04日
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望月しょうへい市議とのつどい八王子市の東部で、5月31日に望月しょうへい市議とのつどいが開かれました。来年の一斉地方選挙まで、すでに一年を切るところまできています。八王子市は人口56万人で広いんです。八王子市議会は定数40議席、自民11、公明10などが与党をつくっています。その中で共産党市議団は5名、その一人が望月しょうへい市議なんです。私などの住んでいるのは八王子市の東側のはずれですが、八王子市政、行政というものが、ひごろ遠い存在なんです。つい先ごろまで、学校体育館にクーラーのないが学校が多かった。夏が暑い八王子でですよ。設備があるところでも、行政は「防災のためのものだから」と、生徒たちは使えなかった。長年、その改善をもとめた市民の請願ですが、市議会でそれが否決されてきたんです。この八王子の異常な事態を正せたのは、市民と共産党、市民会派によって、つい最近のことなんです。そもそも、共産党や望月市議の努力がなかったら、八王子のそうした市政の現実が私たちには伝わってこないわけで。国民健康保険税は三多摩一高くて、一般会計からの補助は無し。そのつけだけが市民に回されてくるわけです。市民から八王子市政は遠い存在なんです。こうした中で、望月市議や共産党がコツコツと頑張っているわけです。その結果、みんなの努力で、まったくの後進的な八王子市政をすこしずつ変えつつある。それが、最近の八王子市の状況なんです。今回のつどいでは、学校への図書館司書の増員を求める要求が紹介されました。八王子には107の学校があるそうですが、図書館司書は27人しか配置されたないんです。だから、1人の司書が4校を掛け持ちする。ないし、週に一日しか図書館司書がいない事態。「歴史文化を大切に」「教育環境の充実」なんて、きれいな文句が宣伝されてますが、建前論にたいして、貧しい現実の事態。市民生活の困難さを改善してくための、行政側からの熱意が伝わってこないんですね。一斉地方選挙は、市民生活の問題点を明らかにして、どのような八王子市政をつくるのか、市民要求を切り開く、その集中点だと思います。この集いは、そんなエールが交歓されたということです。
2026年06月03日
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「長谷川敏郎」という人をご存じでしょうか私などは、今、小田原のみかん園の野焼きから帰ってきたところですが。島根県でしょうか、自らも農家の営農を守りながら、全国の農家の要求を取り上げて頑張っている。そんな人が、現在の日本にいるということを、どれだけの人が実感として理解しているでしょうか。私などは、東京・八王子から神奈川・小田原へ、みかん園の援農に通っているんですが。これが、今回の作業の姿です。なにが作業だったのか?野焼きをしたんです。通路を草刈りして確保したことと、そのために右側にあったお茶の木を切り縮めたんです。巻きついてくるクズのつる草を遮断したんです。それを、野焼きして片づけたんです。しかし、長谷川敏郎さんという方を、フェイスブックなどで、その方の発信をインターネットで見てやってください。長谷川氏は、ひとりの農夫として、島根県でしょうか、その営農を守りつつも、全国の農家の要求を背負って、東京の国政において、矢面に立って主張し続けているんです。これは現代のスーパーマンですよ。しかし実際は、1人の生身の人間がそれを担っているんです。「全国農民運動連合会」、この組織の存在というのは、全国の農家の要求と心を代弁しています。私などの苦労とは、レベルが違うんです。私などは、去年に、その存在と役割ということを、具体的に直接に知ったんですが。私の周りでは、かつての私がそうなように、一般の農家から、「あれは共産党じゃないか」などと色眼鏡で見られているわけでして。私などの体感からすると、一般の農家の方にとって、とくに東京と神奈川では、そうしたみなされ方、先入観による誤解がひどい。マルクスの「共産党宣言」じゃないけれど、私などは、現代とそこでの農家の要求において、その姿を周りの農家の人たちに紹介していきます。
2026年06月02日
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今日の農業問題-農民連の二つの文章農民運動全国連合会の出している二つの文章を紹介します。一つは、「食と農の危機打開にむけて-新農業基本法に対する農民連の提言-」です。もう一つは、「農民連 アグロエコロジー宣言(案)」です。この二冊ですが、これは今の日本の農家が置かれている状況からしての農家の要求だと思います。この二つは、あくまで、今の農家の人たちが持っている基本要求だとおもいます。この要求からしたら、政党や党派のイデオロギー的なものは、二の次、三の次かと思います。あくまでも、今の日本の農家の基本的な共通の要求を示しているとおもいます。これが出発点だと思います。しかし、同時に、私などがこの間に探ろうとしてきたことですが、ケネーや井上晴丸氏などもそうした一人ですが、多くの農業研究者がこれまで探ってきた農業に関する理論というものがあると思うんです。ひきつづき草刈りをしながら、農業問題の両面を探ります。私などは、この両面から探る必要を感じているんです。
2026年05月30日
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『地を耕し、人をつなぐ農民、小林節夫の生涯』を読む農民連の「農民」新聞5月25日付に、この本の紹介がありました。私も一応は農夫の端くれなんですが。自然を相手にして、みかん園の草刈りを25年間してきた、ただそれだけの農夫なんです。農業といえば、縄文・弥生の昔から稲作づくりですが、神奈川県の箱根山の溶岩が、相模湾にそそいだ真鶴には、みかん畑で水田はありません。ようするに、農夫の端くれですが、農業のことはちっとも知らないんです。まぁ、お米や野菜を食べながら農業のことは知らない都会の消費者と同じです。なにも農業のことは知らない、ということを自覚して、昨年、「東京農民連」に入会して、あらためて農業のことを学び始めたところです。何しろ草刈りしか知りませんから、このコメ作りを中心とする「農民連」を、疎遠なことがらを、草刈りをしながらどう学ぶか。チンプンカンプンな世界にたいして、疲れた体で、どのように接近していくか。まぁ、そんな時に、この矢吹著『小林節夫の生涯』(合同出版 2025年9月25日)を知った次第でして。これは、戦後の日本の農家がかかえている問題のラフスケッチです。これも、また一つのヒントとして、人間として農産物を食べていながら、しかしちっとも知らない農業です。この機会に、私などの『農業問題入門』を探りたいと思います。
2026年05月29日
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井上晴丸著『農業問題入門』を読むこの井上氏の論文のもとは、1948年2月に書かれたものだそうです。私などは1950年生まれですから、大体生まれたころに書かれたものです。70年以上も昔の本が、どうして私の手元にあったのか? わかりません。どうしてそんな昔の本が、今どきに、私などの関心の対象になったのか?私などは、神奈川県の真鶴生まれなんですが、箱根山の溶岩が相模湾に流れ込んだ地形ですから、水田はもちろん平野というものがない。山の斜面を利用して、当地でみかんを栽培しだしたのは戦後のことかと思います。日本の農業といえば、お米作りの水田作業が基本だと思います。したがって、私などはお米作りの農業の基本を知らないわけです。「私は農業のことをちっとも知らない」そのことを農民連の「農民」新聞を見ることで、つい最近知りました。農業とは、みかん畑の草刈りとしか知らず、紙面に載る記事は自分とは無縁なことなんですね。しかし、人間、生きていく以上、お米や野菜を、食べてはいるんです。実際に関係していながら、意識の上ではちっとも知らない、これまでそんな自分だったんです。それで、この「農業問題入門」のタイトルにひかれたということもあるんでしょう。とにかく、この本を読みました。農業問題とは何か? 何が問題なのか?私の体感からすると、80歳前後の高齢な農夫が農地を維持しようと頑張っている。自然の摂理ですが自身の体力の低下から、耕作面積は縮小せざるを得ない、この現実があります。その事態を政治も社会も知っていながら、この問題を農家の当事者まかせに放置している。個々人の農家が、こんな問題を背負いきれっこないじゃないですか。どうして、今のこうした事態があるのか。私などが思うには、戦前の小作中心の農業から、敗戦後の農地改革により自作農中心に変わったと思うんです。しかし、その戦後の農地改革から80年の歳月が経過しました。1945年の日本の敗戦とともに民主的社会にかわったように、自作農への転換というのは一つの進歩だったと思うんです。しかし、農家を取り巻くこの戦後の80年の歴史の推移はどうだったのか?このことが問われています。1948年(昭和23年)には農地改革により、小作地の買収・売渡の9割が実施された。井上晴丸氏の論文は1948年2月に書かれたものですから、同時代のものなんですね。私などは、1950年生まれですから、その農地改革による変化とその結果の中で生きてきたわけです。フランス革命がそうしたように、日本では1948年に小作制度から自作農を基本とする農業にかわった。この日本社会の激しい変化の真っただ中で、井上氏のこの「農業問題入門」は書かれているわけです。このその後の80年の日本の農業のあゆみですが、歴史の中で、敗戦直後の農地改革とはいったい何だったのか。それはその後の歴史において、どのような農業問題をていきしているのか、この本は、そのことを問いかけるものとなっていると思います。
2026年05月27日
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草刈りシーズンの開始みかん園に草刈りに行ってきました。草刈り作業に入ると、幼果は目に入らなくなりますが、「たまに抜く・・・」は、みかんの花弁が散ったあと、歌心のない身ですが、とおく万葉人がうたった季節です。 かぐわしき花橘を玉にぬき 送らむ妹はみつれてもあるか 巻第十 1967しかし、みかん園は、初夏を思わせる日差しのもと、時々降る雨もあり、雑草の繁茂がはじまってます。のんびりと休んだりはしていられません、草刈りのシーズンの到来です。小田原方面に発生した雪凍害、2月8日の大雪と凍害ですが、レモンや湘南ゴールドなどの中・晩柑橘への被害がおおきかったんですが、その後、徐々に明らかになりつつありますが、梅の幼果へもダメージをきたしていると思います。しかし、今、農家はみかん畑の草刈です。すでに春分の日のころから、援農者の協力を得て、草刈りをすすめてきているわけです。草刈りが後手になって雑草の根が張ると、同じ範囲の草刈りであっても、とてつもない労力がもとめられるようになりますから、大きな自然の力を相手にするには、草刈りにも時というのが大事なんですね。もう一つ、お茶の木の整枝剪定がありました。5月初めにお茶摘みがありましたが、その後もお茶の木の生育は活発です。お茶の木を低木に抑えるには、今の時に整枝剪定が必要です。これからアシナガバチやスズメバチが巣づくりを始めだしますから、その前の今しておかないと、喧嘩になりますから。そして切り枝や枯れ木の後始末です。各地で山火事が発生してますから、火の扱いには、くれぐれも注意です。小田原に行くときに見えた富士山です。薄曇りは、春から夏への季節を示しています。帰り路は、くたくたですから、もう富士山を見る余裕なんてありません。
2026年05月21日
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八王子・鹿島で、地域図書館問題で懇談会5月16日、八王子市鹿島で地域にある図書館の向上させるための懇談会が開かれました。懇談会のきっかけは、最寄りの八王子市の主張所の中にある図書館ですが、近隣の多摩市の図書館に比べあまりに落差が大きい。図書館に対する要望、この機能をどうしたら向上できるか。今回は、それを主題に懇談しようとなったわけです。最近、清瀬市の市長選挙では、図書館の問題をめぐって、市民の選択が行われたそうです。この懇談会には4名のアドバイサーに参加していただきました。1、その一人、多摩市在住の方から、多摩市の図書館をめぐるこの間の市民の活動が紹介されました。私たちからすれば素晴らしい図書館であるわけですが、私なども利用させてもらってるんですが。そこには、そこでの問題があるようで、この間、多摩市では、危うく8つある図書館の4館が閉鎖されようとしたんだそうです。それに対して、市民の自主的な運動が、それぞれで起こって、3000~5000筆といった署名が寄せられ、そうした力で閉館をやめさせたと。その様子が紹介されました。2、地域からは、お二方、〇1人方は、学校の図書館司書を増やしてほしいと八王子市へ請願署名を集めておられました。八王子の107の学校図書館に、今、図書館司書は27人しかいない。1校に一人の専任者を配置してほしい、との請願署名を進めている方から紹介がありました。八王子市の図書館行政の現状の一端をしめしています。〇同じ管内の隣の地域の方からも助言をいただきました。50万人の広い八王子には、図書館は、本館、3つの分館、5つの分室がある。最寄りの出張所の図書室というのは、図書館条例の図書館ではなく、その外にあるもの。ボランティアの方が当たっており、「図書室」であると。八王子の図書館の状況に関する資料をつくり、紹介してくれました。地域図書室の改善していくには、この地域にある協議会など、横への働き掛けも大事じゃないかと。3、共産党の望月市議からは、八王子の議会での新たな図書館に対する市の姿勢や、コストカットの学校統廃合問題、行政とのやり取りの経験の紹介がありました。その中で、八王子市として制度を変えなければならないことと、そうでなくて個々の問題でも改善してほしい要求とは分けることが必要だけど、とにかくあきらめずに気がついた要望をどんどん出してほしい、とアドバイスがありました。参加された方からは、図書館までゆくには交通費だけで400円かかる。多摩市の図書館へならシルバーパスで行ける。先日、図書館で本のリクエストしたら20番目だった、43番目の人もいた。年内に借りれるか疑問だ。だいたいこの地域は、選挙の時であって静かだし、浦島太郎のようで、知らないことだらけだ。図書館問題などいろいろ疑問や要求はあっても、日ごろの隣近所では話し合える場がない。などなど。それぞれ貴重な懇談となったとおもいます。
2026年05月17日
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鹿島・松が谷の地域図書館を充実させるために4月18日に開かれた鹿島地域懇談会は予算に見る八王子市政がテーマでしたが、そこで参加者の多くから八王子の図書館を充実させたいとの要望が次々に出されました。次回の懇談会は、5月16日「八王子の図書館を考える」をテーマとすることとなりました。今、その準備をしているところですが。私の手元に、40年前の一冊の本があります。こんな本も参考にしつつ、いくつか聞き取りをして、わかってきたことですが。一、最寄りの由木東出張所内にある図書館ですが、直接にはそれをどう充実させるかが議論のきっかけだったんですが。ところがこれは「図書館」ではなくて「図書室」だったんです。どういうことか。56万都市の八王子は、2019年3月に「八王子市図書館条例」が改正されましたが、それによると、八王子市の図書館というのは、以下の9館だというんです。 本館 八王子市中央図書館 分館 八王子市生涯学習センター図書館 八王子市南大沢図書館 八王子市川口図書館 分室 八王子市由木中央市民センター図書館 八王子市恩方市民センター図書館 八王子市由井市民センターみなみ野図書館 八王子市北野市民センター図書館 八王子市石川市民センター図書館となると私たちの身近かにある由木東出張所の中なある図書館というのは何か?それは「図書館」ではなく「図書室」だというんです。「由木東市民センター地区図書室」とのこと。八王子は広いから、集会所のなどに13か所のこうした「図書室」があるのだそうで、由木東はその一つだそうです。だからこの館内にある図書は見てわかるんですが、八王子全体でどんな書籍があるかはわかりません。ネットワークですが、分館、分室に行って検索しないとわからないわけです。職員の方は二人で、ボランティアであたられているとのこと。由木東図書室の貸し借りは、火、水、木、土曜の午後2時から4時の間は図書室にいるとのこと。あとの時間は出張所の事務室が、午前午前10時から午後6時まで対応するようなしていると。二、おそらく当地の図書館利用者は、近隣の多摩市の便利な図書館が近くにあるわけで、そちらを頼るようになっているかと思います。多摩市中央図書館を検索すると、その中央図書館の機能がユーチューブで紹介されています。また、お隣の日野市の図書館は、もう40年も前ですが、『図書館の誕生-ドキュメント日野市立図書館の20年-』(関千枝子著 日本図書館協会 1986年)どういうわけか、そんな本が手元にあったんです。この図書館づくりに日野市民が、行政とともにどの様に努力してきたかの記録ですが、そこには、どの様な大きな課題があるのかが見えてきます。使いやすく、充実した図書館づくりの成果が、すぐ近くの多摩市にあって、実際に、私などもそれを部分的に利用させてもらっているわけですが。しかし、八王子市民の立場からしたら、どのように自らの八王子市の図書館を充実させていくのか。学園都市、文化都市をうたっているわけですから、ただ『隣の市は便利で素晴らしい』だけですましていたら、遅れた僻地・鹿島松が谷での図書館の行政は、いつまでたっても変わるわけがないと思います。次の懇談会では、置かれた状況を確認しつつ、どの様な一歩が必要か、探りたいと思っています。
2026年05月14日
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凍害問題で、農家による農水省交渉2月8日の大雪後に発生した小田原の柑橘への冷凍災害。大雪の後、観測史上の二番目、マイナス7.9度。古老が「これは40⁻50年ぶりの災害だ」と。5月11日、農民運動連合会は農林水産省に要請・交渉をしました。農業は問題山積・集中してますから、4テーマの一つだったんですが。小田原の農家は、4月28日に神奈川県とも要請・交渉をしています。私はこの農水省交渉に、ズームで参加しました。それで知ったんですが、この大雪はリンゴ産地にとっては、去年に続き、今年も230億円という甚大な被害をもたらしています。あまりの被害に驚きましたが。しかし、神奈川の柑橘は、これはこれで問題なんです。40-50年ぶりの災害ということは、現役世代にとっては初めての災害なんです。[被害の調査の問題]があります。農協は農協に出荷している人たちの被害を調査しましたが、農協に出荷してない組合員の人たちの被害はどうか。農協組合員以外の人たちの被害はどうか。それをだれが責任をもって調査するのか。こうした自然災害にたいし[国の農業災害補償制度は、農業共済保険制度]なんですが。私など新規就農者にとっては、それは青色申告者の専業的な農家が対象ですからスルーです。まして、果樹平均で10アール当たり6000円もの掛け金を払うなんて、現実問題外です。10aといっても、耕作の手の及ばない畑は、通常の木の数からすれば荒いんです。さらに、[それ以外の支援策はどうなのか]。木が枯れれば苗木を確保しなければならない。新たに苗木をどう確保するのか。確保できたとして、枯れた木と植え替えするのは大変な作業です。もちろん植え替え出来たとしても、ある程度果実が実るためには、そのあと5年くらいはかかる。その間だって、食べていかなければならないのに、収入はない、ないし落ちる。ただですら、今、農家は高齢化して耕作の手の及ばなくなる畑を抱えているわけです。それは80歳代の人たちです。それが現役なんです。はたして、この人たちが、この新たな自然災害にあって、これから新たに苗木を植える気になりますか。この農家のおかれている声なき声ですが、私などは半ばあきらめの境地と見ます。これまで必死になって農地をまもってきた「家族農業」の、高齢農夫です。国は、コメを市場価格にゆだね、減反しつつ外国米を輸入する、やれ「スマート農業」だとか、やれ「農産物を輸出すればよい」とか、絵空事を並べ。はては、武器商人のセールスマンになりさがっている。しかし、消費者においも目の前に農家の事態をみているわけですから、食糧や生鮮野菜を、安心・安全に確保するため、視野を広げるべきです。ましてや、市・県の自治体は社会全体を見て配慮しているわけですから、ましてや国は、基本的にこの農家の抱えている苦難を汲み取ってやる必要があると思うんです。かつての日本であり、現在の世界の国々が、探求している課題です。この事態を正視し、どのような対策をとるのか、それが問われているということです。
2026年05月11日
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明日、農民連の農水省要請に参加してきますイランへのアメリカ・イスラエルの侵略戦争は、世界の平和にとってとんでもないことですが。日本の農家にとっても原油の価格高騰・不足から、肥料や資材の高騰まで、影響している。くえて、小田原方面の柑橘では、2月8日の大雪・凍害により災害が発生しています。これらの国民の食生活をまもる問題で、農民運動連合会は、5月11日(月)午前11時から農林水産省への要請を行います。「原油、資材価格高騰・不足、災害被害から営農をまもる対策を求める緊急要請」です。私なども小田原でみかん畑の援農作業をしているものの一人として、この要請に参加してきます。だいたい、全国では様々な形で自然災害が問題になっていますが。東京の消費者は、意識はしてませんが、全国の農家とつながっています。今回の災害、比較的に温暖とされる湘南・小田原でマイナス7.9度で凍結する事態なんて、夏あつく冬寒いとの、気候危機の一つのあらわれですね。それにより、中・晩柑類が大きなダメージを受けました。農家にとって、収穫というのは1年間の農作業・勤労の収入です。私などでも4割方の収入が消えたわけです。最悪の場合、もしも木が枯れたとなると、苗木を取り寄せて、植え替え作業が必要です。木がそこそこの果実をつけるようになるには、これから6年くらいはかかるでしょう。農業災害の共済制度はありますが、昔、何十年か前に被害を受けた青色申告の農家は知っているでしょうが。私などにわか援農は、今回の災害が起きて、初めてそうした制度があることを知った次第で。仮に知っていたとしても、加入資格がなく、ましてや多額な保険料など払えません。ただ、そうであるにしても、来年に同じようなことが再び発生するかもしれませんから。こうした災害に、国としてはどのような対処策があるのか。今後のこともありますから、この要請を聞いて来るようにします。
2026年05月10日
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埼玉・東松山で野菜作りする東京の農夫埼玉県の東松山の畑に、5月8日に行ってきました。東京に住んでいて近隣の県で畑仕事をしている、遠隔地に通っての農作業。私などの神奈川でのみかんづくりと共通ですが、それも東京農夫の一つの形です。どうですか、この広い畑をどう思いますか。私などは、すごい情熱だなぁ、と感じました。みかん畑とは根本的に違って、野菜作りの畑は雑草をしっかり抑えなければなりません。トマトをはじめ、いろいろな野菜を栽培されていましたが、この広い畑に、遠くから通って野菜作りをしているわけで、私などとは苦労が違います。ケネーは医師でいて、農業の再生産を考察した。医療と介護の仕事を退職されて、農作業を始めだした方。どこか、なんとなく似ていると思いませんか。フランス革命を目前にして、自然な農業の社会的役割を洞察したケネー、今日の矛盾の集中している首都東京の農業の、その役割に挑戦している人。ヘーゲルは言ってます、『世の大事業は、情熱なくしては成就されない』と。理性の力を獲得して、その根本目的が、達成されるようになってほしいですね。わたしなどは、それがどのような結果つくるか、注目していきます。
2026年05月08日
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ケネーの『経済表』について私などは、今回、ケネーの『経済表』に目を通しました。このフランスの革命前の古典は、これまで重農学派の名前くらいしか知らなかったんですが。次の表を、5本の線を説明したものですが。この表が、いったい何を示しているのか、これまで漠然としたままきていたんですが。エンゲルスの『反デューリング論』の中で、デューリングの無理解に対して、マルクスがその意味を説明しています。どうして? 今、そんなことが問題なのか。私などはみかん農夫をしているんですが、毎年の生産をくりかえしている関係を、その基本を素朴な形で、具体的に示しているんです。再生産の関連ですが、農業、地主、工業の三者の中で、どのように繰り返されていくのか、です。この表ですが、意訳すると、以下の関係を簡単に示したものです。①農家は資産の一部をその年の元手として資本投下する。②それにより、一年の労働でみかんとなり、農産物をつくる。自分の食を確保するとともに、③その産物から、ア、税金や、イ、道具等の工業製品を買う。そのことで社会が回っていく、社会的な再生産がされていくことを洞察してるんですね。これって、農業者から見た、毎年繰り返される社会的な生産関連の基本なんですね。私などが毎年確定申告でまとめていることじゃないですか。これって、農家への応援歌でもありますね。もちろん、ケネーはいろいろな未熟さや誤りも含んでいます。純生産物(剰余価値)は農業でしか生み出さないとの労働観ですから。この重農学派の理論は、経済学史の上で、のり越えられていくわけですが、しかし、大切な素朴な基本、どうやって社会の再生産はおこなわれているのか、を示そうとしているんですね。これってやはり大事な基本テーマですね。またこれって、『資本論』第二巻の基本課題じゃないですか。今日において、流通の問題は、大事なテーマじゃないですか。大きな一石を投じているわけです。だいたいケネーという人は、面白い人です。『我亡き後には洪水来れ』で有名な、国王ルイ15世のボンパードゥル夫人の侍医であり、そのベルサイユ宮殿でのサロンには百科全書派の人たちも集まっていたというんですから。フランスの社会を広く見ている視野、データーが、この本につかわれているわけです。数日前ですが、いろいろ探っていたら、こんな発見があった次第です。そうしたことで、一読をお勧めします。
2026年05月06日
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みかん園の、5月のはじめ今日は5月3日、憲法記念日です。平和であることと、みかんの営農ができることとは、一体のことです。それをあいまいにする事柄とは、妥協なく「たたかう」ということです。それはともかくして、5月のはじめにあたって、みかんの営農を月例としてまとめます。1、みかんの営農にとって、5月の初めというのは、秋の収穫とともにハイライトです。「古今集」に、読み人知らずのこんな歌があります。 さつき待つ 花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする歌心のない私などにも、みかんの香りに鎌倉時代の人も愛着を抱いていたことが、伝わってきます。この五月のはじめは、憲法記念日であるとともに、私などにとっては、みかんの花とお茶摘みの時であり、この悠久の時なんです。2、ところが今年は、大きなアクシデントがありました。小田原の地域では、2月8日の投票日に、大雪とマイナス7.9度という凍害が発生しました。この甘夏の落下は序の口でして、時間とともにさらに広がって、8割方の実が落果しました。地域の特産の湘南ゴールドにおいては、全てがスカスカとなり、人前には出せなくなりました。レモンの木は、木自体が枯れてしまうかもしれないという、深刻な事態です。この大きな被害がわかってきたのは、3月、4月と時が経過するなかでなんですね。こうしたことは、何十年ぶりとかのこと、今対策・対応を探ろうとしています。農民運動連合会が、この事態をキャッチして、直ちに3月19日に現地調査に入ってくれました。その新聞『農民』(4月13日付)で、現地の被害の状況を発信してくれました。気候危機が問題とされる今日、今後においても、再び来年にもありうることですから、今、その支援と対策ですが、私などもこうした場合、どのように事ができるか探ろうとしています。3、今回の経験ですが、これは私などの姿勢を変えることを要請しています。今の資本主義社会の発展の中で、農業問題について正面からの対応が求められていることです。そうしたことで、4月26日に、町田の農家のタケノコ市に参加してきました。これは、未来の芽を感じさせてくれるタケノコ市でした。私などは、これまでの20年間、もっぱら、小田原のみかん業の「援農」をしてきたんです。農家の手の及ばなくなった畑にたいして、その「草刈を手伝う」ことだったんです。ようするに、小田原のみかん園の草刈がすべてで、それへの対応がもっぱらだったんです。今回のもろもろの事態は、このかかわり方が根本的に問われているんですね。東京在住者による、小田原みかんへの援農者のつもりでしたが、これを切り替えます。それは、東京の農家が今どうなっているか、そもそも農家自体がどうなっているか、私などはまったく知らないんです。草刈だけでなく、農業そのものについて、もっと知らなければならない。そうしないと、難行苦行は解決しないんですね。だいたい東京というのは、日本の最大の消費地です。どうしたって、食糧を通じて全国の農家とかかわっているじゃないですか。東京は、日本の農業問題が歴史的に集中している場であり、その矛盾が最先端で直面している場なんですね。それが現実です。したがって、これまでの受け身の根性を入れ替えて、農業がどうなっているのか、積極的に探ってみたいと思います。さしあたり、東京の農家の状況を知ることと、農業理論を探るということですが。昨年、私などは、「東京農民連」に入会させていただいたんですが、これもまた、一つの出会いであり、一つの縁ですね。これまでは、みかん園の草刈しか知らなかったんですが、東京の農業を知ることで、農業そのものを知る。国民の暮らしにかかせない、衣食住の中の食を知る。これは当たり前なことでもあり、人類の昔から未来への悠久のテーマでもあること、それが、直面していることだということです。これが、この4月の結論です。
2026年05月03日
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農業に関する理論をもとめ私は東京八王子市在住ですが、2001年以来、神奈川県の真鶴にかよって、みかんの木の手入れをしています。昨年、農業を知ろうと東京農民運動連合会の会員に参加しました。動機はいたって、単純でして、この20余年、ひたすらみかん畑の草刈りにかよってきてはいてきたんですが、それ以外のみかんの手入れのことは、ましてや農業のことは知らなかったんです。齢75にしての反省ですが、みかんの草刈りをしてきただけですが、あらためてみかん栽培とは、いや日本の農業とは何が問題かを、探る必要を感じたんです。まぁ、そうした時に、今年の2月8日に小田原の柑橘は、大雪と凍害に直面したわけでして。東京は農産物の大消費地ですから、東京の農家とともに全国の農家にかかわっているんですね。そうしたことで、農家の状況と、農業の理論について、75歳の手習いを始めた次第です。今、探っている農業理論の一つは、ケネーの『経済表』です。50年以上前ですが、小田原駅から学校に通う道に本屋さんがあって、そこでそのころ求めました。いったいケネーは何を言っているのか、チンプンカンプンだったんですが。今読んでみると、農家は、そのもつ資産のうち、その一部をその年の農業に投じる。種や肥料、農具などの流動資本を使って、その価値以上の剰余生産物をつくる。その剰余生産物は、地代や税金を賄い、工業製品を購入する。ケネーは、当時のフランス国家の資料をもとに、国全体の再生産の流れをまとめたんですね。それが『経済表』だったわけです。もちろん、不十分だったり、あいまいな点はあるんですが、基本的な再生産についての関連をあきらかにしたんですね。今日、農家が確定申告をしていくうえでも、参考になる基本です。ところが、その意義をとらえつつ、そのあいまいさを分析した人がいます。マルクスの『資本論』です。去年、志位和夫さんが、「赤本『資本論』」において、『資本論』第一巻の搾取の仕組みを、簡潔かつ本質的に解説してくれたんですが。それは搾取の基本について、でした。今問題となる、「農業ではどうなの?」いま、みかん園の草刈りをしていると、「農業では何が問題なのか?」、当然ながら問われます。どうやらそれは、『資本論』第一巻のその先にありそうです。第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論あたりにあるようなんです。今ころそれに気がつくなんて、私などは、せわしい学生時代でしたから、『資本論は』第一巻を読めたくらいでした。志位さんの範囲くらいは読んではいたんですが。なにせマルクスの『資本論』は大きな作業の、刊行できたのはその一部でした。第二巻、三巻に目を通せたのは1990年代でして、その理解は、とにかく目を通したくらいだったんです。そこに今日の問題としているところがあったなんて、気づかずでした。ここに私などの、今が、遅まきながらの今が、あるわけです。マルクスは『資本論』第一巻を出すにさいして、大きな全体的な作業をしました。『剰余価値学説史』全三巻もその一つです。もちろん、不勉強な私などには、その全体は歯が立たないんですが。しかし、少なくとも、その第二章「重農学派」P22-47ですが、それを今回検討しています。農業問題を理解する上で、ケネーの『経済表』の理解と、そのマルクスの「重農学派」の分析、この二つを読もうと思っている次第です。いま、みかん園の草刈りをしていると、「農業では何が問題なのか?」、当然ながら問われます。どうやらそれは、『資本論』第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論にあるようなんです。まぁ、今ころそれに気がつくなんて、どうやらそれは、『資本論』第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論にあるようなんです。遅いんですが、でも気がつかないよりかは、ましです。しかしもう一つ、探求したい論文があるんです。レーニンの『農業における資本主義』『農業問題についてのマルクスの見解』です。ここでのレーニンの指摘が、マルクス『資本論』を紹介してくれたんです。『農業における資本主義』は、古典的なカウツキーの大著『農業問題』の紹介です。レーニンはそれを、当時直面していた農民運動に生かすため探っていたということです。この流れがあるんですね。もちろん、100年も前の本ですから、これらを金科玉条にすることはないんですが。しかし、これらはいまでも農業問題を理解する上で、その基本として認識しておくことは必要だと思っています。これらが、もっか私などが挑戦しようとしている農業理論です。
2026年05月02日
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今季の最後のみかん朝市5月2日(土)の午前8時半から9時15分まで、永山商店会のみかん朝市。今季、最後のみかんの朝市でした。ならべられたのは、最後の甘夏と、旬のフキです。この朝市はショックでした。もちろん、商店会の朝の人通りの少なさが一つでした。私のイメージには、コロナ前のころのにぎやかだったころの商店会の朝市のイメージがありますから、それに比べて、なんと閑散としていることか。人が出てこない。まぁ、それはそれとして、最近の事態なんですが。それても3人の方が寄ってくれて、みかん談議になりました。「これって、甘夏なの?」「甘夏です」こんなことから会話が始まりましたが。その姿の問題じゃなくて、味の問題だったんです。これまで私は、柑橘を販売することに専念してましたから、他者に味見をしてもらっても自分では味見してなかったんです、いちいちしなくても、わかっているつもりでしたから。ところが今回は会話のはずみから、甘夏の味見をしてみたんです。「ひどい!」何とも、その味はひどいものでした。水分が皮に取られて、果肉がしなびている。果皮の苦みが果実にはいって、苦く酸っぱい。これが、雪・凍害ということなんですね。この間に、こんなものを5個300円で卸し、350円で売っちゃってたのか・・・。まったくの反省です。大雪の後に味見したときには、そこそこの味だったんです。そのあとも、それなりに確かめていたはずだったんですが。2月8日から5月2日のあいだがたちました。この間にもっと早く、状態の変化に気付くべきでしたが。その都度、柑橘の味を確かめなければならなかったわけですが・・・。しかし、もはや後の祭りです。せっかく買っていただいた方には、申し訳のないことをしたものです。どうやって誤り、この埋め合わせをするか。この問題は残っていますが。とにかくこれが、今季の最後のみかん市でした。
2026年05月02日
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お茶とみかんの歌当方は、神奈川県の小田原でみかん栽培をしていますが。「八十八夜」は、今年は5月2日とのことですが。4月29日には、お茶摘みをしてきました。みかん畑の周辺には、お茶の木が植えられてます、みかん畑のお互いの境界を示す印でしょうか。お茶の木は、適切に管理すれば低木に抑えれるはずですから、みかんの木への太陽の光を妨げることはないはずなんですが、手入れを怠ると、人の手の届かない高さとなり、クズやヤブカラシがまきついて厄介な存在になります。当地は「足柄茶」のブランドで、お茶の産地でもあります。昔から農協が製茶工場をもっていて、茶葉の生育に合わせて日にちを限定で稼働させてくれています。ただし、その日に茶摘みしたものでなければだめ、また、濡れていてはだめで、晴れた日しか茶摘みはできませんから、工場の稼働日に合わせて、お茶摘みにはタイミングがあるんです、のんびりといつでもというわけにはいきません。わたしなどは手摘みですから、「一芯二葉」の茶摘みの単純作業が続くわけです。そんな中で、「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る・・・・♪」これは、茶摘みの単調な作業を励ましてくれる励ましの歌なんですね。「つめよ、つめつめ、摘まねばならぬ。摘まにゃ、日本の茶にならぬ」これは、日本の近代化を、農家の努力を下から支えた歌ですね。私はこの歌は静岡の茶どころでつくられた茶摘みの応援歌かと思っていたんですが、そのもとは京都の茶どころでうたわれていた歌なんだそうです。もう一つ、茶摘みの時期というのは、みかんの花の咲く季節でもあります。みかんの花びらが、風に浮かれて茶摘みの収穫籠に入らないように注意が必要です。茶畑に隣接してみかんの木があります。これは真鶴の湘南ゴールドの木ですが、今花が満開です。茶摘みに追われていると、ついついみかんの花を楽しむどころではないんですが。注意してみると、ミツバチがいて、ところどころで、せっせと花粉を集めて飛び回っていました。ここでも自然と歌が出てきます。「みかんの花が咲いている、想い出の小道、丘の道。はるかにみえる青い海・・・・♪」私は小田原に縁のある北原白秋の作かと思っていたんですが、違ってました。これは川田正子(1934-2006)が、1946年につくった歌だそうです。小田原の景色とぴったりで、今も昔も自然の景色はそうそう変わりません、みかん畑は、いまも歌詞の通りで、相模湾が輝いてます。まるで小田原で作ったかのような感じがしてきます。どこで作ったんでしょうか。とにかく今、その歌の通りで、みかんの花の季節が始まりだしています。みかんの花の香りが、これから山全体に漂いはじめます。相模湾がキラキラと輝いています。今回も茶摘みをしていたら、近くでキジの鳴き声がしました。今回は、珍しくもメスが近くにいるツーショットです。こうなると、オスは鳴く必要はないと思います、この時はたしかに静かでした。オスは大きな声で鳴いて羽ばたきの音を立てるから、だいたいその居場所がわかるんですが。しかしメスは警戒心も強く、静かで鳴かず、地味な姿ですから、それをみれるのは珍しいんですよ。でもだいたいは、オスの近くには、メスがいるはずなんです。オスが鳴くときは「おれは、ここにいるよ」って、メスにアピールしているときかと思いますが。したがって、二羽が一緒におさまっている写真というのは珍しいんです、静かですから。以上、4月29日、小田原の午前のみかん園の様子でした。
2026年04月30日
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東京・町田でタケノコ市東京農民連・町田の大谷宅で、4月26日(日)にタケノコ市が開かれました。前日には、近くの竹林で、準備のためにタケノコ掘り、百本のタケノコを用意しました。また、収穫したての野菜を袋詰めして、販売の準備がされました。4月26日(日)は、天気も晴れました。午前9時過ぎには、タケノコをもとめるお客さんが大勢来てくれて、たいへんな盛会でした。このタケノコ市は近くの学生も来てくれました。東京の農業、生産された作物を販売する活動を支援してくれました。また、追加のタケノコを掘る作業にもあたってくれました。大勢のお客さんを相手に、てきぱきと販売の応対をしてくれて、日ごろ静かな庭先ですが、大勢の活気にとんだタケノコ市となりました。当方も、小田原のみかんを、清見と甘夏を販売させてもらいました。小田原と東京・町田との交流です。農家の人口が大きく減っている近年ですが、しかしどっこい、東京の農業・農家も健在です。このタケノコ市ですが、東京の農家と消費者との生きた交流の、一つの形を示してくれました。
2026年04月26日
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タケノコとフキの季節今、日本の農家の人口が激減をしているのをご存じですか。私などは長らく東京生活をしてきたものですが、2000年から郷里の小田原・真鶴でみかん農夫をしています。農業を支える人は70-80歳で、90、100歳近くの方も頑張ってます。農業は自然の恵みを生かすこと。私などは、本日・4月25日、東京・町田でタケノコ掘りをしてきました。この自然の恵みを、どのように掘ればベストなのか、その掘り方をアドバイスしていただきました。農業において、そのギャップが大きいと思いませんか。なんで、80歳前後の高齢者が現役の青年部として頑張っているのか。会社員の毎月の給料と違って、農家の収入は年に一度か二度なんです。その年の自然条件によって、収穫はまちまちです。その市場価格もまちまちです。それじゃあ、博打のような生活じゃないですか。子育てにキュウキュウとしている若もの夫婦が、そんな生活に命運をかけるなんて絶対にできません。せめて生産費を労働者並みに補償する、最低限の所得補償をはかること、それは、欧米では当たり前のことです。しかし、日本はどうか。暮らしの予算を削って、どんどん軍事費に注ぎ込む-それが極端化しているのが今の日本です。農業・食料なんて自給しなくてもよい、安い外国からの食品を輸入すればよい、といった政治です。だけど、この東京だって、豊かな農産物があるんです。そりゃぁ、もうけ本位の基準からしたら利益にはならないかもしれませんよ。だけど、東京の農地から、タケノコが生えてきているんです。この自然の恵みを生かさない社会は、いったい何を追求している社会なのか。今回、私の小田原行きでは、フキを採ってきました。これも同じです。この豊かな日本の自然の恵みを、その豊かさを生かせない社会というのは、じつにもったいないし、根本的にどこかが、くるっていると思いませんか。
2026年04月25日
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森宏一著『哲学とは何か-世界観の史的展開-』の紹介森宏一著『哲学とは何か-世界観の史的展開-』(合同出版 1976年刊)を紹介します。この本は1976年刊行ですから、今から50年前に刊行されたものです。森宏一氏(1901年-1993年)は、今から33年前に亡くなっているんですが。戦前の『唯物論研究会』の初めから参加されてきた、気骨ある方です。何故、私は今、その方の著作を紹介するのか。私はこの本を以前に読んではいるんですが、初めから通読しつつあるのは、今回が初めてです。私が森宏一さんを知ったのは、レーニンの『唯物論と経験批判論』の訳者としてだったんですが。それはレーニンによる唯物弁証法の内容を知るためでしたから、訳者がどういう人かなんてことは、その時はまったく意識になかったんです。人となり森宏一さんという方を意識するようになったのは、1969年刊行の『日本マルクス主義哲学の方法と課題』(新日本出版社)のなかでした。この一部は、古在由重氏が報告者となって、戦前の唯物論研究会の努力を、1970年ころに、哲学者の人たちが総括討論をされているんです。その中にあって、森宏一氏は戦前の当事者、治安維持法による思想弾圧を体験してきた方ですから、その発言は、日本で唯物論の開拓する努力、その確信が伝わってくる、それと同時にそれが思想の自由、民主主義をまもろうとする、苦難を余技なくされた、意識的な戦いだったことが述べられていたんですね。それは、ともかくとして。今回、私がこの『哲学とは何か』を紹介する動機ですが。この本は、世界の哲学の歴史を、古代ギリシャから中世、近代と、哲学の世界の歴史のあゆみをまとめているんですね。もちろん、たとえその中の一人についても、その人となり、学説となりを紹介しようとすれば、研究しようとすれば、それだけでゆうに一冊の、これくらいの本になっちゃうと思うんです。しかしこの本は、2000数百年の哲学の歴史を、その中心点、エッセンスを紹介しているんです。この種の努力をヘーゲルが『哲学史』で行っています。その努力を、唯物論者としての森さんが、森さん流に研究して、それをまとめたんですね。これはじつにすごい努力なんです。私などは、最近、感じるんです。ここに細かな点で研究をしている人は、学者・研究者は大勢いますよ。しかし、それらをマスターするのはなかなか容易なことではありません。他方では、そうした専門的な研究者でも、意外とごく基本的なことが理解されていない様子も目にします。ただ、全体としては、現代という激流の時には、哲学の方法論が鍛えられる必要があると思うんです。基本を押さえつつ、細目の研究部分にあたる必要があると思うんです。ではその基本はどの様な努力によって、学びうるのか。大事な問題ですが。私などが森浩一著『哲学とは何か-世界観の展開-』を紹介するのは、その基本を、あくまでも基本ですが、この本が提供してくれていると思うからなんです。どの様にこの本が評価されているのか、私などは知りませんが。私などは、今回この本を読んでみて、あらためて、先人の森さんの努力というのは凄いものだし、その努力を線上に私たちの今があるし、それを進めなければならないと感じています。その後すすめられた成果をまなばなければならないと感じています。
2026年04月22日
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八王子市鹿島で市政懇談会が開かれる広い八王子市のもっとも東側はずれにある鹿島地域ですが、4月18日(土)、ゲストに共産党・望月しょうへい市議をむかえて市政懇談会が開かれました。八王子市議会の第一回定例会が終わりました。ひごろ八王子市政に疎い私たちですが、3月26日本会議で発言した望月市議から、全体の様子を聞いて懇談しました。望月市議は、全会派一致でアメリカのイランに対する戦争反対決議が採択されたこと。本年度の八王子の予算について、①公共施設の使用料など727件もの値上げ条例が、賛成多数で決められたこと。②小・中学校の統廃校が決められ、すすめられようとしていること。③多摩で一番高い八王子の国保料ですが、一般会計からの補助・繰り入れが、ゼロにされてること。⑤補聴器の購入補助が、希望者が多いにもかかわらず、5万円から3万円に減らされたこと。⑥市内の循環バスが、毎日の運行していたのが、限られた曜日に変更がされること。など、本年度の八王子市予算のもつ問題点とその特徴について紹介されました。参加者からは、いろいろな角度から質問が出されました。それぞれ八王子の市民にとって切実な問題が、市民には知らされないところで、勝手に市議会の中の多数決で、マイナス方向に決められている感じがする、というのが共通の感想でした。懇談の中では、要望や意見も出されました。①図書館の問題。近隣の市に比べて、そのサービスがかなり遅れている。市民の要望に応えるものになっていない。本が古いし、借りようにもネットワークが弱く、係の人がいない場合がたびたびある。②高すぎる国保の問題。少子化対策は必要だけど、どうして医療保険がそれを負担しなければならないのか。どうして後退する国や都にたいして要望しないのか。③市民生活にとって、八王子市政というものの存在が遠くて疎遠だ、ついついあきらめ感になる。もしも望月さんがいなかったらその報告がなかったら、八王子市政の情報はなく、まっ暗闇になる。税金についてはビシビシと督促してくるのに。④八王子議会だよりについて。八王子市議会での発言者の紹介に、どうして発言した人の名前が載らないのか。これでは、誰にたいして、質問したり要望したらいよいのかわからない。などなど、多くの発言が交わされました。
2026年04月19日
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今週のみかん市を終了今週も永山商店会の土曜みかん市を終了しました。早川の農家が清見オレンジを2.5コンテナ出してくれました。しかし最近の永山商店会ですが、朝市を開く土曜日の朝は、いたって静かなんです。人通りが少ない。したがって、この場所での朝市販売は、せいぜい10袋程度に限定するようにして、あとは、市内と市外の各所にいるみかん愛好者に届けるようにしています。こんな閑散としたところで、いつまで客待ちしていても、販売できるのは限られてますから。客待ちしている間に、電話で注文も取るようにして、終わらせるようにしています。それでも、みかんを楽しみにしているお客さんがいるわけで、長年続けてきましたから、少しでもその人たちのためには、続けなければならない。今回も、わざわざ買いに来てくれた人たちが、何人かいました。ありがたいことです。当然ながら、小田原のみかん園の凍害問題を紹介しています。『農民』新聞をコピーして、渡しています。4月9日に50部、11日に20部、12日に10部、17日に24部をコピーしてますから、早川のみかん園の近隣の園主さん、関東各地からの愛好者の宅配注文、そして多摩市の朝市と近隣の注文者に渡してきていますが、記事を渡した人は100名を超えました。もちろん柑橘の凍害への対策が問題なんですが、被害の状態が各方面に知られないことには、対策をつくる知恵も借りれません。被害の事態というのは、もちろん農家は渦中の事態にあり、知っているわけですが、自分の被害はわかっても、被害の全体像はわからないんですね。農協に聞いても、全体的に「たいへんだ」とは言ってはいても、具体的な状況はわかりません。そうした中ですから、この農民連の「農民」新聞の取材記事は、客観的な大事な材料なんです。かりに、レモンの木が枯れたとすれば、植え替えの大変な作業となります。たくさんの苗木を確保するとのことも、すぐにはできません。記事にもありますが、植え付けができたとしても、ある程度なるには5-6年はかかります。樹勢が回復するかどうか、今は見守るしかないわけですが。こうした凍害が、いつまた起こるかわかりませんから、今回を機会にしっかりと対策を講じなければならないわけです。お米とかリンゴの自然災害は、それなりに経験と対策があると思いますが、柑橘の凍害は、30年ぶりとか、50年ぶりとか言われてますから、経験がない。今を働く農家にとっては、初めてのことかと思います。私などは、各方面に実情を知らせて、こうした場合、どのような対策がありうるのか、実際に取れるのか、知恵を借りようとしています。
2026年04月18日
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みかんの木を枯らすミカンナガタマムシ何故、みかんの木が枯れていくのか。カミキリムシが基幹を加害していたのは、3月26日のブログで紹介しました。しかし、症状からして、原因はカミキリムシだけではないことが見て取れました。(4月9日付ブログ)4月13日に根府川にある農業技術センターを訪ねました。課題は3つ。1、みかん畑に繁茂してくる「雑草」ですが、その主なものの名前を教えてもらうこと。雑草という草はないし、図鑑を見てもそれがなんなのかはっきりわからない。名前を教えてもらおうと、数種類を持ち込みました。2、今回の主題は、カミキリムシとは違う枯らされている木の原因で調査でしたが。さすがに農業技術技術センターです。具体的な説明にくわえて、玄関の横には加害された症状をしめした木が置いてありました。これではっきりしました、ミカンナガタマムシでした。別の件で調べものをしていたら、本日、一つの発見がありました。「防除情報(病害虫情報 号外 第3号)とのニュースが出されていて、ミカンナガタマムシの問題についての注意が発信されていたことを知りました。神奈川県農業技術センター発 令和7年4月16日付でした。このニュースは、私などの周りのみかん園の園主さんたちは知らないと思います。今度行ったときに紹介するつもりです。3、もう一つは、今回の雪・凍害を調査した『農民』新聞の提供でした。もちろん、2月20日付で「大雪・凍害による木に対する管理」は、JAと技術センターでニュース発信しているんですが、あくまで木の管理についての注意です。しかし、柑橘の果実に対する被害というのは、どこも調査しておらず、その後の時間とともにそれぞれの体感として明らかになりつつあるところだと思うんですね。そして、「天災だから仕方がない・・・」と、あきらめ的なんです。私などは、その被害の現場にいるわけですが、その点で被害を様子をリアルに取材した『農民』新聞(4月13日付)の客観的な情報は貴重だと思うんですよ。農家や農業団体、政治の各方面が、被害の実際と向き合って、被害のほどを早くキャッチして、この自然災害に対して、どのような救済策がありうるのか。その対策を探る必要があると思うんです。地球温暖化が指摘されるおり、同じようなことが来年も繰り返さないとは、誰も言えないんです。そうしたことで、今回の小田原行きは、この「農民」新聞コピーを、私と接点のある人たちみんなにとどけました。さらに農協や農業技術センター、小田原市議会議員の人たちと、ひごろ接点は薄いんですが、それでも社会的にかかわる各方面の人たちに対しても、資料として提供して対策を依頼してきました。みかん栽培には、自然災害への対策もあれば、病害虫対策の問題もあるということです。二つの災害が重なって発生したということです。
2026年04月16日
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聴涛弘著『ソ連共産党とは何だったのか』のお勧め昨年末に、不破哲三さんとともに聴涛弘さんが亡くなりました。たまたま、有田芳生さんのニュースを読んでいて、聴涛さんが死去されたことと、この遺言的な著書を知りました。『ソ連共産党とは何だったのか-日ソ両党関係史からの視点』(2026年2月28日 かもがわ出版刊)私は聴涛さんという方、その個人を知っているわけではないんですが。私の本棚には、ごちゃごちゃとして、いろいろな本がありますが、その中に、手放せない本として、その中に聴涛さんの本が、2冊がありました。一つは、1970年刊『レーニンの想い出の日々-フォティエワ回想録』(啓隆閣)。もう一つは、『社会主義と民族自決権』(新日本出版社 1982年刊)です。ともに、私にとって、古典的な力をもって現在を励ましてくれる、大事な著作です。そうした作品の著者の聴涛さんが、不破さんと同じく昨年12月に死去されたこと、知りませんでした。又、聴涛さんが日本共産党とソ連共産党との関係で、通訳者として現場にかかわっていたこと、このこともまったく知りませんでした。この聴涛さんの死後に出版された『ソ連共産党とは何だったのか』ですが、このリアルなやり取りに、これは、早く読んでおかなければならないと感じて、みかんの凍害対策の最中ですが、本が届いてから、4月14日-15日の二日間でしたが、とにかく通読しました。これは、『日本共産党の百年』史がありますが、その1960年代以降の日本とソ連の共産党間の対立とその克服問題がありますが、この事態にその都度通辞として立ち合い、かかわった聴涛さんの存在からして、その貴重な歴史に対する証言です。もちろん、この聴涛さんの感想・意見を絶対視するものではありませんが、そこには、いくつもの歴史場面にたちあった貴重な証言があると思います。その根底には、発達した資本主義国ならでわの社会主義の探求があると思います。これは聴涛さんの遺書となりましたが、これをどのように生かすのか、今を生きている私たちに、そうした問題が提起されていると思います。
2026年04月15日
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柑橘の凍害を報じた新聞『農民』小田原方面では、中・晩柑橘(湘南ゴールド・レモン・清見・甘夏・日向夏など)に雪と凍結の被害が発生しています。総選挙投票日(2月8日)の前夜から降り出した大雪と、その後の零下7.9度の低温により、徐々に被害のほどが、凍結被害があきらかになっています。農民連の新聞『農民』(4月13日付 第1695号)が、被害の様子を現地に取材し、リアルに報じました。本日、4月11日、私は、通常であれは東京・多摩市の永山団地商店会での朝市なんですが、団地居住の消費者も、そろそろ湘南ゴールドが売りだされるかと楽しみにしていたわけですが、今回の事態です。販売するものが、商品価値ゼロになっちゃいました。4月9日に新聞『農民』が手元に届きました。それ以来、その新聞を50-70部とコピーして、みかんの相手先に被害状況の紹介が始まってます。今回の朝市は、販売ではなく、被害の湘南ゴールドの現物と新聞コピーで、実情報告です。被害の実相を伝えてくれる農民連ならでわの紙面なんですよ。しかし、求められているのは、被害の様子とともに、大事なのは、この自然災害に対する農家支援と救済策です。が、しかし、この被害の事態は、まだ当事者のみかん農家しか知られていないんです。小田原の同じ農家でも、みかん農家以外は「よいお湿りだった」程度の認識の人もいます。また小田原の市街地に住む人は、「みかんが大変のようだ」と噂話程度の認識です。ましてや全国のみかん農家でも、零下7.9度の凍害がひどかったのは限られた地域ですから知らない。ようするに、当事者以外に被害をリアルに紹介したのは、この「農民」新聞が初めてなんです。その中で、早く事態が知らされなければならない。なによりも被害対策です。こうした大雪と凍害による大被害は、30年ぶりとのことで、被害をうけた農家も自分の被害については知っていても、どういう対策と支援が求められているか、対応する経験がないわけです。ひょっとすると農協や行政においても、話を聞くだけ。ただ見守るだけで、被害に応える有効な対策を打てない事態をきたすかもしれない。それが今問われていることです。しかし、確かなことは、この新聞『農民』が、全国にこの被害の様子を紹介してくれた。そのことは確かなんです。そして、問題は、ここからです。その道の政治や学者・研究者が、その知恵と力と、経験を生かして、この事態にどう対応するのか。被災者の痛みによりそって、励まして、その営農をどう支援していくか、農家の窮状に応える、社会的な共同の力が求められているわけです。そのためには、都会の消費者においても、この状況を理解してもらうことが大切です。今回の朝市ですが、限られてはいますが、すこしですが紹介しました。被害の湘南ゴールドの提供は、百聞は一見に如かずです。用意したものはどんどん、すべて渡されました。その横では、新聞の記事によってのみかん談議です。農家の人の表情が、レモンの木の様子が、事態を示していると、立ち話がひろがりました。最初は、「この黄色いみかんはレモンか? なんなの? あぁ、これが湘南ゴールドか」とか、「最近、販売が見かけないんで、どうしたかとおもっていた」などからはじまって、とにかく、たちどまった全員が「雪の後で災害が起こっていたなんて、知らなかった。初めて知った」とのこと。 そして話はひろがって、「はたして、この国は実のある支援をするだろうか。どのような支援策が必要か。どうしたら国は国民・農家への支援をするようになるのか」「農家の収入は、月給や年金の収入とは違うから、大変じゃないか。支援制度はどうなっているのか」「「地球温暖化」のなか、こうしたケースは、どこでも様々な形でおこりかねない」「支援が必要だ、がんばってください」と。等々の会話が交わされました。都会の消費者・永山団地の住民も、「支援しますから」と語ってくれています。
2026年04月11日
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東京・清瀬でみかん園づくり東京の南部・町田市でのみかん畑づくりを紹介しましたが。北部の清瀬市でもみかん畑づくりが始まっていました。今や清瀬市は全国に有名になりましたが、この地でも清瀬駅のすぐ近くで、みかん畑をつくろうとする試みがすすめられています。小雨がぱらつく中でしたが、4月4日、初めて清瀬にその農家を訪ねました。これらの木は、これまでに植えられてきたもので、東京都の指導員の方のアドバイスを受けて、40本の苗木を植えたということです。「木を植えたんけど、ちっとも実がつかない。どうしてなのか?」-園主さんの疑問です。ここでも2月8日の大雪のあと、5本くらいでしょうか、枯れていた木を抜いて片付けたとのこと。私は清瀬という地を訪ねるのは初めてだったんですが。これが園主さんのお宅です。これが東京か、信じがたい風景ですが。この畑とお宅は、清瀬駅から2キロくらいの、すぐ近くにあるんです。市街地に隣接して、農家があって、農作業が続けられているんです。これが東京の農家の、一つの現在の姿です。今回、4月9日に、私は「宮川早生」の苗木2本をもって、再び訪ねました。園主さんとともに、この2本の苗木の植え付け作業をするためです。二人でいっしょに、植え付け作業をしました。苗木を植え付ける穴を掘って、たい肥や苦土石灰等の土壌作りをして。苗木の根を横にはわせて、接ぎ木部分が地面から顔を出すように植え付けて、主柱をたてて紐で固定しました。これは、簡単そうでいて、いろいろな細かな配慮が必要なんです。毛根を大事にするとか、根を広げて横に這わすとか。足で踏み固めて活着させるとか、水をたっぷりかけるとか、頭で理屈を理解するだけではダメ、他人の作業者をただ見ているだけではダメなんです。実際に自分で手をかけて作業をすることで、細かな、しかし大事な点を、実際に体得できるんですね。失敗することもあります、しかしそうして学ぶしかないんですね。ということで、新たに2本の宮川早生の苗木が、追加として植え付けられました。この努力の検証は、みかんの木の生育で、果実を結ぶことで示されます。果たしてどうなるか、今後の様子が楽しみです。
2026年04月10日
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みかんの木が枯れる原因、その二小田原のみかん園を手入れしていますが、みかんの木が枯れてしまう。その原因はなにか?3月26日付のブログで、ゴマダラカミキリムシの加害を確認しました。しかし、木が枯れる原因は、それだけではない。カミキリムシは樹齢を重ねた太い木の基幹を食い荒らしますが、この木の基幹はカミキリムシの身長くらいでしかないのに、それでも枯れていく。やはり何本もの木が枯らされて、みかん園は草原にかわっている。いったいなぜなのか?今回、枯れつつある木の根回りを草取りして、その様子を調べてみました。すると基幹の状態に共通性があることがわかりました。前の写真の木の基幹です。さらに別の枯れこむ木と、その基幹です。他の枯れつつある木の基幹です。共通しているのがわかりますか。いずれも基幹の根元の近くが、ひび割れしてウロコのようにささくれだったいる。ふつうの木がさうなようにつやつやとしていないんです。どうしてなんだ?今回も農業技術センターに木の様子を伝えて原因を聞いてみました。電話で話をしただけだったんですが、すると、『それはきっと、みかんナガタマムシに違いない』との指摘でした。『小さな穴が開いてませんでしたか?』と聞かれたんですが、写真を調べたんですが、ささくれた樹皮しか見当たらなかったんですが。しかし、一枚だけありました。樹皮が枯れ落ちて木の芯が見えている木があって、その木の芯には、確かに1-2ミリの穴があいていました。しかし、その芯が見えた木は、たまたま1本の木の写真です。ささくれた樹皮の下がどうなっているか、調べてみる必要があるということです。近々、農業技術センターで写真を見てもらい、ほんとうにミカンナガタマムシの仕業かどうかを確かめる必要があります。すなわち、みかんの木が枯れるのは、カミキリムシ問題だけではなく、ミカンナガタマムシによっても加害されている可能性があるとのことです。対策が必要だということです。私などは、農文協の『果樹 病害虫百科』(昭和62年刊行)があります。対策の基本はここにあると思うんですが、しかし、近隣の状況はどうなのか。どう対処したらよいのか?農業技術センターのアドバイスをいただこうと思っています。草刈りして調査をしていたら、またキジがやってきました。おいおい、何をやっているんだ?とでも言ってるかのようでした。
2026年04月09日
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この3月のみかん園の様子です今年の3月のみかん園は、 ①.雪・凍害の発生、②カミキリムシ幼虫の発見と、③苗木の植え付け、この3点でした。1、雪・凍害の発生 総選挙投票日の2月8日は関東も大雪でした。雪景色は、小田原でも決して珍しくはないんですが、そのあと零下6度の冷え込みがあったんです。これは30年ぶりだという人もいます。3日後に通行止めが解除されて、見回りした時は、みかん園はいつもの様子にもどっていたんですが。一週間後に見たとき、甘夏が3割くらい落ちていました。2月20日にJAは「雪・凍害の緊急管理」ニュースを出していました。農民連に22日、その様子を紹介したところ「これは大問題じゃないか」と。それにより、初めて私なども今回の凍結害ということの重大性ということに気がついた次第でして。当事者は、がっかりとダメージの中にいたわけですし、今もいるわけです。全国の問題ではなくて、局地的ですから、あまり知られていないんですね。痛切な事態にあるのは、被害を受けた農家なんですが、同じ小田原の市街地に住む方だって知らないんです。しかし早速動いてくれました。小田原の北森市議がみかん園の現地に調査に来てくれて、農民連の本部では対策をとるべく現地の調査にきてくれました。国民の暮らしにつめたい政治が続いている現実ですが、そもそも政治とは何のためにあるのか、どの様な政治な力が発揮できるのか、問われている今の状況です。2、カミキリムシの幼虫の発見このところ、私などが手入れしてきたみかん園の木が、かなりの本数が枯れていたんです。ベテラン農家の人いわく、「なぜ、みかんの木は枯れたのか? 原因をつかまなくちゃだめだよ」と。あれかこれかと、いろいろと聞いたり調べたりして、探ってきたんですが。3月16日に一つの連絡がありました。みかんの木の枯れ株を割ったら中から、虫が少なくとも6匹はでてきたよと。3月23日にみかん畑の枯れ株を切って割ってみたんです。すると出てきました。何だこれは❔カミキリムシにしては、これまで見てきたものより大きいんだけど。それで、農業技術センターにもっていき見てもらいました。結論は、判定はゴマダラカミキリムシの幼虫とのこと。私などは二つ疑問が出てきました。ア、カミキリムシにしては大きいこと、ウ、枯れて株の中から出てきたこと。技官の説明によると、〇1年で羽化するものと2年で羽化するものと、カミキリムシには二種類があるとのこと。〇枯れた株でも、カミキリムシの幼虫のえさになること。とのことでした。枯れたみかんの木は、株を抜くのは大変な作業なんで、これまで放置してあったんですが、枯れ株をそのままにしていては、カミキリムシを飼っていたような状況だったんですね。まあ、木が枯れた原因というのは、一つじゃないと思うんですが、少なくともその一つ原因をつかんだということです。3、東京でみかんの苗木の植え付け現在、荒廃が広がりつつある畑ですが、もったいないですね、先人が苦労して開墾して、重機もないのに抜根して、畑づくりをしてきたんです。国は、減反のおしつけやら、宅地並み課税で畑つぶしを強いる政策を、今現在も続けています。それでいて、アメリカからの米を輸入を拡大している。これはまったくもって、自民党農政の亡国農政の姿です。『私はコメを買ったことがない、みな持ってきてくれる』-これが農林大臣の発言なわけですから。みかんの木は、それなりの実をつけるには5年間はかかるんです。農家は高齢ですから、手の及ばなくなる畑が広がっている折ですから、新たに苗木を植えることには、自分はいつまでやっていけるのか・・・、ためらうんです。しかし、東京の町田と清瀬では、今回、みかんの苗木の植え付けがありました。あきらめずに、一歩一歩の努力が続けられているんです。今の亡国の農政は、いつまでも続くわけではありません。人は生きていかなければならないし、そのためには、どうしたって衣食住が必要なんです。人類が始まって以来、それはつちかいつづけてきたことなんです。今は粗末にされ続けていますが、やがて、ほどなくですが、その基本を尊重する時代が来ます。そのためには、今はどんなに大変でも、それを準備しようとする努力が大事だと思います。それは、未来にとっては大切な宝だと思ってます。以上が、3月のみかん園のまとめです。
2026年04月05日
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1969年法政、学生たちの一枚の写真どういうわけか、57年前の一枚の写真があります。1969年4月から6月の間の法政大学の市ヶ谷・富士見町のキャンパスでのもの。当時、私は真鶴町から、つまり関東の片田舎から2時間の通学をしはじめたばかりの時でした。なんで、学生たちは集会したのか。それぞれ知らない人たちばかりだったんですよ。この時、その社会背景としては、ベトナム侵略戦争反対、日米安保条約反対・沖縄返還要求の社会問題がありました。それぞれに様々な意見がかわされていました。しかし、この集会の主題はそれとは別で、より切実な問題でした。参加している若者たちの表情は、厳しくて緊張しているでしょう。この集会の直接の目的は、「学内からの暴力の一掃」ということでして、それこそいつ暴力的に襲われるかわからない中での集会で、それはまさに命がけの集会だったんです。それが表情にでているんです。当時、「自分たちの意見に反対する学生は、実力・暴力で排除する」といった異常な状態が、学問研究の大学の学園内で横行していた。それは民主社会にとって異常だし、おかしい。法政大学の学内での「学問・思想の自由」「学園の民主主義」を明確にしようとして、まさに命がけで集まった若者たちでした。57年前の一コマです。しかし、私などは今にして思うんです。あの時は、一つの法政という学園内での学生のごまめの歯ぎしりでした。「暴力反対・民主主義をまもれ」「学問の自由」「戦争への道に反対」・・・いくら思いは正しいと思っても、あの当時、田舎から出てたばかりで、社会との理解しあうことは限られていて、ほとんどなすすべはなかったんです。それでも、民主主義をまもるために、いつ襲われるかわからない中でしたが、これだけの学生が集まったんです。今思うと、なつかしくも素晴らしいことだと思います。絶対に二度と繰り返えさせてはならない、当時の状況です。しかしですよ、なぜそんな過去が浮かんできたのか。それは、今の日本社会の世相を見たら、同じだからじゃないでしょうか。かつては、法政大学といういち学園の中での問題でしたが、今や同じ本質問題が、日本全国、いや世界の問題になっています。いっさいの他の国への軍事侵略をやめよ、国民諸階層の要求を聞かずごまかす政治をかえよう、政治的暴論を議員多数でおしとおそうとする民主主義の否定をゆるすな、・・・。まわりから道理に立った多数の団結をつくる。要するに、かつての学園内で感じていたことが、同じ本質問題が、いまや国民的な全体の課題だということです。しかもそれが、世界の諸国民の平和・くらしにつながっているのに、日本の政府はその苦悩をもたらしているトランプ政権にたいし何一つ批判せず、顔色をうかがっている。さらには、はしゃいでさえいる。ここで、声を上げなければ、かつての苦労が、いったい何だったのか、問い返されてしまいます。かつてはごまめの歯ぎしりでした。写真がそれを示しています。しかし、今やちがいます。そして同じ本質問題が、日本全国で、全世界としても問題になっています。私などは、これまで生きたあらゆるすべを駆使して、この危険な事態をかえるために、この時にこそ発信していくということです。
2026年04月04日
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小倉武一著『日本の農政』(岩波新書1965年刊)を読む当方は、この25年間、神奈川県の小田原でみかん栽培をしてきました。つい最近ですが、2月8日の大雪と凍害により、小田原方面の柑橘は大きなダメージを受けてます。昨年、2025年の3月には、みかんを栽培していながら農業のことは、ちっとも知らなかったんで、東京・八王子市に住んでいる関係もあって、「東京農民運動連合会」に参加しました。いまさらですが、これまで知らなかった農業論・農民運動論を、学んでいるところです。そうした事情により、今回、小倉武一著『日本の農政』(岩波新書)を引き寄せてくれました。これは本棚で、これまでずーっと埃をかぶっていた本だったんです。1965年に刊行されたものですから、いまから60年も前に出版された本なんです。人によっては、「なんでこんな昔の本をよんでるのか?」、疑問視する声もありますが。しかし、私にとっては、これまでただ草刈りばかりに追われていて、農業のことについてちっとも知らなかったんです。この本は私にとって、日本の農業を知る上では、たいへん参考になったんです。だけどそれは、私だけのことじゃないと思って、紹介する次第です。だいたい小倉武一氏といえば、農林事務次官を務めた、日本の農政の官僚トップを務めた方です。保守の農政の有識者とみていいんじゃないでしょうか。この本を読んでの感想です。1、日本の近代、徳川時代から明治にかわって、1945年の敗戦までの戦前の農業論ですが、これについては、なかなか冷めた客観性をもって、日本の農業の変化を見ていると感じました。徳川時代の封建制は、日本社会は農業が基礎になっています。鎖国をといて開国し、地租改正等の国内改革したのは、欧米の圧力もありますが、避けられない必然性をもっていた。そうしたことを指摘しています。戦前の日本社会の半封建的性格について、ここで指摘されていることは大事な点だと思います。2、ところが、戦後になって、小倉氏が社会的な活動をする時代となると、戦後の時代社会についての見方になると、その客観性がよれよれになっているんです。この二つについての特徴を感じさせられるんですね。その小倉氏の論点ですが、そこには、いろいろな問題をかんじますが。1つは、日本農業の課題というものを、戦前と戦後の農家の零細経営状態の打破にあるとの点を、これを基本課題としている点です。零細経営といっても封建社会のもとでの百姓と、明治になっての地主制のもとでの小作人、そして戦後の農地解放後の自作農、それぞれ零細な耕作ですが、それぞれに特質があるわけで、一口に零細経営が問題だといっても、そうした一般的な見方であっては、その戦前戦後の、時代社会での農業問題の特質がとらえられないと思うんです。2つ、そのことは、今日の問題にも関係してきます。日本の農業を大規模化することで、生産効率をあげることが、農業問題を解決する道だとしている点です。それにより国際的な競争力ある農業を育てていくとの主張です。はたして、規模の拡大ということが今の農業問題の解決策なのか。大規模農家に集約するといっても、自民党政府は今もそれを主張していますが、日本の農家の具体的な姿からして、その多くがそうした政治によってはそっちのけにされてきたんです。そこに農家の政治への不信があるんです。結局、今現在、自民党政治がすすめている農業政策の問題の基本ですが、60年-70年前に敷かれた対米従属を農業政策ですが、これというのは、この1960年の農業基本法に基本的レールが敷かれた。大規模農家づくり、一般農家はそっちのけの集約対象でしかない。その農政をすすめてきた小倉氏ですが、その見解には様々な見識ある指摘もあるんですが、ですがとどのつまりは、それらの指摘はこの基本政策をすすめるために、それをとりつくろうための飾りとして、利用したか、利用されちゃったんじゃないでしょうか。今の農政ですが、そうした以前の自民党の有識者がもっていた、悩める現実の農家の苦悩を、まったくけとばして、ただ厚顔無恥と馬耳東風で、その悪しき暴論の結論方向だけを、力任せにぐいぐい推し進めてきた。いまの農業の現状には、そうした矛盾が、ぎりぎのところでうずまいている、そうしたことが見て取れます。農家の人の政治に対する底深い不信というのは、こうした現実に対する長年の経験からくる批判のあらわれじゃないでしょうか。その意味で、60年前のこの著作ですが、あらためてその批判的見識とともに、太鼓持ちになっていて、この両面を示している。現状を知ろうとするとき、その基本に何が問題なのか、それを示すものとして参考になった次第です。
2026年04月03日
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