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インターネットで知り合った人たちが集団自殺したりする時代、自殺者は長い間三万人台が続いたが、近年減少しつつあるが平成27年で2.4万人もいます。
内訳 20歳未満5.5% 20代9.8% 30代12.8% 40代16.9%
50
代16.6% 60代16.5% 70代14.8%
80歳以上10.2%
戦争もなく(あの悲惨な十数年に渡るベトナム戦争でさえ、米国が失った兵士は5万8千人でした。)、一見平和で豊かに見える日本で、毎年二万人都市が一つずつ消滅していく異常さです。
だが、この世に自ら命を絶つほど不幸な人がいるのでしょうか?
案外、自分の幸せが見えない人が多いような気がしてなりません。
自分の幸せが見えないということは不幸なことだが、世の中には案外そういう人が多いような気がします。 人のことばかりがよく見えて、自分を不幸だと思い込んでいるだけなのです。
そういう人に限って、はたから見ると結構な身分であることが多いものです。 そういう人は、愚かにも自分で自分を無理に不幸にしてしまっているのです。
せっかく幸せを享受できる立場にありながら、それを評価する目がないために、あたらそれを無駄にしています。
それは、ようするに満ち足りると言うことを知らない、貧しい心しか持っていないからだと思います。
この世の中に、50%の不幸はあっても、100%の不幸はありません。 裏を返せば、100%の幸せも無いと言うことです。
それに早く気づくことです。
ようは、幸せ、不幸せは心の持ち方次第だと思います。
リストラ、非正規社員、凶悪犯罪や少年犯罪の増加、戦争やテロなど暗い話ばかりが多い世の中だが、ゴーリキが「そりゃあ、人生はひどいもんさ。だけど、どんなにひどくても、自分でそれを投げ出すほどにはひどくないと思うよ」というように、冷静になってほんの少し目を周りに巡らしてみれば、死ぬほどのこともないはずです。
医者のフランクルが、アウシュビィツでの体験をつづった『夜と霧』の中に、600万人のユダヤ人が処刑されたといわれる極限状態の中で、最後まで自殺したり、反抗して射殺されたり、栄養失調で死んだりもせずに生き延びた人たちの考察があります。
凍えそうな寒さの中で死んだ人たちを埋める穴を強制的に掘らされているとき、林の向 こうに真っ赤な大きな夕日が沈もうとするのを見た瞬間、スコップの手を休めて「おい、 見ろよ。なんて素晴らしい夕日じゃないか」というようなことを言う人や、それに応えて仕事の手を止め、「ああ、本当に綺麗だな」というようなことを言える人、そんな人は比較的生き延びた。
ところが、「夕日がどうした、自分たちは明日はガス室に送られるかもしれないんだ」と言って、そういう美しさとか、夕日が沈んでいく様に全然心を動かすことのなかった人たちは、生きる希望と気力を失い先に死んでいったそうです。
そんな恐怖と飢えの日々の中でも、毎日、一日に一回、何らかのジョークなりユーモアのある話を創り、それをお互いに披露しあって力なく笑うことを繰り返した人たちは生き延びたと言います。
人間というものは、ぎりぎりの極限状態の中でさえ、些細なことに感動する、見とれる、笑うということによって生きていく上でのエネルギーを得ることができ(特に生きがいを失った高齢者には大切)、こわばった心を解きほぐすことができます。
こんな暗い世の中だからこそ、常に自分の心を明るくし鼓舞する話題に接し、何気ない小さな自然の変化にも感動し、「今という一瞬一瞬」に自らの心を潤すことが大切です。
私は、この世に生まれてきたからには、毎日を「明るく、楽しく、自分らしく、命輝いて」生きなければ生まれてきた甲斐がないと思っています。 それは、どんな状況や境遇であろうとも、心の持ち方次第で可能だと信じています。
なぜなら、苦労も幸福もこれという確たる実態があるわけではなく、各人の心の持ち方が創り出す虚像にしかすぎないからです。
苦とは、思い通りにならないことを何とか思い通りにしようという葛藤から起きます。
ならば、どうしようもないことは、どうにもならないと諦めてありのままに受け入れ、目の前のことだけにただ一生懸命に打ち込めばいいだけです。 そうしているうちに希望も湧いてきて、苦に感じることもなくなり、ときには喜びにも変わるはずです。
幸せ感にしても、絶対的な形があるわけではありません。
「もっと もっと」豊かになりたいという限りない欲望と、それの充足度の関係(幸せ感=充足÷欲求)から起きます。だから、欲望を飽くことなく膨らませていけば、それに応じて絶えず充足度が高まればいいが、そうはいかないのが現実です。だから、この世には不幸感を抱えている人で満ち満ちています。
そして、その「もっと」の基準は、自分より上の他人との比較や、自分がもっと良かった状態との比較(例えば、病気になれば健康な時と比べる)などから起きます。
であれば、比較する心を捨てて、今あるがままの状態を素直に受け入れて、その状態も実は有り難い状態なのだと甘受し、前向きに感謝する気持ちさえ持てれば、どんな状態であろうと幸せ感を持つことができるはずです。私は、そうやって人生を愉しんできました。
この本は、そんな幸せに生きるための心の持ち方を、先賢の方々の生き方を参考に、私自身や子供達のために整理したものをおすそ分けするものです。
実を申せば、私が二十年前に上梓した本二冊「人生にとって大切なことそうでないこと」(赤表紙)・「人生をうるおすいい話」(青表紙)が電子化されるにあたり、日の目を見ることはなかったが三部作目(黄表紙)として書いたものを思い出して読みなおし、77年間の人生体験を振り返りつつ、その間の実践経験を踏まえて加筆修正したものです。
私も77歳の老爺になり、この「幸せへのレシピ」が最後になると思い、書き手の片隅に生きた者の務めとして、冥土への置き土産として書き残すものです。
あなたが今日という日を「明るく、楽しく、自分らしく、命輝いて」生きるために、少しでもお役に立てれ幸いと思い上梓するものです。
2018年1月1日 京都嵯峨野にて記す