PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ
不治の病にかかったとき、私たちはそれだけで絶望してしまいます。
だが、健康だけが幸せなのではありません。健康でも幸せになれない人は多いはずです。どんな状態であろうとも、そのままの状態で幸せにならなければならないと思います。
若い時に交通事故で失明して失意と不安からアルコール依存症になり、自殺未遂も引き起こしたが、そんな苦難を乗り越えて演歌歌手として活躍している広島の井上わこさんは、「目が見えないというハンディを抱えていても、努力を積み重ねることで人生の道が開けることがわかりました。交通事故に遭遇したことが人生の転機になり、感動的な出会いが生まれ、閉ざされていた心の窓も開いてまいりました。生きていてよかった。これは神様が私に与えられた天命だと思います」
と語り、ボランティア活動で盲導犬や手編みのマフラーを送り続けています。
進行性の筋ジストロフィーに小さいころにかかると、大人まで生きられない人が大勢います。そんな辛い病気なのに八歳の少女は、
「私は自分の病気が、どんな病気か知っているよ。だけど、今朝目が覚めたら、まだ私の腕に車いすを動かす力が残っていたからうれしい」と明るく語ります。
同じ病気の人がいつのまにかいなくなる現実の中で、死の恐ろしさとこの幼さで向かい合い、限りある命なら、今日まだできることを喜んで、今日という一日を大切に生きていこうとする少女の心には打たれるものがあります。
私たちは、どんな境遇であろうとも、自分の心の持ち方次第で、そのままの状態で幸せを得られます。いな、幸せにならなければならないということを、しっかりと肝に銘じておかなければなりません。
幸せとは心の平安です。
心安らかに過そうと思ったら、なってしまったことやできないことを不幸せに思ったり、他人と比べて羨ましがったり、無い物ねだりをするのではなく、「今、ここ」に置かれた状況をそのまま素直に受け入れ、ありのままに任せ切って、その場で幸せになることを考えることです。
人の心は不思議なものです。電車の棚から荷物が自分の膝に落ちてきたとき、それが他人の荷物なら「痛いな、こん畜生」となるが、自分の荷物なら「大丈夫だろうか」と自分の痛さよりも荷物の方が心配になります。このように、心を何処に置くかで感じ方が全く違ってきます。どうせなら、何事も明るく前向きに感じて生きていきたいものです。
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.19