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問題解決で最も大切なのは、目的を明確にして真の課題を特定することです。これを見誤ると、モグラ叩きや病巣の転移のように、同じような問題がまた形を変えて、あちらこちらで再発することになります。
医者は、病名や病巣を特定するために様々な検査に時間を掛け、カンファランスで議論を重ねます。それに比べれば、多くの手術は比べものにならないほど短時間で済みます。
私がコンサルティングを請け負う場合でも、総検討時間の三分の一(事前の関連部署や取引先などへのヒヤリング時間を入れれば半分)を掛けて徹底的に原因を分析します。
原因を拾い集め、体系的に(原因と結果を明確にした樹形図を作る)組み立てていく作業は、自動車を部品単位まで分解したもの(問題点)を、もう一度部位毎(中間インデックス)に組み立て、最終的に完成車を造り上げるようなもので、緻密な作業が必要です。
だが、政治家などの答弁を見ても、群盲象をなでる的な思いつきや、「これだ」と思い込みから決めつけた原因を幾つか挙げるだけで満足してしまい、効果も不確かな対策をとるので、成果が今一つというのが現実ではないでしょうか?
正しい判断をするには、物事を多面的に広く、しかも深く見ることが大切です。
「偏らない心、こだわらない心、とらわれない心、広く、広くもっと広く」、これが般若心経空の心だと教わったが、まさにこの通りです。
それには、桃太郎を見習うことです。
桃太郎は、何故キジと猿と犬を連れていると思いますか?
まず、キジが空高くから全体を捉えて焦点を定めます。
次には、猿が絞り込んだ地点の木や屋根の上に登って詳しく調べます。
最後は、犬が地面に足を付けて警戒しながら攻め込みます。
この要領が大切です。
(現代なら、軍事衛星で観察して絞り込むようなもの)
背景認識を確りと行い、思考の拡大、集束を繰り返して、本当の問題点を炙り出すことができれば、問題の半分以上は解決したのも同然です。
大部分の人は、夢や志、ありたい姿にしろ、理想と現実のギャップとして認識される問題や課題にしろ、点かせいぜい線で描く程度だが、面で描き、できれば立体化することが大切です。そうしないと、木を見て森を見ずになってしまいます。
それらを、ありありと目の前に浮かぶように、しかもカラーで描くことが出来れば、問題はほとんど解決したようなものです。
後(解決策)は、人の知恵を借りることもできます。
多くの人は考える時間を惜しんで、数個の問題点や解決策が浮かんだら即実行しようとしがちです。
だが、それでははかばかしい効果は期待できません。
なぜなら、直ぐに思い浮かぶ問題点やアイデアなどというものは、常識的な薄っぺらなものでしかないからです。
正しい思考や判断はまず量から生まれるので、広く深く考える必要があります。
では、「考える」ということは、どうことでしょうか?
森に入って、木登りしている動物の手足だけが見えるとします。
それを、後に回り込んだときに何が見えるかをシュミレーションして予測することが考えるということです。
問題分析も同じです。
シュミレーションして予測するには、手掛かりになる情報が必要で、それも多ければ多いほど精度が高まります。そのために学んだり調べたり実験したりして、あらゆる可能性を追求し仮説を立てることです。
仮説の信頼性を高めるには、納得性と判断の信憑性を高める必要があります。 納得性を高めるには、まず広く深くものごとを追求することです。
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.19