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2003年12月19日
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30オトコの財布事情
掲示板

夕刻、仕事の野暮用で山の手へと出掛けた。
年の瀬も押し迫りと云ふには少しばかり早過ぎる師走の十五日、
辺りは未だ気忙しさも中途半端で、それが却つて気だるさを誘ふやうだ。
私自身、年内に仕上げておくべき仕事はあれやこれやと色々有り、
やれクリスマスだ年末だと騒ぐのはラヂオばかりと、少々うんざりして居た。

国電の改札を抜け、山の手を降りていく側の出口へ向かう。
宵っ張りの私には、この時刻がほぼ一日の始まりであるのに対し、
周りの人々は一日を終えた充実感と倦怠感に身を委ねて居るかのやうで、
それでも、バスを待つ長蛇の列を為す人々は

駅構内から眺め遣ると狭い歩道に人が溢れ、
バスに用の無い私には邪魔なばかりである。
さうは云つても、其処を通り過ぎないことには目的地へ向かうことも儘ならず、
幾重にも成る列と塵紙配りの若者の間を擦り抜けようと私は覚悟を決め正面を見据えた。

すると、列の隙間から小屋とも謂えないまるで箱のやうな四角い屋台風の物が垣間見えた。
何度も目にした事のある其れは光景として別段珍しい訳でも無いが、
其の日に限り、はて一体此れは何の小屋だつただらうかと気になつて、
バスを待つ厚い列を分け入って近付いてみた。
その小屋には小さな窓が有り、何やら文字と数字の書かれた紙切れがべたべたと貼つてある。
嗚呼、さうだ。此れは宝籤を売る小屋だつたと思い出した。

さう云へば、今年は年末宝籤を買つて見やうと思つて居たのだつけ。


我が身を訪れる年波を自覚するに連れ、
精神の面でも若さ故の下らぬ拘りから一つずつ解放されて行くと感じる事が多い。
私は私なりの潔癖な精神を貫いて来た訳だが、
その一つが宝籤を買わない事であつた。
馬鹿馬鹿しいと云へば其れ迄であるが、

その一環として、宝籤を買うなど考へた事も無かつた。
しかし、二年前より二回りも大きなズボンを平気で履けるやうになつた今、
気が付くと宝籤への否定的な拘りも無残に霧散してしまつたらしい。

私は、バスを待つ列を更に垂直に深く分け入り
遂に目指す小屋の前へ立つた。
取り敢えず二十枚ほど買う事にする。
用件を告げて金額を払うと、
「俺も大人になつた物だ」と謂ふ、此れ又馬鹿げた満足感がむくむくと込み上げる。
そんな状況に恍惚として居ると、
小屋の中の小母さんが二十枚の紙切れを手渡しながら私に声を掛けた。

「大きいの当てて下さいね。」

想像だにして居なかった言葉に俄かには返答できず、
頭の中で同じ台詞を反芻する。

「大きいの当てて下さいね。」

其の小屋は、正直只のみすぼらしい箱で、
其処に限らず、往来に有る宝籤売場と謂ふ物は、
多かれ少なかれ何処と無く荒んだ雰囲気を漂わせて居るものだ。
そこに座る見ず知らずの小母さんに
こんな気の利いた温かい言葉を掛けられるとは思いも寄らなかつた。
其れは決まり文句であるのだらうけど、
あの小母さんは、其の小屋で宝籤を買って行く全ての人に
当てて下さいねと思って居るに違い無い。
何だかそんな風に思える口調だつたのだ。

漸く、有難うと私は答へ、紙切れを受取つた。
嗚呼、もう此れは当たらなくてもいいやと思つた。
たつた二十枚の紙切れを買うだけで、
今まで素通りしていた人の気持に触れる事が出来た、
其れがこの二十枚の紙切れの対価、いや其れ以上の物だと思つた。
特別大きな感動を覚えた訳では無いけれども、
知らなかつた事に出会えた、其れは
確かに又一つ大人に成つたと謂う事だと思つた。

踵を返すと、再び厚い列を先程とは逆に分け入り、
狭い歩道に沿って交差点の方へ向かつた。
駅に着いた時に抱いて居た気だるさは消え、
道行く人が、宝籤を買った人も買わない人も、
皆が良い年を迎えればいいなと、さう思った。





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最終更新日  2003年12月20日 06時28分47秒


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