2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1
相変わらず月曜日までの仕事を入れてしまったのですが、土曜日に会議が二つ入ってしまいました。一つは現場録音で、もう一つは学童保育のキャンプ実行委員会。どっちも長い。木曜はフラメンコの稽古の日だし、作業日は水、金、日だなと思っていたら、アイテムから「万博はどうなったの?」と。あっ、忘れてた。そういえば、いかに万博に行かなければならないか、行くなら7月3日でなければならないか、いかにワンチャンスなのかを15分ぐらいかけてプレゼンした気がする。「ごめん、チケットまだとってない」「え゛っ,休む予定にしちゃったけど」そんなわけで、夜中になってからホテル探し……。どこの家庭にも夫婦の分担ってありますけど、わが家は「手続き」と名の付くものは大抵私。「手続き」と名の付くものは平日の昼間に処理しないといけない場合が多いということもあるけど、会社の社内預金や年末調整の書類までアタシに書かせるか、普通!最近そういうのウェブ化しちゃって、会社のイントラネットからでないとアクセスできないものが増えました。うれしい……。つうか、ざまあみろ。なんか、もうビジネスホテルしか空いてないなあ。どうせ寝るだけだし、ツインに二人ずつ分かれて泊まるか。ってその前に、仕事はどうすんのよ、仕事は!そんなわけで、月曜までの仕事を金曜までに仕上げるべく鋭意努力中……。運のいいことに、火曜に灼熱地獄でふらふらしたため、シエスタなどしてしまったから睡眠ばっちり。昨日は2時間粗起こしできたので、どうやらめどがたったみたい。やればできるじゃん。← まだ終わってないけど、先に言ってしまう。やらないで済む生活のほうが好き。なまけものバンザイ。
2005年06月30日
コメント(2)
とある入浴剤に「気分とろめく」とうたってあるそうです。とろめく?goo辞書には とろめ・く 【▼蕩めく】 (動カ四) とろとろと夢心地になる。 「其の国王の心極めてねぢけくて、性、本より―・きてぞ有ける/今昔 4」とあって、ちゃんとした日本語。ほとんど古語ですね。使いませんよねー。Googleで「とろめく」を検索すると 口にとろめく華やかさ 金がとろめくやうな 個人の自由 とろめく境界 ぬたぬたととろめく半固体状のモノなどが引っ掛かってきて、なんだか誤用のような、そうじゃないような……。goo辞書の意味をそのまま理解すると、人の状態を表す動詞ですが、「とろける」と混用しているような。さらにタミル語と日本語を対比したページが引っ掛かってきましたよ。タミル語と日本語の因果関係については興味がある方に追究していただくとして、ずらずらと並んだ動詞群に「えっと、これはタミル語?」と思ってしまいました。 <「動作が現われる」ことをやや強調した語彙群> 蠢(うごめ)く (全体がわずかに絶えず動く) こせめく (こせこせする) 密(ひそ)めく (密に忍んでする) たほほじめく (たじたじとする) 熱(ほ)めく (熱気を帯びる。*火めく) むくめく (むくむくと動く) ゆぶめく (柔らかいものが揺れ動く) ちらめく (ちらちらする) 急めく (忙しそうにする) ときめく (期待で胸がどきどきする) きらめく (きらきらと光り輝く) あだめく (色っぽく振舞う) 親めく (親らしく振舞う) 今めく (当世風に振舞う) ちこめく (快活ではきはきしていよしる) 由(よし)めく (わけがありそうに振舞う) とろめく (眠気を催す) よろめく (よろよろする)これによると、やはり人を主体とする動詞なので、「口にとろめく華やかさ」は変なんじゃないですかね。
2005年06月29日
コメント(0)
オフでした。オフでよかったわ。布団もクーラーも準備が済んでいないのに突然の猛暑で、去年ぶっ倒れた記憶が生々しくよみがえります。ストレスでのどがすぼまり、暑さで頭が痛いです。数カ月ぶりに常備薬に手を延ばしてしまいました。夏場はシエスタタイムありの生活に突入します。----「テープ起こしかくあるべし」というイメージを持つときの前提条件になるものの一つに「どのぐらい長い仕事をしたことがあるか」というのがあるんじゃないかと、つらつらと考えています。同じ仕事を続けていると二つのものの理解が深くなると思います。一つは話題そのものについて。もう一つは話し手そのものについて。私は会議が多いので、同じ人物について長い時間テープ起こしをしたことがありません。一番長い人で30時間程度かな。残念ながら、この人のことはとても嫌い(笑)。聞けば聞くほど苦手になる。一番長く耳を傾けた人を好きになれないというのは残念なことです。話題のほうは大変詳しくなりましたけど。長時間テープ起こしをする人物には2種類あります。「自分の話を残しておきなさい」というパターンと、「あなたの話を残させてください」というパターンです。後者の場合は、世間的には評価が分かれる方でも、少なくとも理解につながり、好き嫌いの感情も変化しそうです。そうなってくると、発している言葉ではなく、彼の本質を文字に乗せたくなるんじゃないかと思うことがあります。テープ起こしをやっていて、そう思える人物に出会いたいと思う気持ちもありますが、「テープ起こしかくあるべし」という妄想に振り回されるのも怖いような気がします。← 何言いたいのかよくわかりませんね。----もう少し温めておかないといけないネタでしたが、お友達のブログの、人物の一面を切り取る話題に触発されたので、見切り発車で書いてみました。まとまりのないネタでしたね。
2005年06月28日
コメント(0)
相変わらずの週末の仕事。ギチギチのスケジュールではないので、所用もこなしながら進める。午後、SNSの地域コミュニティで、近くの自然公園でホタルを見てきたという書き込みを見つけた。夜は駐車場がクローズなこと、懐中電灯が必要なこと、公園の中のホタルポイントなどを教えてもらう。名前も知らないが確実に近くに住んでいる人から、あまりにもローカルな情報をネット経由で聞く不思議。夕方、友人ファミリーと出掛けた。公園というより山そのものを抜けていくと湿地帯があり、そこここに淡い光を見つけることができた。残念ながら空一面の幻想的な光というわけにはいかない。視界の中に数個の光という程度だ。月は見えない。まだきっと低い位置にあるんだろう。いつまでも夕方のような白っぽい空。すぐ隣の都会の光。36ヘクタールの公園には外灯がないが、足元がよく見える。月明かりと違って影の線が曖昧だ。開けた湿地帯より林の中に入ったほうが暗闇が濃く、幹の合間を漂う光が大きく見えた。----結局仕事を残したまま寝てしまい、早起きして残りの聞き直しをし、朝一で納品。そのあと惰眠をむさぼっていたら、「うぁあっ、寝坊した! 納品遅れた!」と飛び起きてしまった。大丈夫、さっき納品したから。20分しか寝ていなかった。もうちょっと寝たかった。----納品も終わったことだし、クールビズ用BDシャツでも探しに出掛けることにしよう。なんだか、世間の人と違うサイクルで生きているような気がする。
2005年06月27日
コメント(6)
メモ【収用】公共用に土地などを強制提供させること。(『標準用字用例辞典』より)公共事業のために、強制的に特定物の財産権を取得し、国または第三者に所有を移すこと。土地収用がその例。(『大辞林』より)……"強制"がミソか。
2005年06月25日
コメント(0)
なんで夫のことをアイテムと呼ぶのかという問い合わせがきました。プロフィールに「自慢のアイテム」という欄があって、何があるかと考えていたら、ふと思い立ったので。それ以来、ここではアイテムと呼んでいます。決して面と向かっては呼んでいませんし、そう呼ばれていることを本人は知りません。夫が妻のブログを見ないということは、なんと幸せなことでしょう。
2005年06月24日
コメント(1)
自宅で仕事をするメリットとして、子供に親が働いている姿を見せられることを挙げる人はいるだろうか。そんなんがありなら、自宅以外で働いている人たちは浮かばれない。「(カセットテープを指して)これでいくら?」などと下世話なことを息子が聞くので、「1本1万円」と答えることにしている。実際は3万のことも5万のこともあるけれど、そういう問題ではない。テープ1本終わらせるのに、母がヒーヒー言っていることだけわかればいい。子供は口が軽いので、「お母さんはきょう1万円稼いだ」と、いつ言うかわからない。息子は、母が夜中まで仕事をしていることがあることを知っている。レコーダーのカウンターがなかなか進まないことがあることを知っている。テープがしんどくて夜中までかかってしまうこともあるが、ネットサーフィンのせいだったりする確率のほうが高いということは知らなくていい。親の背中なんか見なくていい。背後に回ったら、変なサイトを見ていることがばれてしまう。「お母さんが働いていてくれてよかった」「どうして?」「だって、お母さんが働いてくれて、いろいろ買ったりできるから」あとでアイテムに話してやったら、「その話は納得がいかない」とむくれていた。だからといって、彼の給与明細を見せるわけにもいかない。子供は口が軽い、わが家の月収が近所に知れ渡るというのは、かなりよろしくないことだと思う。
2005年06月24日
コメント(8)
「『デジタル自分史』じわり人気」(朝日新聞2005年6月22日)という記事を読む。本を書きたいと思う人はそれなりにいるだろう。詩歌や小説などの創作物ではなく、自叙伝を書きたいという人もそれなりにいるだろう。そういう欲求を持つ人のいくらかが、DVD制作に流れているらしい。本人のインタビューをドキュメンタリー風に編集するんだそうだ。プロに任せないで、映像ソフトを駆使してパソコンで手作りする人もいるらしい。どうぞお好きにやってくれ。最愛の配偶者のものなら、書籍だろうとDVDだろうと何度も何度も見ちゃうかもしれんが、子供は親のもんは見ないね。見て1回だね。まして親戚のものや、社長が社員に配ったりしたもんは見んだろう。それなら本をわたされるより、DVDをわたされたほうが、受け取るほうとしては幾分気が楽か? まさかわたされるほうの負担を減らすためにDVDを選んだわけではあるまいが。自分で映像ソフトを編集するのは、自分の人生を顧みる喜びよりも創作の楽しさのほうが強いんじゃないの? そういう人にはコツコツつくっていただくとして、インタビューして、プロに編集してもらうような人って、費用がどうのってのも大きいだろうけど、要するに書くよりもしゃべるほうが楽だと思ってるんじゃない?しかしね、テレビ番組でインタビューが流れるものって、番組の流れがあって、インタビューのほんの一部を効果的に使っているから面白いんであって、インタビューしたそのままの映像はかなりつまんないと思うよ。じゃ、雑誌はどうだってんで、インタビューがメインの雑誌が、インタビュー音声のCD-ROMになっちゃったら売れるかななんてばかなことを考えたんですよ。ファンだったら、「何を話しているか」より「どんな声か」「どんなしゃべり方をしているか」に興味があるだろうから、何でもいいから買う、かもしれない。でも、雑誌はファンじゃない人が読んで面白いものをつくろうとしているんだよね。だから、記事にする段階で、半分以上をカットしたり、わかりやすい表現に直したり、前後を入れ替えたり、言っていないことも言ったように書くことだって普通に行われている。もし自分史を書くなら、そういう構成を考えながら書くから難しいのであって、単純に書くよりしゃべるほうが簡単とも言えないと思う。他人が読んで(見て)、楽しめる水準かどうかってことを気にしないならどうでもいいんだけどさ。インタビュー音声のCD-ROM雑誌が売れる方法を考えた。■音声ファイルの検索が可能になること例えば無口な大物男優が初めて奥さんのことを語る雑誌が出たとしよう。そこだけ聞きたい。「A子(奥さんの名前)」とか「奥さん」とかという言葉で検索すると、音声ファイルの中からその部分を検索し、そこから再生がスタートする。■カリスマインタビュアーをつくる普通脚光を浴びるのはインタビュイーのほうだが、いいインタビューは多分インタビュアーが有能だ。これからは「このインタビュアーなら、インタビュイーの何を引き出すか」という観点でインタビューを聞こう。インタビューそのもののライブ感が楽しめるぞ。
2005年06月23日
コメント(4)
昨日の日誌に「ケータイかいツー! たまごっちプラス」なんて書きましたが、ちょっと見てくださいよ。これって、やはり「祝」も必要ですね。つーことは、「祝ケータイかいツー! たまごっちプラス」ですね。……やられました。だからさー、ひねったネーミングはテープ起こし泣かせだから、やめてくれよ。
2005年06月22日
コメント(4)
『文章読本さん江』読了。斎藤美奈子さんの文は雑誌のコラムぐらいの分量がほどよいんじゃないかと思っていたので、一冊丸々読んだのは初めて。「ぶんしょうとくほんさんへ」なのかと思ったら、「ぶんしょうどくほんさんえ」と読むらしい。全体を通して、「芸術的な文章vs.実用的な文章」論争(?)を追っている。まず、そんな分類が成り立つのかどうかというところで立場が変わるが、この区分を前提として話を進めると、テープ起こしはわりと実用的な文章が多いのではないか。まっ、いろいろジャンルはあるから、一概に言えないか。ちょっとした思い付きだけれど、反対方向を追究するのはよい道なのではないかと思ったり。例えば「論理的な詩歌」「情緒的な会議録」なんてどうだ。王道もいいが、変化球も捨てがたい。半ばまで読んでちょっと飽きてきたところから、日本の綴り方/作文/読書感想文の歴史に話が及んで、俄然面白くなる。私はこういう話、大好きだけど、文章読本分析からは離れちゃったと思っていたら、ぐぉっと「芸術的な文章vs.実用的な文章」論争につなげてきた。結構力業。歴史を知ると、「なぜ文を芸術的/実用的に分けるのか」「なぜ文を芸術的/実用的に分けることに反対するのか」が、時代背景と共に見えてくる。一見とっぴな発言も、「なるほどこの流れなら、こう言うか」と納得してしまうのが笑える。みな、普遍的な真実を探ろうとし、それにある程度近づいたと自負するから、『文章読本』などという本を書きたくなるのだ。その時代に価値があると思われていることに幾分の反対意見があるからあえて発言するわけで、おのずとアンチテーゼ方向に寄った意見になる。もしテープ起こしがもっと個人的な、職人的な作業であったならば、私は多分もっと分業推進寄りになっていただろう。所詮ひとは相対的な存在なのだ。← これも、この文脈の中でしか意味をなさない相対的な意見だけれど。さてさて、次のあたりはテープ起こしを感じさせる文章でもある。---------------------------------------------------------女性に文筆家志望者が多いのは、自己実現の機会が限られていたことも関係していよう。結婚して家庭に入った主婦がもう一度社会参加をしたいと思っても、再就職は楽ではない。そんな人が家事のあいまに自宅でペンを握るのは、ちょっとステキな人生の再スタートではある。(中略) プロのライターは、彼女たち文章マニアの優雅な文章修行を、どこかで片腹痛しと感じるはずだ。(中略) 文章の「プロ」とは「プロフェッショナル」ではなく「プロレタリアート」の略語と考えるべきなのだ。(中略) 文章プロレタリアートは優遇されているとはいいがたい。安い原稿料、不安定な雇用形態、お仕着せの仕事、不条理な書き直し。----------------------------------------------------------うおー、ごめんなさい。中略しすぎで斎藤さんの文脈が抜け落ちてしまっていますけど。ぜひ前後を通して読むことをお勧めします。この本の主張は、「文章読本はもうジャンルとして終わっているし、読まなくっていいんじゃない? そういうの読むってこと自体が年寄りの証拠」てな調子だが、私は「我流は個性ではない」論者なので、何冊か文章修行本を読んでおくことはいいことなんじゃないかと思っている。読むと自分の文章がぶれるんだけどね。本多勝一の『実践・日本語の作文技術』を読んだ後は、文章にテンを入れるのがたまらなく嫌になって、当時の校閲原稿はテンの追加の嵐だったわさ。その赤原稿見ても、「うんにゃ、このテンは要らん。こんな校閲はだめだ。本多勝一を読め」とかなんとか、まだ思ってたりしました、はい。そんな私も、テープ起こしのプロ(レタリア)。
2005年06月22日
コメント(4)
新語というほどでもありませんけどね。【β版】楽天日記にサーチ機能がつきました。あら、いつの間に?まだβ版です。「β版」って言葉、最近普通に見掛けますが、「評価版」とか「試用版」とか言えよって思いませんか。こういうIT関連の専門用語がなし崩し的に流布されていくのは、どうにもこうにもいやったらしい。【クールビズ】省エネルックがだめだったのは、それでも背広は着たほうがいいんじゃないかと迷ったせいです。人間やるときはやらないとだめです。先導するほうに迷いがあると、ついていけません。決して羽田さんがカッコよくなかったとか、そういうことではないのです。今度も小洒落たシャツを着る国会議員の先生方には若干ためらいが見られますが、それこそシャレの心意気で頑張ってください。「省エネ」の言葉は生き残りました。「省電」とか「省ガス」とか個別のエネルギーの名前にしなかったのが正解だったのかな。80年代にエネルギーと言うと電気・ガス・石油のイメージが強かったんじゃないかと思うけど、今や風力・バイオガスの新エネルギー時代到来ですものね。言葉は同じですが、当初は専ら「使用電気/ガスを減らす」という意味だったのが、「効率のよいエネルギーに転換する」という意味も含むようになってきました。最初の意味も残しつつ、概念を広げて生き残ったという面白い例です。誰もが知っている大手家電メーカーに勤める友人が、「聞いてくださいよー。うちの会社もクールビズなんですよ。パソコンがずらーっと並んだ部屋の28度設定は、間違いなく30度以上になるんです」と嘆いていました。「クールビズ」という言葉は生き残らないような気がするけど、オフィスの温度設定の28度は間違いなく生き残るな。こんなに簡単で、効果をきちんとお金に換算できる省エネを利用しない手はないもの。企業にとってはエコより、費用削減なのよね。【キャンドルナイト】その友人の話の続き。「それから、あの夏至の日に電気消すやつもやるんですって」「ああ、キャンドルナイトね」「そうそう。でね、残業できないんですけど、お客さん対応とかでどうしても残業しなきゃならない人は、ブラインドびちーっと閉めて仕事しろって」「しかもクールビズでね」「そうなんですよ~。外面ばっかりなんですよ」かわいそうだとは思ったが正直他人事だったので、よその会社は大変だねーとアイテムと話していたら、数日後、「うちの会社も、明日からクールビズだ!」わが家のこととなると、同じニュースも違う意味を持つ。「で、ネクタイ外してもさまになるカッコいいシャツとか欲しいわけ?」出費だ……。MARUKOUオーダーメイドシャツのシャツの用語集は充実していました。http://marukou.iii.ne.jp/こんなの調べる仕事は来ないだろうねえ……。【祝ケータイかいツー! たまごっちプラス】今、結構売れてるらしいです。入荷するとその日になくなり、次の入荷まで1カ月かかるところもあるとか。赤外線通信できるようになって、携帯とアイテム(服とかごはんとか)のやりとりができるところが数年前のと違うんだけど、液晶は単色だし、ボタンは三つしかないし、だからナニ?っつうシンプルさ。そこがいいのかねえ。「欲しい」という娘に「誕生日まで待て」とお茶を濁してから3カ月。そのうちブームは去るだろうと高をくくっていたら、買いたくても買えないですと? ネットオークションでは5000円ですと?待てと言った手前、ありませんでしたでは済まないので、入荷日に並んで、何とかゲットしたのでありました。バカ親だね。それはいいんだけど……、学校に行っている間、あたしにごはんをやれと? って、これ、ずーっと寝てるじゃん。よく見たら、時計が12時間ずれていました。こいつにとっては夜だったのね。----今日は夏至です。わが家はお風呂でキャンドルナイトをする予定。
2005年06月21日
コメント(2)
廿さんのBBSの書き込みに刺激されて、単語登録のことなぞ久しぶりに考えています。この前ちょっと仕事が多かった時期、だんだん目がしょぼしょぼしてきたので、最後のほうは目をつぶって入力していました。疲れてくるとキーのミスタイプも増えますから、何やらへんてこな文字列を生産することも多いんですが、ミスタイプも何となくわかるようになって、「ああ、隣のキー打ったなあ」と思うとバックスペースで戻って、そのまま打ち続ける。なんだかとってもあやしい人。画面を見ないで打てるのは、変換候補を選ばなくていいからです。候補が複数にならないように単語登録をしているんです。というのは言い過ぎで、候補が二つ三つ出てくるものも幾つかありますが、可能なかぎりダブらないようにしていますね。候補選択をしなければならない単語のときだけチラッと画面を見て、それ以外は目をつぶっています。そして、そのままだんだん意識が薄れてしまうんだけどね。ゴホンゴホン何年か前のオフ会で、「単語登録リストを見せ合いませんか」という話をしたことがありました。結局一人の方のしか見なかったんだけど、その人はアルファベットの先頭子音で登録をされていた。打鍵数が圧倒的に減るから魅力的だけど、アルファベットはたった26文字。同じ文字での登録が並んでしまうので、今からこれに変更するのはしんどいと思ったなあ。そうなると、俄然気になるのが何を登録しているかということ。それで仕事の方向性がある程度わかっちゃうものね。そっちのほうが興味深いというか。秘密を見るような気分で、ドキドキしながら見させてもらったのを覚えています。そうだ。単語登録リストを見てくださる方はいらっしゃいますか。私の単語登録リストと見せ合いっこしませんか。私のは仮名入力だから、参考にならないかもしれないけれど。どうしよう。知り合いに限定しようかな。知り合いじゃなくても、きちんと自己紹介していただければ判断させていただきます。条件を二つつけましょうね。 ・リスト件数が500件以上あること ・辞書ファイルをテキストファイルに変換して メール添付することができる人私書箱にアドレスを入力してご連絡くださったら、あとはメールのやりとりをしましょう。
2005年06月19日
コメント(7)
テープ起こし業界は、もともと分業にためらいがない。それは速記がそうだからではないか。手書き速記、手書き反訳は、身体的な負荷のため長時間連続して行うことができない。いわゆる腱鞘炎は速記者の職業病だ。カセットテープでの録音、ワープロでの入力の普及は、長時間記録と長時間原稿作成を可能にした。録音とワープロは、原稿作成の分業を必須ではなくしたツールと見ることもできる。しかし、録音とワープロ入力は、別な意味での分業を可能にした。速記は、記録時間に限界があるが、記録者(速記)と原稿作成者(反訳)の同一性は保たれる。テープ起こしは、記録(録音)と原稿作成(テープ起こし)は分業になる。また、録音テープと文書ファイルはコピーが容易なことから、録音テープを短い時間にカットし、分割された原稿をワープロで同一ファイルに結合することが当たり前のように行われるようになった。カセットテープを送る宅配便と文書ファイルを送信するインターネットの普及は、この業態の追い風になったと思う。録音テープ分割のブレーキになったのは宅配便コストだ。30分テープなどにしてしまうと、費用対効果が合わない。むやみなテープの分割はこれで防げていた。そこに音声ファイルの登場だ。物理的に存在するカセットテープが音声ファイルというデータになることによって、インターネットでダウンロードが可能になった。宅配便コストの消滅は、さらなる音声の小間切れ現象に拍車をかけることになるだろう。----この話にあやうさを感じるのは、シーズばかりが見えてくるからだ。録音できるようになった。パソコンが普及した。インターネットで大容量データの送受信が可能になった。音声加工技術が向上した。じゃ、やってみましょう。では、お客さんはそれをほんとうに求めているのか? なんだかニーズの概念がすっぽり抜け落ちた論理のような気がする。「このようなことを推進することによって、長時間の音声を日本全国の作業者で分業し、よりスピーディーに納品することが可能になる」という声が聞こえてきそうだ。では、お客さんの一番のニーズは「スピード」なんですね。----一つの録音を分業すれば、やれ表記の統一だ、文体の統一だ(例えば「~んです」は「~のです」に統一、とか)という瑣末な部分での決め事が必要になり、可もなく不可もなく、当たり障りのないレベルでの文章作成が必要になる。まるで工業製品だ。分業して、テープ起こし原稿を大量生産する。分散型家内制手工業だな。近い将来、音声認識ソフトは必ず使い物になるレベルに達する。品質が同じなら、工業製品はより安価なものが生き残るだろう。
2005年06月17日
コメント(2)
行きたい高校に入れないことには何もスタートしないので、やりたくもない勉強を機械的に覚える。710年に平城京ができたことを覚えるのが大事なのではなく、平城京が当時いかに時代に影響を与えたか、あるいはいかに時代に影響されて平城京ができたかを知ることが大事。(大事というか、それが歴史だし、歴史を楽しむということだと思う)でも、とりあえず「710年 平城京」と覚えることで満足する。そういう覚え方をするから、「歴史は暗記科目だから得意」「歴史なんか実生活では何の役に立たないから嫌い」「何のために歴史を勉強するの?」ということになる。表記辞書に則った表記を覚えるのは、それに似ている。誰だって、採点された自分の原稿を突き付けられたら点数に一喜一憂し、次こそは良い点をと願うだろう。毎回新しい音声に対して、聞き間違いはとりあえず頑張って聞くしか対処法がないが、表記辞書に則った表記は、知っていれば正解にたどり着ける。表記さえ何とかできれば! (あたしの原稿は満点になる!)← ほんとかよ ----まあねえ、でもトラウマは乗り越えられるもんでしょ。「あれはトラウマみたいなもんだな」って気付けば、こっちのもんっていうかね。そういうのは嫌いじゃありません。歴史を楽しむ入り口が機械的な暗記というのは、ありです。「まともな表記」「普通の表記」「自己表現に最適な表記」「誤解のない表記」「読みやすい表記」、どれを大切にするかは人それぞれですし、文章の種類にもよると思いますが、一定の自己基準を持つのは大切だと思います。膨大な読書からも養われると思いますが、それも表記を気にしながらの読書です。もしくは膨大な原稿作成からも養われると思いますが、何を書くかということには左右されそうですね。手っ取り早いのは、ある表記辞書の基準を自分の中に入れて、そこからスタートすることです。だから、OJTや通信教育のトラウマは、結構歓迎すべきものじゃないかとも思っています。我流のほうがよっぽど危険。----でも、多くのテープ起こし者が表記は統一すべきと考えている理由は、トラウマの影響だけではなくて、もっと身近で現実的な問題のためです。それはテープのぶつ切りと原稿の縫合のため。
2005年06月15日
コメント(2)
ここのところ「表記の統一」という言葉を呪文のように繰り返している。テープ起こしを仕事にする人の多くは、最初にテープ起こし専門会社のOJTか通信教育のたぐいかを受ける。ここでまともな文章とはどういうものかの洗礼を受ける。文章家でない人の文章をネットで大量に見られるようになった。自分が文章を書くようになって、 表記に気を付けている人 表現に気を付けている人 表記の統一に気を付けている人 そういう視点がない人の見当がつくようになった。文章家ならば、表記にも表現にも表記の統一にも気を付けたほうがいい。一つの文章の中で、同じ単語が違う表記になっていると、「わざと変えたのかな?」と思われる。漢字は表意文字だからだ。「姉さん/姐さん」か並んでいたら、まず別人を指すと思うし、イメージするキャラクターも違う。「町/街」もそうだ。意味が変わらない言葉でも、「いてほしい/居て欲しい」「ございます/御座います」はどうだろう。読み手の無用な混乱を避けるため、意図するものがないならば、同じ表記にしておくのが書き手のマナーというものだろう。テープ起こし者が「表記の統一」を語る理由も、本来はこのためである、と思う。新聞なり議会議事録というのは、同一の長い原稿と見なすことができる。何年にもわたる原稿は、当然一人の人間によって作成されるわけではない。よって、ある程度の統一表記は必要という発想になる。それはいい。問題なのは、テープ起こし専門会社のOJTや通信教育のたぐいのほうだ。(といっても、訓練そのものが悪いわけではない。我流も個性だと思うなら、この文章は読まないほうがいい)訓練には採点が付きまとう。録音テープを聞き起こす。採点する。何を基準に?まずは聞き間違い、次はタイプミス。そして最後に表記間違い。表記間違いには2種類ある。「的を得る」「うる覚え」などの日本語として間違っているもの。もう一つは、基準にしている表記辞書の表記とは違っているという間違いである。採点される者は、どうしたって高得点が欲しい。OJTや通信教育ならば、職業としてやっていけるかどうかの判定がかかわってくるのだから余計だ。聞き間違いやタイプミスを減らすには慎重になるしかない。日本語の間違いが多い人は、残念だがこの仕事に向いていないかもしれない。では、表記辞書どおりの表記をするためにはどうしたらいいか。これは単純な暗記の問題だ。受験勉強をくぐり抜けてきた者には、「暗記」「試験」に対するトラウマがある。暗記するのは善、試験で高得点を取るのは善。その先に、読み手に親切な文章、表現力のある文章という目的があることを見失う。
2005年06月14日
コメント(4)
「産官学」という言葉も一般的になったなあ。最近出てきた言葉は「産独学」 産 - 企業 独 - 独立行政法人 学 - 大学の協働ってことですが、一瞬「官も独もそんなに変わらないじゃないの」と思ったわさ。独法は官からは独立しているんだという気持ちが独法自身には強いんでしょうね。「おれらは官じゃないぞ」と。そこにこだわるか! という言葉です。
2005年06月13日
コメント(2)
昨日は、「初対面の医者にアンポンタンだと見抜かれたんだ」「脳ドックに行くなんて、やっぱり自覚症状があるんだ。もう少しやわらかい言い方をしろって言われたでしょ」という情け容赦ないやつと情けのある皆様との会合。どうも最初からやけに絡むと思ったら、あっ、あんた、もう飲んでるでしょ!意気投合したのは、親分は要らないということ。誰かの後ろ姿を目指すほうが安全で容易なことだけれど、それぞれが別のフィールドで別なことを目指し、それを持ち寄るほうがいいんじゃないか。大きいCPUではなくて、小さいモジュールが部分的に判断する。あるいはインターネット的という言い方も出た。そういう考え方をするから、フリーランスなんかな。だから、サラリーマンを全うできないんだとも思ったよ。別々に活動するのはいいけれど、それをネットワークとしてつなげるのは意外と難しいかもしれない。
2005年06月10日
コメント(2)
というわけで、脳ドックの話なんて聞きたいですか? 聞きたくない? そう言わずに。健保の補助メニューでそういうのがあったので、ちょいと試しにやってみましたが、別にまっすぐ歩けないとか、ろれつが回らないという自覚症状があるわけではありません。MRI検査が終わって、じゃ、ちょっと説明をしましょうということで医者に呼ばれた。「本当はボクはドックの担当じゃないんだけど、院長がやってくれないもんだから、ボクがやることになっちゃってね」と、楽しそうにお話しする。言っていることは文句だけど、なぜか不快感はない。後で自分で言っていたけれど、お年は71歳だそうだ。71歳の年寄りとか科学者の一つのステレオタイプとしては、「わしは~じゃ」としゃべるはずだけど、案外bokuと言う人は多いよね。だいたい今どき「わし」なんて言う年寄りはいない。オーキド博士と阿笠博士は、私の予想では広島出身者なのだ。このインテリ層の40歳以上の男性が言うbokuという単語は、どうも「ボク」と表記したくなるんだけど、私だけ? ← だいたの真似じゃないってば。テープで、10歳と20歳と40歳の男性がしゃべっているとき、彼らの一人称が全部bokuだったら、 10歳 → ぼく 20歳 → 僕 40歳 → ボクという感じがしませんか。私の思い込みですか。日本語って人称代名詞がいっぱいあるでしょう。それは、ひとを呼ぶことにいろいろな情報を入れ込んでいるからだよね。「あたい」「おいら」と言うだけで、どんな人物か想像できるもんね。その区別は、言葉そのものだけじゃなくて、表記にも及んでいる。「ぼく」「僕」「ボク」から受けるニュアンスは微妙に違う。こういう繊細な部分を、"表記の統一"みたいなものがなぎ倒ちゃうのって野暮な話だよな。自分のことを「ボク」と言った医者は、脳のキリトリセンが描いてある絵を見せて、「こうやって脳をバサと切って、中身を見るんです。(切ったら)即死です」と言った。初めて行った病院の医者に、いきなりそう言われてみ? とりあえずあんた、つかみはオッケーだよと思った。医者に対しての感想として、間違っている感じはするけれど。早口。滑舌は若干悪し。このまま1時間しゃべれば、2万3000字ぐらいはいくかもしれない、2万3000字の男。聴き取りにくいから、15分起こしたら、多分私はコーヒーを飲みにいく。そのまま、プチとテレビをつけて、気が付けば30分の休憩が終わる……。そんなふうにして、起こすのに時間がかかる嫌なタイプの話し手だ。聞いている分には面白い。魅力的な話し手と仕事で起こして楽な話し手は違う。「血管にいろいろなものが詰まってくると血流が悪くなるんだ。これは昔はごみって言って、勢いがよければ流れるものだと考えていたんだが、いったんついたらもう離れないんだ」へー、そうなんだ。「アルツハイマーになったのは、レーガンやベン・ハーのチャールトン・ヘストンもそうだな」古いよ、先生。「めまい? どこの病院に行ったの? 耳鼻科? めまいで耳鼻科に行くなんていうのは時代遅れだな。この入り口のところしか見てないんだから」ああ、71歳の医者に時代遅れ扱いされる切なさよ。これを2万3000字のスピードで、ペラペラ、ぼそぼそしゃべっていると想像してくださいな。起こすのやだなって思うでしょ。締めくくりはこうだ。「あなたの脳は異常なし。これであなたがアンポンタンだったら、それは脳のせいではないということです」「上手に使うようにします」と、やっと口を挟めたら、彼は高笑いした。
2005年06月09日
コメント(6)
最近ちょっと、まとめないといけない、デリケートな話題を提供していたので、仕事が忙しい間はこれに関しては続きはストップ、という自戒を込めてネット落ち宣言などしてみました。別にどこかに行っていたわけではなく、余所さまの日記に暴言など吐いて楽しい日々を過ごしていましたので、見える人には見えていたと思います。もう少しばたばたしますが、最近一緒に寝てあげていない娘から、とうとう独り寝イヤダのクレームが入り、ゆうべはパソコン机の後ろに布団を敷いてやりました。こうこうと電気のついた、母の入力のガスンガスン(親指シフトのキータッチはこんな感じ)という音の中で寝ていました。午後は脳ドックに行ってきます。初体験よ。ドキドキ仕事仲間から水曜に飲む?と誘われたんですが、「脳ドック帰りでいい?」って聞いたら、木曜にしてくれました。えーっと、忙しかったんですよ。だからぁ、脳ドックと飲みのために前倒しでやっていたのがしんどかったんですけどね。一番最後に送ってきた仕事が一番急ぎだなんて、一体全体どういうこったよ。----某MLでちょっと気になる発言があって、それが主宰者だったものですから、どうすっかなと2日間ほど迷い、結局そこに書き込むことにしました。最初はここにこっそり書こうかと思ったんですけどね。そういう力加減みたいなものはいつも迷います。正義なんか振りかざすつもりは毛頭ありません。むしろ嫌い。私が苦手だと思うのは固定概念です。違う見方、違う考え方があるって思い付いたら黙っていられないの。友人の日記に暴言を吐く、MLに辛口コメントを入れる、ブログに整理したものをまとめる、いろんなレイヤで書けることは幸せなことです。
2005年06月08日
コメント(0)
さっき、「落ちる」って宣言したくせに……。----個人事務所のテープ起こし者に、表記の基準として『記者ハンドブック』が普及したのは、多分だけど……、表記辞書には俗に新聞表記と速記表記があり、速記表記は特殊だという見解から消去法的に選ばれたからだと思う。世に新聞表記と速記表記なるものがあるという認識が固定化したのは、これも多分だけれど、当時のおこし太郎氏が作成した表記辞書(現好きじゃん辞書)があったからだ。2000年から2003年に、テープ★おこし太郎会というMLが存在した。今考えると、2000年に誕生したというのは絶妙なタイミングで、この誕生がもしもっと遅かったら、速記者でないテープ起こし者の全国の横のつながりというものは、今あるような大きなものにはならなかったろうと思う。2003年に終結する段階で、おこし太郎会は1000人規模になっていた。その規模の大きさに、テープ起こしの仲介業者や校正者、ライターなどの周辺の人々も多く参加していたほどだった。そのML主宰者がパソコンのIME用表記辞書を自作していたのだ。紙ベースの表記辞書を個人の人力でデータベース化した労力は驚嘆に値する。この辞書がなかったら、MLはあのように巨大にならなかったと思うし、テープ起こしに参入しようとして挫折した人はもっと多かったと思うし、今のテープ起こし業界は全く違った様相になっていたはずである。そのぐらいすごみのある辞書だ。この辞書が新聞表記版と速記表記版に分かれていたのだ。(現在はもっと進化した形式になっている) 今、記者ハン表記のテープ起こし者が多いように見えるのは、実は当時、つまりパソコン時代のテープ起こし先駆者たちが好きじゃん辞書新聞表記版を好んで使っていたからだ。パソコン時代の先駆者たちはインターネット上での露出度が高い。MLで、個人のサイトで、それをスタンダードだと解釈した後発組が倣い、さらに普及した。
2005年06月03日
コメント(0)
しばらくネット落ちします。水曜ぐらいかな。おかげさまでパンパンです。はい。
2005年06月03日
コメント(2)
今日は別な話夢の「紙キーボード」という記事が『AERA』'05.6.6号に載っている。手書き文字がデジタルデータになるというもの。考案者のブログはこちら。山之口洋の「新・復路のランナー」手書きでないと、思ったような文章が書けないという人には朗報かもしれない。何にせよ、文章がデジタルデータになっている必要性は高まっている。テープ起こしに視点を移してみる。ワープロの時代はまだ、書いている(入力している)段階で編集が楽で、美しい完成原稿にするというのが目的だった。パソコンで作成するようになった現在は、見た目の美しさはもとより、目的はデジタルデータにすることではないか。印刷物よりもデータそのものが欲しいクライアントはどのくらいだろう。90%? 95%? 100%かもしれない。さすがに最近なくなったが、通信教育の広告で原稿用紙に手書きする写真を使っていたのは、あまりにも現実離れしていた。追記まだそのような写真を使っている講座はあるそうです。日本ぺんぎんさんにご指摘いただきました。事前確認が不十分でした。おわびして訂正します。テープ起こし原稿は、デジタルデータとしても良質であるべきではないか。そういう尺度で原稿の完成度を高める意識も、手書きやワープロ時代とは違ってきたと思う。どういう原稿がデジタルデータとして良質かについては、また今度……かな?
2005年06月02日
コメント(2)
『記者ハンドブック』は、多くの報道関係者が基準にしている、大変メジャーな用字用語集です。テープ起こし者の多くが記者ハンを基準にしているのは不思議だというのは、記者ハンがマイナーだからではありません。同様な用字用語集はほかにも幾つかあります。例えば朝日新聞には『朝日新聞の用語の手引』という本があります。もし朝日新聞からテープ起こしの依頼があったとして、「『朝日新聞の用語の手引』の用字で起こしてほしい」という依頼になるでしょうか。あまりにも具体的な名前すぎて書きにくいですね(笑)。朝日新聞に限定した話ではありませんし、一般論が書けるほど業界全体を知っているわけではありませんので、そのつもりで読んでくださいね。新聞はいろいろな識者に原稿を依頼します。読者からの投稿もあります。その一般の人々に「『○○の用語の手引』の用字で書け」と依頼しているかというと、多分していません。「記事にする段階でうちの用字で直しちゃうのが原則だけど、どうしても嫌だったらいいよ」というやり方で、用字を気にするのはあくまで記者さん。夕刊や日曜版には多くのインタビュー記事が載りますが、かなり編集した形になっているのが普通で、談話形式にしてしまうものもあります。起こし原稿は素材であり、「原稿にする段階で手を加えて直してしまうし、うちの用字になっているに越したことはないけれど、それより納品の早さや正確さが大事」というプライオリティーではないかと思います。用字にこだわるクライアントさんは、むしろ完成原稿まで仕上げてほしいという方です。議会議事録が典型的な例です。あとはこだわりのある社長のいる会社の社内報だとかね。全体の用字にこだわるというより、「社長の名前は旧仮名遣いで正確に」とか、「"子供"は"子ども"にして」とか、指定された語についてだけ留意してほしいというほうが多いかもしれない。報道関係がテープ起こしに用字の正確さをあまり求めていないと仮定すると、なぜ頼まれもしないのに、テープ起こし者は記者ハンを基準にするんでしょう。----このぐらいの表記で書けば、何となく普通っぽい、という感覚を養うことはテープ起こし者にとっては重要だと思います。最大公約数的な、読みやすい、色気のない、無味乾燥な、当たり障りのない表記の基準を持つ。← すごい言いようだな。「私は絶対"憂鬱"は漢字で書きたいのよ」というこだわりを持つのは、その基準あっての話だと思うんですね。それには、新聞程度の表記というのはうってつけだと思います。だから、記者ハンなんです。つづく
2005年06月01日
コメント(5)
全23件 (23件中 1-23件目)
1


