自律神経失調症を癒す外気功療法~外気功佐倉院

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2006.08.07
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カテゴリ: 能力者たち
浜口能嶽(はまぐちゆうがく)


1878年(明治11年)、紀州の長島町という漁村で生まれる。

決して聡明な子供ではなく、小学生時代はその鈍重さゆに、「阿呆熊」などと呼ばれ

馬鹿にされていた。だが、13歳のときに突然現れた老僧に導かれ、那智山で

修行する。山を走り、野を駆け、滝に打たれるというまさに修験者のための行である。

山を17歳で降りる。その後、仏教を学びその肩書きもつける。

それから気合術で人々の病を治していくなかで物議をかもし出す。

 九字「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」を切り、

「エイ、エイ、パアパア」と、患者の前で気合をこめた声を発することで




 治すたびに警察に呼び出され(全部で700回以上)、裁判沙汰にもなった。

が、どれも有罪にはならなかった。

 明治時代の新聞紙上も騒がせた。

患者からは大金をせしめることはせずにいた。

それでも豪邸を構えるだけの財力をもち、結婚は四度、愛人は数十人といわれ、

豪邸では連日連夜大宴会がなされていた。

寄付などの社会貢献も積極的に行っていた。

まさに豪放磊落な気合術の怪人だった。

名横綱の双葉山、梅ヶ谷や東条英機とも交流があった。

東条は浜口の豪胆な性格に親しみを感じていたそうです。





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Last updated  2006.08.07 14:12:19
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