狎鴎亭的横濱生活

狎鴎亭的横濱生活

Mar 24, 2005
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私は今までどうしても忘れられないおばあちゃんがいる。


私はその頃、語学学校に行ってて、当時彼氏だったパパと何人かの韓国人の友達とコリアハウスと言ういかにもありふれた名前の韓国レストランに昼ごはんを食べに行っていた。

そこはサンディエゴの中では結構有名だった。
と言うのは大きくて、韓国らしい建物だったので目立ったのだ。
そしてその頃は数少ない韓国レストランの中で結構おいしい方だった。(今は味がかな~り落ちました)

そこで私たちは昼ごはんを食べ終わり、私はトイレに立った。女性用トイレはもう誰か入っていて、私はドアの前で待っていた。

その時、後ろにおばあちゃんが来た。十何人の団体で来ている韓国人のグループの一人だった。私のすぐ後ろに来て、なにやら韓国語で話しかけてきた。その頃の私は韓国語なんて記号の世界だったから、おばあちゃんに「I’m sorry. I don’t speak Korean.」と言うと、「日本人ですか?」と突然日本語ではなしかける。お年寄りのおばあちゃんの口から突然日本語が出てくるのでびっくりしながら「ハイ」と答えると、おばあちゃんは目を細めて、
「私も日本語少し話せますよ。ね?上手でしょう?」


それはまるで私の亡くなったおばあちゃんが昔私の手をとって撫でてくれていたように、優しくて暖かかった。
それと同時におばあちゃんが何で日本語がそんなに上手に話せるのか考えたら涙が出そうになった。「ごめんなさい」とわけもなく言いたくなった。

その時の私は初めて韓国人という人種に出会い、仲良くなるにつれて日本が過去にしてきたひどい仕打ちに対して、よく思い出すようになっていた。それは日本の教科書のほんの1ページかそこらだったけど、私には強烈な部分だったからだ。
他国の人たちの名前を日本名に変えてしまい、日本語を強制する、自分たちの文化を捨ててしまえというのと同じ行為だ。
それを想像しながら当時授業を受けていた私は、その部分の授業はほんとにあっという間に終わってしまったけどいつまでもそのページに戻って何度も読み返した覚えがある。
韓国人と仲良くなってから、時々歴史的な話が持ち上がってくる。
そうしているうちに、その昔に教科書で読んだ部分を思い出し、そのおばあちゃんの言葉が何だか胸にしみこんできたのだ。

おばあちゃんは別に私に責めるように言ったわけじゃないし、むしろ懐かしげに私を見ていたんだけど、その分私の心は痛かった。

私はただニコニコしながら何も言えず、おばあちゃんに撫でられたままだった。

この事が今でも忘れられない。
何でか分からないけど強烈に心に残ったままだ。多分パパに話したら「何で?」と不思議がられるだろう。






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Last updated  Mar 24, 2005 10:32:54 PM
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