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村木せつ子(蔵王高湯系)のこけし 珍品!
ヤフオクで落札したなかで工人不明のこけしがあった。胴底に署名があるもののまったく読めないものだった。表情はおおらかで素人の作ではないと思えた。いくら調べても判らなかったが、 6
月 23
日の東京こけし友の会で鈴木康郎さんに見てもらったところ、一発で村木せつ子(蔵王高湯系)とお教えいただいた。『こけし辞典』では「村木せつ」 1916-
とあった。齋藤源吉の弟子と言うが源吉は垂れ鼻で、これは猫鼻で遠刈田系と思っていたが、まさか蔵王高湯系とは思いもよらなかった。(勉強不足であった)胴底の署名はそう思って見ても「村木せつ子」とは読めないものであった。



【村木せつ】大正 5
年 2
月 11
日。新潟県南蒲原郡田上村に生れる。 20
歳のとき村木哲雄に嫁した。哲雄は陸軍将校で仙台の参謀部に勤務した関係で仙台市に住み、終戦後鶴岡市元曲師町に移った。娘時代から絵画や彫刻が好きで、戦後、最初は板彫りをやった が仙台の第一民芸の小泉社長にすすめられて新型こけしを描き、昭和 25
年ころより 蔵王高湯の斎藤源吉の弟子鈴木竹志を職人として使った関係で、旧型こけしに興味を持ち、源吉のもとへ何度か行って描彩を習い、旧型を描きはじめたという。鈴木竹志は 3
年位いて、スキーで怪我をして木地をやめたので、鳴子の柿沢是隆を職人として使い、是隆が鳴子へ帰った後は、秋山一雄の木地に描彩をしている。この間昭和 33
年 ころよりいづめこ人形の製作をはじめ、現在はいづめこ人形および御殿まりの作者としてよく知られている。(『こけし辞典』SR)
こけし無言館へ‐岡崎嘉平治のこと 2019年11月16日
無銘こけしの楽しみ・秋山慶一郎(戦前古… 2019年09月03日