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2020年01月23日
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テーマ: こけし探訪(85)
カテゴリ: 伝統こけし

シュルシュルーとガリガリー - 志田菊摩呂と八郎

KokeshiWiki にもその発見の経過があるが、「秋田こけし会通信」 64 号の池崎哲也氏の「大井沢の木地業とこけし」はそれとも異なっていて興味深い。

永く足踏みロクロを使っていたようで、志田菊麿( 1892-1984 )とその子八郎( 1936- )の違いについての、妻わかよの言が面白い。「いま挽いているのは“八郎だべ”、どうしてわかるんですと言うと、じいちゃんの音は、シュルシュルーシュルシュルーとたえまなく聞こえるし、八郎が挽くとガリガリー、ガリガリーと聞こえるよーと言って私たちを笑わせた。」とある。

大井沢のこけしの系統についてははっきりしないし、その伝統性にも疑問が多い。ただし現在では孫の菊宏( 1959- )は「山形系」と称しているが山形作並系との接点はまったくない。

なお、菊麿は「菊摩呂」と自署している。菊宏工人は「菊摩呂こけし工房」を称しているので、工人名は「菊摩呂」と統一すべきであろう。『こけし辞典』(鹿間)、 KokeshiWiki とも「菊麻呂」であるが山形県のHPでは「 ​ 菊摩呂 ​ 」となっている。(画像は志田菊摩呂 20 ㎝)

大井沢の木地業とこけし 池崎哲也

明治 32 年、志田又蔵ら 5 名が出資し、川連村 ( 現秋田県雄勝郡稲川町 ) から樋渡徳太郎以下木地職人六名、塗師、下塗り工等 4 名を招き、木地業と漆器業をはじめたが、明治 36 年事業不振のため職人が離散してしまい、 長男志田普(ママ)見 ( 五郎八 ) が一人だけ技能習得につとめていたが、一人だけでは経営が出来ないので、鳴子より木地師を招き、足踏ロクロを作って椀作りを指導してもらった。明治 40 年県内から初めての注文があり、志田菊麿をはじめ地元の人達が相次いで入門し、 木地業に従事した。明治 43 年頃より大正の初期までハッカ容器の製造が盛んに行われ輸出されている。昭和に入り輸出が不振となると急速に衰退して行った。

さて、大井沢のこけしが昭和 30 年まで知られなかったのは、木地業が不振となり、農業に従わざるを得なかったためと、販路、特に温泉地等もなかったためといわれている。 昭和 34 年疋田秀穂氏、東京こけし友の会小野洸氏の相次ぐ紹介により知られるようになった。

志田菊麿さんから大井沢のこけし誕生について聞いたのは一度だけだったが、師匠 < 五郎八 > と私がこけしを作ったのは、ほとんど 同じ頃だったと話してくれた。木地は師匠が挽いたものに描彩したことも、その逆のときもあったらしいが、こけしを作っても売るなどとも思わなかったし、売れるとも思わなかったと言って、その当時を思い出したのか、 あの節くれた手で傍らにあった重ね菊大正型のこけしの頭をつるりとなでて、慈しむような仕草であった。 18 歳で志田五郎八に入門し、木地業の道 に人り、荷役としても藏王高湯にも行き、岡崎長次郎のところでも木地修業をしているし、 こけしを目のあたりにして、ときには作ってみよぅといった気が起きるのも当然であり、 また自然のよぅな気がする。間沢の佐藤木工所でお盆やこけし等を挽いたこともあつたらしいが、ほんの一時期のことで、あとはほとんど農業に従事していたようである。

大井沢のこけしは蔵王型と鳴子型の二種類がある。肩に段のついたのは鳴子型、胴模様は、菊、りんどう、梅、蔵王型のはなで肩で細胴のこけしである。これに開き、重ね菊のほか梅がある。

一方、大井沢自然博物館収蔵品に志田栄さんの胴模様は、鳴子の高亀に伝承されているものに似ているので、当主の高橋武男氏に聞いたところ、全く関わりはなく大沼熊次郎氏なる木地師についても否定的であった。

大井沢では今、志田菊宏工人 ( 志田菊麿の孫 ) が黙々とこけし作りにはげんでいる。愛好者のなかには色々と口をはさむ人も多いと 聞くが、まだ若い人なので、のびのびとやってもらいたいものである。最近の作品はなにか線が細くて、固い表情が多いのはきまじめなためだけではないらしい。リラックスして耳栓でもしてやったらと思う。

父親の志田八郎さんも、大工仕事のあい間をぬって、だるまやコマを挽く姿が見られる。 志田菊麿さんがまだ元気に足踏ロクロを使ってこけしを作っていた頃、奥さんのわかよさんが、いま挽いているのは“八郎”だべ、どうしてわかるんですと言うと、じいちゃんの音は、シュルシュルーシュルシュルーとたえまなく聞こえるし、八郎が挽くとガリガリー、ガリガリー " と聞こえるよーと言って私たちを笑わせた。 日本海でとれた魚、鮭、ハタハタ、平目、アワダチ等をお土産に持って行くと、象の様な目を更に細めて喜んでくれた老夫婦ももういない。大井沢は名だたる豪雪地帯で、半年は雪との闘いに明けくれる。昔は六十里越街道が内陸と庄内の道だったが、今は月山新道が開通し大変便利になった。多目的ダム寒河江ダムも完成に向けて急ピッチで進んでいる。 自然とのふれあいを求めて都会から訪ねる人々、昔は出稼も多く、なれない生活を強いられた人達、いまその解消に向けて観光面にも力を入れはじめているようだ。 ( 酒田みず木の会代表 ) 


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最終更新日  2020年02月13日 14時31分05秒
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