唐澤浩全資料

唐澤浩全資料

2009.10.28
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電動車椅子ぶらり通信 百五十六話
2008年12月・放送

   バリアリポート二〇〇八

 ニューヨークのブロードウェイでロングランを記録しているミュージカルのひとつに、「オペラ座の怪人」があります。物語の舞台は言うまでもなく、フランスはパリ、そのパリ九区に建つオペラ座です。建物外側の壁や柱には、彫刻や装飾が夥しく施されているのでゴテゴテしたイメージは拭えません。正面から間近に仰げば、盛り込まれるものが過剰ともいえるそのデザインに僕は些か、辟易させられました。「オペラ座の怪人」も、眺めているだけで何かしら不気味な気分になる建物の印象に、作家のガストン・ルルーが触発されて生まれた物語なのでしょう。
 それはさておき、このオペラ座に突き当たる道路を、オペラ・ガルニエ通りといいます。まことに幸運にも、僕は今からちょうど十年前の十二月、このパリへ旅するチャンスに恵まれました。旅の宿りは、このオペラ・ガルニエ通り沿いの古びたホテルで、オペラ座はわりと近くでしたね。
 じつを申しますと、その頃は「電ぶら」を書き始めて二年目の時期だったのです。「電ぶら」のテーマは、バリアフリーの問題で、突き詰めればスロープとは何か、階段とは何か、という課題に集約できる筈、と僕は考えていました。この問題を見つめるのに、オペラ座は有益なヒントを与えてくれるのではないか。そういう期待を抱いていたのです。
 その訳は、オペラ座には、美しさで有名な階段室があるからでした。この階段室を実際に自分の眼ではっきり見る。その事によって階段とは何かという問題を掘り下げる手がかりが得られるであろうし、またそこから、スロープの実体が見えてくるのではないか。そんな事を直感しました。
 しかし、オペラ座の中はついぞ、見学出来ませんでしたね。確かに、オペラ座の前までは、母と散歩に出掛けたのですが、玄関には石段があったために、中へ入る事は諦めたのでした。その際、周りにいる人々に応援を請い、車椅子ごと僕を担い上げてもらう、という事もチラと考えたのですが、でも、そこまでして他人様の手を煩わせる程の事か? という逡巡に思い留った次第であります。
 案の定、後々になって、「やっぱり、どんな手を使ってでもオペラ座のなかに入って、階段室だけは見ておくべきだったな」と、未練がましい思いが湧いてまいりました。けれども、もし、あの時、願望が叶えられて、階段室を見ていたら、それで満足してしまって、階段とは何か、スロープとは一体何だろう、という事につき、むしろ、余り考えなかったのではないかと思います。

 下伊那郡豊丘村の村役場村民センター。
 このセンターには、巨大な円形スロープがあります。或る研修で訪ねた際、このスロープを利用してふと感ずる事がありました。
 建築物に関わる法令では、公共施設等に設置されるスロープが車椅子等でも支障なく往き来できる程度に緩やかな勾配となるよう基準が定められています。そこで次の事につき、皆様の注意をたまわりたいのです。
 それは、スロープの角度と、その距離との関係です。つまり距離が縮まれば角度が急になるし、距離を長くすれば、角度はなだらかなものとなる、という事。従って、より安全に登り降り可能な構造、という事であれば、角度がなだらかで距離の長い設計のスロープになる事はごくごく当然でしょう。
 さあ、そこで、大変な問題となるのは、違うフロアへ移動するのに、スロープと階段とでは距離にしておよそ五倍、六倍の差がつくという事ですね。実際、次に挙げる伊那市内の建物にいらして、お試し戴ければ幸いです。

 1社会保険事務局伊那事務所。
 2ハローワーク伊那。
 3伊那警察署等々。

 いずれかの建物で、外から玄関に入ろうとする時、正面の階段を使えばせいぜい二、三段のぼれば到着する。ところが、スロープ伝いに行くと、歩数にして約十五から十八。この距離の差は圧倒的であります。
 このようなスロープと階段とのギャップはそのまま、社会生活における障碍者と健常者との間にみられるステップアップの違いというものにも、置き換えられるでしょうね。
 というのも、例えば、健常児なら小学校入学時から学習一筋に専念でき、階段を登る事さながら規則的に手堅く、成長課程を踏む事ができる。概ね、各学年相応の学力が身について高校、大学への進学がかない、やがては自分の希望や能力に合致した職に就ける、という訳です。

 僕自身、自分の来し方をふりかえるにつけ、ここまで登ってきたスロープの長さ、というものをつくづく感じます。障碍を抱えて手足に不自由を来したために、なにをするのにも他人様の手を煩わさなければねばならぬ、というスロープ。条件の不備や制度の上の壁で義務教育も普通学校へは通えなかったために、地元からは遠く離れた養護学校へ入学するしかなかったというスロープ。その事に伴う経歴上のさまざまな遅れによって、社会経済に関わるには行政の支援をひとつのスロープ、と頼まねばならない事。思えば、じつにさまざまなスロープを通るしかなかった事で、僕と健常者との間には目も暈む程の開きがある。その事には今更ながら唖然としてしまいます。
 しかし、だからといって、この開きを埋めるための努力が免除される訳ではありません。弱音や愚痴をタラタラ零しながらも、前方へ遠く延びて行くスロープを一歩一歩ふみしめて、えっちらえっちら、登り行くしかないのです。
 この辺で、そもそも階段とは何か、精神的な生活の視点から見つめてみたいと思います。
 年に六回、取り組みが行われる大相撲。この大相撲は本来、スポーツではありません。神様に奉納される神事なのです。お相撲の行われる土俵はそのまま、相撲神といわれる次の神様三柱をお祠りする聖域でした。所謂、その相撲三神とは、次の神様方です。

  戸隠大神。

  野見宿禰尊。

 このように、土俵が穢すべからざる場所、という事を示す設えの一つが、土俵の四方に設けられた三段の階です。つまり、土俵は、相撲の神様方が降臨する所である故に、元々は、力士、行司、呼出、そして検査役を含む相撲協会の役員等、相撲という神事に関わる男たちしか、階には、足がかけられない筈でした。
 同様のものは能舞台にも見られます。舞台正面には、客席に向かって階が架けられておりますが、これは、決して実用の段梯子などではありません。能奉行といって、江戸時代に将軍家や大名に使えていた、能を管轄するお侍だけが、楽屋の能役者に上演を命ずる時にのみ、踏む事の出来る特別な設えだったのです。この階も、恐らくは神社に関わる古来のしきたりに習って、能舞台を神聖化するために編み出された工夫、つまり、切実な精神的デザインだったのではないか。僕は、そう考えています。
 見方を換えると、階はステップというよりも、祭段に近いものだったのかも知れません。伝えられるところによると、出雲大社には、大昔、お社に、九十六段にも及ぶ高い階が、架けられていたのだそうですね。これは、とてもの事に、人がやすやすと昇り降りできる代物ではありません。遥かに拝む、と書いて遥拝といいますが、階は、高い所に在します神様に心を通わせる、遥拝のための祭段だったのかも知れませんね。
 こう考えると、僕自身、僕の場合はこれでよかったんだと思う事があります。というのも、例えば高遠の鉾持神社や、西箕輪上戸の第六天などには、お社へ続く参道に随分長い階段が築かれております。余りの長さ、高さゆえ、僕の場合は、お願いして人手を頼んだとしても、それぞれの階段を登ることはまず無理で、お参りする事は出来ないものと残念に思っていました。しかし、いつとも知れぬ古い昔より、営々と築かれてきた階段の美しさを見つめる事。そして、その階段をお社へ続く祭段に、下から遥拝させて戴く事。これを僕の参拝としよう。そう思い直してみると、胸に、或る落ち着きを覚えるのです。
 そうはいっても、車椅子使用者らは階段が使えない以上、実生活ではさまざまな面でスロープを通らねばなりません。スロープは、障碍者にとって可能性への架け橋なのですが、同時に、人によっては、如何に努力しても挽回できない遅れがある事を、まざまざと実感する坂道でもあります。





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Last updated  2009.10.28 11:46:12
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