唐澤浩全資料

唐澤浩全資料

2009.10.29
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電動車椅子ぶらり通信 百五十七話
2009年2月・放送


   市街地循環バスの車窓から

 市役所からロシナンテごと乗り込んだ市街地循環バスが日影の大型店前に留まった時、二人のご婦人が乗ってみえました。おつれか、と思ったお二人は初対面の方々らしいのです。それにしてはとても親しく語らっておられ、聞いている僕も楽しくなりました。
 このうち、お一人は伊那市内の方で、御歳九十二。足取りも矍鑠としておられ、それ程のご高齢にはみえません。
 もうお一人は、はるばる飯田市から電車で来た、という方でした。彼女が語る飯田地方の方言は、響きが柔らかく優しいもので、耳に残りました。同時に、三年前の秋、友人と連れ立って飯田へ旅したときの情景もふと、思い出されたものです。
 今回は、そのお二人のご婦人の会話を聞いて感じた事に、飯田への旅の思い出を取り混ぜて、尚、市街地循環バスの窓から見つけたものも折り込みながら、あれやこれや取り留めもなくお話しさせて戴こうと思います。
 まずは、飯田への旅の思い出から。
 飯田市美術博物館は、JR飯田線飯田駅から徒歩でおよそ二十分のところにあります。平成十九年の秋、僕が、この博物館を友人と訪ねたのは、下伊那の山村に伝わる「霜月まつり」の特別展を見るためでした。その時の事は二年前の二月に放送されたこの番組で、「鬼と伊那谷」というタイトルの下、お話しさせて戴きましたっけ。

 そこで道すがら、殊にわれわれの眼を惹いたものがあります。それは、飯田市立追手町小学校の校舎でした。ずっしりした中に、清らかな気品を感じさせる建物です。たいへん魅力的だったので、昼休みの頃合に立ち寄らせて戴きました。
 伺えば昭和四年の竣工で、当時は最先端工法の鉄筋コンクリート造りだとか。その建物がこの年、即ち、平成十八年に国から登録有形文化財の指定を受けた、という事などこの時の僕はまだ知りませんでした。
 さても、びっくりした事があります。じつは、わが伊那市にも飯田市立追手町小学校の校舎と同じく、昭和四年に完成した鉄筋コンクリート造りの建物があったんですね。その建物とは、伊那市立伊那小学校南校舎。昭和四十六年に刊行された「伊那小学校百年史」という本によると、その辺の経緯は凡そ次の通りです。

 1児童の増加に伴って旧来の校舎が手狭と
 なった。そこで増築が検討されるに際し、
 鉄筋コンクリートの施工が強く要望された。
 2この要望を受けて当時の伊那町は約三万
 円の予算を組むも、建設会社の見積額はそ
 の三倍の約九万円。
 3これが政治問題化して議会は紛糾。町民
 挙げての大議論が巻き起こり、当局糾弾の

 の止むなきに至り、ついには県から建設中
 止命令が下る。
 4事態収拾の為、町有力者による有志協議
 会が結成され、再度建設継続が確認される。
 5昭和四年七月三十日、晴れて落成式挙行。


 伊那市の近代建築という時、旧上伊那図書館が代表格であることは周知の事実ですね。しかし、この図書館が開かれた前年の昭和四年、同じ鉄筋コンクリート造りで築かれた建物があり、それが伊那小学校南校舎であったのです。実際、この校舎は一見平板で、さしたる工夫もないポストモダンの建物、と映りますが、よくよく眼を凝らせば窓枠など、じつに美しい。学舎の名を寸毫も疵つける事のない格調を、静かに湛えております。
 近代建築の魅力、ということでもう一つ、お話しさせて下さい。別の日のことですが、これも市街地循環バスに乗った際のたいへん新鮮な発見でした。
 それは商店街、なかんずく通り町に並んだ昔からの店舗が、ずいぶんお洒落なデザインに仕上げられている、という事です。コンクリート造りながら、御影石、トタン、モルタル等を素材に、こまやかな飾りや意匠が施されていて、美しい。つまり、一軒一軒のお店がそれぞれ際立った姿で、華やかに建ち並んでいるのです。そして、それが、如何にも目抜き通りらしい色とりどりのイメージを醸し出している。
 通り町は、昭和二十四年の大火で、多くの建物が焼失したんだそうです。それで各々再建する際、以前の姿、つまり昭和初期のいわゆる「看板建築」を復元する、という方法を採ったようですね。
 これも、歩道アーケードに遮られている上層階の家並が、車高の高いバスであればこそ発見できたのでしょう。この眺めも、伊那市の中では大切にしたい景観のひとつだ、という事をつくづく思いました。
 さて、話を、最初の話題に戻しましょう。市街地循環バスに乗り合わせた、ご婦人二人の会話をめぐるお話です。
 そこで、飯田から来た、というご婦人は、こんな事を語っておられました。

「私は週に一度、伊那市まで買い物に来ますんの。だって伊那市には品数が多くてお安いお店が何軒もありますし、こうして巡り歩くに便利なバスもあって、楽しいですに。伊那市の皆さんは、賢くておありるからなん」

 彼女のこの話をきいて、僕は今更ながら、伊那市における現在進行形のまちづくりが、まずはいい線で運んでいる、という事に気づき、つくづく感心したものです。市街地循環バス、それも、とくに所謂「イーナちゃんバス」のコースをしみじみ指でなぞれば、主要公共機関や大型店など、じつに絶妙なる一筆書きで結ばれているから舌を巻きますね。これを考えた人々は、ほんに「賢くておありる」と思いました。
 しかし、市街地循環バスの年別利用者数は、どのコースも総じて下降線を辿っています。これに関連してバス利用をよびかけるPRを時折見聞きしますが、これはもはや、宣伝の工夫如何に留まる問題ではない。僕にはそう思えるのです。
 というのも、さきほどのご婦人は二人とも高齢のためか、どちらも沢山の荷物をもって独り、乗り降りするのがとても大変そうに見えました。つまり、巡り歩くには便利なバスも、ある程度まとまった買い物に使うには苦労が伴う事も事実です。
 そこで、僕はふと、思いつきました。
 それは荷物の載せ下ろしに、またバスへの乗降そのものに何等かの手伝いをする工夫は考えられないものだろうか?という事です。例えば、バス停最寄りの公共機関や企業等のサービスとして、あるいは自主的な形態のボランティア活動として、そのやり方はいろいろあると思われます。
 ともかく、どんな形でも、今一つの工夫を加味すれば、市街地循環バスに対する簡便なイメージや安心感が高まって、それなりに、利用者増加は期待出来るのではないでしょうか。もちろん、綿密なリサーチは必要かもしれません。それはそれとして、市街地循環バス存続の対応には、もうヒトヒネリのアイデアが求められる時機が来た事は確かです。
 事のついでに、今し方の話の関連で、もう一つだけ、僕の極めて個人的な事情に基づく願望をお聞き戴けないでしょうか。
 それというのも、まず結論からいえば、その市街地循環バスに、車掌さん、もしくは、車掌さんに近い役目が果たせる人。言ってみれば車内乗務員とも呼び得る人も乗車するよう、お考え頂きたい、という事であります。
 僕の場合、バスに、電動車椅子ごと乗り降りするには、路面と乗降口との間に、スロープを差し渡して戴かなければなりません。又、料金の支払も、僕は手が不自由なために、他人様にお願いしなければならず、その方の手を煩わせてしまいます。今は、その都度、そういうお手伝いを運転士さんがやって下さるのですが、その分どうしても手間をかけてしまうので、申し訳のない気持ちになります。
 そこで、先にもお話ししたように、例えば足腰が弱くてバスの乗り降りが苦労な方に、手を差し伸べて安全を守って上げるとか、僕のように車椅子ごと利用する者の補助、などといった仕事を専門に行う乗務員さんがいて下さればどんなに有難い事か、と思うのです。
 なお、その延長で僕は又、こんな事も考えるんですよ。そのような仕事であれば、手足が利いて、或る程度理解力のある障碍者にもできるのではないかと。障害者自立支援法と関連法令の適用で、何とか実現しそうな気がします。ともかく、関係する方々に是非、ご検討をお願いしたいと思います。
 市街地循環バスは、昔のお銭湯みたいに、巷のさまざまな情報が行き交う楽しい社交場ともなりましょう。より多くの方々に、市街地循環バスの利用をお奨めしたいものですね。





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Last updated  2009.10.29 09:19:20
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