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26日の朝、シャワーを浴び、8:00朝食。今日もJEANSが給仕。自分が取ってきた野菜だと言う。ホテルの裏に畑があり、見学するかと聞く。今日の予定は、12時チェックアウト、ホテルでランチの後、13時にイムランが迎えに来る。残念だが、時間がないと答える。ホテルの屋上から撮影。相変わらずの霧。太陽もこんな感じなので、部屋で1時間弱テレビを視る。インドの番組は、スポーツ番組(クリケット中心)、歌番組、ニュース、通販(ダイエット器具・食品)、ドラマである。チャンネル数は多い。インドの映倫コードは、ヌード×、キス・ベッドシーン×だと聞いているが、かなり艶かしいものがあります。これまで視た範囲でのことですが、歌番組では、女性歌手が多く、甲高い声(ジュディオングの裏声、またはあべ静江)でミャーミャー歌う。ピッタリの服でクネクネ踊っている。眼ヂカラ強く、挑発の眼差し。男性歌手の場合でも、女性が踊りまくっています。ドラマは番組の途中からしか視ていないのですが、兄貴分と弟分がある女性を酔わせて意識を失わせ、乱暴に及ぼうと目配せ。兄貴分が済ませた様子でベルトを締めながら部屋から出て帰って行く。弟分が替わって部屋へ。その後同じベッドで眠っている。明け方、女性が服を着たまま眼を覚まし、ハッとした様子で下半身を確認、泣き叫んで部屋を飛び出す。元々女性を好いているらしい弟分があとを追いかけるというシーンがありました。ヌードもキス・ベッドシーンもありませんが、とても扇情的で刺激が強いように感じました。演出といい撮り方といい、日本では受けないだろうなと思いました。
2012.12.31
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書き忘れていましたが、カジュラホのヒンドゥー寺院にエロチックな彫刻が多い理由は、当時の人々が助平だったという単純な話だからではなく、タントリズムに基づく男女の結合が至福に繋がるという教義が支配する中で造営されたもので、日常生活を描いた彫刻としてカーマスートラの秘儀48手?の数々が残されたからだそうです。夜の道をCHANDELA EMPORIUMに向かって車は走る。部下に運転させ、ビノードが助手席から質問を投げかける。インドは初めてか?どこに住んでる?仕事は?家族は?子供がいない訳は?「カーマスートラ」を知らなかったからだと答える。大笑い。ビノードは、不幸な結婚をした結果、独身だと言う。半分信じることにする。店に入り、装飾品コーナーの応接セットに座らされる。「先にチャイを飲むか、それとも酒にするか?」と聞いてきたので、「酒を頼む。」「Oh~」と言って部下たちを見渡し、持って来させる。「ウィスキーがいいか?ラムがいいか?」と箱入りの高級そうなモルトウィスキーを見せる。手土産と比較し、ちょっとやばいかなと考え、「お前が飲むのと同じものがいいい。」と答えるとラム酒のボトルとコカコーラの2リットルボトルを用意させ注いでくれる。「こうすると旨いんだ。」ラム酒のコーク割り。インド人は甘いのが好きだね。氷を入れないが、腹のことを考えると安心ではある。2人だけで飲んでいるのも気が引けるので「部下たちは飲まないのか?」「店を閉めてからだ。」閉店は9時とのこと。そんなには居るつもりはありませんよ。客は私1人。まだ8時前。「7時過ぎると客は来ないよ。」と酒を勧める。時間的には観光客相手だから当たり前か。日本のことを話したり、「るるぶ」の地図を参照に旅の行程をああだこうだと言い合って和みました。ビノードはこの店が載っているガイドブックを2冊出してきて見せます。社長の写真がある。昼間の顔がすまし顔で写っている。「るるぶ」の土産品のページを見ると、待ってましたとばかりに昼間見せられたブラックサファイアのブレスレットを出してきます。「ビジネスの話はしないと言ったじゃないか。」「ビジネスじゃない。トモダチとして話しをするんだ。客にはしない話をする。」と言って、仕入原価や値引きの限度まで話し始める。フムフム、すると昼間買ったのも、さらに5千円安くできるじゃん。そう言うと、「お前は計算が速い!]19×19まで九九ができるインド人に褒められました。「今から返せとは言わないよ。」「そうか、飲め飲め。」話しをそらす。「ガイドにはいくら払うの?」などいろいろ聞いてしまう。「5%だ。運転手も含めて全員で5%だ。」ゴーさんにだけじゃないんだ!酔い始めた頃「どうだ、26万円」とビノード「買わないよ。」「素晴らしいじゃないか。」プラチナの枠の輝きとブラックサファイアのコントラストが美しい。「いい物だとは分かる。でも欲しくないんだ。」「日本なら90万円だ。」「税関で引っかかるんじゃないの。」「20個も運べばビジネスになるが、1個なら問題ない。」「モダンなデザインだけど家内には似合わない。いらないと言うさ。家内はカワイイ感じのものが好きなんだ。」「女はみんな宝石が好きに決まってる。それでお前のファイナルプライスはいくらだ?」「だから、いらないと言ってるだろ。」「試しにお前の金額を言ってみろ。」絶対応じない金額を言う。「10万円」「・・・」グラスに3杯目が注がれる頃には、本当に買う気がないと悟ったようで、今度は後ろの引き出しから指輪を出してきた。一応、品物を褒めておくが、興味ないという気持ちは伝わるようで、ブラックサファイアに話が戻る。値段はいつの間にか20万円に下がっている。値札は$4,620。「奥さんが気に入らなかったら、返しに来ればいい。金は返すから買ったらどうだ。」(わざわざインドまで返しに来れねえだろ)来年にでも家内を連れて店に来るからと言い、8時半に退散する。いや辞去する。家内向きだなと思った銀と貴石のブレスレットを2万円で買う。もっと値切れたけど、お互い疲れたし、ビノードは落胆のためか保証書も領収証もくれなかった。それでも玄関までの間に、細密画を奨めるところが商売人。2~3千円。絵は嫌いだと言ってあっさり却下。運転する部下がエンジンを始動する。部下たちは見送ってくれたが、ビノードは奥へ引っ込んでしまった。鴨を逃がしたと社長に叱られるんだろう。(お前、商売下手だな。そんなことじゃもう来てやらないぞ。)運転手はビノードがいなければ、陽気な奴でやはり上下関係の縛りを感じる。でホテルに着いて$1渡してねぎらった。20:50夕食、JEANSが給仕をしてくれる。ビールを注文、半分残した。
2012.12.30
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明日は、午後にヴェナレスまで国内線の飛行機に乗ります。旅程表では午前中は自由時間。カジュラホの日本語ガイド、ゴーヴィンさんからオプショナルツアーの提案。パンナでサファリを体験する。6,500ルピー、ただし虎は見られないことも多い。滝で有名な公園に行く。3,500ルピー。さあ、どうしよう。15:00ホテルに戻りました。ロビーにて明日の打ち合わせ。12時チェックアウト、ランチ後イムランが迎えに来ることが前提。「飛行機の時間が気がかりなので、近場の滝に行きたい。ゴーさんがガイドですか?」「彼(イムラン)もいっしょです。あなたのガイドだから。」この町の旅行会社(たぶんゴーさんが所属)に電話。予約OK。イムランは浮かない顔。今夜ビノードから誘われていることについてゴーヴィンさんに相談する。会う場所が店であることを確かめると、ニヤリと笑い、大丈夫だと言う。そうだろう、そうだろう、私の目に狂いはない。「裏インド旅行記」にある痺れ薬を盛られた話を思い出したが、気にならない。インドに来てから、気分はハイになってきました。出発前の日本では、準備のためにインド体験記やホテルのクチコミを読んでいるうちに気が重くなって腹を下し(訪印前から!)、電車内でも空港でもトイレに駆け込んだ自分がウソのようです。遅くなったランチ。同じパターン。カレー3種、サラダ、チャパティ、ライス腹が絶好調になる。インドの食、問題なし。最初下痢したのは、日本にない香辛料に慣れていなかったせいだと思われる。初日から最後まで給仕してくれたボーイ。名前を聞き忘れたのでJEANSとしておきます。給仕はなんと2人がかり。修理が済んで湯が出るようになっていることを教えてくれる。でも、チップは1人分しか置きません。本来、全食事込みの旅行なので、別料金の飲み物等を注文しなければ、チップは必要ないのだが、そのときの気分で払ったりしました。$1の札束が大いに役立ちました。JEANSとすっかり仲良しになりました。レストランで寛いでいると、車が戻ってきて、明日は水曜でサファリも滝も休園だと言う。ゴーさんが申し訳なさそうに謝る。インド人らしくなく、とっても新鮮。「行ってみたら休みだったって訳じゃありませんから、構いませんよ。」と負けずに善い人っぽい応対をする。部屋に戻り、インドに来て初めて湯船に浸かる。極楽極楽。テレビを眺めながら、そうだ、手土産。百均で買ったメッシュ袋にパイン飴とJALのボールペンを入れ準備する。18:55ロビー。ビノードと部下1人が待っている。JEANSが心配そうに、ディナーを何時にするか尋ねる。9時と答えると、じゃあ待ってるからと返事がありました。
2012.12.29
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カジュラホの西・東・南の全ての寺院群を駆け足で見学し、ホテルのランチに戻ります。遺跡専属ガイド、ゴーヴィンさんの日本語は、言葉・内容ともに素晴らしいものでした。最高気温19度なのに、川で水浴びしている人達がいます。貧しくて風呂に入れないのかなあ。そして、途中ゴーヴィンさんの案内で土産物店に連れて行かれました。右端はイムランこの店は、日本の旅行ガイドブックにも掲載されている優良店とのことです。確かに店内で見せられた本に載っていました。家内からインドみやげは、「チャラチャラした、いかにもインドらしい腕輪みたいなの」がいいとの難しい注文があったので見てみます。デリーで、1個数百ルピーのおもちゃみたいな腕輪を買っていましたが、それだけでは勘弁してもらえないと思っています。店の番頭格のビノードです。笑うと前歯の隙間に愛嬌があります。初め、銀製のブレスレットを見て、それからビノードの真後ろの二つ右にある6連のネックレスを見ました。家内のお土産にいいかな?と思いました。値札は$1,880。えっ16万円!やっぱりやめた。「いくらなら買う。」とビノード。「8万」「12万だ」「いらない。」「ブレスレットと合わせたら、いくら出す?」「10万円」「話にならない。13万だ。」「いやいや本当にいらない。ブレスレットだけなら2万で買ってもいい。」他にもいろいろ見せられ、話をし、チャイを2杯も飲みました。途中いかにも偉そうな奴が来て、流暢な日本語で「日本では3倍の値段がする。」と話す。社長だという。偉そうにしゃべるので買う気が失せたのですが、その様子を察し、忙しいので後は任せると言って消えました。社長がいる間、ビノードは肩を窄めて卑屈に控えていました。社長がいるといないとで態度が大違い。いなくなると店で一番偉い人に戻りました。インド人ってそうなんだ。上に卑屈で下には威張るんだな。お客にも頭を下げないし、「カースト制インド商人」とでも名付けるかな。結局、自分の月間ワイン購入代を鑑みるとともに、すったもんだのやりとりの後、ネックレスを8万円で買うことにしました。ビノードは、ニコニコ・ルンルンしながら、鑑定書だか保証書だかを書いています。包装が安っぽいので、他のは無いのかと言うと、布製の袋とジッパー付きのケースの2重包装にしてくれました。店内の一部ビノードはご機嫌で、「お前の英語はなかなかだ。フィーリングが合うから、夜、いっしょに酒を飲もうじゃないか、自分は弱いが。ビジネスの話はしない、友達としてだ。ホテルに迎えに行く。何時ならいい?場所はここでいいよな。」などと言ってきました。見た目は強そうだけど、ヒンディーはおおっぴらに酒を飲むのは憚るようだからかな。申し出を承知し、19時に迎えに来ることになりました。
2012.12.28
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12時10分、5分前集合の精神で待ち合わせ場所の出口へ行く。12時15分になってもイムランは来ない。待つ間、ゴーさんと話をする。カジュラホでは手工芸品には消費税がかからない。それは州によって法律が異なるからです。カジュラホという名は、カジュール(ナツメヤシ)が由来。寺院は6~7年おきに小さなブラシを使ってアンモニアと水で洗っています。ここ数日は、霧が出ていますが、12月の終わりから1月半ばにかけては霧が多いです。北インドでは、5~6月は暑すぎて家から出られない。3月末が一番観光に良い季節です。逆にインド人には、日本の7~8月が過ごしやすいですね。などなど。12時15分過ぎてもイムランは来ない。「どうしたんですかね。」「自分も見学して来ると言って、お客さんの後から行きました。」「途中で見かけませんでしたよ。」「彼はまだガイドの経験が浅いですね。」「客を待たせちゃだめですよね。」などなどと話しているところに、10分遅れてイムラン現わる。反省の色はなし・・・ゴーさんの爪の垢でも飲め!車で東部寺院群。12:30。ヒンドゥー寺院より先にジャイナ教の寺院があった。壊れた土台にヒンドゥー寺院を建てている。ここには現在も使われているジャイナ教の寺院もある。ジャイナ教には24人の預言者がおり、初代がアディナート。24代目はブッダの時代に生き、その死後衰退したが、今でもインドの人口の0.9%、900万人いる。2つの宗派があり、ディガンバーラ派の僧侶はいつも裸でおり、ショータンバーラ派は白い服を着ている。殺生をせず、野菜であっても「根の野菜」は食べない。孔雀の羽で虫を払って歩きます。西の寺院と変わりません。山のイメージ仏像もあります。チャンデラ王朝ではヒンドゥーと仏教が共存していた。ジャイナ教の寺院 SHANTINANT寺院です。このとおり、ジャイナ教の僧侶は全裸です。南の寺院群 ヒンドゥー教だけの寺院で、王朝最後の頃の建造物 彫刻も小さい。神の乗り物である牛の顔をしている。左側はどこでもできる体位。太陽神は両手に向日葵の花を持っている。体が柔らかいですねぇ(アクロバチックな69)パームツリー(なつめやし) カジュラホの名前の由来。菩提樹の木
2012.12.27
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日本語ガイドは、ゴーヴィンさんといいます。日本のYMCAで学んだ後、デリーの日本文化センターで日本語を修めたそうです。当時、歌舞伎町で蛇頭による襲撃事件を目撃したそうです。カジュラホ寺院群は、9~14世紀に栄えたチャンデラー王朝時のもので12代に渡り王が治め、15世紀に滅んだ。その後300年間世界に知られず、1830年に英国人が発見、国有化され、1984年世界遺産登録された。85あった寺院のうち25が現存している。35キロ離れたパンナという地(現在サファリになっている。)から運ばれた砂岩で造られ、そこには今ダイヤモンド鉱山があり、御影石も産出している。100%ヒンディー様式で、建物も塔もヒマラヤの山を意識した形式である。入り口は洞窟をイメージしている。ヒンドゥー教には、主な神が330万体おり、人気があるのはシヴァ神とヴィシュヌ神である。シヴァ神は三叉鉾を持ち、牛を乗り物としている。ヴィシュヌ神はガルーダを乗り物としている。ブラーマン神は4つ顔を持ってる。それらを目印とすると良い。西の寺院群では、ラクシュマナー寺院とカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院をガイドするから、残りは自分で見ると良い。(以上も以下もゴーさん語る。)入り口は鰐がモチーフ。鰐はガンジス河の象徴とされる。象が寺院を支えている。アプサラ(天女)が笑いながら手紙を書いている。だから恋文だと分かる。中の2人は、王と妃。両側は女性アシスタント、自分で慰めているそうだ。左下の小さいのも女性鏡を見ながら、女性が眉間の中心に(赤い)色を付けている。その右はシヴァ神犬が女性の後ろから乗っかっている像鼻で団子を持つガネーシャ色っぽく背中を掻くアプサラ色っぽく足の裏のトゲを抜かせるアプサラ。王と妃、アシスタントが4人右に猿が来ている。信者が掛けてビシャビシャになる聖水を下に流し出すための樋初代王チャンデラ・バルマン、ライオンと戦う。馬と男とが合体。(最初、「ジュウカン」を漢字にしてUPしたら「猥褻表現があります。」と赤字の警告が出てしまい不可でした理解に苦しみます。)こういうのはインドの戦陣では普通だったの?日本じゃ源平でも戦国時代でも無いよね。そういえば、梅毒は牛からアメリカインディアンに移った病気だあ。インド人とアメリカインディアンは関係ないけどね。レスリング、象。ここの彫刻は当時の日常生活を現したものだそうです。 ラクシュマナー寺院の奥にそびえる、カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院。高さ35m。11世紀の半ばに完成したもの。カンダーリヤ・マハーデーヴァとは、シヴァ神の名前の1つ。彫刻ではなく建築で名高く、世界遺産にも建築として採用された。シヴァ神の妻、パールバティが死神となり、名前がチャームンダとなったもの木でできているように見えますが、岩です。下から順に開始時、絶頂時、終了時・・・右足に蠍が~ いいえワタシはさそり座の女~ byゴーヴィンさん。ゴーヴィンさんから「12時15分まで自由に見てください。次は東群に行きます。」と言われ、しばしフラフラします。
2012.12.26
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22時40分にジャンシー駅に着いて、カジュラホのホテルに向かう。今度の運転手はハンドルにしがみつくように運転する。腕前は残念ながら落ちる。田舎道でこの時間すれ違う車も少ないが、対向車が来ると減速する。キープレフトではなくセンターライン寄りに走っているからだ。左側の路側帯には何があるか分からないから怖いのだと思う。2時間走ったあたりで道端の飲食店に入り、1人で休憩。私とイムランは暖房の無い車の中で待つ。ホテルGreenWoodに着いたのは2時40分。ホテルは真っ暗、入り口の門を運転手が降りて開ける。チェックインし、パスポートを預けるよう求められた。イムランが何か文句を言うと他の客たちのを見せて弁解した。たぶんコピー機がホテル内にないのだろう。イムランに500ルピーのチップ。「霧で見えないから、明日は10時に待ち合わせデス。」と言ったが、お互いヘトヘトなので何も言わなかった。部屋に入り、湯が出るか確認する。5分立ったら出るとポーター。よしよしと$1チップ。・・・いつまでたっても水のまま。寝る。毛布を2人分掛ける。7時起床、朝も湯が出ない。8時カウンターに行ったら、しゃべる前にパスポートが返還される。「湯が供給されないネ。だからワタシはシャワーを浴びられないアル。」と英語で文句を言う。マネージャーがメカニックに直させると言うので、じゃ朝飯を食ってくると言い、レストランに向かった。食堂のボーイも人懐っこい奴でこれから毎回$1ずつチップをやることになってしまった。今回の8泊旅行で一番好きになったホテル。腹の具合も良くなり、コンチネンタルの朝食を完食。10時の待ち合わせ時間まで、ロビーにいたインド人と世間話をする。東京・大阪・西葛西を知ってると言い、インドは初めてか、どこを回ったか、エローラは好きかなどと聞いてくる。今日はクリスマスだからクリスマスディナーはどうかなどとマネージャーと一緒になって薦めてきたが、マネージャーは食事込みであることを見落としていた。車で西の寺院郡(最大)に行く。ガン見する土産店の呼び込み。インド人10ルピー、それ以外250ルピー寺院遺跡のそばに建て並んでいるニューヴィレッジ。土産物屋ばっかり。ガイド、客1~5人で750ルピー。寺院遺跡の一つヒマラヤをイメージして造られているそうだ。
2012.12.25
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元々は、ムガール帝国3代皇帝アクバルが建てたアグラ城。最愛の皇妃を失った5代皇帝シャー・ジャハーンは、莫大な資源を投じてタージ・マハル霊廟を建立したが、それを日々ここから眺め、偲んでいたとして有名な世界遺産。(今までも全て世界遺産)「女々しくて」かどうか知らないが、やがて息子達に幽閉されてしまいました。皇妃との思い出が詰まった中庭を歩いたことでしょう。怪しい霧がロマンチックに感じられます。大理石に施された見事な彫刻イムランがガイドしてくれます。「この穴にはキチョウがありましたネ。でもイギリス人が持っていきました。」「・・・・・・」 (確かに穴が空いている。なにか貴重なものが盗られたんだな?)「ハンキチョウは残ってますが、キチョウは全部イギリス人が持ち出しましたネ」「・・・貴重とか半貴重って、どういう意味?」「・・・宝石ではないデス。プレシャスな石デス。」「それって、貴石のことだと思うよ。」「キセキですか?」「うん、日本語でプレシャス・ストーンは、貴石と言うんだよ。半貴重なんか絶対言わない。誰に習ったの?」「でも、ワタシの本に書いてありますネ」これまで会ったインド人は、絶対自分に非があることを認めない。って言うか非の存在を認めない。埋め込まれた宝石を掘り出した痕跡。殖民地主義者め!アグラ城を後にし、市内のレストランで昼食。イムランと一緒。イムラン奥の椅子に座る。トイレに行きたくなるから、まあいいかと。・・・下痢のため1回離席。メニューはいつもと同じ。チキン・野菜・豆のカレー3種、ナン・チャパティ、カレー味ジャガイモ、米、チャイ。腹の調子が良くないので、ほとんどイムランが食べる。さすがインド人だ手で食べる。サクサク・モリモリと食べます。食後、土産物屋に拉致されます。大理石に貴石の切片を埋め込む加工をしています。本物の大理石はとても硬くて割れにくいが、普通の土産物で売っているのは人造大理石で割れやすいと日本語ペラペラのマネージャーがこすり合わせてデモンストレーション。値段は、埋め込まれている貴石の種類と数(手間が掛かる)で決まるそうです。KraftPalaceという店のSharmaさん、最初ちょっと警戒したが、結果的には良心的な店でした。ごちそうになったチャイが旨かった。お買い上げ5千円也。このあと、アーユルベータを体験をし(体験記は後ほど)、アグラ駅に着きました。私が気に入った運転手はここでお別れ。デリーに戻るので300ルピー渡します。ホームに出るのに改札口がありません。チャイ売りから物乞いまで自由に出入りしてます。2人の物乞いに絡まれましたが、物売りと違って相手にしないと次の乗客に向かいます。ホームから線路にゴミを捨てたりツバを吐くのは普通です。線路のゴミを拾う雇人がいます。インドは広軌から狭軌まで、殖民地主義者のせいで多種の軌道が混在しています。ここは広軌、日本のレールの幅の1.5倍はありますね!機関車。広軌のためデカイです。線路を横切ろうとして、列車と柵の間に挟まれている人。広軌で列車のサイズはデカイし、編成も長いから、ホームも長い。陸橋は端の2箇所しかないので、線路を渡る人は普通にいます。18時25分、2時間35分遅れて出発進行。寝台車でした。通路の左側は窓に向かって横たわる二段ベットで4人のコンパートメント(4人はオープン・男女混寝)。右側は進行方向に縦に横たわる二段ベット(プライバシーあり)。私はその下段でした。イムランは、会社が経費削減するため、5両後ろの普通車。「ここにいればいいじゃないか。」と言いましたが「車掌に怒られます。」と混雑している箱に戻っていきました・・・。急行なのに徐行が多かった。広軌だが振動も多かった。ジャンシー駅22時40分着、3時間の遅れ。車窓からの景色は見えずじまい。ここからカジュラホまで車で3時間><
2012.12.24
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12月24日、怪しい霧が立ち込めるアグラの早朝。朝目覚めると下痢。朝食前に3回、朝食後に1回トイレへ。なんとか我慢できますが、お腹がグルグルしています。車でタージ・マハルへ。ここでは高い切符(外国人750ルピー・インド人10ルピー)の代償として、外国人にはミネラルウォーター500mlが与えられます。切符売場からシャトルバスで1キロ。そこから歩いてメインゲートに近づきます。ガイドブックによるとメインゲートの通路からタージ・マハルが望めるはずですが・・・メインゲートを超えても見えませんお墓なので、台座に上るには靴を脱ぐか、靴に袋を着けます。高い切符代を負担する外国人には袋がもらえます。イムランは、寒い中、靴下で冷たい大理石の上を歩きます。建物内は撮影禁止。なのに白人女性が棺の写真を撮っていました。ムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妻マハルのために立てた霊廟白亜に輝いているはずなのに・・・道には牛糞。自動車が通るたび粉になって舞い上がる。土埃とともに霧の元凶じゃないの?タージ・マハルに来て、初めてしつこい物売りにまとわり付かれる。矢のようなガン見を浴びせられ、皆日本語で迫ってくる。腹がグルグルする。シャトルバスを降りてからEXITまでの道沿いにも20軒ほどの屋台が続き、ガン見と日本語を浴びせられます。自転車を降りて通らせるような障害は、日本にもありますが、これは自動車用です。インドの運転事情は、前の日記で書いたとおりすさまじいので、必要な障害物なのでしょうか。昨日と今日の運転手は、デリー所属のVeeruさんといい、腕利きインド人の中でも運転上手です。高橋幸弘のような風貌の人です。
2012.12.24
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チップについては、日本の旅行会社の冊子に親切丁寧にいろいろ書いてありました。気持ち次第と書いてあるとは言え、当てにしているだろうと思い、冊子に「現地ガイドに$10程度、運転手に$5程度」と書いてあるところ、イムランに500ルピー、運転手に300ルピー渡した。デリーに戻るのかと思って尋ねたら、アグラで別の宿に泊まるということ。チップを上げてよかったかな。そう言えば、1泊目、空港からホテルまでの運転手にも$1だけ渡した。イムランには上げなかったけど、それはイジワルした訳じゃなくて、「運転手は毎日変わるの?」と聞いたら、「支店ごと変わりますネ。」とイムラン。「ガイドは変わるの?」「遺跡ごと変わりますネ」「ガイドは2人なの?」「ハイ、そうです。」「じゃ、イムランさんは社員なんですね。」「ハイ。」というやり取りから。イムランは、珍しいことに日本にきたことが無く、日本語を本で勉強している。知っている単語の数は多いが、それが仇となって不正確なことがあります。昨晩、助手席から右手を指して「あそこは、セキユサイサイがあります。」「えっ?」(石油サイサイって何だ?)「石油をサイサイします。」「何?サイサイって?」(普通の日本人ならフーンとか相槌打って流すんだろうな。)「石油をセパレートしますネェ」「あ~、それ石油セイセイね。石油精製って言うんだよ。」(3分も考えた。暗くて見えないし。)「本にはセキユサイサイとかいてありますネ。」このホテル、夕飯がうまかった。トリップ・アドバイザーのクチコミからいろいろ想像してたが、全然問題なし。昨夜到着後、部屋でポーターに10ルピー(もうルピーの小銭なかったのです。)渡し、ついでにミネラルウォーターを頼んだら、部屋の電話でルームサービスを頼んでくれました。ルームサービスはサインで済みます。あっ、しまった。運んできてくれた人にチップ。もう小銭がない。日本から持ってきた$1を渡した。喜んでくれたみたいで、レストランでも普通のビールとストロングビールの違いを説明してくれるなど親身にサーブしてくれました。インドと中華の選択でインド料理を注文。ランチがデリー市内のタンドリーチキンの店(セットされている。)だったけどタンドリーチキンが付いていないだけで同じメニュー。アイスクリームはこちらの方が遥かにおいしかった。グランドフロアにあるレストラン湯船に湯を溜められない上、夜は湯温が低かったので今朝シャワーを浴びた。朝のせいか熱湯がふんだんに出ました。一夜明けたホテル・ガンガラタン。「変な名前だな。」と思ったけどGANGA RATANとアルファベットにすると普通。ホテルの外から朝食ビュッフェ。食事込みの私はコンチネンタル。マンゴージュースが美味しい。このホテルでもチェックアウトのときアンケートを書かされた。摘要欄に「バスルームのドアが閉まらなかった。」と書いたが、一人なので問題なかった。なお、フロント係は無反応でした。それからTVリモコンの電池がなかったのは、宿泊客に抜き取られたからなのでしょうね。レセプションから玄関。応接椅子の横にある水槽には淡水魚。でも最後まで魚料理は出なかった。3日目はアグラ観光。2つの目的の1つ、タージ・マハルが待っています。枕銭にも$1置き、8時にガイドのイムランとロビーで待ち合わせ。
2012.12.24
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デリー市内観光には、インド門(英国が造った戦没者墓碑)も含まれていた。しかし、今日はデモが行なわれているため、その周辺が封鎖されてしまっていた。「デモなので、遠くから見てクダサイ。」とイムラン。「別にいいよ。それで何のデモなの?」「政府に不満のある人がデモをしてますネ。」「ふ~ん。」(不満がなけりゃ、デモなんかしねえよ。)と思いつつ、受け流す。後日分かったが、これは「女子大生(23歳)レイプ事件」に対する抗議デモだった。夜12時頃、男子同級生と映画を見ての帰り、路線バスのつもりで乗車した無認可私営バスの中で、酔った男6人に「こんな時間まで女が何やってるんだ。」と絡まれた後、鉄パイプで殴られ、レイプされ、挙句の果てに車外へ投げ捨てられた事件である。損傷した臓器を移植するためシンガポールに運ばれたが、手当ての甲斐なく死亡し、帰りのエア・インディア特別機を首相が迎えたとも報道されていた。減少を見せない婦女暴行事件に対し、政府の厳正な対処を求めるものだった。インド共和国では今でも男尊女卑がまかり通っている。外で仕事しているのも、運転しているのも男ばかり。今日、街中で見かけたのは10対1で男。結婚相手も親が決めるらしい。婦女暴行の件を除けば、昭和30年代の社会状況に似ているように思う。デリーからアグラまで200キロ。50キロ進むと田んぼが広がる。霧と土埃にうんざりした眼に鮮やかな田んぼの緑。清々しい景色だなぁと思いきや、畦道にしゃがみ田んぼに尻を突き出して野グソしている親父。こっちにケツを向けている。デリーからアグラへ向かう幹線道路。橋の欄干に干されている牛糞(燃料用)。インドの交通事情はすさまじい。車と車の間が5cmなんて当たり前。割り込んで来て10cmでも頭を出せば勝ち。走行中はどちら側からでもクラクションを鳴らしながら追い越す。路肩の逆走も普通。車が来なければ数少ない赤信号も無視。交差点やロータリーでは混沌の渦。幹線道路の両側に集落があると右折・合流・Uターンで渋滞。路肩を通って我先に前に行こうとする車たち。信号が無くまっすぐな幹線道路もこれでは台無し。これに牛や馬や駱駝が絡む。120キロ走ると料金所。これから快適なドライブを期待したが、異なったのは有料なだけ。路面も逆走もオートリキシャがいるのも変わりません。視界100mのインドの大地に夕日が沈んで傾いていくようだ。お日様は、終日その輪郭が定かではなかった。車窓からヒンドゥー教の寺院を撮影。パチンコ店ではありません。料金所を二度通過、アグラ市内で大渋滞。19時45分ホテルGangaRatanガンガラタンに到着。あっ、やっぱりバケツと手桶だ。バスタブはあるが、栓が完全には閉まらず湯が溜まらない。結局、バスタブのなかったデリーのHotelSarthakPalaceと同じ状態に。う~湯につかりたい。デリーになかったシャンプーと石鹸。シャンプーは繋がったやつを1つ切り取ったもの。デリーよりは、まし?な部屋。ただし深夜までホテル内にインド音楽が流されていた。たぶん音をもって音を制しているのだと思う。構造のせいか他の部屋の物音がかなり聞こえていた。
2012.12.24
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リキシャの乗車体験(旅行代金に含まれている。)ということで、デリー市内を走ります。人力車からとってリキシャの呼び名になったと言われています。体験乗車は、大通りを300メートルくらい行って降り、帰りは別のリキシャを雇い乗用車まで戻るだけのもの。隣でガイドのイムランが道沿いの建物について説明してくれますが、よく分かりません。運転手さんのBossジャンパーが気になります。古着マーケットで買ったんだろうなあ。日本人が捨てていったものかなあ。運賃は交渉で決まります。行きのリキシャでは、支払いのとき運転手とイムランが言い合ってました。「もう1人乗っている奴は外国人だから、この値段じゃだめだ。●●ルピー払えよ。」「○○ルピーで乗せるって言ったじゃないですか!」たぶん、こんなことだろうと思いますが、気弱なイムランは余計に払っていたようです。リキシャはこんな構造になっています。腰を浮かせてこぎます。変速ギアはありません。帰りのリキシャとの運賃交渉では、イムランに「ジョーさん、あなたがいると高くなるからチョット離れててください。」と言われてしまいました。それでも、降りるときに運転手から多めに請求されていたようです。オートリキシャです。オートバイのエンジンを搭載しています。ちなみにインドのオートバイは日本のメーカーが現地生産したものが多く、排気量は100~200CCが一般的です。フィリピンでは同じ乗り物がトゥクトゥクと呼ばれていますね。16世紀のムガール帝国2代皇帝の霊廟、フマユーン廟。タージ・マハルの原型にしたと言われているほど見事な建物です。大理石でできた棺。床上に出ている棺はカラで、ご遺体は地下に埋葬されているそうです。イスラム様式の天井。窓。鉄製かと思ったら一枚の石版をくり抜いている。フマユーン廟からクトゥブ・ミナールへ向かう。これでデリー観光を終え、アグラまで200キロ走ることになる。14世紀ヒンドゥーに勝利したイスラム王朝が建設した高さ72.5mの塔。ヒンドゥーの様式が残る。風の谷のナウシカのぺジテの様式のようです。公衆トイレから出てきた後、イムランが番人から金をせびられていた。
2012.12.23
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8時半、☆☆☆のHotel Sarthak Palaceを出発。今日はオールド・デリー、ニューデリー市内観光の日です。午後にはタージ・マハルのあるアグラに向かいそこに宿泊します。今日も霧がひどいです。WIKIを見ると、「霧」の項に「都市化・大気汚染と霧」があり、「都市化の進行はその都市の湿度の低下、すなわち乾燥化を招くことが知られているが、乾燥化によって霧の回数が減少する例が多数確認されている。東京、大阪など多くの都市で20世紀中盤から21世紀にかけて霧日数の減少傾向が観測されている。」「また、大気汚染の影響もあり、大気汚染物質の微粒子が地表付近の凝結核となって霧の生成に寄与すると考えられている。」と書かれている。今、こんなに霧が出ているにも関わらず、路面や地面がすごく乾燥しているということは、ずいぶんと大気汚染物質が浮遊しているのでは?車内でイムランからミネラルウォーターをもらう。(1日1本ついてます)インドでは、1リットルボトルが普通です。オールド・デリー地区に入る。オールドデリーは、旧い都市でイスラムのモスクやシーク教徒の寺院があります。ニューデリーはイギリス人が隣接して造った新しい都市でヒンドゥーが多く住んでいます。大通り沿いで延々と衣類や本のマーケットが開かれています。地元の人が大勢群がっています。ラール・キラー(レッドフォート)へ向かう。入場料、インド人観光客は10ルピー、外国人観光客は200ルピーってどうですか。なんだか外国人というだけでボラれるような気がします。ラール・キラーは、ムガール帝国5代皇帝が要塞として建てた城。あやしい霧で視界不良大理石に貴石の切片を埋め込んだ装飾いたるところにリスがいます。鳩ではありません。カラスです。
2012.12.23
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この旅行は、私、客一人で、現地ガイドと運転手が付くという、お大尽旅行のような形式です。しかしながら、日本の旅行会社が予算と条件を提示して、現地旅行会社に企画させているものなので、インドの旅行会社は利潤を最大にするため、経費を努めて節約しようとしているのが見え見えです。ホテルも三つ星という与えられた条件の中で最も安いところを探し出しているのでしょう。二つ星に近い三つ星と言えるかも知れません。なぜ一人旅なのかというと、単に家内が仕事で忙しかったからに過ぎません。なぜインドなのかというと、「私、インドは行きたくないから一人で行っても良いよ。」と言われたからです。さて、朝食も済ませ8時過ぎたので、チェックアウトに向かいます。デジカメのバッテリーも充電できました。■商品名:海外旅行用変圧器 全世界で使える「ATX-30」+マルチプラグ「チコぷら」( 説明書付)セット【あす楽対応】【HLS_DU】 SS10P02dec12■レビュアー:サンタンタル城 ※投稿時■レビュー内容9日間のインド旅行で重宝しました。変圧器はしっかりした作りですし、アダプターは全世界に対応できるようです。 もっと詳しく見る成田空港で写真を撮ろうとしたら充電されていないことに気付き、慌ててSONYショップに向かい、「今写真を撮りたいのですが、このカメラのバッテリー売っていますか?」と聞くと「タイプが旧いのでありません。ですが充電器は共通で使えるのでこちらを買ってもらうしかありませんねえ。」「充電器は持ってます。今、撮りたいんですけど。」「・・・・・・」SONYユーザーのために充電のサービスくらいしてくれても良いんじゃない?SONYに対する好感度もダウン。部屋を出る前に確認。窓の開閉方式がこんなふうだから隙間風ヒューヒュー。洗面台の下はこんなふう。チェックアウト時、強面マネージャーにアンケートを書けと言われた。目の前で書かされるので書きづらい。全部GOODにチェックしてしまったが、本意ではなかった。しかし、摘要欄には「夜間、風呂の湯が供給されなかった。」とはっきり書いた。それを見たマネージャーは部下をヒンドゥー語で怒鳴りつけていた。私にはメールアドレスも書けと言うので強くNOと言った。最後に「このホテルの日本における評判がこれだ。」とトリップアドバイザーの口コミ情報を与えてやった。強面マネージャーは「Thank you」と言ったが、どうも後味が悪い。インド人とは相性が悪いのかも知れない。
2012.12.23
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携帯電話のアラームで6時に起床。外はまだ暗い。窓から外を眺めると薄暗い街灯に路肩のゴミが照らし出される。この時間、人通りが無いが、仕事をしている車が通る。静かなのは2時から5時くらいまで。車が2台すれ違えるほどの道だが、交通量がものすごい。一晩中、車、バイク、リキシャの警笛。人の声、何かの合図のような口笛がうるさい。インドの建物は夏仕様なのだろう。暖房などないし、窓には気密性がないから、夜はうるさい上にとても寒かった。クローゼットからも毛布を引っ張り出したけど、まだ寒く、Wベットサイズの毛布を折って4枚重ねにして掛けた。2人で泊まったら、毛布の奪い合いになってたかも。6時半になったら湯が出た。おお~結構熱いではないか。バケツに湯を溜めて体を洗い、シャワーを浴びる。さっぱりしました。2010年発行の「るるぶ」には、「インドでは、トイレットペーパーが備え付けられていません。ご用意を。」と書いてあるが、ちゃんと備え付けてありました。しかし、肛門を左手で洗うための水もちゃんと流れるようになっています。自力ウォッシュレットですね。という訳で、古来インドでは、左手は不浄なものとされております。 7時から朝食ということで4階レストランに向かう。部屋が4階なので同じフロアかと思っていたら、廊下の段差を1段下がるとそこが3階。階上へと階段を上ると屋上に出てしまい、あれっと思ったら、「こっちだよ。」と案内され、その片隅にレストランがありました。まだ準備中らしいのですが、ビュッフェコーナーに料理を運ぶ前に、私のために食事を用意してくれました。朝のスタッフ(食事のスタッフ?)は、とてもフレンドリーで夜の雰囲気とは大違いです。先客は1組インド人3名。サッサと食べてお出かけのようです。コーヒーもカレーもナンもなかなか美味しい。出て行くときにインド人家族4人と入れ違い。屋上で記念写真を取っていましたが、例の霧が立ちこめて視界は50メートル、景色は写りません。泊り客は結構多いようだ。
2012.12.23
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2012年12月 インド旅行を思い立ちました。12月22日、成田空港を12時に満席で離陸したエア・インディアAI307。18時30分(日本時間22時)デリー空港に着陸。片道8時間半と書いてあったが、10時間かけて到着(西行きは偏西風のせいでしょうか)駐機場からEXITまで遠いこと。端から端まで歩かされる。エア・インディアへの好感度、下降。機内では、食事用のテーブルを引き出すと汁の飛沫跡が残っていたり、収納ポケットの生地は破れていたり・・・デリー空港では、荷物が出てくるのが遅かったくらいで済み、入国審査も税関も案外すんなり。空港の建物を出ると鉄柵の向こう、案内の紙を掲げているインド人がズラリと並んでいる。「ジョーさ~ん。こっちです~」と呼ぶ声が聞こえた。おお、現地旅行会社のガイドだ。声の方向に真っ直ぐ向かうと、鉄柵で遮られる・・・。「ソッチの方から回ってくださ~い」(・・・お前が来いよ。)と思ったりする。柵を回ったところでガイドと面会。Mr.イムラン(以下敬称略)、27歳、優しい丸顔のイスラム教徒だ。空港の銀行派出所で両替。1万円で6,000ルピーだが手数料や税金を引くと5,800ルピーにしかなりません。イムランが所属する旅行会社の乗用車に乗り込み、市内のホテルに向かう。発炎筒を焚いたように煙が漂っている。「ワタシはイムランといいます。よろしくオネガイします」「こちらこそよろしく。煙がすごいですねえ」「これは霧です。ケムリじゃありません」(ホントかい。霧って幻想的でロマンチックなもんでしょ。直感的にこれって体に悪そう・・・)「昨日まで暖かかったのですが、今日から寒くなって、霧になりました」(俺のせいみたいに聞こえるのは気のせい?善意に取っても「お前は運が悪い奴だ」って聞こえる・・・)整備された道を30分くらい走るとゴチャゴチャした町中に。路肩はゴミだらけで、路面はボコボコ。霧でなく明らかに土ぼこりが舞う。暗いオレンジ色の外灯が照らす中、クラクションが溢れかえる喧騒の路上。イムランも運転手もなかなかホテルが見つからない。立っている人、屋台の売り子、リキシャの運転手にホテル・サルタック・パレスはどこだと聞いている。あっちだ、こっちだといろいろ言われ、Uターンを繰り返し、同じ道をグルグル回り、やっとのことでたどり着く。(・・・ここか。間口3間くらいしかないぞ。これじゃ分かりにくい。三つ星☆☆☆だけど大丈夫なのか?)イムランがチェックイン手続きをしてくれるが、気弱そうな風情で不安。カウンターの強面マネージャーは、私のパスポートをコピーした後、宿帳に名前とサインをしろと言う。書き終わったと思ったら、今度はイムランが私に住所や他の項目も埋めろと言う。(お客に余計なことをやらせるのかよ?それともマネージャーにいい顔したいのか?)「明日8時半に迎えに来ます。イイデスネ。」「チョット待って。Breakfastは何時から、Restaurantはどこ?」(も~気が利かないガイドだな・・・)ポーターに部屋まで案内される。インドは水が悪いからミネラルウォーターを2本頼む。すぐに持って来る。60ルピーだ。安い。500ルピー渡す。釣銭を待つ間、部屋を点検。お湯は出ない。シーツに穴が空いている。外の喧騒がうるさい。窓は気密性が無くすきま風。待てど暮らせど釣銭を持ってこない。意を決してカウンターに文句を言いに行く。強面マネージャーは私の顔を見ると「釣りがないので崩しに行った。」と自分の財布の中を見せる。(うそっぽいな・・・と思いつつ)「部屋で待ってれば良いのですか?」「ああ構わない。」しばらく待つとポーターが釣りを持ってきた。チップに50セントを渡すと、外貨の硬貨はルピーに換えられないと言う。(そうなのか・・・)1ドル札を出すのも業腹だったので、30ルピー渡してお引取り願いました。結局、シャワーは諦め、デジカメのバッテリーを充電し、明日に備えて寝ることにした。湯をためるためのバケツ。湯を浴びるための手桶がある。後で分かるが、インドの中級ホテルではポピュラー。
2012.12.22
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