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自分を信じてやれないということは、本当に寂しいことだ。僕は自分を、いざとなればやる男。最期の帳じりだけはそこそこ決める奴、と少なからず信頼していた。が、一方、肉体の方は持病があり、最近はいささか心もとない。加えて、相手の顔は浮かんでも名前が出ないことが増え、日中に強烈な睡魔に再三襲われるなど、老化する身体は、そのささやかな自分への信頼感を揺るがすものになってきている。先日、息子たちと「思ったように予定通り動けない」という現実について話し合った。疲れてできなかった、優先順位の見極めが甘かった、後でするつもりだったなど、理由は幾らもある。明日までに絶対にやり遂げないと後がないという状況など皆無の彼らに、自分のことを信頼できるか?という質問は、問いの意味すら理解しがたいものだったかも知れない。「思い通りに動けない」のは、身体に問題があるのか、意志に問題があるのかどっちかだ。どちらにしても、自分で自分を操縦コントロールできず、持て余しているということになる。問答の結論は、思いとは理想であり、本当はかなり低いところに自分の妥協点が用意してあって、最期はそれをもち出してきて「そうそう、後できっとできるから」と、自分を説得し始める。しかし、その今度はニ度とはない。次には次のまた今度が増えるだけ。大きくそれに気づくまで同じことの繰り返し…。だったような気がする。
2006年01月14日
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昨年の暮れ、雪のやり場に困って一人では持ちようもないグレーチングを開けようとし、まんまとそれを自分の足に落としてしまい、実はいまも腫れが残っている。足先がちぎれたかと思うほどの激痛だったが、丈夫な長靴のお蔭で助かった。足が痛かろうが雪は容赦なく積もり、やむなく息子たちを駆り出して雪掻きの手伝いをさせた。家を守るのに「子を使うことをやむないなどと…」当然だろ、思考回路も痛さでどうかしたかと、自分を腹ただしく感じながら。親父の足が痛かろうが、しぶしぶとして彼らは指示がないと動けない。生きる力や大人としての自覚は誠に乏しい。頭はいいのに…。結局、僕もまた長靴をはいて出陣し、彼らの先頭に立って働いた。さすがに大の男が3人がかりだと、みるみる間に庭の雪が用水へと消え、爽快だった。雪掻きも先が見えはじめると、どっと疲れがきてしまい、力が抜けたようになって雪の上に尻餅をついてしまった。次男が駆け寄ってきて僕がなんともないのを確認すると、自分も隣でどっかと雪に座った。先に立ち上がった彼に手をひっぱってもらい立ってみたら、雪の上に尻の形をした2個のベンチができていて、「でっかい尻」と言ってみんなで大笑いした。ふと僕は、女将と二人きりだった頃のことを思いだした。退屈で、監視されているようで、自分の時間がなくて、責任は重くて…。そう感じていた頃の僕は、本当に役立たずのウツケ者だった。ふがいなくても今はこの息子達の存在が、とても頼もしく感じられるのも事実。
2006年01月05日
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ここまでの人生で、多分、一番働いたであろう'05年が終わった。親友を亡くし、身体への自信も無くした一年だった。取引先の未入金も2件あり、一つは裁判を起し、もう一つは分割払いでケリをつけた。東京以外はいまだ不景気なのだと痛感させられた。さて、今年僕は年男になる。運気は2月から最高潮になるらしい。けれどさほど欲はない。オーストラリアへポスターを出品するので好評だといいな…くらい。そうそう、早いもので次男が高3になる。受験をめぐって親子の格闘必至な一年になるに違いない。じつは去年、彼はいい夢を見つけた。大学を出たらそのルックスを活かして(笑)TVのキー局のアナウンサーになりたいと家族に宣言した。勘違いはともかく、TVで彼の姿が見れるなら親としては嬉しいし、友だち達に元気を伝えることもできる。いい仕事だなぁ。どうぞ頑張れ。どうか健やかで幸せな一年をおくれますように。ここを訪問くださる皆様のお幸せもお祈りいたしております。
2006年01月04日
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