2005年11月10日
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カテゴリ: 世界と政治
  (補足追加:末尾)

 8/13か14日のNHKの番組で、靖国神社とサンフランシスコ平和条約の戦犯規定について、特集があった。
( 実は冒頭の論説委員の発言を聞いていない。推量で判断してる。
 来年の同じ時期の直前に批評をだしてやろうと思っていて、ビデオに取ってあるだけで、始めから見直せてない。ちょっとテープも埋もれてしまったし。
 しかし最近のマスコミが気になるので簡単にまとめておく。 来年確認してからこの文を書きなおすだろう。)

番組の流れ
 この冒頭で、NHKの論説委員らしき者が何か主張していた。
 次に靖国神社とサンフランシスコ条約の戦後の流れの説明があった。
 その後の2対2の議論の中で日本人は約束破りをしている、という主張(姜 尚中)と、東京裁判は不当だ(上坂冬子)とがぶつかったままで終わった。

この番組の主張 は、
「日本は独立の条件として東京裁判を受け入れたのに、日本人は約束破りをして戦犯を解放し、その信義違反の心が靖国参拝に通じている」  というものだ。
 ペテンだ。
 この番組はいろんなことが網羅されているようで、 1箇所だけが隠されていた 。
 サンフランシスコ平和条約の戦犯規定には、戦犯釈放の手続きが書かれている。こんな明確なことをうっかり見落とすはずがない。
 事実は日本は条約の手続きに従って釈放した。
東京裁判がいいいかげんで冤罪みたいに処刑された者も多かったので、日本人は数年間の懲役の後の戦犯を釈放する署名運動をした。 
 その上に、日本は条約通りの手続きで国際社会の承認の下に行ったわけだ。

( 姜 尚中は、「現在の中国は当時の中華民国を引き継いでいる」と言っていたが、これも違う。
 中華民国(現台湾)は日本との平和条約で、戦犯の問題はサンフランシスコ条約に準じるとしている。その上で戦犯釈放に異を唱えなかった。
日本が戦犯を釈放したことについて、国際社会の承認は完全に終わっている 。)

 (実質を語れば、中国大陸の人々の承認ができていないということになろうが、これも筋違いだ。
  日中国交回復のときに毛沢東は「日本のおかげで国民党に勝てた。過去をわびる必要はない。」と言った。
  毛沢東のそのりくつで済むかという問題だが、そもそも独裁共産党が国民を代表することが正しいのか。
  国共内戦の大犠牲者は無視していいなら、毛沢東の言ったように「日本のおかげ~~過去をわびる必要はない。」というのも不当でない。
  それでも個人としての恨みが残るというなら、――既に国際社会云々から離れているが(苦笑)――中国人同士が殺し合い・焦土作戦をし合った恨みを忘れていそうなのは矛盾だ。)


 そもそも 裁判とは
 元々戦犯というものの扱いは、独立したあとはその国の国内法に委ねられるというのが常識であり、ましてそれまでなかった「戦争を始めた罪」などというA級戦犯はなおさらだ。 だから「東京裁判を受け入れた」 というのも‘占領下で’と取るのが国際常識。
 サンフランシスコ条約で日本が受け入れたのは東京裁判という全体ではなく、諸判決(個人の量刑)に過ぎないのは、英語上も当時の国会答弁からも明らか。その上で条約は批准された。
 これらは番組以前からネットにある有名な議論らしいし、何年も前から国会議論にもある。この番組でこれだけ色々網羅してまとめた以上知らないはずがない。

端的に言い換える  と
 「裁判」という名を偶像的に利用して、日本の内面のモラルと外国の復讐心によって裁かれ続けることを混同した番組だ。
 「 日本だけが‘厳粛に’ 、戦争を起こした責任と罪を背負わねばならない」&「でないと日本の独立は嘘で、これは 日本の心の運命みたいなもの 」 と導いている。   (これを自虐と言わないなら謀略だ)

 この番組で重要なのは、
 「 NHKの論説委員が堂々と、「日本人は約束違反だ」と嘘をついた番組によって、日本人の内面を支配しようとしたことだ 。」


( 裏番組の読売の特集では、この省略部分は隠されなかったらしい。)


補足0 :
 8/15日頃のNHK総合特集は、毎年こういうのが多い。視聴者も見ぬいてるようだが、きちんと反論しないと騙される者から伝わって外国人が信じかねないと思う。

補足1 :
 姜 尚中という人は、政治学者だそうで、「国際政治学者」でも「法学者」でもない。 つまり 素人 だ。この番組を見て、それがよくわかった。(でなければペテン師の仲間だから)
 良心的姿勢がいかに道具に利用されるかの見本のようなものだ。

補足2 :
 日本人自身の反省を明確にしなければいけない、という議論はある。
 しかし、それが歴史学を離れて、日本だけを罪として、‘復讐心による混乱した認識に従うこと’と‘内心の反省’とを混同し、――ということならば、それは反省ではなくてただのロボット化だ。

補足3 :
 靖国神社と戦争責任がつながるという論理は奇妙なものだ。
 ならば、 民族主義 にこそ戦争責任があると言わねばなるまいに。
 戦前の世界常識では、徴兵は国が独立できる基礎だった。戦争をするのは世論だ。
 神社に責任があるという根拠は? ただ何でも相手の判断に従うというだけの犬根性に思えるが。
  ( 6月19日「靖国(改) 」  、  20日「国体神道+ 」  へ)

 戦う気持ちに色々矛盾はある。それが戦争することだ。防衛でも同じだ。とくに中国の方がその矛盾ははるかに大きいだろう。
 乱れる心を安めさせようという施設があるのは自然だ。
 それを細々ほじくるのは、未来を良くするというよりも、ありもしない‘完全に正しい戦争’でないからと日本を攻め立て、つまり国というもの――日本だけ――を解体したがっていることなのだ。 

 兵士の心を考えて靖国に反対する、などと言う人は、そのりくつをまず現在の中国に当てはめてみるべきだろう。

補足4 :
 ‘ 無条件降伏 をした’ = ‘よって国際上、連合軍は絶対者となり、独立によって日本の造物主となった’、みたいに考えるお人よしがいる。
 無条件降伏をしたそのときから、日本人は真に奴隷民族となり、のちの独立とは、内心に永遠の負債を背負うか改造されることなのだと。(内容によらず日本に自分で考える権利はないと。)
 キリスト教の造物主は、「自らを永遠の奴隷と認めたものは救いようがない」と言うだろう。
 そういう人にとって人権というものは、連合国に与えられ連合国に従うために守るだけなんだろうな。
 極めて日本人的な原始宗教感――連合国大明神を祭ってしまう――の持ち主かも。
 相手が白人でなく、お隣の東洋人だったらこんなことを思わないだろうに。
 こういう原始的良心は、近代人にとってカモだろう。

 そして国際社会がよくなるために奴隷やカモな心は何もできまい。金を出してやつあたりの種になっていれば他人の心が浄化できると、ほんとに当てにしているのか。
 そのことを見ない意見を良心的だとは思わない。

 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」というのがあるが、「瀬」とは流れのことであり、危険覚悟とわかっているその先の話だ。良心的だと認められようとして安易に当てにすることではない。


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最終更新日  2005年11月10日 19時46分38秒
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