ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2019.07.31
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カテゴリ: 社会時評
 芸人にとって「契約書なしは公正な自由競争を妨げ(競争制限)、会社側優位の状況を作り出す」というのが、スポーツ選手の移籍制限、タレント、芸人に対する現行の「雇用慣行」に対する公取委の見解、改善措置(注意)の趣旨で、目下、吉本興業に向けられているかに見える。
 しかし、この措置は個人事業主として仕事をする芸能人全体と芸能事務所全体に当てはまる問題だ。また、個人事業主として雇用側に対峙しているわれわれ大学教員にも通じる問題である。決して他人事ではない。大学では、近年、終身雇用ではない客員教授、特任○❌、特命○❌といった契約教員が増えている。彼らは、芸人同様、大学のマネジメントに参加する権利がない。
 吉本興業だけが特別に公正な競争を妨げているわけではない。スポーツ界にも同じことが当てはまり、現役を含めて引退スポーツ選手にも同じことが言える。大学がお笑い芸能機関化し、教員が芸人化している現状は別の機会に論じる。
 筆者は、現在大学の非常勤講師をしているが、雇用契約を結んでいるところとそうでないところがある。どちらがいいかは、一概には言えない微妙なところがある。
 芸能界におけるファミリーvs契約論争は当分つづくだろう。ここで頭を冷やして、働くものにとって契約とはいったい何なのか、考えて見ることも必要なのかも知れない。不動産売買における契約と、生きた人間、しかも「芸」「美」「個性」を売る「商品」をごちゃごちゃにした「契約」は、芸人さんを無機質な「商品」に変えてしまう畏れがある。
 筆者のような特殊な能力(教育歴と研究業績)を持った教育労働者としての商品も、近年のコンプライアンス、契約化の流れのなかで、無機質な商品化が進み、教育と研究の劣化が進んだことは事実だ。
 翻すようではあるが、アメリカのような自立した芸人社会では自己を「商品」と位置付け、芸を磨くことと自立した「商品」が、表裏一体の関係にあるように見える。だからマネジメント、コーチ、弁護士、税理士は自分で雇う。
 吉本騒動は、これからの芸人社会をどうするか、また個々の芸人さんがどう生きていくのかを考えていく上で、よい機会になればいいと思う。安易な批判や足の引っ張りあいからは「芸」は生まれませんよ。
 筆者は芸能人の専属契約の全文を見ていないので、伝えられることから想像するしかないのだが、芸名、先行投資、関連商品著作権等を含め、将来の期待収益も含めて独占したいからだろう。そういう意味で専属契約を「奴隷契約」という人もいる。「契約」が「奴隷契約」になるかどうかは、合意の有りように依存するのだろう。





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最終更新日  2019.07.31 16:50:59


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