草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2021年06月24日
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謂わば一点非の打ちどころがない独身男性であるから。

 叔母や明子の側から問題がなくとも、横川の方は一体明子の、どのような部分に惹かれているの

だろうか? 明子の物の考え方の狭隘さを別にして考えた場合でも、彼女はどう贔屓目に見ても、世間一

般の平凡な娘でしかないと、俺には思える。常識的に考えれば全く不釣合いな組合せであった。だから、

松村氏の喜びにも拘らず、俺は明子なんかに横川はもったいないと感じたし、二人の交際もそう長くは続

かないと考えたのだ。

 だから、四月になって明子と横川が秋に式を挙げるべく、正式に婚約したと聞かされた時には、少なか

らず吃驚したと同時に、横川に対して失望感に似たものを覚えた。

 何故ならば、自分でも気づかないうちに、横川の中に自分と近い物を感じ、彼の存在を強く意識して行



ようなものが、なぜか裏切られたように感じたのに相違なかった。「奴も、結局は世の中に大勢いる 俗

物 の一人にしか過ぎなかったわけか」、俺としたことが少々買い被り過ぎてしまった…。俺は自嘲気味

に独語して、一人苦笑いした。

 しかし、男と女の問題なんて言うやつは、こんなふうな塩梅で万事運ばれているのだなと、非常に漠然

と合点が行った様な気もした。

 春といってもまだ肌寒い、四月の雨の夜に俺は予告もなく、突然に友子の部屋を訪れた。彼女の部屋の

あるマンションの近くでタクシーを降り、公衆電話からダイヤルすると、俺の予想を裏切って、直ぐに受

話器が取られ、友子の声が聞こえてきた。友子は嬉しさを隠そうともせずに子供のように燥ぎ、一種の興

奮状態で俺を出迎えた。友子と会うのは去年の暮れ以来のことであった。

 その夜、友子に会いに行った俺の目的は友子と 別れ をする為だった。口に出してそれを言う心算だ

ったのだが、口に出してそれを言う心算の予定が狂ってしまった。とうとうそれをせずに友子の部屋を翌



 さよならを言っても言わなくても、その事自体はさして重要ではない。これから俺が友子に会わない時

間の長さが、最も確実に俺のサヨナラを友子に伝えることだろう。

 彼女にとって俺は一体何なのだろうか? 俺はただ彼女に対して純粋に男でありたいと願った。しかし

友子は俺を「男」から「夫」に変えたいと欲しだした。それは彼女の世の中に対する虚栄心以外の何物で

もなかった。結婚、俺との正式な結婚生活を夢見る友子は、紛れもなく世間一般の愚かな女だった。俺は



しかしなのだ、にも関わらず俺は彼女とは「結婚」したくない。

 それは、彼女の好きな言葉を借りれば、俺が嘗て彼女を愛したからであり、尚且つ、現在も愛し続けて

いるからなのだ。

 友子と別れるのは、二人の大切な思い出を傷つけ、壊したくないから。彼女への純粋な愛情を大切に

し、むしろ愛おしむ為である。友子よ! 我が愛しの女性よ、世間並の結婚を望むのなら、俺以外の男を

選ぶがよい。

 これが、何時いかなる場合でも、冷静に計算し、間違いなく行動する、俗物根性と、打算とを合わせて

持つ俺という男の言い分なのだ。

 六月、梅雨期に入ったせいか、二三日ジトジトした雨が降り続いて気分が晴れないでいる時に、松村氏

から俺は電話で、横川が失踪したことを聞かされた。

 横川は、いつものように会社に出掛ける様子で家をでたまま、もう二三日感も行方不明だと言う。家族

の者や友人にも、明子にも、勿論松村氏にさえも、そして、会社の誰にも何も告げずに書置きの手紙のよ

うな物さえ残さず、彼は姿を消してしまったのだ。

 俺は、ひと月ほど前に局近くの喫茶店で、横川と一時間ほど雑談する機会を持った。俺の方は書き上げ

た原稿を松村氏に渡してしまった後だったし、横川も仕事が一段落したところだと言って、局の廊下で

偶々顔を合わせた俺を、お茶に誘ったのだった。

 その折の横川は本来の彼らしく、明るく、快活で、楽しげであった。話題は自然、明子のことになっ

た。彼の明子について語る口調には、少しも浮ついた所がなく、それでいて、その内容はまさに恋する若

者のそれであった。俺はその時も、彼が明子をそんなにも強く、純粋に愛している様子を見て、実際のと

ころ戸惑ってしまった。

 「明子の、一体、何処に惚れたのですか?」、こんな俺の、悪意と皮肉を込めた嫌味な質問に対してさ

え、横川は微笑を口元に浮かべながら、穏やかに答えたものだった。

 「そうですね。惚れたというよりも、最初はむしろ同情したと言ったほうが、正しいでしょう。彼女を

よく知っている貴方だから率直に言えるのですが、同情して、そして惚れたのです。尤も今じゃあ、もう

首ったけですが、はっは、はははは……」

 俺は横川のその発言を耳にした途端にその時までどうも腑に落ちなかった彼の明子に対する、姿勢の全

てを了解できたと思った。そしてそれを、いかにも彼らしいと感じた。





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最終更新日  2021年06月24日 21時25分16秒
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