草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2025年05月02日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
ここもとでは何れ程払ったか。隠してはその方の為にならぬ、有り体に言え。

 私方へも五月四日の夜に入って、大金三両、銭壱貫文、

 その夜は何を着て参ったか。広袖の木綿袷、色は確か花色かはしっかりとは覚えていません。

  むう、よいよい、もう家に入って良い。そう言い捨てて、もと来た道を引き返し、又、新町へと。変

成男子(へんじょうなんし)の願を立て女人成仏を誓った(女子の性を変えて男子と化し、極楽往生が出

来るように仏に願をたてた)。願以此功徳平等施一切同發菩提心往生安楽國、願わくはこの功徳を以て一

切衆生に施し、同じく信心を起こして共に浄土に往生せしめ給え。

 釋妙意(お吉の戒名)、三十五日お逮夜(命日の前夜、この夜に親戚や知人が集まって追善供養を営

む)の心ざし、お同行衆(一向宗で信徒同士を呼ぶ称)寄り集まり勤めも既に終わったのだ。



なる。二十七を一期として不慮の横死(思いがけない変死)、平生の心建ては人に勝れていて、上人への

御恩徳報謝の心も深かった(宗祖親鸞上人に対する帰依信心も深かった)。この世でこそ剣難の苦しみは

あるとも未来は諸々の業苦を除き、本願往生はよも疑いは有るまい。

 この御催促(お吉の死を言う。人の死は仏が周囲の者に信心を促し勧めるためにものであるとの意から

言う)に各自が心を驚かして、いよいよ一遍の称名(一度の念仏)も悦んでお勤めなされよ。必ず嘆かせ

られるな七左殿。殺し手もそのうちに知れましょう。ただ御息女の介抱(世話)が第一です。

 先立たれたお吉殿もそれを満足となさるでしょう。そう言って教え示せば、有難く感じて涙ぐみ、さよ

うともさようとも、お吉の事は思い忘れ、これも如来の御蔭と信心堅固に喜びを重ね、行住坐臥に称名は

欠かしておりません。さりながら、末娘のおでんめはまだ二歳、乳がなくてはと不憫に感じて妻が死んだ

明くる日に金をつけて他所へ貰ってもらいました。

 姉はよく言い聞かせましたらば合点して香花が切れないようにと仏壇についてばかりいますが、のう、



終えてから素早く壁の方を向いて声を呑んで忍び泣きに泣いている。

 尤も、さこそと同行衆も、濡らさない袖はないのであった。

 折節に居間の桁梁(けたうつばり、家の外周りの柱の上に渡して受ける材。縦を桁、横を梁と言う)を

通る鼠が怪しからず(一通りではない)、蹴り立てたり蹴り掛ける煤と埃。反故(ほうぐ)をちらりと蹴

落としてから鼠の騒ぎは収まったのだ。



一分五厘とだけ、野崎参りの折りの入費の割り当て。五月三日とだけで誰から誰に宛てたものとも名宛も

ない。色こそ変わっているが所々が血に染まっている掛売金の請求書。

 不思議の物と手に取り回して、これは誰であるか見たことのある筆跡であるぞ。我らもどうやら見たこ

とがある手の風、ああ、河内屋の與兵衛、與兵衛だぞ。

 それよそれよと四五人の口も與兵衛と極まった。思い出して七左衛門、実に死んだ妻の物語で、四月十

一日に我ら夫婦が野崎詣りを致した日に、皆朱の善兵衛と刷毛の彌五郎、河内屋與兵衛の三人連れが参っ

たと噺をしていたが、その割付と決まった。お吉を殺した下手人も大方はこれで知れましぞ。

 三十五日のお逮夜に当たり鼠がこれを落としたのも亡者(もうじゃ)が知らせたのに違いない。これも

仏の御恩徳、ああ、南無阿彌陀仏とひれ伏して悦ぶ心も道理なのだ。

 気味は悪いが、その後折々に與兵衛がこの家を訪れるのも、自分が下手人だと感づかれ、噂を立てられ

るのを恐れての事ゆえ、わざとひときわ横柄に構えて何食わぬ顔をしていたのであろう。

 その折りに、河内屋の與兵衛でやすと、つっと入って来た。

 もう、三十五日のお逮夜に成りましたな。殺した奴もまだ知れず、誠に困ったことですな。しかし追っ

付け知れましょう。と、自分の口から相手にとっての辻占となるような詞を吐く。

 七左衛門は尻を引っからげて寄り棒(罪人の刃物を払い落とし、または叩き落とすなどするのに用いる

棒)おっ取って、やい、與兵衛、女房お吉をよくも殺してくれたな。おのれは此処へ縛られに来たのか。

逃れは出来ないぞと、棒を振り上げた。

 ああ、七左衛門、聊爾(りょうじ)するな(軽はずみ事をするな)。

 して、俺が殺した証拠と言うのは何だ。言うな、言うな、つべこべと言うな。野崎詣りの割り附け十匁

一分五厘と言う書付だ。所々に血も付いていておのれの手跡に間違いはない。この他に証拠などは必要な

い。同行衆、捕らえて下され。と言って、まさに掴み掛かろうとするその勢い。

 南無三寳、露見したかと急にだくつく胸の動悸、じっと抑えて苦笑い、この広い世間だから何人も似た

筆跡があったとしてもおかしくはない。野崎参りの入用は俺が一人で受け持った。割勘定をした覚えはな

い。良い年をして馬鹿な真似をするな。おのれらまでも騒いで何とするのだ。

 こうしてやるのだと、掴み付いたのを取って投げ、寄れば蹴倒し踏みこかして一世一度の力の出し場、

與兵衛は七左の棒を捻って手繰り、ひと振り振ればわっと逃げて、相手の隙を見てその場を逃げようとす

れば、そりゃ、逃がすな、と追いかけて取り巻いた。

 小庭の内を追いつ返しつ、二三度、四五度。隙を見合わせて潜り戸をぐゎらりと開け放って逃げ出し

た。門の前には、兩三人がいてどっこい捕ったと胸ぐらを掴んで捻じ据えた。

 それは検非違使の別當(ここは町奉行のこと)は大理の廳の役人である。後に続いたのは伯父の森右衛

門が声を掛けて、最前より各々が表に立ちなされて家内での一々を残らずに聞き入れられたぞよ。必ず未

練に陳ずるな。

 え、是非もなやな。世間での風説は十人中の九人がおのれを名指す。聞くたびにこの伯父の胸の内を

推量せよ。事が露見しない先に遠国に落ち延びさせるか、さもなくば自害を薦めて恥を隠してくれよう

と、新町や曽根崎の行く先々を尋ねても、跡に回り跡に回りしてしまい出会わなかったのは貴様の運の尽

き。それ、太兵衛、その袷をこれへ、これへ。

 即ち、五月四日の夜に着して出たお前の袷だ。所々に付着した染みが強張っていて大理の廳からの御不

審。只今、證跡(しょうぜき)の実否(じっぷ)、おのれの命生死二つの境目である。

 誰かいるか、酒を此処へ持って参れ、あっと答えてちろり(酒を温める金属製の具、筒形で注ぎ口と弦

がる)燗酒と鍋とを手に手に持って、さらさらさらと零し掛けたのだ。

 このような甥を持ち、弟を持って心を砕く涙の色、注がれる酒で袷の染みが見る間に血の色に変じてい

く。それも朱色の血潮だ。

 伯父と甥はあっと顔を見合わせて、詞もない。呆れ果てているばかりなのだ。

 與兵衛は覚悟の大音を上げて、一生不孝放埒の我ではあるが一紙半銭を盗んだことは遂になく、茶屋傾

城屋の払いは一年半年遅くなっても苦にはならず、新銀で壱貫匁の手形を借りて、一夜過ぎれば親の難

儀。不幸の科、勿体無い、と思うばかりが一心で外に心が廻らずに、人を殺せば人の歎き、他人の難儀と

言う事に全く気がつかないでいた。

 思えば二十年来の不孝、無法の悪業が魔王となって與兵衛の一心の眼(まなこ)を晦まして、お吉殿を

殺し金を奪ったのはこの河内屋與兵衛だ。仇の敵も、殺されたお吉殿も殺した私もともどもに仏菩薩の慈

悲の誓願によってお救いください。南無阿彌陀仏と言わせも果てずに取って敷きしぎり、縄三寸(手首と

首縄との間を三寸に締めくくる法)に締め上げれば、早くも町中が駆けつけ、駆けつけて、直ぐに引き立

て引き出した果ては、千日寺の隣にあった処刑場で処罰されて、千人が聞き、万人が聞き伝えた。その後

では萬人が残る隈もなく世の鑑(かがみ)として伝えて、君が長い世に清からぬ名を残したのであるよ。


       以上で、この作品は完結です。

 近松を論じるなどは専門家ではない私の任ではないのですが、沙翁との比較と言うか東西の劇界での大

天才を褒めたたえても、褒めたたえすぎることのない対象ですから、大いに讃えて見たいと思います。

 シェークスピアの作品が世界的に評価されて有名ですが、近松は日本でこそ今日でも鑑賞され、それ相

応の高い評価を勝ち得ているのですが、まだまだ人気が足りないように私などには感じられてなりませ

ん。日本文化が世界的に見てユニークである分、世界的に普遍的な高い評価を受ける機会に恵まれないの

でしょう。

 物語の世界で源氏物語が今や世界的に有名にはなっているのですが、それも本当の意味で正当に評価さ

れているのか私などには疑問に思われてなりませんが、近松のドラマの面白さ、凄さはまだまだ評価が足

りないと強く感じます。一人でも多くの人が、特に自分に自信が持てずに悩んでいる若者がいるのなら

ば、私は近松の言葉の素晴らしい綾取り、きらびやかな華麗なレトリックを味読して、夢幻の異世界に遊

び日頃の退屈な日常から抜け出して疲弊した魂に新鮮な息吹を吹き込む労を厭わないで貰いたいと、心底

から願わずにはいられないのです。

 人は各自の現実の世界を生きると同時に、夢や、架構の世界にも遊び、楽しむ術を弁えている。その手

立てとして近松の劇世界は格好の足がかりを与え続けていてくれる。日本人に生まれ、日本語の世界に生

きている者としてこんな素晴らしい宝の山を無視している阿呆らしさを自覚して欲しい。

 何もかも嫌になったなどと、自分を大事にせずに投げやりな怠惰な生き方を反省して、前向きで、積極

的な生き方を、その一助としても劇世界があることを、中でも近松ワールドは宇宙に冠たる素晴らしい人

情世界を眼前に展開してくれて、我々を無条件で感動させて呉れている。あとは、読者や観劇者がちょっ

とした労を厭わなければ良いだけなのだ。

 八苦の娑婆と言い、憂き世などとも言う。それだけ楽しみや快楽に飢えているわけなので、ほんの少し

の工夫や努力で現実世界が一変もする。地獄はそのままで極楽なのであり、地獄を知った者ならば極楽を

知るのは目前の事と悟り、半歩を、四半歩を踏み出す勇気を持とう。絶望を味わったならば、幸福の絶頂

を味わい知る能力を自らが身内に秘めている事実を自覚するがよい。

 兎角この世は普通には暮らしにくい。一度きりの人生、誰だって可能ならば楽しく、平穏に、周囲の

人々とも仲良く暮らしたいとは切望するもの。しかし、希望とは裏腹に現実はそうは問屋が簡単には卸し

てはくれないものだ。若いうちは虹色の将来を夢見て希望に胸をふくらませているが、誰もが容易には希

望を叶えることが出来ないのが相場だろう。

 努力なしには何事も自分のものには成し得ないが、努力したから必ず平和で愉快な日々を送ることが可

能とは誰の場合でも言えない。絶望などは、安易に希望が実現できると何とはなしに考えていた愚か者が

たどり着く一里塚でしかない。とことん己の可能性を追求している真摯さが本物なら、どの様な結果が手

に入ろうともその過程で味わった表面的には労苦と見えたものが、貴重な宝物と変じている事に驚かされ

るに相違ない。

 何もかも嫌になったから誰でもいい、人を殺したいなどと戯けた事を抜かす愚か者が少数ではあっても

後を絶たない現実を見ると、生きる事は或る種の修行であり、過去世で修行が足りずに間違ってこの世に

生まれ出てしまった気の毒な真の意味での狼狽え者もあるわけだが、私は自分の信じている信仰心で、そ

うした輩をこそ救済して、真実に幸福な社会を実現したいと念願してやまない。

 私は嘗て「四つの幸せ」と言うことを主として若い人のために提唱したことがある。四つの幸せとは、

天の配剤、地の恵み、人の和・輪、自分が自分である事、であるが、たった一人でも不幸な者がいたなら

ばその社会は真の意味で良い社会とは言えないので、社会全体が安定して自ずから幸福に満ち溢れている

極楽世界こそが理想の社会だと思うものです。

 若者は何時でも希望に溢れ、豊かな愛情に包まれている。それに自分だけが気づかずにいる場合もあろ

う。近くにいる大人が不幸そうな顔をした若者に声を掛けて、君は今幸福の真っ只中にいるのだと、諭し

て上げて貰いたい。

 一時期に、燃え尽き症候群などと言う嫌な言葉が流行した。人生に行き詰まり生きる気力を喪失して自

他に人生の魅力を感じさせなくなってしまった、ある意味で不幸な人生の落伍者の群れ。そうした人々の

挫折感や喪失感は今の私には理解できないが、私は「不幸であった時」にも充実していたし、却って幸福

を如実に感じることが出来ている。

 キリスト、勿論私が理解している範囲での彼であるが、世にも哀れで不幸者めいた最後を、人間として

のであるが、甘んじて迎えているし、光る源氏は最高の理想人間であると同時に、最悪の不幸者であった

事実を物語作者は読者にアピールしてもいる。

 私はその事実を此処でまた強調して、不十分ながら、近松論の蛇足と





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2025年05月02日 20時17分48秒
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: