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●地球鉄道(19列車市場)偶然に見つけたテレビ番組「地球鉄道」の続き。婁山関駅では駅のホームに続く畑で野菜を作っている農民と交流する。日本では見たこともないチシャというレタスの仲間やウオスン(茎レタス)を作っている。この付近は山間部なので畑が多く産物を数駅先に売りに行く行商列車がある。日本でも昔は千葉や伊豆などから東京方面に魚や野菜などを担いだ行商人が乗る列車があった翌朝、婁山関駅から2駅先の桐梓駅(とんず)に農産物を売りに行く農民に密着。かごに40㎏ほどの重い野菜を担いで車内に乗り込むと、他の車両に乗っている乗客が買いに来る。ガチョウのたまご(100円)も売っている。1車両はロングシートで公益列車として車内でも販売している。市場より半額ほどで販売しているので人気だ。残りの野菜は桐梓の市場で販売する。これを毎日繰り返している。次回は重慶、、、
2025/11/28
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●MOKANレストランARTE美術館のような家具調度品と絵画が無料展示してあるMOKAN の2階にあるイタリアンレストランARTEでランチとなった。ランチは、数品のパスタやピザ料理から選ぶ1600円コースとサラダバーが付いた2500円コースがある。こちらはドリンクメニューレストランのカウンターからは、正面に伊豆大島を眺めることができ来月の初日の出には特別入場ができる。飲み物や料理はスマホでオーダーできる。 1階にはペットが食事できるコーナーとメニューがある。●お店情報MOKAN伊豆高原 レストランARTE静岡県伊東市富戸1317-5576📞:0557-29-6847営業時間:10:00~18:00定休日:火曜日
2025/11/23
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●赤城山の東急保存車群馬県赤城山の麓の富士見総合グラウンドに向かっていると、突然道路脇に電車が現れる。元東急の車両であったデハ3499と5005+5006の3両が留置され修繕を受けている。3499号車は2010年頃から改修工事が始まっていて何度か様子を見に来ていた。すでに外装の塗装もされていたのでほぼ完成なのか。 5000系は、以前松本電鉄の新村車庫内に保存されていたが、解体されるとの事で保存会メンバーが引き取ったものだ。青ガエルが白ガエルになっていた。これが松本時代の5000系。 腐食が凄く前面の外板を張り直すほどなど大掛かりになっているようだ。張り替えた前面部分。 毎月第三日曜日に集まり修繕工事が行われている。 まだまだかかりそうだが、完成したらどこに保存展示するのだろう。続く、、、
2024/12/10
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●お弁当・お惣菜 魚むら伊豆急行線の富戸駅前に3月にオープンしたお弁当とお惣菜の店「魚むら」に立ち寄ってみた。無人駅の富戸駅。その目の前が魚むら。店内のショーケースには、富戸漁港の定置網と提携しているため新鮮な魚介類で作ったフライやコロッケ、から揚げなどのお惣菜とお弁当を販売している。店主の若夫婦は、夕方から姉妹店の食事処に移動し働いている。数点購入してみたがカリカリと揚がったフライは美味しかった。付近にはこのような店が無かったので、ハイキングをする観光客や地元の店として根付いて欲しい。●お店情報鮮魚・お惣菜・お弁当 魚むら静岡県伊東市富戸179-7電話:080-6963-1321営業時間:9:00~18:00定休日:火・水曜日
2025/06/11
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●ビッグバンド今年も楽しみにしていたジャズバンドが集結する「伊東ビッグバンドジャズフェスティバル」のライブを見に行ってきた。会場は近くの崔如琢(さいじょたく)美術館のロビーで、入場料は無料だ.余裕を持って30分前に行ったのだが、駐車場は満車状態で観客席も満員だった。キッチンカーも用意されている。二階の立見席も隙間なく入っている、こんなことは初めてだ。今回は、江戸時代の三浦按針が関わった伊東市、横須賀市、九州の臼杵市、平戸市とのつながりをテーマに行われている。伊豆半島にはライブ会場などが無く、4時間も無料でジャズが聞けるなんて最高の日なのだ.最初に演奏するのは、「ベイシー・ザ・ラストデケイト・ビッグバンド」で横浜を中心に活躍している。彼らは、演奏終了後に会場の外で打ち上げをすることが楽しみらしい。そのため後半に出演すると酔ってしまうのでいつもトップバッターである。今回ピンチヒッターで登場したドラマーはモヒカン刈りで異様だったが腕は確かだ。40分交代で横須賀からの「ジャグ・フォー・ウインズ・オーケストラ」と、地元のバンド「コッキーズ」が登場した。今回のために編成された「ブルーオーシャン7」は東京からの出演。最後の登場は、沼津からやってきた「沼津燦々ジャズオーケストラ」で、シンガーの真由美さんも入って迫力ある演奏をしてくれた。このバンドの皆さんはすべてノーギャラで毎年参加してくれている。
2025/11/16
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●ナミビア 今日の寄港地は南アフリカの西北にあるナミビア共和国である。一般的には「ナミブ砂漠」くらいしか知られていないと思う。大型バス20台ほどでツアーに出かけた。我々のツアーは珍しく添乗員が付かないので運転手の英語案内のみである。街並みはきれいすぎるほど整っていてほとんど平屋の住宅である。しかし、数分も行くとそこは砂漠地帯となって家が一軒も見当たらなくなってきた。80キロ程のスピードで一時間走っても同じ景色ばかりでナミブ砂漠の広大さを目の当たりにした。道路と並行して単線の線路が見えてきたが列車は一本も見られなかった。観光列車がここに止まり砂漠の山登りを体験させるようだ。途中砂丘の山に昇ることになった。わずか30mほどの砂丘の頂上にたどり着くのがこんなに大変なものか思い知らされた。心臓はドキドキ、足はガクガク、暑くて汗は出る。砂で滑って昇れないなど皆苦労していた。集合時間の都合で頂上では写真を撮ったらすぐ降りてきた。その後は、砂漠に生える不思議な植物ウィルウイッチアを観察した。1cm成長するのに100年かかるような植物で地中に大きな根を張っているそうだ。オスとメスの株があり花や実のような物が付いていた。葉は昆布のような形をしていた。その根元には赤や黄色のカメムシが沢山住んでいた。近くの砂の穴にはマングースの巣と思われる穴があった。有名な観光地だろうに売店やトイレ設備もなく知らないと通り過ぎてしまう場所だ。スタッフが大きなダンボールを持ってきた意味がわかった。「WC」と書かれこれを持って少し離れたところで女性がトイレをしていた。 大昔の川の跡がミニキャニオンとなっている風景を見学した。ムーンランドスケープという場所で「猿の惑星」の撮影が行われたところだ。砂漠の国をほんの少し見たが、実際にはこの奥に数百キロと続く砂漠があると思うと広大さがわかる。今回のツアーは、昼食は付いていないので海岸べりの街、スワコブムンドまで行って各自食事をとった。この街はドイツの植民地時代に作られたそうで、法律で4階以上は建てられないようだ。今までのアフリカの街並みと違い全てが新しい造りとなっている。USドルが使えないとのことで現地通貨を持っていない人は食事もできないと大騒ぎだったが実際は使えたようだ。路上には、肌に赤土を刷り込んだヒンバ族の一団がお土産を打っているが、カメラを向けるとお金を要求してきた。 ビーチの近くの博物館に入ってみた。充実した内容で久々見ごたえがあった。中でも昔の鉄道で使用した用具やSLを2台背中合わせに重連で使用していた模型など興味深いものがあった。もう少し時間があれば駅に行ってみたかった。この駅を発着する豪華列車(デザートトレイン)が時々運転しているようだ。タクシーで近くのウォルビスベイ駅まで行ってみた。大きな駅ではあったが駅員は女性が一人のみで、営業している様子もない。機関車の音がするのでホームに入れてもらうと一台のディーゼル機関車が貨車の入れ替えをしていた。駅内には出札窓口はあるが時刻表らしきものは無い。尋ねてみると明日の七時まで列車は無いとのことだった。他の国同様旅客用の線路ではなく貨物のための鉄道のようだ。駅前にはガラス張りの中に昔のSLが一台飾ってあった。このSLはイギリスのKerr、Stuart and Company1899年に製造された652号機で1950年までナミビアのウォルビスベイのドックで働いていた。
2019/01/28
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●タイに初のキハ40JR東日本はタイに初めてキハ40系を20両譲渡した。ネットより譲渡されたのは最近まで五能線などで使用していた車両で、秋田車両センターからキハ40形、キハ48形となった。これにより、JR東日本エリアではキハ40形と48形は観光列車の「リゾートしらかみ」や「びゅうコースター風っこ」、「越し乃Shu*Kura」を除き消滅となった。これからはタイで会うことができる。新潟東港からタイのレムチャバン港に向けて輸送されるのだろう。現在タイの鉄道では、電化区間が少なく多くはディーゼル機関車牽引の客車列車と、イギリス、韓国、日本製などの気動車で運転されている。中国製の客車。自国での車両製作は無いので、新車は中国からの導入が多くなっている。最近は、JR北海道から特急型のキハ183系が譲渡され観光列車として活躍している。ネットより。工事列車で譲渡された北海道からのDD51。しかし、以前譲渡された車両はいずれも中古車なので14系客車やキハ58などは田舎の側線に放置されボロボロになっているのがある。倉庫として利用されている。東北旅行をした時のキハ40.五能線や男鹿線のキハ40.磐越西線用。
2024/04/07
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●京王3000系高崎の自動車販売店に事務所として使用されているのが、京王電鉄井の頭線で活躍していた3000系の中間車デハ3063号車だ。先頭車ではないので一瞬どこの車両か気が付かないほどである。3000系は1962年から東急車輛で145両製造され、現在は第二の人生として地方私鉄に譲渡され活躍している。ここには2004年に来たようだ。続く・・・
2019/06/16
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●木遊館 伊豆高原駅やまもプラザ2Fのフロアーに無料休憩所「木遊館」なる不思議な部屋がある。大型の木工製品が見えるところから、ちょっと値段がお高い家具屋さんかと思い、誰もがもう一度入り口を見ると無料休憩所と書いてあるので安心して入ってみる。オリジナル手作り家具展示販売とあるが、店員も誰も居ない。これは河津にある「天城カントリー工房」が、天城の木を使って手作りした家具やオブジェで、これを見て気に入ったら問い合わせてくださいということらしい。こんなシャンデリアいいですね、いくらするのかな。これは韮山の世界遺産「反射炉」ですね。スカイツリーもある。
2022/01/16
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●小田急ロマンスカーミュージアム(HiSE・RSE車)海老名駅のすぐ横の「小田急ロマンスカーミュージアム」に来ている。これも最近まで走っていた10000形HiSEと20000形RSEで、全く古い感じはしない。ここから型番が万の位になる。●10000形HiSE10000形HiSEは、1987年(昭和62年)に日本車輌と川崎重工で11両4編成が製造された。小田急60周年記念で登場したこの車両の特徴は、客室を高床化したことだが後にバリアフリーの時代になり次期VSEの登場と共に早めに引退となった。車歴はまだ18年と若かったが、一部の車両は長野電鉄に譲渡され1000系となった。この部分が連接台車の構造です。このような仕組みのため、検査のために切り離すときはクレーンで持ち上げなければならない。この部分から二階の運転室に忍び込む。小田急線からは2012年に引退した。長野電鉄を走る「ゆけむり号」は、4両編成2本で小田急時代の雰囲気を保っている。●20000形RSEこの車両は、小田急とJR東海の御殿場線相互乗入れのために1990年に日本車輌と川崎重工により7両編成2本が製造された。同じくJR東海では371系を製造し相互に乗入れ運転となった。御殿場線のJR東海371系は新宿まで乗り入れた。そのため、連接構造や二階運転席、前面展望室は採用されていない。その代わり、中間にグリーン車にあたる二階建て車両が組み込まれ一階はセミコンパートメントになっている。二階の室内。階段を降りて1階へ。半個室タイプ。基本は特急「あさぎり」だが、団体列車で身延線の富士宮まで足を伸ばしたこともある。1階からはホーム面と同じ高さ。御殿場線を走行中の20000形は沼津まで。小田急からの引退は2012年3月となり、富士急行に譲渡され8000系「フジサン特急」として活躍している。元JR東海371系は8500系「富士山ビュー特急」となっている。同じ御殿場線を走っていた仲間が、現在は富士山麓の反対側である富士急行線で第二の活躍となっている。これでミュージアムの車両紹介は終了です。ロマンスカーって何種類あるのでしょう。現役の車両を含めると10種類もありました。30000形EXE今年で引退となる50000形VSEネットより貫通扉があり地下鉄にも乗り入れる60000形MSE最新型70000形GSE次はどんなロマンスカーが登場するのでしょう。続く・・・
2023/10/03
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●四安料理 唐屋(たんうー)5月に行われた「五月祭」でお邪魔した「唐屋」はレストランも営業しているが、その時は予約していなかったので食事はできなかった。今回も予約はしていなかったが、空いているかも知れないと思って行ってみたが、やはり予約メニュー以外は対応できないものの数点ならOKとのことだった。ホール担当は日本人だが、厨房の料理人は中国からのご夫婦だった。料理は中国陝西省西安の家庭料理で、本格的な味が楽しめそうだ。料理の特徴はビャンビャン麺、灌湯包(ガンタンパオ)という小籠包と肉夹馍(ロウジャアモウ)のハンバーガー的な物、水餃子が有名だ。 ランチも7種類ほどあり中国茶と前菜2種などが付く。「ビャンビャン麺」と「スープ餃子セット」をオーダーする。辛さも選べるので心配ない。ビャンビャン麺はきしめんの数倍も幅広の平べったい麺で、香辛料と熱したピーナッツ油をかけトウガラシや香草がのっている。ちなみに、ディナーコースは5,000円だ。同じ建物でペンションも経営して海外からのインバウンドも受け入れている。お店情報中国四安料理 唐屋(たんうー)静岡県伊東市八幡野1251-13📞:080-4841-3042営業時間:11:30~17:00定休日:火・水曜日
2025/08/23
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●伊勢崎華蔵寺公園の特急電車両毛線の伊勢崎駅から2㎞ほどのところに、遊園地の華蔵寺公園がある。ここには以前C6120号機が展示保存されていたのだが、2014年からはこの後に特急型183系電車の先頭車が保存されている。クハ183-1529号車は1978年川崎重工製、上越線の特急「とき」でクハ183-1029として活躍していたが、その後ATC搭載改造され千葉地区に配転となりクハ183-1529になり2014年に引退となった。車内は一部のシートは撤去されているが、冷房も使用でき運転席も解放されていた。ここは遊園地だが入場料は無料なので助かった。ジェットコースタやメリーゴーランドとともに豆汽車も運転されている。車種はボールドウイン型(朝日テック製)バッテリー駆動、軌間600㎜で1周370mを走っている。乗車料金は70円と格安だ。続く・・・
2019/06/17
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●リニア・鉄道館(10 EF58) 鉄道ファンには一番の人気となっている通称「ゴハチ」は、EF58157号機だ。茶色の塗装で「チャガマ」とも呼ばれている。The most popular name for railroad fans, the so-called "Gohachi," is EF58157.1957年三菱重工(製造番号976)製の直流電気機関車で、下関地区で活躍後浜松に戻り飯田線のイベント列車や運転体験などにも使われた。In 1957, it was a DC electric locomotive made by Mitsubishi Heavy Industries (serial number 976). After playing an active part in the Shimonoseki area, it returned to Hamamatsu and was used for event trains and driving experiences on the Iida Line.2010年に青色から茶色に塗装された。It was painted from blue to brown in 2010.お召列車牽引機として有名なEF5861号機は、E655系の専用車両の登場により客車列車の出番はなくなり、現在も保留保管となっている。The EF5861 machine, which is famous as a royal train traction machine, is still on hold because passenger trains are no longer in play due to the appearance of E655 series dedicated cars.ED112は1922年にアメリカのジェネラル・エレクトリック社アルコから2両輸入した電気機関車で、東海道線の電化に合わせて使用され、中央線や伊東線で活躍後1960年から浜松工場の入替機となった。The ED112 is an electric locomotive imported from General Electric Company Arco of the United States in 1922, used in conjunction with the electrification of the Tokaido Line, and became a replacement machine for the Hamamatsu Factory from 1960 after being active on the Chuo Line and Ito Line. It was.1号機は西武鉄道で保存されている。Unit 1 is preserved by Seibu Railway.ED182号機は1955年ED1716を種車にして改造され飯田線で貨物牽引機として活躍した。The ED182 was remodeled in 1955 using the ED1716 as a seed car and was active as a cargo towing machine on the Iida Line.一旦廃車となったが1992年復活し、飯田線での「トロッコファミリー号」の牽引機として2005年まで活躍した。Although it was once scrapped, it was revived in 1992 and was active until 2005 as a traction machine for the "Trocco Family" on the Iida Line.続く・・・
2020/10/26
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●電車館閉店?以前ブログでお知らせした伊豆急熱川駅前にできた模型電車が運転できる喫茶店「ゆけむり電車館」が閉店するとオーナーからメールが来た。先月伺った時に、「やりたいことがあるので、どなたか営業を引き受けてくれないか」との相談は受けていたのだが。喫茶コーナーの方は引継ぎができているようだが、2年がかりでようやく作り上げた大型ジオラマレイアウト(1,5m✕3,5m)をオークションに出しているとのこと。コントローラーで2列車が運転できる精巧な作りとなっている。模型店や子供向けの公共施設には最高だが。店内の備品や「業務用焼き芋器」とジオラマ造りに買い集めたストラクチャーなどは安く譲るそうだ。
2024/11/08
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●老舗のそば店・成木屋伊東市内のひぐらし会館に行く前にランチをしようと長崎チャンポンがある店に行ったら休業だった。仕方なく少し離れたそば屋に行ってみると、そこは店が無くなり向かい側に新店舗として移転したようで入口には長い列ができていた。すると、すぐ隣にもそば屋さんがある。時間も無いので入ってみた。少し古風で昭和時代を感じさせる店構えの「成木屋 岡支店」さんだ。店内には主人が書いたのか、達筆なメニューにはたくさんのそばやうどん、丼ものがある。しかも安い。かけそば650円から天ぷら定食1,200円とこの時代になっても値上げしていない。メニューの裏には「小」と書かれているのを見ていると、量が少なくても良いシニアさん用に用意されているとか。これも安いので小どんぶりと小そばを食べる人も多いとか。トロロそばと鴨南そばを注文したが、美味しかった。男性親子で切り盛りしていて、この地で70年以上のとのこと。使っている材料は、信州戸隠そばで細めだ。新潟出身のオーナーは、熱海の本店からの暖簾分けで伊東に出店したとのこと。昔の話を聞く良いチャンスなので当時のこの付近や交通の様子を伺ってみた。店内に飾ってある蕎麦猪口は新潟時代の物で骨董価値もありそうだ。店先にはコンクリートの金魚鉢があり、その下にはソバを挽いたであろう石臼が敷いてある。 ●お店情報戸隠そば成木屋 岡支店静岡県伊東市桜木町2-4-13📞:0557-37-3767営業時間:11:00~19:30定休日:木曜日
2025/11/26
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16回目の台湾の旅! これまで台湾にはツアーなどを含め15回訪れている。そのほとんどは鉄道乗り歩きの旅だったため、主な街の様子や観光施設へはまだまだ行ったことがないのであった。今回は台湾の東海岸線をSLが走るというチャンスに合わせて、花蓮や台東方面と台北北部の観光地を訪ねることにした。 今回の飛行機は初めての「ピーチ(PEACH)」を使ってみる。PCで空席見始めると毎日のように値段が違うではないか。SLの運転日と近い日を当たっていくと最安の片道8,800円が目に入ってきた。ただし、羽田発ではあるが5:55なのでチェックインは早朝の4時、帰りは深夜1:05到着なのだ。ようするに利用しにくい時間帯のフライトだから格安なのだろう。 ●桃園空港線MRT初乗車你好、、、、5:55に飛び立ち8:30に台湾桃園空港に到着した。台湾との時差はプラス1時間なので時計を合わせて入国審査場に向かう。今回は入国カードを用紙記入ではなく事前にPCで申請をしてあるので係員には「オンライン」と告げるだけでいいのだ。空港内で両替と携帯シムカード(7日間で500元)と交通系のカード「悠遊卡EASYCARD」に1000元をチャージをして地下鉄(MRT)に向かう。今日の両替レートは0.2716で1万円が2,716TWD(台湾ドル)になる。 ここからの列車(MRT)は最近(2017年)に開業したばかりで、51.3kmあり今回初の乗車となる。台北から桃園空港を通り、以前乗り損ねた林口線跡から環北まで通るようだ。台北市内に出るのにこれまでは高速道路を利用したバスやタクシーのみだったが便利になった。5両編成の列車は日本の川崎重工製だが国内で製造されているようだ。車内にはWi-fiのほかに座席のテーブルには携帯充電装置が付いている。日本より進んでいるのには驚きである。 台北駅までは34.7kで160元(583円)、各停と快速があり所要時間は30分ほどである。地下ホームから出るとすぐに地上になるが街並みはすぐに終わり、深い山と谷の間を通る路線になってくる。 大都市台北の近くにこんな場所があるのだ。山間部を過ぎると、まだまだ開発途中の街並みが多く広い空き地が多い。いよいよ遠くには台北のシンボル「台北101」が見えてきた。 台北の駅では日本で予約した特急列車の指定席を交換する。プリントした予約表とパスポートを見せて無事に2本の列車をゲットした。 改札付近では鉄道写真が展示されていた。1887年に清朝によって台湾初の鉄道路線として基隆~新竹までの建設が開始された。日本統治時代の1908(明治41)年に従貫線が開業してから110周年として開催された写真展である。今日のホテルは駅から数分の場所で「ホテルM」という良いホテルだった。チェックイン後に近くの博物館を見学に行ったが、何とこの二二八記念公園の中には保存機関車があるではないか。1871年イギリス製のA3型7号機と1887年ドイツ製の1型1号機だ。説明板とともに全体がガラス張りの中に大事に展示されている。特に7号機は日本の新橋~横浜間で使用していた10両中の1両で、台湾では最古のSLとして貴重な車輛となっている。日本にも同型機が重要文化財として鉄道博物館や明治村、青梅鉄道公園に保存されている。その夜に旧台北駅があったところを見るために出かけた。大きな正方形の台北駅の西側には道を挟んで先ほど空港から乗ってきたMRTの駅がある。こうしてみると300mほど離れているのだが台北駅の地下は在来線、新幹線、地下街があり乗入できなかったようだ。1989年からは現在の駅舎になり列車は地下化された。台鐵のホームは2面5線、高鐵(新幹線)は2面4線)となっている。旧駅舎跡は駅の北西側にひっそりとある「後火車懐旧広場」に1両の日本製キハ07型と似た車両が保存されていた。後に調べるとここの乗り入れていた旧淡水線の車両をイメージし、展示用にDR2000形をベースに先頭部分を改造したものらしいと判明した。鉄道列車のことを日本では汽車というが台湾では火車と言い、自動車を汽車という。ちなみにバイクは機車である。駅正面に回るとここにも保存車が展示されている。旧花東線で活躍していたSL「LDK58」と「LDR2000」が綺麗に手入れされている。夜はライトアップされていた。 今夜のホテルは台北駅前の「Mホテル」である。また明日・・・・
2018/11/28
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●モルディブ・マーレいつの間にか船はストップし停泊している。海賊対策でカーテンをしているので、明かりが入ってこないため外の明るさがわからなかったのだ。日本語の地図を頂いたけどなぜか「「男性の”マップ」と書いてある?他のパンフレットを見ても翻訳が変な日本語がある。パソコンで翻訳したミスなのだろか。 船の周りには島全体がビルでできている首都マーレの街と、反対側には空港があるフルレ島や、鉄塔が立っている島など小さな島がたくさん見えてきた。空港島から小型の水上飛行機が頻繁に離着陸している。着岸する港がないので近くに錨泊し15人乗りの高速ボートや50人乗りのはしけ「ドーニ」で街に渡すことになる。マーレは小さな島で降りたところが大統領桟橋と言って観光地になっている。四人ごとにタクシーに分乗して目的地を廻ることになった。あまりにも小さい島なのでバスが無いのだ。多くの中型日本車が走っているが、道が狭く接触事故は日常的なのか、どの車も両サイドに多くのキズがある。車を大事にしている人はどうしているのか心配だ。 また、多くのバイクが走っており信号もないので横断するのに大変である。いや、実際信号機はあるが点灯していない。タクシーにはメーターが無く両サイドにはタクシーの文字が張ってあるのみで、常に無線で同僚と連絡している。 国立博物館に寄るが歴史が浅いためか、生活資料館程度の内容であった。 ホテルのレストランでモルディブ料理のバイキングを食べたが、インド料理的で辛い香辛料の料理が多かった。 今回は特別に島内を一周してくれるようだが小さい島なので10分ほどで一周してしまった。港近くには野菜や魚類の市場であったが、狭く小さな店がひしめき合い、暑さと匂いと大変不衛生的で大丈夫かなと思えるようなところだった。 カツオがとれる所で、日本の鰹節と同じものが取引されていた。凄い匂いだ。生の魚は希望により頭や内臓をとり販売していた。しかし、綺麗なサンゴ礁の島で売っているのにこの市場付近はごみが一杯で環境は最悪に思えた。続く・・・
2019/03/22
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●スイッチバックの富士岡駅2002年に誕生した「長泉なめり駅」を過ぎて裾野駅に到着する。明治22年の開業当時のこの駅には跨線橋に古いレールが使用されている。当時の御殿場線は複線で、勾配がきつかったので所々の駅ではスイッチバック設備があったのだ。その面影が残っている岩波駅と富士岡駅なので富士岡駅で降りてみる。ホームから線路際に小高いスロープが見えるこれがスイッチバックの丘だろう。訪れる人が多いのか駅員が地図を渡してくれた。住宅地の小道を踏切に向かってゆくと草は多いが富士山を眺める公園のようになっている「富士見台」である。暫く地元の方とお話をしてみた。すぐ下を走る列車の屋根が覗けるので勾配を感じるところだ。沿線のいたる所に以前複線だった形跡や、鉄橋の橋げた部分には煉瓦積が確認される。この付近はどの場所でも富士山が大きく見える場所だ。以前この付近で特急あさぎりを撮ったことがある。続く・・・
2019/04/12
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●青森のトワイライトエクスプレスここで少し寝台列車が運転されていたときの青森駅の夜の様子をお伝えしょう。21:20にトワイライトエクスプレスが入線して来た。牽引機は函館でDD51から交代したED794号機の電気機関車だ。ここでは再び機関車の交代となる。今度はトワイライト専用機のEF81103号機となった。ED79にはヘッドマークが無かったがEF81には付いている。隣のホームには大舘行きの最終列車が出発して行った。トワイライトの乗客はこの駅では乗降できないので連結シーンを見ることはできない。21:53に出発し奥羽本線―羽越本線―信越本線―北陸本線―東海道本線を経由して翌朝の12:53に大阪駅に到着するのだ。この列車も2016年3月に運転終了となり、その車両は京都の鉄道博物館に保存されている。また、トワイライトの名前は翌年にデビューした新型列車「TWILIGHT EXPRESS瑞風」に受け継がれている。続く・・・・
2020/08/13
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●南伊東駅(Minami-Ito)駅めぐりとして伊豆半島の東海岸線を走るJR伊東線と伊豆急行線の駅めぐりをご紹介します。Introducing the station tours of the JR Ito Line and the Izukyuko Line, which run on the east coast line of the Izu Peninsula.外観は開業時と同じです。The appearance is the same as when it opened.伊豆急行線の路線は伊東駅から伊豆急下田駅の45.7㎞であるが、伊東駅はJR東日本の駅で伊豆急行は運転関係や営業関係などを業務委託している。The Izukyu Line runs from Ito Station to Izukyu-Shimoda Station, which is 45.7 km, but Ito Station is a JR East station, and Izukyu outsources operations and sales.従って次の南伊東駅からが伊豆急の駅となっている。Therefore, the next station from Minami-Itou Station is Izukyu Station.伊東駅を下田に向かって出発すると最初の踏切があり、その手前にJR東日本と伊豆急行との境界標識があるのだが気が付かない場所だ。When you leave Ito Station toward Shimoda, there is the first railroad crossing, and in front of it there is a boundary sign between JR East and Izukyu, but it is a place you do not notice.伊東から数か所のトンネルと踏切を通り2㎞で南伊東駅に到着する。From Ito, you will arrive at Minami-Ito Station in 2 km through several tunnels and railroad crossings.駅の基本データは1961年12月10日(昭和36年)開業、伊東起点2㎞、標高16m、Wi-Fi、冷暖房付の待合室、コインロッカーあり、出札窓口1か所、自動券売機1台、ICカード入出場機、ICカードチャージ機、トイレ、飲料自販機がある。The basic data of the station is Opened on December 10, 1961 (Showa 36), Ito starting point 2 km, altitude 16 m, Wi-Fi, waiting room with air conditioning, coin locker, 1 ticket window, 1 automatic ticket vending machine, IC card entry / exit machine , IC card charging machine, toilet, beverage vending machine.駅前にはタクシー会社がある。There is a taxi company in front of the station.職員は日中有人であるが昼食と夕食時に窓口は閉められる。The staff is manned during the day, but the window is closed at lunch and dinner.温泉場である伊東の住宅街として開けており、伊東市民病院や伊東温泉競輪場、奥野ダムの他、家電量販店やホームセンターが集まっている。It is open as a residential area of Ito, which is a hot spring resort, and is home to Ito Municipal Hospital, Ito Onsen Bicycle Racetrack, Okuno Dam, as well as home electronics stores and home improvement stores.現在の出札口は一カ所であるが、競輪が盛んな頃には5~6カ所の出札口があり応援の駅員が来るなど活気があった駅である。Currently, there is only one ticket gate, but when bicycle racing was popular, there were 5 to 6 ticket gates, and it was a lively station with support station staff.競輪はネットによる車券投票もできることや無料の送迎バスが運行されているので列車利用は少なくなっている。As for bicycle races, train use is decreasing because you can vote for tickets online and there is a free shuttle bus. ホームは階段を登った高架の島式ホーム(両側に線路を挟んだ島状のホームのこと)で、1面2線となっている。The platform is an elevated island platform (an island-shaped platform with railroad tracks on both sides) that climbs the stairs and has two lines on one side.海側の1番線は直線となっているので特急などの通過電車が使用する。Line 1 on the sea side is a straight line, so it is used by passing trains such as limited express trains.乗降人員は三島や小田原などへの通勤通学と病院や買い物客が主である。The number of passengers getting on and off is mainly commuting to Mishima and Odawara, hospitals and shoppers.続いてこの区間からの「全線ウォーク」の内容を交互にアップします。Next, the contents of the "All Line Walk" from this section will be uploaded alternately.続く・・・・
2021/01/23
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●がんばれ185系(横帯塗装編) 東北新幹線の終点だった大宮から上野間の「新幹線リレー号」に使用された200番台は東北新幹線200系に合わせた緑色横帯となっていた。The 200 series used for the "Shinkansen Relay" between Omiya and Ueno, which was the end point of the Tohoku Shinkansen, was a green horizontal band that matched the Tohoku Shinkansen 200 series. 高崎地区に配置され新特急「あかぎ・草津・谷川」に使用された。It was placed in the Takasaki area and used for the new limited express "Akagi / Kusatsu / Tanigawa". 1987年からは新前橋から伊豆急下田まで直通の特急「モントレー踊り子」が運転された。From 1987, the limited express "Monterey Odoriko" was operated from Shin-Maebashi to Izukyu-Shimoda. ヘッドマーク内にMが入っている。There is an M in the head mark. 続く・・・
2021/02/11
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●どんつく祭り(1)稲取温泉で天下の奇祭と言われる第54回「どんつく祭り」が5年ぶりに行われた。この祭りは、二千年とも言われる古い歴史があり、夫婦和合と子孫繁栄、昔赤痢が流行ったころには無病息災を願い小さなご神体を持ち歩き女性に「ドンと突く」ことから「どんつく祭り」となっている。実際に弥生時代の遺跡から「石棒」なるものが近辺から出土したという。伊豆三大奇祭(湯ヶ島妙徳寺の東司まつり・伊東尻つみ祭り)の一つで、昭和41年から観光的行事として始まったのだが、53回目の2018年を最後にその行事は途絶えてしまったのだ。以前は、6月の地元だけの祭りとして素戔嗚神社の祭りと、観光的に芸者など女性が担ぐ「神輿」パレード夏祭りの二回行われていた。また、招福面の手ぬぐいを鼻まで被って踊る「しょうふく面踊り」も2013年ころまで行われていたが少子化などで途絶えてしまった。これにより、最盛期には7000人もの観光客を集めたが、その後は減少気味になってきたこと、もう一つの理由が内容が内容だけに、「性器崇拝祭り」という見出しに対しポスターやチラシで一般に告知することが難しくなってきた。子供達を追いかけるシーンなどもあり、これが昨今のセクハラだとしてマスコミなどに対しクレームがあるなども影響している。確かに昔はひどかったこともあったようで、「おめんさん」という赤と青の面を付けた20才(今は年齢制限はない)になったばかりの男性が泥酔した状態で各家庭の中に土足で上がって小さなご神体で女性の下半身を突く、ホテルの風呂場にも入り込む、逃げ惑う観光客が海に落ちてしまったことや、駅で停車中の列車内に乗り込んだりして驚かされたことなどもあった。本来は、足が不自由ならその部分を突いてもらうなど病気退散の意味もあるので、今でも年配の方は手を合わせながら進んで突いてもらう。祭の会場は、稲取温泉のホテル旅館が建ち並ぶ広い駐車場にステージが組まれ、周囲にはお祭りを盛り上げる屋台が並んでいる。チョコバナナもこんな形。途中には、2基のご神体があり最も大きい新ご神木は「どんつく祭り50周年」を記念して作られた物で、長さ4.2メートル、直径80センチ、総重量2.2トンを誇る。真剣にご神体を拝んでいる。小さいご神体はお神輿用で、通常は岬の上にある「どんつく神社」に奉納されている。19:00になるとステージで神事が行われる。夕闇が迫ってくると祭りが始まる。主催者が「ふざけた祭りじゃないので、、、」と説明している。大きなご神体を担いだお神輿が入り、青面と赤面、神主がそろい全員で礼拝する。これから町内を練り歩く。近隣在住のテレビ、新聞などのマスコミもたくさん来ている。続く・・・
2023/10/05
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