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●京王3000系高崎の自動車販売店に事務所として使用されているのが、京王電鉄井の頭線で活躍していた3000系の中間車デハ3063号車だ。先頭車ではないので一瞬どこの車両か気が付かないほどである。3000系は1962年から東急車輛で145両製造され、現在は第二の人生として地方私鉄に譲渡され活躍している。ここには2004年に来たようだ。続く・・・
2019/06/16
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御殿場線乗り歩記●沼津から御殿場線熱海からローカル列車浜松行きに乗車する。昔は東京からの長距離直通列車が多かったが、近年は沼津止まりが数本あるのみで、ほとんどは熱海乗換で静岡や浜松で再び乗り換える方式となっている。乗車した車両はJR東海所属の211系3両と313系3両が連結された6両編成である。JR東日本エリアにはグリーン車が連結されているがこのエリアは普通車両のみである。早朝であることもあり車内の乗車率は5割ほど、三島や沼津方面の学校や会社に通う通勤通学の人々が主である。観光客と思われる乗客は熱海駅から新幹線に乗り換えてしまうようだ。早速、丹那トンネルに突入だ。1934年に多数の犠牲者を出しながらも全長7804㎞のトンネルが完成し、それまで御殿場線経由だった東海道本線が相当の時間短縮となった。今日はその御殿場線を訪ねてみよう。沼津駅からJR東海313系3両に乗換え旅が始まる。二つ目の下土狩駅に降りてみる。この駅は1898年に初代三島駅として誕生し、現在の伊豆箱根鉄道の全身である豆相鉄道の発着駅であったのでその雰囲気を感じてみよう。駅前にはその当時を描いた説明看板が建っている。駅前のコミュニティセンタに入ってみるとその当時の写真パネルを見せてくれた。ホームから沼津方面を見ると豆相鉄道の駅があったと思われるスペースが残っている。続く・・・
2019/04/11
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●伊豆急にマルタイ函南駅に留置されていた1995年の08₋16SHマルチプルタイタンパー通称マルタイが7月1日の甲種輸送で沼津〜川崎貨物〜伊東まで運転された。写真はネットより借用9862列車がEF210₋361+マルタイで下りはEF65-2083が牽引した。伊東から伊豆高原までは8000系で輸送したのだろう。このマルタイはJR東海が2007年3月に導入されたオーストリアプラッサー&トイラー社製の保線用重機で、丹那トンネルを中心に使用されたが現在は09型に変更されている。この爪で砂利の突き固めを行うので100人力だ。JR東海より譲渡された伊豆高原駅構内の08型来宮駅に留置の09型
2025/07/10
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●南伊東駅(Minami-Ito)駅めぐりとして伊豆半島の東海岸線を走るJR伊東線と伊豆急行線の駅めぐりをご紹介します。Introducing the station tours of the JR Ito Line and the Izukyuko Line, which run on the east coast line of the Izu Peninsula.外観は開業時と同じです。The appearance is the same as when it opened.伊豆急行線の路線は伊東駅から伊豆急下田駅の45.7㎞であるが、伊東駅はJR東日本の駅で伊豆急行は運転関係や営業関係などを業務委託している。The Izukyu Line runs from Ito Station to Izukyu-Shimoda Station, which is 45.7 km, but Ito Station is a JR East station, and Izukyu outsources operations and sales.従って次の南伊東駅からが伊豆急の駅となっている。Therefore, the next station from Minami-Itou Station is Izukyu Station.伊東駅を下田に向かって出発すると最初の踏切があり、その手前にJR東日本と伊豆急行との境界標識があるのだが気が付かない場所だ。When you leave Ito Station toward Shimoda, there is the first railroad crossing, and in front of it there is a boundary sign between JR East and Izukyu, but it is a place you do not notice.伊東から数か所のトンネルと踏切を通り2㎞で南伊東駅に到着する。From Ito, you will arrive at Minami-Ito Station in 2 km through several tunnels and railroad crossings.駅の基本データは1961年12月10日(昭和36年)開業、伊東起点2㎞、標高16m、Wi-Fi、冷暖房付の待合室、コインロッカーあり、出札窓口1か所、自動券売機1台、ICカード入出場機、ICカードチャージ機、トイレ、飲料自販機がある。The basic data of the station is Opened on December 10, 1961 (Showa 36), Ito starting point 2 km, altitude 16 m, Wi-Fi, waiting room with air conditioning, coin locker, 1 ticket window, 1 automatic ticket vending machine, IC card entry / exit machine , IC card charging machine, toilet, beverage vending machine.駅前にはタクシー会社がある。There is a taxi company in front of the station.職員は日中有人であるが昼食と夕食時に窓口は閉められる。The staff is manned during the day, but the window is closed at lunch and dinner.温泉場である伊東の住宅街として開けており、伊東市民病院や伊東温泉競輪場、奥野ダムの他、家電量販店やホームセンターが集まっている。It is open as a residential area of Ito, which is a hot spring resort, and is home to Ito Municipal Hospital, Ito Onsen Bicycle Racetrack, Okuno Dam, as well as home electronics stores and home improvement stores.現在の出札口は一カ所であるが、競輪が盛んな頃には5~6カ所の出札口があり応援の駅員が来るなど活気があった駅である。Currently, there is only one ticket gate, but when bicycle racing was popular, there were 5 to 6 ticket gates, and it was a lively station with support station staff.競輪はネットによる車券投票もできることや無料の送迎バスが運行されているので列車利用は少なくなっている。As for bicycle races, train use is decreasing because you can vote for tickets online and there is a free shuttle bus. ホームは階段を登った高架の島式ホーム(両側に線路を挟んだ島状のホームのこと)で、1面2線となっている。The platform is an elevated island platform (an island-shaped platform with railroad tracks on both sides) that climbs the stairs and has two lines on one side.海側の1番線は直線となっているので特急などの通過電車が使用する。Line 1 on the sea side is a straight line, so it is used by passing trains such as limited express trains.乗降人員は三島や小田原などへの通勤通学と病院や買い物客が主である。The number of passengers getting on and off is mainly commuting to Mishima and Odawara, hospitals and shoppers.続いてこの区間からの「全線ウォーク」の内容を交互にアップします。Next, the contents of the "All Line Walk" from this section will be uploaded alternately.続く・・・・
2021/01/23
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●カレー店オープン家の近くにインドカレー店「クベル」がオープンした。場所は国道135号線「伊豆ぐらんぱる公園」の前で、以前は喫茶店があったところだ。郵便ポストにDMが入っていたので気にはなっていたのだが。ちょうどランチタイムだったので、50席ほどある店内はほぼ満席だった。多くのメニューの中から「1カレーセット」にした。好みのカレーとサラダ、ナンかライスが付いて930円からだ。取り合えずチキンカレーにナンを付けてマンゴーラッシーをオーダーした。厨房ではインドからやってきた調理人4人が忙しく動いている。ヒンドウー教の神様「ガネーシャ」大きなナンもカレーも日本人好みで大変美味しかった。オープン割引で20%Offとなった。お店情報インドレストラン クベル静岡県伊東市富戸1038-12☏ 0557-52-6603営業時間:11:00〜20:30定休日:水曜日
2024/11/06
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●お弁当・お惣菜 魚むら伊豆急行線の富戸駅前に3月にオープンしたお弁当とお惣菜の店「魚むら」に立ち寄ってみた。無人駅の富戸駅。その目の前が魚むら。店内のショーケースには、富戸漁港の定置網と提携しているため新鮮な魚介類で作ったフライやコロッケ、から揚げなどのお惣菜とお弁当を販売している。店主の若夫婦は、夕方から姉妹店の食事処に移動し働いている。数点購入してみたがカリカリと揚がったフライは美味しかった。付近にはこのような店が無かったので、ハイキングをする観光客や地元の店として根付いて欲しい。●お店情報鮮魚・お惣菜・お弁当 魚むら静岡県伊東市富戸179-7電話:080-6963-1321営業時間:9:00~18:00定休日:火・水曜日
2025/06/11
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●地球鉄道(18 5路線)偶然に見つけたテレビ番組で「地球鉄道」がある。NHKBS放送で、東南アジアのシンガポールからタイ〜中国〜中央アジアを経てヨーロッパのジブラルタル海峡までの25,000㎞と長ーい鉄道旅を俳優の中山卓也が案内する旅番組なのだ。途中数回を見逃してしまったけど、今回は18回目の前半の模様を紹介したい。 今回はすでに中国奥地まで入り込み、貴州から350㎞の旅となる。中国の朝はどこに行っても太極拳で始まる。日本ならラジオ体操のようなものだ。東貴陽駅付近の高台からは5本の鉄道を見ることができる珍しい場所があると言う。太極拳の場所で撮影をしていた中国の鉄ちゃんカメラマンに案内されてお立ち台に行く。貴陽駅で5本の路線が交わるのだが、この場所からは一つの山から5路線のトンネルを眺めることができる。ドローンを飛ばして全体を見渡すと。ちょうど両方から列車がやってきた。列車は高速用の新型車両ばかりだった。こんな場所が日本にあったら大騒ぎになるだろう。ここからCR400AF型に乗車し、カルスト台地の世界遺産・茘波(れいは)へ向かう。中国の若者も観光地への情報はスマホらしい。茘波駅は2023年に開通した貴南高速鉄道の新駅で、地元ヤオ族の民家をモデルに作られてた3面6線の大きな駅である。近くには、カルストと水の楽園「茘波小七孔」があり一大観光地となっている。小七孔とは、清の時代(1835年)に建設された橋に水を通すため穴が7個開いていることに由来している。東京ドーム1000個ほどの広さがある世界遺産である。続く、、、
2025/11/17
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●クラフトの森毎年秋に行われている作品展「クラフトの森」が25日から27日さくらの里で開催された。少し不安定な天候だが、午後には晴れ間が出てきた。約120店のテントでは手芸や木工、ガラス工芸、陶芸など多彩なクラフト作品が並んでいるので見て歩くだけでも楽しい。石の舞台では華道家によるお花の展示。これも作品?今回の特別参加は、廃ジーンズを加工した作品展示だった。案内人会による大室山めぐりにも参加できる。
2026/09/26
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●七堵機務段(2)会議室でこの車両基地で取り扱っている内容の説明があった。区内は多くのピット線があり修理が行われている風景が見学できた。富士フイルム FUJIFILM X-T2-B ミラーレス一眼カメラ 18-55mmレンズキット ブラック [ズームレンズ][FXT2LKB]教育訓練の場所には列車のシミュレーターで運転操作を訓練することも体験させてくれた。続く・・・・
2019/10/22
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●青森のトワイライトエクスプレスここで少し寝台列車が運転されていたときの青森駅の夜の様子をお伝えしょう。21:20にトワイライトエクスプレスが入線して来た。牽引機は函館でDD51から交代したED794号機の電気機関車だ。ここでは再び機関車の交代となる。今度はトワイライト専用機のEF81103号機となった。ED79にはヘッドマークが無かったがEF81には付いている。隣のホームには大舘行きの最終列車が出発して行った。トワイライトの乗客はこの駅では乗降できないので連結シーンを見ることはできない。21:53に出発し奥羽本線―羽越本線―信越本線―北陸本線―東海道本線を経由して翌朝の12:53に大阪駅に到着するのだ。この列車も2016年3月に運転終了となり、その車両は京都の鉄道博物館に保存されている。また、トワイライトの名前は翌年にデビューした新型列車「TWILIGHT EXPRESS瑞風」に受け継がれている。続く・・・・
2020/08/13
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●電車館閉店?以前ブログでお知らせした伊豆急熱川駅前にできた模型電車が運転できる喫茶店「ゆけむり電車館」が閉店するとオーナーからメールが来た。先月伺った時に、「やりたいことがあるので、どなたか営業を引き受けてくれないか」との相談は受けていたのだが。喫茶コーナーの方は引継ぎができているようだが、2年がかりでようやく作り上げた大型ジオラマレイアウト(1,5m✕3,5m)をオークションに出しているとのこと。コントローラーで2列車が運転できる精巧な作りとなっている。模型店や子供向けの公共施設には最高だが。店内の備品や「業務用焼き芋器」とジオラマ造りに買い集めたストラクチャーなどは安く譲るそうだ。
2024/11/08
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●Ocean Breeze伊東駅前の商店街アーケードを歩いていると新しいそうな店が目に入った。昨年末に開店したオーシャンブリーズという店なのだが、何の店なのだろかと思い入ってみた。メニューがあるので見てみるとコーヒーやビールの飲み物と牛丼、カレーなどもあるようだ。話を聞いていると、オーナーは最近アメリカから帰国した方でアメリカ国立衛生研究所に勤めていた。持ち寄った本で図書室にしたい。伊東の街が元気がないので本や音楽、インバウンドの観光客に対する英会話などの手助けを目的にしているとのこと。今夜は娘さんがピアノライブをやるとのことだ。オーナーからコンブ茶をご馳走していただいたが、これは日本の昆布茶ではなく韓国の発酵した飲み物で少し酸っぱい味がした。韓国の人気グループであるBTSがCMをしているようだ。お店情報Ocean Breeze静岡県伊東市松川町4-16📞080-3595-0555営業期間:11:00~21:00営業日:金・土・日曜日
2026/01/08
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●クラフトの森毎年行われている「クラフトの森」が3日間開催された。朝夕に雨がちらついたが、秋空が戻り約100店のテントがはられ木工細工や手芸、陶器など手作りの作品が展示販売されていた。ススキの葉でバッタを作ってる。今回は事務局の友人からの依頼もあり各店舗の写真撮影をすることになった。レーザープリンターで希望の文字を掘っている。ぶらぶらと眺め歩いていると、中には興味をそそられる作品があり立ち止まって見いってしまう。石の舞台で生け花アート。
2023/10/07
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●伊豆急8000系TB-2廃車?伊豆急の主力車両になっている8000系の一部編成が運用離脱となった。運用離脱となったTB-2編成(8002+8102+8151)。伊豆高原で休むTA-7とTB-2。8000系は、伊豆急2100系や200系(元JR115系)の置き換え用として東急電鉄より譲渡されたもので、2004年から普通列車として45両が運用していた。時にはスッピン車両と出会える。車内はロングシートとボックスシート、トイレが増設されワンマン運転対応となっている。車体外観は伊豆急色であるハワイアンブルーにラッピングされている。川奈駅のTB-2。ジオパークや台湾バージョンもある。台湾 麻吉號(まじか)。ジオパークトレイン。無ラッピングとなっている編成は、団体列車に使われ赤帯や歌舞伎風、インドネシア風に装飾され1日限りの運転となっている。赤帯のTA-2とTA-7.歌舞伎カラーのTA-7.インドネシアカラーのTA-7.当初は2両編成と4両編成であったがのちに3両編成に変更となった。熱海行直通列車は伊豆高原駅で増結や分割を行う。すでに、TB-3の3両は廃車となっている。今回は、離脱した無ラッピングのTB-2編成を東急線で伊豆急色にラッピングされて運転されていた「伊豆の夏号」を再現する撮影会となる。8500系でラッピングされた「伊豆の夏号」2012年田園都市線鷺沼駅。撮影会は本日で参加費1万円で行われる。
2025/12/20
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●五月祭(デコぬりえ)伊豆高原駅近くのテディーベアの前の自宅で開催してるのが「デコぬりえ」という珍しい技法だった。千葉と伊豆の二拠点生活をしながら教室と制作をこなしている。本来はぬりえ作家YUNさんだったが、これを進化させて塗り絵の周囲に立体感のあるデコレーションをするなど新しい手法を考案した。室内にはたくさんの代表作が展示されている。これは「かわいい系」の新ジャンルなのか。
2026/05/25
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●伊豆を駆け抜けた車両(伊豆急ED2511)伊豆急開業当時の貨物輸送などには100系電車が使用されていたが、旅客増により車両不足となり牽引機が必要となった。毎日、伊東ー稲取ー下田間を貨物列車や工事列車で活躍していたED2511。1963年に国鉄広島から中古電気機関車を譲り受け貨物輸送や夜間工事列車の牽引機として活躍していた。レール運搬列車。鉄道省時代の1944年(昭和),日本車輛·東洋電機製で、豊川鉄道がデキ54として発注されたが戦時買収のため国鉄飯田線となりED301となった40トン電気機関車である。構内入れ替え中。下田の貨物基地で。1961年改番のためナンバープレートを裏返してED2511とペンキ書きされていた。レトロな運転室。 時には、客車踊り子号の入換やお召し列車1号編成の入換なども経験したが伊豆急の貨物輸送も終了となり、1994年さよなら運転をした。お召し用1号編成の入れ替え。2100系ロイヤルボックスの新車回送。晩年はここが定位置となっていた。1995年に東急長津田工場の無車籍入換機として譲渡された。車番もED301になりエメラルドグリーンに塗装された。しかし、ここでも入換機のアント登場により2009年に廃車解体となった。
2026/06/06
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●帆船日本丸二世今日のカメラ朝練は伊東沖に停泊している帆船「日本丸二世」の撮影だ。厚い雲のため朝日は望めないが、朝焼けの中に帆船が浮かび上がってきた。この船は、航海練習船として1984年に住友重工浦賀工場で建造された大型帆船で、海王丸と共に2代目となっている。全長110.09m、幅13.80m、喫水6.57m、総トン数2570トンで、搭載人員は190名。通常はディーゼルエンジンで航行するが、高さ43.5mの4本のマストに36枚の帆を張り、風を受けて航行するのが帆船だ。帆を上げた状態は素晴らしい。 江戸時代この地で帆船を造った三浦按針とニアミス。今回は、実習生を乗せて操船、運用、投錨、帆の訓練などをしながら徳島の小松島港から母港の東京に向かう途中の24日に到着し、伊東沖に数日停泊となった。近くには、自衛隊の潜水艦救難艦の「ちよだ」も停泊している。先日の按針祭に招へいした帆船「みらいへ」は台風の影響で中止となったが、今回は珍客のお出ましとなった。
2026/08/28
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●河津桜満開の栖足寺境内開花状況を見学して人気のお寺になっている「栖足寺(せいそくじ)」に行ってきた。このお寺は1319年鎌倉時代に開山した禅寺。臨済宗建長寺派で、「かっぱ寺」として有名でいたるところに河童のモチーフが飾ってある。猫も頭にカッパの皿が!河童伝説とは近くの川に住んでいた河童は川遊びに来ている子供にいたずらをするとしておそれられ、村人が捕えようと追いかけるとこの寺の井戸に逃げ込んでお坊さんに助けられ、お礼に瓶を置いて行ったという話だ。河童像は渋谷の忠犬ハチ公を造った安藤氏の作品だ。相当年季の入った自転車。これは河童が逃げ隠れた井戸で、中には小石があり持ち帰ると水難除けになるとか。その隣には河童に追いかけられた馬がビックリして跳びはねた時の「ひずめ」の跡がある石だ。
2020/02/21
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●今日から五月祭例年行われている伊豆高原「五月祭」がスタートした。今回で3回目の参加となる。昨年は28番だったが今年は33番となった。参加者が多くなり全体で71カ所となった。我が「Studio72」の1階は世界の鉄道と題した写真展で、路面電車も展示します。カーテンを開くと、、、楽器の体験できます。2階のコレクションコーナーには、昔乗り歩きで買い求めてきた硬券入場券を展示し希望者には「難読駅名クイズ」を用意しています。友人とのコラボコーナーには油絵を展示。希望者には松ぼっくりをプレゼント。来場者カードもあります。開催日は5月24日まで(12,19日は休刊日)。10:30~15:00までですお待ちしております。
2026/04/29
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●伊香保の路面電車帰りがけに伊香保温泉の階段を上ってみる。足がふらついて少しボケてしまったかな。伊香保温泉の入り口「峠の公園」に昭和31年まで活躍していた路面電車(東武伊香保軌道線)のデハ27号の車両が展示されている。2014年に作られた復刻版のようだが、個人所有だった車体に豊橋鉄道のモハ301の台車や、横浜市電の部品を使用している。車内には当時の写真が展示されている。この鉄道は、1890年に馬車鉄道から始まり、1927年から東武鉄道となり前橋と高崎から渋川―伊香保を結ぶ総延長48㎞、停留所73か所で伊香保温泉への輸送を担っていた。途中には最急こう配57.1パーミルもありスイッチバックなどで登山鉄道の雰囲気もあった。温泉場を見学し温泉まんじゅうを食べてみる。続く・・・
2019/06/08
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●江原真二朗 訃報私が初めて見た映画俳優が「江原真二朗」だった。先日のニュースで85歳で亡くなったとのこと。この機会に昔を思い出してしまった。まだ小学生の頃に、生まれ故郷の小さな駅で、映画のロケ隊が沢山来ていたので面白がって毎日見に行っていたことがあった。駅の外の臨時改札口に陣取り見学していると、大型のSLが入ってきて撮影準備が行われていた。そこにいた主演俳優は「江原真二郎さん」だということと、スリップしたSLの車輪に砂を撒くシーンを撮影するらしいとのことだけ聞かされた。この事は大人になってからも覚えていて、あの時撮影した映画を一度見てみたいと思い続けていた。最近になり、ネットで江原真二郎のサイトを色々検索していると、1958年東映制作の「裸の太陽」という題名であることがわかった。題名から少しエロチックな映画かなとは思ったが、さっそくAmazonでビデオを取り寄せてみた。ストーリーは、国鉄に勤める蒸気機関車のカマ焚きの青年(江原真二郎)が主人公で、よくある職場での事件や恋愛を描いたものだ。設定の峯山機関区は実は郡山機関区で、所属C59182(1961年廃車)の機関車の走行撮影は白川付近で行われた。まだ3等車がある時代だ。見学していたのは磐越東線夏井駅で、ここから隣の川前駅までの間には勾配区間があり何度もスリップして戻ってきたことがあった。このシーンは複線ですから常磐線ですね。彼女の勤める紡績工場。ある日、本番者が休んだため公休出勤した主人公は、D6058号車牽引の貨物列車(平行き)に乗り込むが、急坂の途中で何度も止まってしまう。仕方なく、バケツに砂を入れ機関車の先頭に移動して腹ばいになり手でレールの上に砂撒きをするシーンだった。今にも止まりそうだったがトンネルを過ぎて下り勾配になる。当時の磐越東線の主力だったD60型蒸気機関車牽引の列車には、我々家族が通勤や通学で利用していた懐かしい機関車だ。この58号機は、後に郡山から九州にわたり1972年に廃車となった。共演は丘さとみ、仲代達也、後に妻となった中原ひとみ。第9回ベルリン国際で上映された。全編モノクロ映画なので蒸気機関車の雰囲気は良く出ている。我が家の保存版である。この時のロケを見ていたので現在まで映像に興味が出たのかも。
2022/12/12
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●五月祭(アトリエ菊屋)以前は「切絵館」があったところで、今回はジーンズ生地を加工した造形を展示している。玄関にも素晴らしい時計がある。オーナーの息子さんで造形大学生の石川さんが、廃棄されたジーンズを使い魚介類や作品「SDJEANs」 をはじめ、学友たちとのグループ展となっている。廃棄されたジーンズを使っているのでまさにSDGs。スリッパにもオリジナルデザインが。
2026/05/24
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●りんがふらんか(モロッコ)伊豆高原の城ケ崎文化資料館(りんがふらんか)では「旅するモロッコ展」が開催されている。青の街シャウエン。モロッコノ伝統料理を作るタジン鍋。沼津でモロッコ料理店を営む新宮さんがモロッコの衣食住や見どころを紹介している。サハラ砂漠の砂。これも伝統的な民族衣装ジュラバとカフタン。
2026/09/23
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●熱海軽便鉄道熱海の駅が新しくなった。これに合わせて駅前広場も整備された。これは改装前の駅舎以前は駅前広場に噴湯がありその傍に明治40年から大正10年まで入っていた小型のSLが保存されていた。新駅ビルは3階建ての飲食店や土産物店がはいるリッパな駅になり、熱海を訪れるお客様も多く復活熱海として話題となっている。この機関車は商店街の入り口に再展示されているが、小田原から熱海の間(25.3㎞)を走っていた軽便鉄道の7号機関車で、関東大震災の被害により運転は中止され、現役後は鷹取工場に引き取られ教習用となっていた。ゆかりのある機関車として熱海市が払い下げを願い出たものだ。前身は豆相人車鉄道といってレール上の小さな客車(6名程度)を数人の車夫が押していた時代があった。客車も3種類の等級があり他の鉄道運賃に比べると相当高額であったので庶民の利用ではなく、温泉の保養地である熱海に行く有名作家などが利用していた。この区間は勾配が多く坂道では乗客が降りて後押しさせられたことや頻繁に脱線したようだ。 1907年からは雨宮製作所又は池貝鉄工所製と思われるSLに変わったが、線路状態が良くなかったことから低重心型の変わったスタイルのSLとなっている。後に雨宮敬次郎が設立した大日本軌道が買収した。1923年の関東大震災で破壊されるまで細々と続いていた。当時の熱海駅は町中の「大江戸温泉ホテル」(以前は南明ホテル)の場所で玄関に記念碑がある。また、投機界の魔王といわれた雨宮敬次郎の墓は来宮駅近くの熱海梅園内にある。1976年に準鉄道記念物となっている。 隣の湯河原のお菓子屋さんの店先には当時の人車で使われた客車のレプリカが展示されている。「人車もなか」を買い車内の撮影をお願いした。その山奥の椿寺には当時のレールがポイント付で残っているとの事で訪ねてみたが留守だったので写真はネットから拝借した。熱海にはもう一つ面白い遺構がある。駅前の熱海第一ビルの地下には非公開だがモノレール駅ホームが残っているという。これは熱海駅と港近くの熱海ロープウエイ2.1㎞を結ぶ3両編成の跨座式であったが、途中トンネル掘削により温泉源に影響する可能性があることや資金源の問題で中止となった。
2019/04/08
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●サハリン鉄道改軌終了 以前、サハリン鉄道旅行のブログでお伝えしましたが、当時工事中であった線路幅を日本式の1067㎜からロシアの1520㎜に変更する工事がこの度終了したとニュースで知りました。As I mentioned earlier on the Sakhalin Railway Travel Blog, I learned from the news that the work to change the track width under construction from Japanese style 1067 mm to Russian style 1520 mm has been completed.画像はネットより サハリンの鉄道は旅客輸送より貨物輸送がメインなので、ロシア本土から貨車をフェリーで輸送して来て、積み替えることなくサハリン島内に輸送できることを目的としていたのだ。Since Sakhalin Railway mainly transports freight rather than passengers, the aim was to transport freight cars from mainland Russia by ferry and transport them to Sakhalin Island without transshipment.工事は2003年から始まり、三線軌条用のPC(コンクリート)枕木に敷き直すことと、トンネルや橋梁の改修工事も並行して進められていた。Construction began in 2003, and re-laying on PC (concrete) sleepers for dual gauge and repair work for tunnels and bridges were underway in parallel. 旅客輸送密度が低いため1日10時間の運休や3か月間の運休をすることは日常的で、臨時の航空機やバス代行で対応していたようだ。Due to the low passenger transportation density, it is common to suspend operations for 10 hours a day or for 3 months, and it seems that temporary aircraft and bus services were used.貨物列車が走らないローカル線のソコル~ブイコフ間は廃線となった。The local line between Sokol and Buikov, where freight trains do not run, has been discontinued.また、この期間中に使用するために三線軌間可変動力台車のTG16Mディーゼル機関車が新製されたが、問題個所や工事の進捗が早くなったので5両のみとなった。In addition, the TG16M diesel locomotive, which is a three-line variable gauge power bogie, was newly manufactured for use during this period, but there were only five cars due to problems and the progress of construction was accelerated.代わりにT3M18AM形ディーゼル機関車が6両登場した。Instead, six T3M18AM diesel locomotives have appeared.このため富士重工製のA2気動車や2M62形も離脱となった。For this reason, the A2 diesel railcar made by Fuji Heavy Industries and the 2M62 type were also withdrawn.客車は台車を入れ替えれば使用できることなので使用していることだろう。Passenger cars can be used by replacing the dolly, so they are probably using it.ユジノサハリンスク駅構内に停まっていた日本製のD51蒸気機関車は駅横の博物館にでも移されキハ58と肩を並べていると思われる。The Japanese-made D51 steam locomotive that was parked inside Yuzhno-Sakhalinsk station is thought to have been moved to the museum next to the station and is on par with Kiha 58.日本統治時代からの鉄道施設や車両がついに淘汰されてしまうのだ。Railway facilities and rolling stock from the Japanese colonial era are finally eliminated.サハリン鉄道旅行の様子は2018年11月22日からのブログを参照してください。Railway facilities and rolling stock from the Japanese colonial era are finally eliminated.
2020/11/18
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●五月祭 前田えみ子アートギャラリー少し伊豆高原からは外れるが今回初参加となった前田えみ子アートギャラリーだ。荻地区の入り組んだ細い道を登ってゆくと、頂上付近に大きな建物があった。日頃は有料(300円)のギャラリーなのだが、今回の五月祭では無料で拝見できる。玄関口にも多くの陶芸や絵画が展示してある。大型の絵など600点とは驚きだ。この階は大きなホールになっており、グランドピアノもありコンサートができそうだ。以前はロシアの歌姫エカテリーナさんのコンサートも行われた。絵の材料も油絵や布を使った物、金属板を使ったものなど表現は多彩だ。ここは図書室か。建物は鉄筋コンクリート造りの5階建てで、各階の通路や部屋にところ狭しと絵画が展示されている。以前は保養所などだったのだろうか男女別のトイレやお風呂がある。高台なので海や天城山が一望できる。肝心の作家なのだがオーナーの奥様で、海外での制作活動をして伊東に移住し「池田20世紀美術館」でも発表会を最後に他界した。
2025/05/10
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●AIで写真カラー化昔、北海道などに行ってSLの写真をたくさん撮った白黒写真がある。右上のモノクロ写真がカラーになった。これが現代になりいとも簡単にカラー化することができる。梅小路機関区のSL.パソコンで白黒写真をAIにアップし指示をするだけですぐにカラー写真になるので感動ものだ。北海道のSL達。蒸気機関車などはモノクロ写真の方が味があるのだが、カラーで見るのも良いものだ。これは若いころに北海道旅行した時の写真だが、顔写真は似ていない時もある。しかし、AIでも時々迷ってしまうこともある。これは153系の車両だが、的確に指示しないとスカ色になったり全体が1色になったりすることがある。退色したカラー写真も復活させてくれる。これは最高の出来だった。
2026/09/22
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●SLの思い出(北海道 C58型1)C57型とともに人気なのがC58型(シゴハチ)である。D51の動輪は4対だがC型の動輪は3対なのでスマートな胴体となっている。全長18275㎜、自重102t、最高速度85km/hなのでローカル線での活躍が多かった。 ・C58型(33号機)1938年10月、川崎車輛兵庫で製造№1996として製造し、門司地区直方区に配置された。その後は若松や熊本、大分や四国の高松で活躍後、1967年に北海道に渡った。燃料補給が終わり入れ替えをしている。釧路や五稜郭で活躍、デフを交換しJNRマークが付いた。釧路から北見を経て1975年廃車となる。網走行きスハネフ12の客車だった。現在は、北海道清里町羽衣公園に屋根付きで保存中。続く・・・
2023/05/07
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