戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年01月29日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
今回は引き続き、先帝祭について。



そもそも安徳天皇の御命日は、旧暦で3月24日。
それが、明治5年に旧暦から新暦への移行が布告され、
歴代天皇の命日もすべて新暦にあらためられた。
そこで、安徳天皇については現在の5月2日へと移行された。

ところが、下関では様々な行事は昭和20~30年代1ヶ月遅れで行われていたため、
政府の布告はそれはそれとして、昭和59年までの先帝祭は慣例通り
3月24日から1ヶ月ずらした4月24日に行われていたんだと。


先帝祭は大切に執り行われてきた。
(戦後にはなかなかそうもいかなくなり、だんだんと営業する店なども
増えてきた。)


そして昭和60年(1985)。

壇ノ浦の戦いが1185年だから、この年は没後800年にあたる。

大きな節目の年だしね、この時は勅使まで出るということになったが、
公式な命日は5月2日だから、勅使は
「5月2日でないと行かれないし~」
てな話になってしまったんだと。


さて、困った。
5月の1~3日は亀山八幡宮で五穀祭もあるので、重ならないように


そこで関係各者様で色々話し合った結果、
思い切って お亀さんの八丁踊り とかと一緒にして、
大きなお祭りとして盛り上げようじゃないかということになって
今の海峡まつりが出来上がったんだと。


一大イベントね。

しかし、そうは決まっても、長いこと先帝祭を行ってきた
4月24日に全くなにもしないってのも・・・
てことで、表千家にお伺いを立ててみたところ、
偶然にも家元の年間行事の中で4月24日があいていたので、
それからは家元のトップ3が交代(家元は5年に1度)で赤間神宮へ詣でて
献茶式を行うことになったんだと。

これが先帝祭に先立って行われる、「先帝祭献茶式」の始まり。


本当に下関の人々によって、大事に歴史が受け継がれてきたんだなあ~
ってのが、この一事だけでもわかるよね。

何も知らなくても、その華やかさで楽しめる(本当は楽しむものじゃないけど)祭礼。
だけど、その裏にはものすごい歴史が秘められてる。



それにしても、800年間・・・
現在も、宮中では手厚い供養をしているようで、なんとゆーのか・・・

現職の帝で非業の死を遂げた人は、祟峻天皇と安徳天皇しか知らんのだけど、
大阪・天王寺に行った時、たまたま祟峻天皇を祀っている堀越神社を
見かけたんだよね。

堀越神社
 (大阪・堀越神社)


由緒も風格もある神社ではあったんだけど、まあ、はっきり言って、
赤間神宮とは規模が違う。


祟峻天皇の弑逆されたのが592年、
御霊(ごりょう)信仰が明確化されるのが平安頃というから、
時代の差ですかねえ・・・

「からいたでびゅー」 にも少し書いたけど、
名だたる怨霊の方々を祀る京都・上御霊神社なんかはさすがに
赤間神宮と同じように、現在も引き続き天皇家・宮家の行啓があるようだけどね。

けど、安徳天皇と条件的に同じなのは、
やっぱり祟峻天皇じゃないのかな~と思っちゃうので、
言葉は悪いけど、扱いの差にどうも違和感を感じちゃうんだよな~。

いや、そんなに知られてないだけで、堀越神社にも
何らかの勅使とかのお渡りはあるんでしょうけど・・・

この違和感は他にもあって、それはまた後の日記で・・・



さて、拝殿の脇には、なにやら塔が建っている。


 【水天供養塔

  安徳天皇は御位のまま御入水され、水天皇・水天宮と申し上げます。
  吾が国民は天皇の御守護のもと、斯く永らへ安心して瞑黙も出来ます。
  同時に亦国民同胞の中に、或は海難に水難にと、幾多の水歿者の方々は
  即ち水天皇さまの御膝元に冥りたく、此の石塔の台石下に幾多の小石に
  名を留めて納められています。
  人は名を留むる事に安心を得るもので、即ち是を水天供養塔と申します。

  一、昭和二十年五月三日建立
  一、今次大戦中水歿者霊位】(現地解説板より。句読点は戦国ジジイが追加)

水天皇、か・・・
やっぱり現職のまま、ってところがキーポイントなのかなあ・・・


この塔の奥に小さなお宮があって、何気にのぞいてみると、

「七盛宮」

って書いてある。

な・・・
七盛って、七盛って、
七盛塚の七盛だよね~!!

間近に見たいのだけど、拝殿の脇の通路は
祈祷してもらう人の入り口までしか行かれないようになっていて、
「関係者以外立ち入り禁止」と書いてあるので、お宮の前まで行かれない

本殿に立ち入る訳じゃなくて、宮を見るだけだからいいじゃん!
とか思うものの、モラリストな私は律儀にギリギリのところから
目をこらして見るだけにしておいた(笑)。


七盛宮の御祭神は、平家一門。

とても小さなお宮で、本殿の脇の少し奥まったところにあるので、
立ち寄る人はいなかった。
そもそも、そこまで行けないようになってたし。

これは摂社だよな・・・
摂社というのは、メインの神社の神様と縁の深い神を祀った神社のこと。

安徳天皇は平家の血をひいているので、ゆかりどころの話じゃない。

しっかし、このお宮、一体いつから祀られてるんだろう・・・
七盛宮を採り上げている観光サイトや旅行記などは実に少ないので、
このお宮の由来はわからない。
『赤間神宮』にすら書いてないし。

平家の最後は朝敵みたいな形になっちゃった訳だから、
滅亡後しばらくの間は、神としては祀れないような気がするけど・・・

まあ、そうは言っても、例えば東照大権現様のように
ステータスが上がっての最終形態として神になったわけじゃないでしょうけどね。
怨霊鎮め的側面だよね。
おそらく。


しばしその場にたたずんで、ボケ~と宮を眺める。
あ~、真ん前まで行って手を合わせたい・・・

そんな風に静かに萌えてる後ろで、通り過ぎていくおばちゃん達が

「奥、行った?」

「墓でしょ?行った行った~」

と賑やかに会話してて、現実に引き戻された。
「軽いノリだな~」
と思って笑っちゃったけど、そんなもんでいいのさ。

墓だとわかっててわざわざ立ち寄ってくれて、
手を合わせてくれたのならそれでいい。

多くの人が訪れて、歴史を忘れないこと。
これが重要なのだ。

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最終更新日  2012年01月29日 18時02分22秒
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