戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年02月12日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
普通の観光と違って、史跡巡りってのは、

ここまで書いた諸々の話も、『赤間神宮』からの引用などを除いては、
おおむね準備の段階で調べた事ばかりなのですが、色々読んでて、
「なんで平家の話ってこんなに多いんだろう?」
とか
「なんで怨霊話って平家が多いんだろう?」
って思った。

だって、壇ノ浦では源氏方として戦ったいくつもの家系が、


三浦・和田・畠山・梶原など、一族討ち死になんてボロボロあるのに。
なのに、なんで平家だけがこんなにあれこれ語られるんだろう?


怨霊の話ってのは、死んだ人のことを語るので、
一見死者の話のようではあるけれど、その実、生者の心理の投影でもあるんだよね。

「平家の怨霊話」というと、現代人はともすると
  『平家が祟った話』
ととらえがちだけど、そうじゃなくて、
  『平家が祟ったと当時の人々が考えた話』
だから、取り違えないでね。

別に、平家好きだからといって
「あんなに素晴らしい平家の方々が祟るハズない!」


遠い昔の不思議な出来事について今さら科学的に検証するなんて無理な話だし、
私の身に起こった カメラ事件 についても、原因を追及する気はございません


じゃ~、どんな心理なのか?

平安時代頃には、政争に敗れ失脚したり、非業の死を遂げた貴人が

考えられるようになった。

こうした亡霊を復位させたり、諡号や官位を追贈して神として祀れば、
祟るどころか今度は「御霊(ごりょう)」という鎮護の神となって平安をもたらすと
された。これが御霊信仰といわれるもの。

恨みを遺して死んだ(と思われる)人を勝手に祀り上げれば、
マイナスのエネルギーがゼロになるんじゃなくて、
ゼロをすっ飛ばしてプラスに転じると考えるあたりが
宗教的に脳天気な日本人らしくて笑えるところだけど、
御霊信仰って決して昔の話じゃないからね。

日本人なら誰でも知ってる御霊の代表格といえば、
菅原道真公。
公を祀った天満宮は全国各地にあって崇敬をあつめてるし、
2012年の初詣の参拝客ランキングでは堂々10位に入る人気。


その他、日本史上の名だたる怨霊の方々を合祀した京都・上御霊神社には、
現代においても皇室も特別の気の遣いよう。

例えば、今上陛下が昭和27年に立太子した時には、報告の幣帛を捧げているし、
昭和43年の本殿再建の際には、天皇家のみならず、各宮家からも
寄進がなされたそうな。
さらに、平成14年には皇太子殿下が訪れたと・・・

ね、それとは気づかなくても、御霊信仰は現在も続いてるものなんですよ。


ところで、慈円(1155-1225)は自らの著書『愚管抄』の中で、
 ”怨霊というものは、現れるだけの理由があって現れるものであり、
 それは意趣を返すためである”
と論じている。

というあたりから考えて、まず、
栄耀栄華を極めた頃と最後のギャップがありすぎて、
平家の最期は想像する以上に悲惨なものだった・・・とかね。

あるいは、都から遠く離れたこの地で行われた戦闘と残党狩りは、純朴な民にとっては
それこそ目を覆いたくなるほどの光景だったのかもしれない・・・とか。


それから、平家は西国に勢力を張っていたから、
縁戚関係などで平家と協力関係を結んでいたり、恩恵を受けていた人も多かった。
その人達がどの程度裏切ったり、あるいは静観していたかはわからないけど、
平家の滅亡を前にして、複雑な思いだった人も相当数いたのではなかろうか。

西国だけじゃないよ、京にだってそうした人々は沢山いたはず。
平家の総帥・平宗盛をはじめ、捕虜となって京へ送られた平家の残党は多いけど、
引き回される敗残兵の行列を眺めるギャラリーのすべてが、
平家の滅亡を心から喜んだ人ではなかったと思う。

平氏を追い詰めた後白河院でさえ、のちに平家一門の供養のために
高野山に荘園を寄進したりしてるし、「平家物語」の中では
わざわざ大原の建礼門院の庵を訪れたことになっている位だからね。

あ、建礼門院さんは、院から見れば「息子の嫁」ね。

祇園精舎の鐘の声2
     (高松・平家物語歴史館)   

後白河天皇は平家の娘(建春門院)を娶り、高倉天皇が生まれた。
半分平家の血が入った息子のところに、またまた平家出身の嫁が来た。
しかも、清盛さんの娘であったその嫁は、高倉天皇の中宮となった。
そこから生まれた孫が、安徳天皇。

浅からぬご縁でございましょ? 

建礼門院は一門とともに西国へ落ちのび、壇ノ浦で入水した・・・が、
源氏方に引き上げられてしまう。
その後、髪をおろし、大原に庵を結んだのが上の写真。

こんな風に、婚姻などによって平家と縁のあった人間は
宮中にも沢山いた。
だから、恐れとともに、後悔だとか憐憫だとか、色々な思いが
あったんじゃないのかな~と思うのだ。

ただの鎮魂や畏怖というには、ちょっと群を抜きすぎてるもの。
そうは思いませんか?

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最終更新日  2012年02月12日 17時05分00秒
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