戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年07月12日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
※「山口城(2)」からの続きです。


藩庁門を後にして西へ。
山の方にはいくつか行きたいところもあるんだけど、
もう夕方なのでひとまず今日は歴史民俗資料館へ行くことにする。

展示室はすごく広いという訳じゃないけど、
大内コーナーと幕末コーナー、あと市内の遺跡と昔の農具を紹介する
4つのテーマに分かれてる。

時間もそうないし、もちろん私は大内コーナーのみで

沢山はないけど、結構濃い内容の展示だと思う。


鰐口(わにぐち)があるから。

ここは撮影禁止だったか覚えてないけど、内部の写真が1枚もないので、
「鰐口ってなんじゃい」って方のために参考までに他所の写真を載せますと、


P6251115
        (足利市・ばんな寺)


この丸くてゴーンて打ちつける法具が鰐口。

天文3年(1534)4月上旬に義隆が奉納したもので、
現在は歴史民俗資料館に委託展示されてる(重文)。
製作者は、筑前芦屋金屋の大江宣秀。

芦屋鋳物師によって造られた芦屋釜なんかは当時人気が高く、
茶の湯の流行にともなって京の将軍家や貴族、寺院などへの献上品としても


 【大内氏と芦屋鋳物師との関係は芦屋を含む筑前が永享3年(1431)以来、
  大内氏が同国守護となったことに始まる。大内氏とこの芦屋鋳物師の関係としては、
  大内義隆と大江宣秀との繋がりがある。

  大江宣秀は永正丁丑(1517)銘の松梅図真形釜の作者であるが、宣秀は義隆を
  檀那として、大内氏菩提寺の興隆寺の梵鐘と鰐口、今八幡宮の鰐口を制作している。

  あったことがわかる。

  芦屋鋳物師による仏具には文様が施されたものが非常に多く、この鰐口や
  興隆寺の梵鐘もその例に漏れない。ただ一般的には鰐口や梵鐘には装飾的な
  文様は表さない。
  芦屋鋳物師制作の鰐口は史料から九点確認できる。】
  (いのちのたび博物館「大内文化と北九州」展図録より)


たった9点ね・・・そういった意味でも、貴重だよな。

確かに、上のばんな寺の鰐口には真ん中には足利家の家紋、
「丸に二引き両」はあるけど、他に文様はないし。

それより何より、義隆の鰐口で目を引くのがその大きさ。
面径85.8センチ、総厚30.0センチ。

鰐口って通常、上からぶら下がってるものしか見ないから、
平均的な大きさがどれくらいかって感覚的にわからないけど、
とにかくデカい。

なんたって国内最大級、全国で3番目くらいのデカさだってゆーんだから、すごい。
昔の中国の宮廷とか役所とかで、「ジャーーーーン!!」って
鳴らす銅鑼のような、あんな感じ(笑)。

あまりにデカいので、一度では鋳造できず、鋳継いであるらしい。
さすが大金持ちの大内氏、豪快だぜ義隆ちゃん。

今度行った時、撮影OKだったらちゃんと撮ってくるからね


あと、宴で使う「かわらけ」が室町~戦国当時は使い捨てだったって
知ったのも、確かここじゃなかったかなあ・・・


真面目で濃い展示のすみっこには、
「花押を押してみよう!」ってコーナーがあって、
ちゃんとお茶目なペーパーが用意してある。

↓これは義隆のパパ・義興さんの安堵状。
右の花押は私が押したもの。

CIMG0309


↓こっちが義隆の安堵状。

CIMG0312

文中の空欄の部分に自分の名前を入れるようになってる。

ワーイ、周防に領地もらっちった


残ったわずかな時間で、視聴覚コーナーのビデオを見て、
明日から行くところのお勉強。

ここには大内氏館の発掘の報告書なんかも各種取り揃えてあって、
沢山買うつもりだったけど、分厚い本が何冊もあるので
迷ったあげく、とりあえず見送りにした・・・(軟弱者)



さて、宿に戻ろう。
途中、亀山にあるサビエル記念聖堂に寄っていこうと思ったけど、
よく道がわからなかったので挫折した。

亀山の麓には石垣風なのもあったけど、これは明らかに遺構じゃないよな・・・


山口サビエル記念聖堂の近く

この日は15,754歩。半日だったからね・・・
明日からは忙しいぞ~。

天気予報では、明日も雨ちっく。
まあ、しょうがないよな・・・




2日目<2011/8/21(日)雨のちくもり>


夜通し激しく降っていた雨は、朝になっても相変わらず。

とにかく降り方がハンパなかったので、外に出る気も失せた。
こんなんじゃ、いくらも歩かないうちにびしょ濡れだよ~

ごく手近なところだけ、半日くらいで切り上げて見てくるかな~。
でもすごい雨だし、いっそ今日は部屋で大内政弘さんの詠んだ歌でも
眺めながらごろごろするかな~。

あれこれ考えてたら、急に雨が小降りになった。

おっとぉ~、いっきなりチャンス到来!!

ってんで急いで支度して、予定よりだいぶ遅れて宿を出発。


バスに乗って、まず向かったのは洞春寺(とうしゅんじ)(場所は こちら )。


山口・洞春寺2


 【国指定 重要文化財 洞春寺山門
    四脚門 切妻造 桧皮葺

  洞春寺は戦国時代に中国地方10ヵ国を治めた戦国大名毛利元就の菩提寺です。

  この地には応永年間の初め(1400年頃)大内盛見が建立した国清寺がありました。
  この山門はその国清寺の創建当時のものといわれ、全国的にも数少ない大変貴重な
  四脚門です。(四脚門は奈良時代から建造され始め、もっとも格式の高い門でした。)

  構造手法は雄大で、特に太い円柱(まるばしら)や彫刻のない大きな板蟇股
  (かえるまた)、反りの大きい垂木などが当時の特徴を表しています。
  なお、当寺には国指定重要文化財の洞春寺観音堂をはじめ、数多くの文化財が
  あります。】
  (現地解説板より)

雄大・・・かは経験不足でちょっとわからないけど、
解説の通り、蛙股には彫刻がない。私はこのタイプ、見るの初めてかも。
しかも、デカイ。

山口・洞春寺6


山口・洞春寺7


国清寺については、 「大津編(17)」 に書いた通り。
盛見もきっと、この門を通ったに違いない。


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最終更新日  2012年09月21日 23時01分41秒
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