戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年07月30日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
ちょっとここで、今八幡宮の歴史や大内氏との関わりについて。



前回掲載した現地解説板には、義興さんが朝倉八幡宮から遷座させたとあったけど、
今八幡宮のホームページでは、義興さんのパパ・政弘がこの地に朝倉八幡宮を合祀して
その後、義興さんが社殿を造替したとなっている。

まあ、何にしても現在の社殿は義興さんが文亀3年(1503)に
建立したものって事だよな(←いつも大ざっぱ)。

その長く格式のある歴史を、今八幡宮のホームページではこう伝える。

 【当宮は大内氏の居館(大内館)北東の鬼門除けにあたる守護であり産土神で
  あることから、山口町の総氏神として「山口総鎮守」の尊称を賜り、歴代当主の

  大内政弘より布達された「今八幡宮条々」において当時の広大な神域を
  維持・保護するため種々の触書が出されたほか、常に当主の参拝や寄進が行われた。

  大内義隆はその財力を誇示する巨大な鰐口を寄進しているほか、神道に強い関心を
  寄せて都から吉田兼右を招聘し、宮司共々神道伝授を受けている。(後略)】


義隆っつったら、貴族趣味で公家文化に浸って大内家を滅ぼした・・・
ってイメージが一般的だと思うけど、大内家の盛衰とか戦国大名としての資質だとかの
評価についてはちょっと置いといて、文化面で義隆を見れば、
伝統を尊重し、巨大な財力を背景に高い教養を持つ、戦国時代屈指の文化人だった。

「文化」とか「教養」って言われて思いつくのは、和歌とか連歌とか漢詩文くらいだけど、
義隆の世界はそんなもんじゃなかった。

上に挙げた3つに加え、能楽・儒学・仏学・神道・有職(ゆうそく)学と

あまりの勉強熱心さに、通信手段の少ない当時において、義隆のウワサはなんと海を越え、
時の朝鮮国王・中宗が義隆を褒めたなんて文書が「中宗国書」(重文)として
現在も残っている。


ちなみに、今八幡宮と仁壁(にかべ)神社は「両社」と呼ばれ格式の高い神社だったが、
義隆がこの両社の祭礼に参列する際には、網代車を用意させたという。


泥んこ道じゃ当然目的地まで辿り着けない。
ここから、牛車が通れるような道が整ってたんじゃないかとも
推測されている。

まあ、牛車のためにインフラを整えたってのは義隆だけじゃなく、
ひろよん(弘世)も『陰徳太平記』の中で同じエピソードを語られてるけど。



今八幡宮の社殿が建立された文亀3年は、ちょうど 「山口編(17)」 で書いた、
足利義尹が山口に居候してた時期にあたる。

ただ、『大内氏實録』によると社殿建立前の文亀元年のエピソードが書いてあるから、
やっぱり文亀3年以前から今八幡宮はあったと考えていいのかな・・・


今八幡宮の近くに住んでいた義尹は、毎日家臣を参詣させて、
八幡様に将軍職復帰を祈願したという。

そんなに離れてないんだから、本気でリベンジを果たしたかったんなら
自分で来ればいいのに・・・
とか思っちゃうんだけど、身分柄、そうもいかなかったのかな?


義尹が山口にやって来た翌年の文亀元年(1501)、
義尹の代参で今八幡宮に参詣に来た家臣が、車寄の脇にある榎に
1流の旗がかかっていたのを見つけ、宮司坊にいたお坊さんに渡した。

坊様の親戚の坊様が義興さんのところにその旗を持っていくと、

 【義興これを見るに胡文字にて神号をかき、其下に尊氏将軍、建武3年豊前宇佐八幡宮に
  奉納の由を識したる物なれば、取あへず将軍に進呈】
  (『大内氏實録』より)

したそうな。

なんで神社にある旗を勝手に持ってきちゃうのかとか
(風に飛ばされて引っかかってたのか?)、細かい経緯がよくわからんのだけど、
義興さんと義尹の2人はどうもこれを瑞兆だと受け取ったらしく、その後

 【将軍剣馬を今八幡宮に寄進す。義興は重代の菊銘の太刀、親子と号くる刀及び
  馬一疋を献る。4日、旗の摸本を造り、相良正良に裏書を命じて今八幡宮に納む。】 
  (『大内氏實録』より)

とある。
そして新社殿完成の5年後には見事将軍に返り咲くんだから、
今八幡宮サマサマ、大内家サマサマ・・・

どこにも書いてないけど、リベンジのために上洛した際には、
この旗が義尹のそばではためいていたかもしれないね。


毛利氏の防長計略後も、今八幡宮は毛利氏によって篤く庇護されたという。
幕末にはいわゆる正義派の支援に回り、都落ちした七卿の財政支援だとか、
久坂玄瑞らの密談の場として社務所を提供して、「八幡隊」が結成された。



じゃ、そんな歴史ある今八幡宮の外観に戻りましょうか。
つっても、ホントにばたばたと写真だけ撮った感じだから、
イマイチなんだけど・・・


山口・今八幡宮20



山口・今八幡宮21


蛙股の上にある彫刻がすっごい変わってるんだよな~。
何だろう、あれ・・・・アンモナイト?(笑)

ここの意匠は、宝珠とか天体をモチーフにした珍しいものもあるんだけど、
写りが良くなかった。
次回は綺麗に撮るよう、鋭意努力いたしまする。


境内にはたくさんの摂社があるんだけど、今回は見てられませんでした。
この写真を撮っただけ


山口・今八幡宮17


山口・今八幡宮19


↑この木鼻は、ゾウと獅子・・・かな?
種族の違うのが同居してるってのは、私はまだ見たことないかな・・・
これも写りがイマイチだけど、顔が面白い(笑)。


あと、これは手水舎だったかな?
亀がいたんだよ、亀


山口・今八幡宮26


あ~、もうダメだ・・・ここでタイムアップ!!
急いでイベント会場へと向かう。
イベントが終わったら、もっかい来ようかな・・・

※「大内氏館(1)」へと続きます。


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最終更新日  2012年07月30日 21時20分12秒
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