戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年09月27日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
一株院の碑の後ろにあるコンクリ製の味気ない建物は何ぞや?

あれ、ここもそうか~。
で、中を除くと、


三原・宗光寺・三原新四国66番2



おお、これだけいると迫力あるな

大須賀神社のと同じような紋が使われてたので、
これ、何ていうんだろう・・・って調べてみたら、
やっぱり三鈷杵(さんこしょ)を十字に組み合わせた密教の法具で、


ただ、真言宗で使われる羯磨金剛紋とはちょっと細部が違うから、
正式名称は何ていうのかまではわからないけど。


さて・・・それでは中へ。
宗光寺は素敵なアプローチを持ってるけど、
土塀の外側はちょっとばかり変色してまして・・・(笑)。


三原・宗光寺3


漆喰の美しさを保つには、10年に1度くらいは
化粧直しが必要だっていうからねえ。
古い建造物を維持するには、お金も手間もかかって大変だよね。

しかし、この内側はこんなに立派な参道です。


三原・宗光寺5




寺じゃないよね、もはや。

それに、写真だとあまり距離ないように見えるかもしれないけど、
結構あるの。
けど、山門がまたデカいから、遠近感も狂うんだな。


三原・宗光寺6




さすが、特別な寺だけあるわ。

やっぱり、米山寺にも移転のお誘い行ってるハズだよな~。
拒否ったとしか思えん・・・
何か文書残ってないかな。


三原・宗光寺7



↑この写真じゃ、なんだかよくわかりませんね(笑)。
しかし、これが門の全体を写すのにギリギリの地点なんです。

というのも、石段を上がりきったところには
それなりのスペースはあるものの、とにかく門がデカくて、
その位置からじゃ全っ然画面に収まってくれないんですよ

どのくらいデカいのかって?
ふっふっ、このデカさを伝えたいと思って、
500mlのペットボトルを置いて撮影した用意のいいあたくし


三原・宗光寺49-2



・・・こんな感じ。
ただの寺の山門というにはあまりにも重厚すぎるこの門、
実はこういった由来があります。


 【国重要文化財 宗光寺山門 一宇

  宗光寺山門は、小早川隆景の居城であった豊田郡本郷町の新高山城の城門で、
  隆景によって当寺に移築されたものと伝えられている。

  四足門も切妻造本瓦ぶきで、桃山文化の趣を伝えるすぐれた蟇股の彫刻類、
  木彫りの未確立のとき建てられているなど、桃山時代の特色をもつ建築物である。

  中世に沼田庄の経営にあたっていた小早川氏は、毛利元就の三男隆景を
  養子に迎え、瀬戸内海の水軍を手中に収め、毛利氏の一翼をになって中国統一に
  乗り出したが、本郷の地は海岸より離れているので、水陸交通の要にあたる
  三原の地に三原城を築城した。(後略)】
  (現地解説板より)

ちょっと大味なこの解説、多少の違和感を覚えるけど、
仕方ないな、教育委員会の設置した看板だし、これが一般論だ。

今回はめいっぱいこの山門をご紹介しましょう。


三原・宗光寺10


も~、とにかく柱も太いし、すごいの一言!!
城門にふさわしい重厚感・・・

どこの門とまでは書いてないけど、新高山城の築城年代
(天文21年、1552)を考えれば、大手門といってもおかしくない位の風格。
大手ではなかったとしても、これだけの門だから、
おそらく隆景ちゃんもこの門をくぐったことがあるに違いない。


三原・宗光寺47



三原・宗光寺15



蟇股も沢山あった。

どれにも「はらわた」はあったけど、解説にあるような
『桃山文化の趣を伝えるすぐれた蟇股の彫刻類』というよりは、
桃山時代の到来を予感させるような、ちょっと武骨さを残しつつも、
山城の城門にこれだけの彫刻を取り入れたチャレンジ精神がうかがえる
過渡期のもの、と表現するね。
私なら。

結構隆景ちゃんて新しモノ好きだったみたいで、
例えば茶の湯と武将って言ったら、まず大抵の人が信長様を思い浮かべるだろうし、
彼がステータスのひとつとして利用したから爆発的に広まった・・・
てな印象が一般的にあるんじゃないかと思う。

しかし、永禄4年(1561)に毛利元就と隆元親子が
新高山城に遠足に来た際の記述に、「常の茶の間」というのが出てくる。

「常の」だから、茶室または茶亭が常備されてたって事だよね。
バリバリの山城の、新高山城内にね。

一方の信長様の永禄4年といえば、前年に桶狭間に勝って
美濃侵攻を始めたばかり。
まだ松平元康(のちの徳川家康)と清州同盟を結んでもいない。


また、隆景ちゃんて凝り性だったらしいし、
「春風にたなびく楊柳」なんて風にも言われるけど、
若い頃なんかは結構激しいところもあるし、
そういう時代背景とか、隆景ちゃんの性格とか考え合わせて
この城門を見上げると、なんかいろんな想像とか湧いてきて
笑いすらこみあげてくる(笑)。


三原・宗光寺11



三原・宗光寺17


三原・宗光寺18



三原・宗光寺22


これらは大体が股の中が透けてる本蟇股なんだけど、
通常、彫物は表と裏で柄が違う。
けど、ここのはどう見ても、
ってのがあって、面白い。
この辺も、まだ過渡期のものって感じがするんだよなあ。


三原・宗光寺20



・・・あんまり、何かのデザインって感じじゃないでしょ?
例えばこれが顔のデザインだったとしたら、
表は顔の彫物になってて、裏は後頭部の彫物、みたいな(笑)。


そうは言っても、この門はホントに素晴らしかった。
なんたって、四脚門としては最大級の規模を誇るものなんだそうですよ。

三原へ足を運んだら、是非この新高山城の遺構も見てってください。
自信を持ってオススメします


※追記

’13/1/1に新高山城へ行って、現地で宗光寺山門と脳内合成した結果、
新高山城からの移築の通説に対し、思いもよらない結論へと至りました。
リンクはこちら⇒ 「新高山城(29)移築門の真偽」


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最終更新日  2013年03月29日 23時15分58秒
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