戦国ジジイ・りりのブログ

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2012年09月28日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
もう山門だけでお腹いっぱい胸いっぱいになる程満足したけど、

ここでのお目当ては、まだ他にもあるのだ。


三原・宗光寺23



中もすごいわ・・・
この雰囲気、ちょっと坂本の西教寺を思い出すな。
こちらの方がもっと城郭風な造りだけど。

庫裏、玄関と続いて本堂(とアレ)がある。


三原・宗光寺25



三原・宗光寺26


三原・宗光寺29


三原・宗光寺27


はい、こちらの本堂も錣葺ですね。



さて、ここまで立派すぎる移築門と、これまた立派な
建築群を見てきましたが、宗光寺はこういうお寺です。

 【泰雲山宗光寺は天正5年(1577年)小早川隆景が親の毛利元就夫婦を
  弔うため高山城内に建てたものですが、(雲門山匡真寺)
  三原城築城の際、城下の西側を守る砦も兼ね、この地に移されました。】
  (三原観光協会「海・山・空 夢ひらくまち」より)

これじゃちょっと簡単すぎるので、補足をば(笑)。

天正5年は、父・元就の7回忌、母・妙玖の33回忌にあたる。


妙玖が47歳の若さで死亡。
元就の嘆きは深く、子供達へも妙玖の供養は
ゆめゆめ怠らぬようにと申しつけた。

これはいわゆる「三矢教訓状」の中の一文で、
その返書として隆元・元春・隆景の連名で

(他の小言はスルーしてるけどね)

長男・隆元は

「毎朝、母上のために念仏100回唱えてま~す」

との手紙も書いてるし、元春・隆景も吉田郡山へ赴いた際には、
必ず母の墓へお参りをしたという。

中でも末っ子の隆景は追善に熱心だったようで、
匡真寺の建築にあたっては、畿内の宮大工を招聘して
それは豪華なものを建てたんだそうな。

なんでも、この年の前年には木津川口の合戦(第一次)に勝ったので、
石山本願寺のコネを使って宮大工を集めたとかなんとか(笑)。

そして、100人の僧を招いて盛大な法要を行ったと伝えられる。


元は臨済宗だったが、福島正則が入国した後に、曹洞宗に改められた。
あれ、泰雲山って、隆景の戒名・・・?


隆景の戒名は、

  黄梅院泰雲紹閑
  隆景寺殿前黄門泰雲紹閑大居士

と2つあるけど、どちらも「泰雲」が入ってる。

そっか、泰雲山から来てるのか!
って一瞬思ったけど、宗光寺への改称は隆景の死後だしな・・・



こちらの御本尊様は、定朝(じょうちょう)作とされる釈迦牟尼仏。
法常寺と同じ定朝さんだけど、大善寺にも京の匠のものかもしれない
仏像もあるし、こちらの歴史を考えたら、これもアリかもしれないな。

それから、宗光寺には、米山寺と同じ文禄3年(1594)作成の
隆景寿像があるそうな。

 【(米山寺のと宗光寺の)両者には同一原画を写し取って描いたか,
  あるいは,一方が他方を模写したなどのかなり近い関係が推測され】
  (三原市教育委員会のホームページより。カッコ内は戦国ジジイが追加)

るとあり、現在は三原市の重要文化財に指定されている。

確かに、目はちょっと違うけど、鼻とか耳とか生え際とかは
よく似てるよなあ・・・

こちらは一般公開はされてないそうですが、
三原市教育委員会のサイトには顔の部分の画像が添付されてますので、
見たい方はリンクからどうぞ。
(三原市教育委員会のホームページへのリンクは こちら )。



本堂の奥にはさらにお堂が続く。


三原・宗光寺30


ここの屋根に載ってるのが、


三原・宗光寺31



なにアレ、変わってるう~・・・と思ったら、
反対側を見たら普通のシャチだった。
なんだ、ヒレの部分が取れちゃっただけか


三原・宗光寺32


なんか、尻尾の部分がちょっと色が違うし、
もっこりしてる感じだから、骨付きの鳥のもも肉に持ち手として
巻き付けたアルミホイルみたいだ・・・(笑)。
いえいえ、真面目に観賞してるんですよ、これでも
だって、こんなに立派なお寺だし。



今度は一連の建物群の向かいへ。
こちらが鐘楼。


三原・宗光寺36



これも立派だなあ~。
拡大した写真は撮ってませんが、ここの軒丸瓦はちゃんと小早川紋


撮影地点の後ろ側には、これがある。


三原・宗光寺34



 【三原市重要文化財 宗光寺塔婆(七層石塔婆)

  高さ250.3センチメートル、花崗岩製。
  相輪を欠失しているほかは、各部を完備しているが、背面が火にかかった
  ために基礎や塔身の剥離がひどく、相輪が揃っていれば、総高約300
  センチメートルの十尺塔であろう。

  年代は鎌倉時代後期の前半の永仁(1293-99)ごろで、大工心阿の
  作である。

  銘文は塔身のキリークの面の月輪左右の空間に配しているが、向って右側は
  剥脱して痕跡もとどめず、左側に陰刻された二行が遺っている。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

背面が火にかかって欠損?

塔の裏っかわは、沢山の石仏だか無縁仏だかがいるので
真後ろには回れず、脇から覗いた。


三原・宗光寺35


あ~、ホントだ・・・
焼けて赤くなってるって感じではなかったけどね。

この時、うっかりカメラのレンズに触っちゃったので、
鐘楼の石段に腰かけて休憩がてらレンズのお掃除。

も~、恥ずかしげもなくこんなとこに座っちゃってすいません(笑)。
しかし、さすがにだいぶ疲れてきたな・・・

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最終更新日  2012年09月28日 23時05分05秒
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