戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年01月19日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
橋の手前にあった手水鉢の水は、凍ってた。


東西条・福成寺28



山の上だし夕方だし、さすがに寒くなってきたなあ~。


あんまりここの池は風情があるってもんじゃなかったけど、
中の島がある。


東西条・福成寺24



ん?手前のコレって・・・


東西条・福成寺25



・・・船だわ。

「釜本丸」って書いてあるし。
う~ん・・・・・


橋の途中で分岐があって、中の島へ渡れるようになってるので
立ち働く人達の視線を気にしながらも渡ってみた。


東西条・福成寺30


「天神社」って書いてある。
由来はわからないけど、天神様を祀ってるのか。

小さなお宮には、ぎっしりと・・・


東西条・福成寺33


東西条・福成寺34




気張って飾り付けしたのかもしれないしね

ただ、天神様の前をスルーした記憶は私にはないんだけど、
申し訳ないけどちょっとこの時は手を合わせる気にはなれなかった。

おみくじ大好き人間にも関わらず、ここでは引かなかったし。



このお宮の脇には、宝篋印塔とか五輪塔があった。


東西条・福成寺32



銘は覗きこまなかったけど、崩れてるのもあるし、結構古そうだな。



橋を渡ると、本堂がある。
あれこれ働いてる方達は、家族の方なのか氏子さんなのかはわからないけど、
こんな日にやって来た私を遠巻きに、けど確実にじろじろ見ているのがわかるので、
なんか居心地悪い。

もちろん、大晦日の夕方なんて時に来た私が悪いんだけどね。
忙しいさなかをお邪魔して、すみませんね



橋を渡った時はちょうど本堂の前で何やら作業していたので、
周りから攻めていくことにした。


東西条・福成寺36


宝物館。
この中に、歴史あるお宝が収められているのかな?
ここの 留蓋 は、


東西条・福成寺37


これは、初めて見るタイプだぞ・・・
何だろ、これ?波?

一般の民家も含め、広島の建築は地域性が強いことを少し 
「東西条バトル編(2)」 で書いたけど、建物全般としては
西条あたりは三原と同じ部類に入っても、留蓋はまた別。

三原はとにかく、 ハト、ハト、ぽっぽっぽ~!!
って感じだったけど、今回の旅ではこのバージョンを多く見かけた。

これだけカラーが違うと、面白いよな


この隣には、福成寺所蔵の県の重文についての解説板があった。
ひとまず、福成寺文書の分だけ載せておくかな。


 【後醍醐、後村上天皇の綸旨をはじめ、毛利弘元・輝元、また、小早川隆景の書状など
  9通の文書と福成寺縁起文1巻が所蔵されている。これらから、南北朝時代の
  福成寺と南朝方との結び付き、また、その後の周防(山口県)の大内氏の
  東西条支配をめぐる動向、当寺で毛利輝元と河野通直が会見したことなどが
  わかる。】
  (現地解説板より。誤字と思われる一字は修正)


あら・・・隆景ちゃんの書状なんてのもあるのね。
歴史はあるんだよなあ、このお寺。
なんだけど・・・う~ん・・・


「おいおいジジイ、どうした~?


と思ったアナタ・・・

言いたいことは色々あるんですけどね、
何しろこの記事を誰が見るかわからないし、毎回読み続けて下さっている方なら
私の性格もだいぶ把握して頂いてるとは思いますが、
福成寺に行くつもりで調べている一見さんがこの記事を読んで万が一

「福成寺ってイマイチっぽいからやめとこ~」

なんて事になったら、営業妨害になってしまう
せっかくの大内氏ゆかりのお寺なのに。

だから、今回は(珍しく)控えます。
言葉を濁してるところは、

「精一杯ガマンしてるな~」

と笑っていただければ(笑)。



さて、宝物館の手前には、新しいっぽい石像が。


東西条・福成寺44


この石像の裏側には、「江戸時代 文政ノ頃ノ供養塔」って札みたいのが
立てかけてあるんだけど、どう見ても供養塔じゃないしな。

宝物館の手前には、お墓みたいのに「弘法大師之土」って書いてある
何だかよくわからないものがあるので、これは弘法様なのかもしれない。
石像の台座には、「福成寺住職69世五十周年」うんたらって刻まれてるので、
その方が発注したんでしょうけど。

しかし、う~ん・・・(笑)。


その隣には、大きくて立派な宝篋印塔がある。


東西条・福成寺46



ちょっとピンと来ないけど、こちらの方が供養塔なのかもしれない。


そして本堂。


東西条・福成寺47


東西条・福成寺51


アラ、外も中も垂れ幕は大内菱じゃないわ
本堂のどこかにさりげなく大内菱が使われてないかな~って
期待したんだけど、なかった。
ちなみに、毛利紋もありませんでした。


本堂の蟇股↓。


東西条・福成寺48


この感じからすると、少なくとも近世に入ってからのものみたいだな。
江戸中期以降かな。

蟇股の他にも、彩色された跡がかすかに残る。


東西条・福成寺50


あれ、ゾウの上の斗(と)が5つ組になってる・・・
平三斗については 「三原編(18)」 に簡単に書きましたが、
平三斗に1コプラスして4コ組の「連三斗」(れんみつど)ってのが
あるってのは知ってた。

けど、5つもあるのは私は見たの初めてかも。



東西条・福成寺52


色の残り方がなんかヘンだけど・・・ 
この写真で、垂木を直接支えてる柱はだいぶ後のものっぽいから、
何度か修築をしてるみたいだな。
そもそも本堂にはガラスの窓が入ってるし(笑)。



屋根は赤瓦。
申し訳ないけど、屋根はあんまり綺麗じゃなかった。
維持管理も大変だよね(←フォロー)。
けど、大棟には龍がいた。

右のが寺紋かな?


東西条・福成寺54


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最終更新日  2013年01月19日 16時49分11秒
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