戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年01月20日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
本堂の妻と蟇股↓。


東西条・福成寺62


東西条・福成寺63



本堂脇に置かれていた瓦↓。
大棟についてた紋とは少し違うみたいだけど・・・


東西条・福成寺67



本堂の裏↓。


東西条・福成寺66


む~ん・・・・


実は国の重文を納めています。


 【国指定重要文化財 福成寺本堂内厨子及び須弥壇

  厨子は、入母屋造妻入の1間仏堂を模倣した宮殿系厨子と呼ばれるもので、
  間口1.4m、奥行1.1m、高さ3.4mです。

  軒を支える斗供(ときょう)の特徴など禅宗様主体の様式となっていますが、
  折上支輪(おりあげしりん)や軒を平行垂木にしている点などは和様の特徴です。
  屋根は、たるみが小さく、妻飾りを強調した大型のものです。こうした特徴は、
  室町時代後期に瀬戸内地方で主流となるもので、本厨子はその初現となるものです。

  正面の桟唐戸(さんがらと)の内側には、八方天像と飛天像が描かれています。
  なお、垂木小口の金具には大内氏の家紋である唐花菱紋が浮彫されており、
  大内氏の強い影響がうかがえます。


  上下の框(かまち)は刳形(くりがた)で、四隅に立てられた束柱は和様ですが、
  腰部のくびれが大きいところは禅宗様の特徴で、和禅折衷様式となっています。

  また、高欄(こうらん)はなく、正面腰部に入八双(いりはっそう)形の格狭間が
  あります、このように本厨子及び須弥壇は、室町時代前期から中期にかけての
  特徴をよく示しており、15世紀初頭の造立と考えられます。また、16世紀に

  (現地解説板より)


建築用語バシバシですが、この詳しい説明のおかげで
あらかたの構造は脳内でCG化できる。

ここに掲載されてる用語すべては解説してませんが、
基本的な用語・・・この文章の半分くらいの語句はこれまでの記事で
簡単に書いてきてますので、忘れた方は検索機能などを使っておさらい下さいね。




15世紀初頭とあるけど、15世紀前半の大内家当主は盛見・持世・教弘。
おそらくこの3人の誰かの時代なんだろう。


盛見(在任期間:1400-1431)は 宇佐神宮の再興 をしたり、
朝鮮貿易で大蔵経を輸入したり、大般若経を出版してそれを配ったり、
その他禅への関心なども高かったようなので、一番可能性が高い気がする。

家督相続のゴタゴタはあったものの、最終的には盛見は東西条での
勢力は回復している訳だし。



持世(在任期間:1432-1441)は ちょっと前に書いた けどね~、
何しろ期間が短いし・・・

その短い在任期間の間は、豊後・筑前において戦をした他、
永享12年(1440)には長府の住吉神社に参詣した記録があり、
この参詣の後に上洛して翌年に死亡。

長府の住吉神社を持世が修理した記録もあるので、
寺社の保護も短い任期の間でそれなりにしたみたいだけど、
東西条は飛び地だしねえ・・・
3人の候補の中では、やっぱり可能性は低いと見ざるを得ない。



教弘(在任期間:1442-1464)の時代には、
史料上で東西条代官が顔を出すし、東西条の拠点である鏡山城は遅くとも
教弘の代には築かれていただろうし、
東西条の経営により力を入れ始めた時期でもあるので、
これも可能性が高いだろう。




解説には、この厨子の絵と思われるものもあった。↓。


東西条・福成寺58-2



本堂の中を覗くには、靴を脱いで階段を上がらなければならない。
しかし、周囲の視線が痛かったし、登山靴を脱ぎ履きするのは非常に面倒。

誰もいなかったら、おそらく頑張って靴を脱いで、
もし中が覗けるようだったら双眼鏡で大内菱が見えるかチャレンジしたと思う。

・・・が、今回は断念した。
すでにここまでで相当テンション下がってたし。

厨子に大内菱が使われてるというから、本堂にももしかしたら
大内菱が使われてないかな~って期待をして探した訳だけど、
見つからなかったのは前回書いた通りです


「文化遺産データベース」とかに厨子の写真が載ってないかな~って探したけど、
なかった。
けど、「広島県教育委員会」様のホームページ
「ホットライン教育ひろしま」の中に見つけた
(リンクは こちら )


厨子と言っても、相当華麗。
彩色だってだいぶ色あせているはずなのに。
それに、妻とか軒下の細工ってなんかすごいんだけど。
間近で見たいな~、これ・・・


そしてそのページの解説には、こんな事が書いてあった。


 【垂木(たるき)木口(こぐち)の飾金具に、瀬戸内西部地方の大守護大名・
  大内氏の家紋である唐花菱紋(からはなびしもん)があり、その形が
  応永27年(1420)大内盛見(おおうちもりはる)寄進の豊前国(大分県)
  宇佐八幡宮所蔵の御輿の唐花菱紋飾金具に酷似していることから、
  当時の大内氏当主・大内盛見が強く関与して造られたと考えられる。
  なお、附の板絵は応永21年(1414)頃の製作である。】


一般的には、盛見の名は「もりはる」の読みで紹介されることが多いけどね、
私は「もりみ」の読みで通してます。
どちらが正解かは、わかりません。

いやいや、そんな事より解説の中身だよ(笑)。


大内菱が使われてるという、垂木の木口はこの部分(○で囲ったところ)。


日光大猷院・水盤舎
      (日光・大猷院の水盤舎)


豊前にもいずれ盛見の影を求めて行くつもりですが、
私はまだ宇佐神宮には行ったことはない。
でも、解説にある宇佐神宮の御輿の現物は見た。
なんでか~?

うっふっふ、赤間へ行った時の、 北九州での企画展 、
あれに出品されてたのだ。
福成寺のこの厨子は、残念ながら出てなかったけどね。


大内菱っつったら、大抵の人は


山口・興隆寺10
      (山口市・妙見社)


これを思い浮かべると思うけど、この家紋にも色々変遷があるらしく、
北九州に行った時はそれを詳しく知らなかった私は、
展示室に入ってまずば~ん!!と置いてあった御輿に付いてた紋を見て、

「なんかちょっと違う~」

と思いながらメモ帳にスケッチしたよ(笑)。


図録の写真を掲載する訳にはいかないけど、チラシは許されるだろうから、
そちらを載せますね。
ああ、著作権てめんどくさい・・・


宇佐神宮の御輿


自分で現物を正面から撮った訳じゃないからわかりにくいと思うけど、
屋根についてるうっすらしたのが、その紋です。

後世の洗練されたものに比べると、ぽってりとして
かわいらしい感じ。

自分の目で厨子を見てないからはっきりした事は言えないけど、
これはもう盛見の時代ってことでほぼ確定なのかな?

附(つけたり)の板絵については、詳しい事は福成寺の解説にも
広島県教育委員会の解説にも書いてないけど、
福成寺の解説の方にある桟唐戸の内側の八方天像と飛天像が
これにあたるのかもしれない。



ところで金具が酷似しているという宇佐神宮の御輿は、

 【宇佐宮では式年造営にあたっては、神事に使われる諸物を新調して利用することと
  なっており、ご神体に捧げられる御装束をはじめ、身辺に侍らせる置物・道具など
  多くは京都へ発注された。神輿についても、その障子絵が京都の絵師
  加賀守によって描かれていることからみても、神輿本体も京都において
  作成された可能性が高い。】
  (「大内文化と北九州」展図録より)

なんだそうで、華麗な福成寺の厨子ももしかしたら
京で作らせたものかもしれないな・・・って思った。

だって盛見は、妙見社での二月会で使う童舞の 2,000万円の衣装 を
京に発注したりもしてるしね。
ホラ、大内さんちってみんな京大好きだし~。


福成寺の別当職を興隆寺に寄進したのは義弘だから、
盛見の時代には福成寺は興隆寺の末寺となっていたと見ていいのだろう。

末寺といっても、単に

「東西条に店舗を新たに出店しましたあ~」

ってフランチャイズ的なものではなく、安芸における拠点・東西条での
興隆寺の代替機関ともいえる重要な宗教拠点との位置付けだったんだろうと思う。
別当職を寄進してるくらいだからね。

であれば、安芸のプチ興隆寺(=福成寺)を盛見は大切にしただろうし、
寄進する厨子にも気合を入れた可能性はあるよな(笑)。


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最終更新日  2013年01月20日 14時36分59秒
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