戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2013年01月21日
XML
カテゴリ: 旅日記(中国)
本堂の脇には、小さなお宮がある。


東西条・福成寺59

ここにも売り物のお守りとかいっぱい置いてあって、
ああ、なんか・・・う~ん・・・




そして本堂の脇には、ここでのもうひとつのお目当てがある。


東西条・福成寺60


 【源三位頼政卿竝西妙尼一族 追慕碑】


この碑自体を見に来た訳じゃないけどね。
実は、福成寺はこんな歴史も持っているそうな。



  寺の伽藍は消失。その再建をしたのが、源頼政の妻・菖蒲前といわれています。】
  (大河ドラマ「平清盛」広島県推進協議会HP:「ひろしま 清盛」より)


福成寺について資料をそろえている時にこれを見つけて、

「えええ~、頼政 (の妻) あ~!?」

って思わずのけぞったね。
まさか、こんな時にこんな所で頼政(の妻)が出てくるとは・・・!!


そういえば、ちょうど去年の今頃に頼政のところへ行こうとして、
その日体調が悪くなってそのまま行かれずじまいな場所があるんだよな・・・

「いつになったら来るんじゃ!!」

って頼政に呼ばれたかな?


頼政についてはあちこちに書いてますので、
長らくの読者様は私の頼政好きもよくご存知のことと思いますが、
おさらいしたい方は  「大津編(11)」 「大津編(26)」 あたりをご覧下さい。



妻といっても、菖蒲前(あやめのまえ)は側室みたいだけどね。

お香の世界も色々深いようだけど、お香のゲームみたいなものの中で
「組香」(くみこう)というのがある。
組香の中にはさらにシーズンものがあって、このうち夏の組香として



 【鳥羽院の女房に菖蒲前という美人がおり、頼政は一目ぼれをしてしまう。
  頼政は菖蒲前に手紙をしばしば送るが、返事はもらえなかった。
  そうこうしているうちに三年が経過し、このことが鳥羽院に知られてしまう。

  鳥羽院は菖蒲前に事情を聞くが、顔を赤らめるだけではっきりとした返事は
  得られない。そこで、頼政を召し、菖蒲前が大変美しいというだけで
  慕っているのではないか、本当に思いを寄せているのかを試したいと発願する。

  そこで、菖蒲前と年恰好、容貌がよくにている女二人に同じ着物を着せ、
  頼政に菖蒲前を見分けて二人で退出するように申し付けた。頼政は、どうして
  院の御寵愛の女を申し出ることができようか、ちょっと顔を見ただけなのに
  見分ける自信がない。もし間違えれば、おかしなことになり、当座の恥どころか
  末代まで笑いものになってしまうと困って躊躇していると、院から再び仰せが
  あったので、「五月雨に沼の石垣水こえて何かあやめ引きぞわづらふ」という歌を
  院に奉る。 院はこれに感心し、菖蒲前を頼政に引き渡す。】
  (ウィキペディア「香道」の項より)


これは「源平盛衰記」からのエピソードだそうな。
ものによっては、頼政がヌエ退治に成功したごほーびとして
菖蒲前を賜ったという話もある。

お香に限らず、頼政に題材を取ったものは能とか謡曲とか
沢山あるけどね。



私は菖蒲前を知らなかったんだけど、ウィキペディアには
菖蒲前は平治の乱後にこっちに逃げてきたとある。
でも、平治の乱で逃げる必要あるか~?
逃げるとしたら、頼政の挙兵後の話じゃないのかね。

ただ、挙兵後だったとしたら、大いなる疑問が残る。


そもそも西国は平氏の勢力が強かった地域だし、
近くの沼田(ぬた)庄なんかも、小早川氏が入る前は平家の領地だった。
( 「三原編(2)」 にもちょこっとだけ書いてます)


以仁王が令旨を出してから平家方にバレるまではすぐだったから、
頼政の息子を連れた菖蒲前にも追手がかかったんじゃないのかね。

かかってなくても、平家の領地をいくつも通過しなければ
東西条までは来られない。
「女子旅」だったんならともかく、男連れでホントにここまで来られたんだろうか。
どうもよくわからない。

この際だから、菖蒲前を中心にいくつか調べてみたんだけど・・・



え~と、まず、昔の人って色んな伝説を持っていて、
源平の関係者なんかは特にかなり広い範囲にわたって、
生存説とかいっぱいあります。

例えば、大好きな(平)教経様なんかは一ノ谷で死んだともいうし
壇ノ浦で華々しく海に散った・・・といわれる割には、地方に生存説が残る。
安徳天皇の生存説については、 「赤間ヶ関編(20)」 で
いくつか書いたみたいですね(←忘れかけてた)。


生存は絶望的だろうという安徳天皇に20もの生存説があるのに、
なぜか頼政の伝説は生存説ではなく、お首のありかについてのものばかり。
首だけが諸国を漫遊・・・いえ、放浪したような、
見方によっては冗談みたいなエピソードが今なおそれぞれの地元で語られております。


色んなルートを通ってあちこち行ってる訳だから、
お首の最終的な落ち着き先もこれまたあちこちにある。

頼政はヒドラか!!
人間なんだから、首はひとつだろーが!!!


みたいな~。



でね、菖蒲前も実は複数の伝説を持ってるそうなんですよ。

ここ西条には、

 【平安時代末の治承4(1180)年、平家追討のため以仁王の令旨に応じて
  挙兵した源三位頼政が平家に破れ、自害すると、その室菖蒲の前は追手を逃れ
  幼子とともに安芸国賀茂郡西条千尋の滝の岩屋に身を隠した。】
  (財団法人東広島市教育文化振興事業団「ひがしひろしま歴史散歩」より)

とあるし、静岡県沼津市にも

 【源頼政の妻、菖蒲御前が源頼政と子仲綱の遺骨を持って禅長寺に出家し、
  潜んだという伝説から頼政堂が建てられました。菖蒲御前の墓も敷地にあります。
 (源頼政の墓もあると伝えられます)】
  (沼津市役所ホームページより)

とあるし・・・・・

しかも悪いけど、沼津の解説はとってもビミョー。

「頼政と子仲綱の遺骨を持って」・・・「子仲綱」?
「頼政の子・仲綱」って言いたいだけかもしれないけど、
私は最初「菖蒲前の子・仲綱」と読んだ。

「な・・・仲綱は嫡子だから違うだろ~!?」

ってあわてて調べ直しちゃったよ
言葉って難しいね。


仲綱が頼政と共に平等院で自害したことは  「大津編(26)」  で
書きましたが、仲綱の嫡男も同じく平等院に散った。

が、仲綱の次男の有綱は知行国の伊豆にいたため生き残って
のちに頼朝の挙兵に参加したという。


だ・か・ら・・・

西条付近に何らかのツテがあったのなら、多少の脚色が入っても
それについて語られてもよさそうなもんだけど、今のところ私は知らない。

縁もゆかりもない土地に、まして敵方の追求が激しかろう
いくつもの地域を越えてはるばる西条までやって来るよりは、
腹違いの子の任地だけど、その縁を頼って伊豆方面へ落ち延びたって方が
現実的だよな。

まあ、伊豆あたりだって頼政の挙兵当時は平家が押さえてた土地なので、
危険な逃避行であることに変わりはないけどね。

あと、頼政が挙兵に先立って菖蒲前の生まれ故郷である伊豆長岡に帰したって
話もある。

も~、やたら伝説がありすぎて砂吐きそうなんだけど



まあ、ツッコミは入れるけど、伝説の真偽を問うつもりなんかは
さらさらありませんので、西条との関連について話を進めましょう。


 【建久二年、後鳥羽天皇の御代に源氏の世となり、賀茂一群を菖蒲の前に賜われた。
  菖蒲の前は深く喜ばれ、我が薗よと言う意味で 下原村を御薗宇と改名した。】
  (東広島市・観現寺のホームページより)


御薗宇(みそのう)の地名は、鏡山からほぼ真東の位置に、
現在も残ってます。
そしてその周辺には、いくつか菖蒲前に関連する寺社や史跡があります。

今回はそれらのすべてには行かれなかったけど、
あと一つだけ行った。


西条では菖蒲前の伝説はなかなか地域に根ざしているらしく、
次に行く史跡の近くにある小学校では、歌・踊り・詩吟などで
菖蒲前伝説の創作表現に取り組んでいるそうな。


「いやいや、こんなとこまで菖蒲前が来るハズないって~!
ハッハッハ!!」


なんてツッコミ入れちゃいけませんよ(私だけか)。

個人的には、菖蒲前についてはかなり眉ツバだと思うけど、
何かしら元ネタになる出来事はあったとは思う。
それも恐らくは、悲劇がね。


で、福成寺。

 【菖蒲の前は,この地にある福成寺で尼となったそうです。この福成寺の境内には、
  菖蒲の前が植えたとされている頼政と菖蒲の前の夫婦杉があり、二人を偲ぶ碑も
  建てられています。また、この福成寺には菖蒲の前自らが彫ったと伝わる像や、
  宝物殿には菖蒲の前の嫁入り道具の鏡、矢を放つ頼政の姿が描かれた掛け軸などが
  あります。】
  (東広島小学校『わがふるさと 御薗宇 「∼響∼」』より)

命がけの逃避行に嫁入り道具・・・
くうう~っっ!!(←ツッコミたい)


現地ではこれまでに書いたような当日の状況から、
境内をまんべんなく見ることはできなかったんだけど、
あらためて写真を見てみたら、屋根付き橋の向こうに夫婦杉っぽい木があった。


東西条・福成寺22-



追慕碑の脇には、墓石群。
これについてはっきりとはわからないけど、
菖蒲前一族ゆかりの寺とあるから、縁者の墓なのかもしれない。
宝篋印塔とか五輪塔もあるし、結構古そうだもんね。



東西条・福成寺61



にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年01月21日 21時26分33秒
[旅日記(中国)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: