戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年07月06日
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カテゴリ: 城(中国)

福山城復元図・白図(7話)


渡櫓を後に、本丸の敷地内へ踏み出す。
かつてはこの一体にで~んと本丸御殿が・・・
アレ?
なんだコレ・・・


福山・福山城・本丸御殿跡



福山・福山城・本丸御殿跡2



あ、これ側溝だ。


碑の立つ場所へ行ったら、こうなってた↓。


福山・福山城・本丸御殿跡3



「伏見御殿跡」と刻まれた碑の奥には、
柵で囲って本丸御殿の間取りを再現した空間が広がってた。
この碑のある場所はかつての表玄関にあたる。

「あそべる!!!」


岡山城中の段 でのチョ~楽しかった記憶が即座に蘇り、
嬉々として土足で御殿内へ踏み出したのは言うまでもありませぬ・・・



福山・福山城・本丸御殿跡-2


式台から上がるとすぐ広間。
が、藩士はここからではなく、このすぐ北側にある内玄関から入っただろう。

といっても、本丸の御殿が政庁として使用されたのは初期の頃に限られ、

使われたようなんだけどね。

玄関口は筋鉄御門を入ってすぐの場所にあるので、
現在「本丸」と呼ばれる区画の中では南に位置することになる。

「君主は南面する」という中国の思想の影響により、
御殿は南向きに建てるのが望ましいとされていたので、



「備陽六郡志」によると、式台の上の鴨居には極彩色の虎と牡丹の彫り物があったそうで、
「虎の間」と呼んだとある。

が、別にこれは福山城に限ったことではなく、
玄関の俗称は「虎の間」と言われるくらいに
虎の障壁画などがあちこちの御殿の入口を飾っていたものなんだそうな。


福山・福山城・本丸御殿跡4



↑広間には礎石も残っている。

福山城博物館企画展「福山城展-城郭と城下町-」の図録には、
「福山城本丸御殿指図」という御殿の平面図が載ってるんだけど、
小さいので見にくい・・・

が、この最初の部屋は南北は4~5間、東西は3間の広さと思われる。
ちょっと、この芝生ジャマなんだけど。
礎石が残ってるんならそれで充分なんだから、芝生いらないべ?

ここのエリアはこの広間が1つだけではなく
いくつかの部屋があり、いわゆる表向にあたる場所と思われる。



福山・福山城・本丸御殿跡5



↑これは恐らく当初はなかったように思われるけど、
ちょうどこの辺の場所、広間と奥の書院をつなぐあたりは坪庭になってたようだから、
あるいはカッチン(水野勝成)も、これとは別の、
水の張った小さな池を眺めたかもしれない。

あ、カッチンは隠居するまで本丸御殿に住んでたようなんですよ。

奥向の方にも庭園はあったようだけど、「新版福山城」には
『泉石は勝成時代、紀州や伊予の青石を選んで築庭したもので、名石も多かったが、
各家に散在してしまった』とある。

ので、上の写真の生垣の裏っかわはこんな風になってたんだけど↓、


福山・福山城・本丸御殿跡10



かつて本丸に華を添えた名石はこの中には含まれてないことになる。



その先が表向から東に位置し、廊下でつながれた一角、
書院エリアになるのかなあ・・・↓。

書院だから、おそらく藩主が日常の政務にあたる場所で、
中奥に相当するエリアと思われる。


福山・福山城・本丸御殿跡7


書院は「皇帝の間」と呼ばれた。
これは古代中国の理想的皇帝とされる堯・舜・禹の三帝や、
同じく古代の周の文王(姫昌)・武王(姫発)を描いた襖絵が
飾られていたことによるものらしい。

そして「新版福山城」には、

跡と伝えられていた』
とある・・・

はひ!?

じゅじゅじゅらく・・・?

一体何を元にこう伝えられてたのかさっぱり意味がわからなかったんだけど、
秀吉が伏見の隠居屋敷を指月山の伏見城へと改修している最中に
豊臣秀次の事件が起こり、聚楽第にあった建物の多くが伏見城へ移築されたと
いわれているので、昔は「聚楽第⇒指月山伏見城⇒福山城本丸書院」という伝説が
囁かれていたものと思われる。



福山・福山城・本丸御殿跡8



↑側溝跡なんかは結構しっかり残ってる・・・が、
御殿入口で最高レベルまで上がってたテンションは、
御殿内を歩くうち段々下がってきた。

だって囲いがしてあるし、芝生があるし、
これって中に入っちゃダメってことでしょ?

それに、間取りは大ざっぱに復元されてるようだけど、何の説明もない。


比べちゃいけないと思うけど、
岡山城の表書院なんてぴっちり平面復元してあって、
部屋には名札がついてたし、御殿の平面図も看板に載ってたし、
とにかく見学しやすかった。

私もあんなのがあるなんて現地に行くまで全然知らなかったけど、
何の知識もなくても資料も持ってなくても、その場で充分すぎるほど楽しめたもの。 

御殿の平面復元だけでなく、他の遺構の展示とかも説明もしっかりしてたし
細やかな配慮が各所になされていて、岡山城をちゃんと知りたいと思ってる人間にも
満足のいくものだった。

そりゃ、評価は個人差あるものだけど、
でも管理者のセンスと熱意を感じられる展示内容だった。 


福山城は、御殿の間取りを再現しようとした着眼点はすごくいい。
でも、礎石や側溝が残ってるんなら、芝生も柵もいらない。

「新版福山城」によると、明治に入って御殿が撤去された後は
城のあちこちに民家が建てられ、クジャク園・鹿園・小動物園なんかもあったそうで、
明治期以降に描かれたと思われるいくつかの絵図では
本丸御殿付近は大きな池のある庭園風になっていて、
オリのようなものが描かれてる絵もあるので、
一時はこの辺りにクジャクさんでもいたかもしれない。

それが、昭和39年に国の史跡指定を受けるにあたって、
それらの物は移転され、御殿跡を発掘して礎石を掘り起こしたとある。

その際に、たぶん芝と柵のレイアウトにした方がわかりやすいと思って
今のようなスタイルに整備をしてくれたんでしょうけど、
人様の訪城記を見ると建物のない御殿跡に興味を持つ人って
一般のお城ファンの中にはあまりいなさそうだから、
柵で間取りを表示したところであまり効果はないような気がする。

お城ファンが見ないものなら、一般の観光客はなおさら見ないだろう。

であれば、芝生をはいで礎石を綺麗に露出させて
御殿の間取図の看板でも建てておく方がいいんじゃないかと思った。
興味のある人は、シンプルな方が楽しめるんじゃないのかな。


本シリーズ、なにげに福山市の整備事業について批判的な意見が続いてますが、

おしい!!

って感じなんだよな~。
悪くはないんだけど、おしいのだ。 

せっかくカッチンが残してくれたお宝なんだから、
観光客ばかり狙うんじゃなく、もう一段深い展示を考えてほしい。
他にもそういう場所があるから、全体を通してつい批判的になっちゃうんだよね

でも、素材は良いものを持ってるんだから、
ちょっと考え方とやり方を変えるだけでいい展示ができるはずだという期待をこめて
個人的意見を述べさせていただきました。



さて、書院から北側のエリアは奥向にあたる「御殿」。
この殿舎が、伏見城から移築してきたといわれているものです。
本丸御殿全体の間取りは、「備陽史探訪の会」様のサイトで見やすい平面図が
公開されてますので、そちらもあわせてご覧ください。(リンクは こちら ) 

福山城博物館企画展「福山城展-城郭と城下町-」の図録には、

 【伏見御殿は伏見城から移建された建造物である。(中略)八間と八間半の殿舎と
  上段、次の間、納戸の間が広がり、格天井には秋野の七草が狩野永徳や山楽の筆で
  描かれていた。屋根は桧皮葺で棟は箱棟になり、葵の紋所が付いていた。】

とある。

うん、建築様式からいうと格のある御殿だったみたいね。
しかし、「箱棟」ってナニ!?
初めて聞く言葉だったので、ちょっと調べてみた。

あんまり詳しいことはわからないんだけど、
元は茅葺き屋根で最上部の大棟の部分の始末をつけるために
箱型で大棟を囲ったもののことを言ったみたいで、
桧皮葺でも箱棟とすることがあるらしい。

箱棟の写真を見てたら、東西条編で頭崎城を下山した後に見た民家を思い出した↓。


頭崎山山麓の箱棟民家-3



この当時は、屋根からぽこんと突き出したものは
みんな煙出(けむだし)だと思ってたので(笑)、記事にもそう書いたけど、
あらためて見てみたらこれが箱棟だったらしい。

アハハハ・・・
だって知らなかったんだも~ん


しかし、福山城内に桧皮葺の建物があったとは興味深い。
「伏見城からの移築」といわれるものが全部ホントかは少し疑わしい感もあるものの、
御殿内で奥向だけが桧皮ってのもちょっと不思議な感じがする。

いや、他の建物の屋根がどうだったかは書かれてないんだけど、
拝領した殿舎を中心に建て増ししたっていうから、
建て増し部分は瓦葺だろうと推測しただけ。

あくまで個人的な想像だけど、カッチンによる元和年間の新築であれば、
やっぱり奥向も瓦葺にしたんじゃないかと思うんだよね~。
となると、「伏見御殿」と呼ばれるこの奥向が
伏見城からの移築だとする説に特段の無理はないよな~と私は思った。


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最終更新日  2013年07月06日 19時05分58秒


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