戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年07月28日
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カテゴリ: 城(中国)
前回は月見櫓の下まで来ましたが、


廃城前までは、月見櫓が。
明治の廃城で月見櫓が取り壊されてからは、貸会場「葦陽館」が。
昭和20年、空襲により天守とともに葦陽館が焼失・・・

昭和41年、福山市制50周年を迎えるにあたって、記念事業として
天守および月見櫓・御風呂屋の再建を決定。

 【復元に要する経費は、日本鋼管福山製鉄所や福山商工会議所などの経済界の主導のもと
  全額募金とし、総額1億5471万円の予算のもとに着手した。】



昭和40年初めでいちおくごせんまんって、
結構な金額だと思うけど
全額募金とはいっても、やっぱり企業の協賛があってこそだよね。

ここまで好き勝手にあれこれ書いてきたので今さら隠す必要もないだろうけど(笑)、
福山市の史跡整備事業はぶっちゃけ私の好みではありません。

が、色々やっていることはやっているので、
結構福山市っておかねもちなのかな~と思った。

まあ、上の引用の文章には出てきてないけど、
福山通運もあるしね。


福山市民の皆様には申し訳ないですが、
関東では福山を知らない人が多いです。

「福山から出たから福山通運」だと知っている人は少ないのではないかと思われます。


そういえば、つい何日か前、仕事の帰りに道端に福山通運のトラックが止まっていて、
ぼんやり見ながら通り過ぎようとした時、
トラック背面に 「ばらのまち 福山」 ってステッカーが貼ってあって


「あ」

と思ってるうちに通り過ぎちゃったので、引き返してよく見ようかと思ったら
ちょうどトラックの持ち主らしきスキンヘッドの兄ちゃんが帰ってきたので、
諦めてそのまま帰ってきた。

後から、兄ちゃんにお断りしてステッカーの写真を撮らせてもらえば
よかったな~って後悔・・・
(そんなこと頼む奴いるかよ)


しかしこの「ばらのまち 福山」ステッカーは
いつでもどこでも貼ってあるものではないらしい。

そもそも知名度の低さを嘆いた福山市が「福山きらりプロジェクト」として
いろんなPR事業に乗り出したうちの一環がこのステッカーだそうで、
関東・中部・近畿の福山通運のトラック約4,300台に貼って
福山市のPRに協力してもらう計画らしい。

当初の予定では、2009年3月頃から3年間の予定とあるけど、
今は2013年だから、もうとっくに3年経過しちゃってますケド・・・

関東・中部・近畿にお住まいの皆様は、
福山通運の緑のトラックを見かけたらぜひバックもご覧あれ。
「ばらのまち 福山」ステッカーがで~んと貼ってあると思いますので。
て、たまたま私の見た車がステッカーを剥がし忘れてただけだったりして(笑)。

あ、ちょっと脱線した感もありますが、企業の税収は大きいよねって
言いたかったのと、福山通運は福山市から出てるんだよって
福山を知らない人のために書いておきたかっただけです。



で、月見櫓の再建の話に戻りますが、再建の決定は天守・御風呂屋と同時だったようだけど、
着工は天守が昭和40年10月15日起工、
月見櫓と御風呂屋は翌41年5月と少し遅れた。

天守工事中、かつ月見櫓工事前の昭和41年の何月かに撮影された
福山城公園域の写真があるんだけど、その写真の中で月見櫓の場所には
大きな入母屋の屋根を持つ能舞台のようなオープンぽい建物が写っている。

これね、昭和22年に昭和天皇が巡幸された際に用意された
「お立ち台」らしいッス。


あっれ、昭和22年て確かミワラもじゃなかったっけ?

て思って 「三原城(12)」 を読み返したら、やっぱり昭和22年だった。

ああ、そうか・・・
一連の行幸だった訳だな・・・

ミワラでは行幸のために浮城会館と浮城寮が建てられ、
福山ではお立ち台が建てられたってことか。
お立ち台の他に、宿泊施設も新設されたかもしれないな。


戦後間もないこの時期に、一体どの程度巡幸されたんだろう・・・
と妙に気になって巡幸スケジュールをちょっと調べてみましたが、
結構すごい

昭和天皇の戦後の巡幸は昭和21年からスタートし、
昭和27・28年はなかったようだけど昭和29年まで続けられた。

中でも昭和22年は最も精力的に各地を回られ、
6月5日~6月14日まで大坂・和歌山・兵庫・京都の畿内を。

8月5日の福島を皮切りに、8月19日まで東北各県を。
9月4日~8日まで栃木を。
10月7日には長野を訪れ、そこから15日まで上信越を。

10月23日に福井から始めて今度は山陰を下っていき、
山口でターンして12月11日の岡山まで山陽を東上。

重複込みでこの年回った都道府県は、実に25。
ウィキペディアには

 【※1948年(昭和23年)は東京裁判の判決に備え、巡幸は行われなかった。
  ※北海道へは津軽海峡に機雷の残留の可能性もあり、危険の回避から1954年
   (昭和29年)に先送りされた。】

と注釈がある。

もちろん、歴代天皇の中でこんな巡幸をされたのは昭和天皇が初めてだし、
しかも様々な困難や危険を伴う中で、早い時期にこれだけ回られたというのは
本当にすごいことだと素直に思う。



さて・・・
月見櫓から北上すると、鏡櫓下に出る↓。
この辺の写真は一部本丸上段での記事と重複しますが、
ご了承ください。


福山・福山城・二の丸27・鏡櫓下


この後、水色のてんてんの 「ぶち抜き御門」 を通って天守東側の下段へと向かう訳ですが、
現地ではこのあたりの構造をあまり把握していなかったので、
櫓跡の写真はありません。

とりあえず、下段の残りにどういう櫓があったのかだけ
縄張図でご紹介しておきます。


福山城復元図・白図(18話)



32の鹿角菜櫓は「ひじきやぐら」と読み、
二層で神辺城から移築されたといわれる。
これまでも塩だのアラメだのって櫓があったから、
ここはやっぱりあの「ひじき」を収めたひじき蔵だったんでしょうか・・・

34の鬼門櫓はその名の通りの場所に建つためで、
三層のこの櫓も神辺城からの移築と伝えられる。


で、正確な場所は覚えてないけど確かこの辺にこの方がおられた↓。


福山・福山城・二の丸33・水野勝成像



 【水野勝成之像

  瀬戸内海の中央、福山湾岸に河口を開く芦田川。その広漠たる干潟を埋めて
  城下町とし、ここに城を定む。
  水野勝成は元和5年(1619)備後10万石の藩主に封じられるやこの町を開き
  福山と命名す。

  移封以来民政に意を用い、広く領内に池溝を開削し、干拓を行い耕地の拡大に努め
  芦田川を改修し水道を穿ち藩政の安泰に力を尽す。また社寺を復興し、文化の昴揚を
  図り今日の福山の礎を築く。

  市制60周年の記念すべき年にあたり銅像建立を発起し、先人の遺徳を偲び
  明日への躍進を誓う。     昭和53年4月建之】
  (現地碑文より)


はい、最後はカッチンで~す。

なんかこれじゃフツーのおじさんだな・・・
せっかく数々のエピソードを持ってるんだから、もうちょっとカブいた姿にしても・・・
て、カッチンは別にかぶいてた訳じゃないんだっけ。

なら、築城に自らも汗を流したという面を評価して、
モッコをかついだ銅像でも親しみがわいて良かったんじゃ・・・

しかし、左手に何持ってるんだろ?
と思って覗きこんだら、どうやら巻物の類らしい。
真ん中に穴が開いてるから、てっきり吹き矢か短筒かと(短筒はもっと後の時代です)。


この後、こんな道をぼんやり歩いて


福山・福山城・二の丸29・北側


五千石蔵へと降りる36の蔵口門を通って


福山・福山城・二の丸30・蔵口門



天守の展望台から見えた旧天守礎石群が保存されてる場所へ出る↓。


福山・福山城・二の丸35・天守礎石群



燃えた割には、結構綺麗に礎石が残ってるもんだな~。
安土城なんか、いかにもって感じだったけどね。
真ん中に石があるのは、心柱があったってことだろうか。
てか、天守の詳細な図面て残ってるのかな?


ふう、これでとりあえずのお目当ては全部見た。
あまり時間はなかったけど、楽しかったな。
それに、思っていたより大きかった。

福山城の規模については、「新版福山城」にこんな風にまとめられていた。


 【福山城は櫓の多い城であった。三重櫓が7基、二重櫓が16基、城郭で最も厳重な
  防備施設といえる多聞櫓(城の石垣上につくる長屋状の櫓、多門櫓とも書く)は、
  本丸と二之丸に配されて東南部を除いてほぼ四周を囲んでいた。その総延長は
  291間余(570メートル)にも及んだ。

  総延長300間近くになる多聞櫓は全国の城郭でもまれな規模であって、10万石の
  大名の居城としては破格の巨城であった。】


周囲の外様の西国大名たちの石高はもっと高い。
が、福山城の規模は現在公園として残されている部分を見るだけでも、
周辺大名のそれと劣ることはない。


カッチンが備後に転封となり、旧領の刈谷や大和郡山から連れてきた家臣の数は、
100人程度だったという。
それが、のちには2,000を超える家臣を抱えるようになったというから、
現地採用された者が相当数いたのだろう。
もちろん、三村親成も現地採用者に含まれる。

城を築き、土地を拡げ、武士だけでなく多くの町人も移住するようになって
あたらしい町・福山が出来上がった。
「ばらの町・福山」は「カッチンの町・福山」でもある。


※「福山編(7)」へと続きます。
城の記事は一旦これで終わりとしますが、この後もほぼ城内を回りますので
よかったらご覧ください。


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最終更新日  2013年07月28日 21時34分40秒


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