戦国ジジイ・りりのブログ

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2013年07月29日
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カテゴリ: 旅日記(中国)
※「福山城(18)」の続きです。


旧天守礎石群の近くには、トイレがあった↓。


福山・福山城・二の丸37・海鼠壁トイレ



城内なので、景観をあわせて桟瓦葺塗籠なまこ壁ふう。
ここまではありがちだけど、このトイレの入口の石段を見てください。
両脇に櫓台つき。

高山城を下山した後は ただの公園の段々が郭にしか見えなかった し、
今日は近世城郭だったので、もう私の目には櫓台にしか見えません(笑)。



冗談はさておき、もうすぐ16時。
あと少しなんだけど、日の短い時期だからちゃっちゃと見ないとな



こういう場所の道って、地図を見ててもわかりにくいんだけど、
まあたぶんこっちだろうと福寿会館・・・かつての五千石蔵のあった区画の
脇の道を進む。

ちょっと写真がないのでアレですが、
この福寿会館は1930年代に安部和助(あんべ・わすけ)さんが建てた別荘なんだそうな。

安部和助さんは「鰹節王」と呼ばれたということで、
鰹節ってもっと前からあったんじゃないの?って調べたら、
大正元年に煮干しを機械的に削ったものを紙袋、または紙箱に入れて
「削り鰹」の商品名で発売したってことらしい。


こちらは「花かつお」の名で売られて現在まで引き継がれている。

なるほど、そういうことか~。


で、King of 鰹節の大規模な別荘が建ったはいいけど、
別荘への専用の道路を通すために二の丸の石垣を崩しちゃったんだと。

まあ、時代の流れだからしょうがないものの、

やっぱおかねもちだったんだな~。

福寿会館は洋館と和風の本館の2つがあり、
洋館には喫茶店があるってことなんだけど、
福山城を眺めながらのんびりティータイム・・・
なんて悠長なことしてる時間はわたくしにはございません。



福寿会館を過ぎてさらに歩くと、次のスポットへの細い道に出た↓。


福山・福山城・三蔵稲荷へ


参道から境内に入った私が目にしたものは・・・


福山・福山城・三蔵稲荷3



うおおお~ッ、なんじゃこりゃ!!


広いとは言えない境内に、テントが張られその中で座って待機する人々・・・
ものすごく沢山の人ってほどでもないんだけど、
なにしろ元が広くない境内なもので、窮屈この上ない。

もう一気にテンションは下がり、
イラついたせいで逆に血圧は上がり・・・

はい、 「備後トラブル集・そのに」 で書いた「小さな神社」は
ここのことです。


一体なにごとかと思ったら、この日はこれの発表があったらしい↓。


福山・福山城・三蔵稲荷5


ポスターにある募集要項を見ると、応募資格は「18~27歳迄の巫女にふさわしい
明るい未婚の女性(自薦・他薦を問わず、高校生は除く) 12/31・1/1・2・3の
4日間三蔵稲荷神社にて巫女として参加できる方」とある。

上限が27歳って、ビミョ~だな・・・
神主さんの好みかな?(笑)
つか、年末年始の巫女のバイトを顔で選ぶってこと?


あい、こちらの神社は三蔵稲荷神社といいます。

ポスターによると、どうやらこの日は神社の感謝祭でもあるらしい。
てか、感謝祭のひとつのイベントがミス三蔵稲荷のコンテストな訳だな。

コンテストの他のイベントは、献茶式、祭典、お茶席、福引き、
そしてなぜかビンゴゲームと多彩な内容


こんな日に遭遇してしまったのは実に運が悪いが、
もう仕方がないのでちゃっちゃと写真だけ撮ろうと奥へ進む↓。


福山・福山城・三蔵稲荷8・コンテスト待ち-2




今、何かをしているというより皆様何かを待っているといった感じ。
舞台の方に向かってるから、これからコンテストなのかな。
さりげなく列席者を見てみると、なんかコンテスト応募者の親戚とか友達とかといった
感じの方達がほとんどのように思えた。


とりあえず、参拝と写真・・・
拝殿を写すのにいい場所には人がいたので、全体は写せず。
いや、全体だけじゃなく撮影にはかなりの制約があったので、
ロクな写真が撮れませんでした。

も~っ、だからイベントはイヤなんだよ~!!


で、どこかの破風↓。
拝みの部分の瓦は、蛇の目だよな、これ・・・


福山・福山城・三蔵稲荷2


福山・福山城・三蔵稲荷10




社殿の内部も望遠で写しましたが、かなりボケちゃっててお見せできませぬ。
が、中にはお狐様がおわした。


んで、こちらが狛犬ならぬ狛キツネ↓。
しかし、デカいボールを抱えてるとこがやっぱり広島


福山・福山城・三蔵稲荷6




福山・福山城・三蔵稲荷7



拝殿もなかなかいい建物だったんだけどな~。
残念だな~。

んで、こちらが能舞台↓。


福山・福山城・三蔵稲荷9



妙な布が張ってあるのは、ここがステージ代わりだからのようです。

この舞台は阿部氏の時代に現在の福山八幡宮に建てられたものだそうで、
古くなって取り壊されそうになってたのをここに移築したんだと~。
幕のせいでろくに見えなかったけど

歴史のある建物をミスコンのステージに使うってどうなの~とは思うけど、
まあこれも歴史のある町ならではのゼイタクでしょう。



え~とそれで、この三蔵稲荷神社はカッチン(水野勝成)の祖父・忠政が
水野氏の居城・刈谷城の鎮守として祀っていた稲荷神を、
福山城の鎮守としてカッチンがここに移建したのが始まりだそうです。


各地にある稲荷には色んな名前が付いてるもんだけど、
ここの「三蔵」という名前にはこんないわれがあるんだそうな。

 【ある年藩の宰料某、多額の藩金を持って江戸に上るに、一人の武士毎日尾行し来り、
  陰に陽に保護するものの如し。無事到着のその日その姓名を問いしに、
  我は福山の城背に棲む三蔵なりと答えて去る。人以て当稲荷の擁護なりと為し、
  遂に三蔵稲荷と呼ぶに至れりと。】
  (「新版福山城」より。出典は「福山今昔」とのこと)


いやいや、大金を一人に持たせるか~?

とか

三蔵は忍びのボディーガードだったんじゃないの?

とか妙なツッコミ入れちゃダメです(私だけか)。


ともあれ、三蔵稲荷は防備の薄い城の北にあって、
カッチンの築城当初から福山城を守っていた歴史のある神社です。



さて、入ってきた参道とは別の参道へ向かって神社を出る。
途中の石段には、巫女さんのカッコをした女の子が親らしいおばさんと
身なりを整えていた。
たぶん、あの子が今年のミス三蔵稲荷なんだろうな。


よく道もわからないままとりあえず降りていったら、途中に摂社があった↓。


福山・福山城・三蔵稲荷11・摂社



福山・福山城・三蔵稲荷12・摂社



小さいけど、よい雰囲気・・・
やれやれ、やっと落ち着いて参拝ができるぞ


道をそのまま降りていくと、こんな場所に出た↓。
ここが表参道なんだな。


福山・福山城・三蔵稲荷13



福山・福山城・三蔵稲荷14



福山・福山城・三蔵稲荷17



しっぽがピーンと伸びて、変わってる・・・
この狛キツネは結構高いところにおわして、現地ではよく顔が見えなかったけど
帰ってから写真を拡大してみたら


福山・福山城・三蔵稲荷15-2



目・・・
目が、ないッス

そんなに古い石像にも見えないんだけど、
目のないキツネなんて思いきったもの造るなあ。



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最終更新日  2013年07月29日 21時35分02秒
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