戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年01月06日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
しかし、小伝馬町といっても正確には日本橋小伝馬町。
刑場つきの牢屋がこんな場所にあるなんてな・・・

あれ? 
そういえば、このご近所さんてどんな感じだったんだろう。

あまり知られてないかもしれないけど、
江戸の町って7割が武家の土地らしいんだよね。
残りが寺社と町人町で、例えば大名・毛利さんちの隣に
庶民・白川さんの家があるなんてことはなく、
大名町と町人町の区画には厳密な区切りがあったそうな。


と思って、手持ちの地図で小伝馬町の牢屋敷を探してみた。


小伝馬町牢屋
  (「天保14年 御江戸大繪圖」より)


位置的に、ピンクで囲った「牢ヤ」がそれにあたると思われます。
東へ行けば両国、西へ行けば大手町。
現代の地図のように凡例こそ書いてないものの、
白が大名屋敷でグレーが町人町なんだろうな。

うん・・・
フツーの町中にあったのか。

ちなみに、同じ絵図で小塚原はどう描かれてるのかと思って探してみたら、
特にそれとわかるような描き方はされていない。

寺社がいくつかと近くに「火葬寺」なるものが描かれていて、
通りに「小ツカハラ丁」とあるだけ。
小塚原の方には生きた人を一定期間収容しておくような施設はなかったのかもな。


延命地蔵にお線香を立てて、最後にもう一度手を合わせてから
通りを挟んだ十思(じっし)公園へ向かう。(場所は こちら


小伝馬町・十思公園


はい、こちらが懐かしのランチ現場です。
相当昔の話なんでどうも記憶が定かじゃないけど、
少し変わったような・・・


公園内に入ると、見たことないふたがあった↓。


小伝馬町・十思公園2



ふたまで撮って、イマイチ緊張感に欠けるきらいはありますが、
こここそお馴染みの場所なので、大安楽寺よりはずっと気がラク。

園内には綺麗なトイレもあるし↓。
てか、こんなの昔あったかなあ・・・


小伝馬町・十思公園3


多少の違和感を覚えながらも、今回小伝馬町へ来た一番の目的へと向かう↓。


小伝馬町・十思公園6



左の柱の陰に寝てらっしゃる方がいたので、あまり自由には撮れませんでしたが、
これ!
何てゆーんだ、これ・・・
鐘楼とも違うし、あずまやでもないし・・・

とにかくここで、この段々になってるところに腰掛けて
晴れた日には毎日弁当食ってました。

『歴史散歩 江戸と東京』でこれの写真を久々に見た時、


いや、そういえばあったような・・・
イマイチ記憶にないなあ」


ともんもんとして、もう一度これを自分の目で確認したかったのです。



 【東京都指定有形文化財
  銅鐘 石町(こくちょう)時の鐘

  江戸で最初の時の鐘は、本石町3丁目(現在の本町4丁目・室町4丁目の一部)に
  設置された石町の時の鐘であるといわれています。江戸市中に時刻を知らせた
  時の鐘は、市街地の拡大にともない、浅草・本所・上野・芝・市谷・目白・赤坂・
  四谷などにも設けられました。

  石町時の鐘は、鐘撞き役であった辻源七の書上によると、寛永3年(1626)に
  本石町3丁目へ鐘楼堂を建てて鐘を撞いたことが記されており、鐘の音が聞こえる
  範囲の町からは「鐘楼銭」をあつめて維持・運営が図られていました。
  本石町に設置された時の鐘は、何度か火災にあって破損したために修理や改鋳が
  行われました。

  現在の銅鐘には「寛永幸卯四月中浣 鋳物御大工 椎名伊豫藤原重休」の銘文が
  刻まれており、宝永8年(1711)に鋳造されたことがわかります。
  「石町は江戸を寝かせたり起こしたり」と川柳にも詠まれた石町時の鐘は、
  明治をむかえて廃止されましたが、昭和5年(1930)に本石町から十思公園内に
  完成した鉄筋コンクリート造の鐘楼へ移設されて現在に至っています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


あ・・・
これも鐘楼なんだ(笑)。

上の解説は中央区教育委員会のものだけど、
これじゃちょっと説明が足りまへん。
十思公園の入口には「江戸三縁史」というタイトルの
東京都教育委員会の解説板があったので、
長いですが「三縁」のうちまず2つを紹介します。


 【「石町時の鐘一口」

  江戸時代最初の時の鐘で、二代将軍秀忠の時は江戸城内の西の丸でついていたが
  鐘楼堂が御座の間の近くで差障りがある為、太鼓にかえて鐘は日本橋石町に
  鐘楼堂を造って納めたのが起源で、明暦3年(1657)、寛文6年(1666)、
  延宝7年(1680)と3度も火災にあい破損したので、その後身として
  宝永8年(1711)に鋳造されたのがこの宝永時鐘である。

  音色は黄渉調長久の音という。享保10年(1725)旧本石町時の3丁目北側の
  新造の間口12間奥行19間3尺の土地に鐘楼堂を建て、時銭として一軒につき
  1ヶ月永楽銭1文ずつ当鐚(びた:「びた1文」のびた)で4文ずつを商業地域の
  大町小町横町計410ヶ町から集めて維持していた。

  鐘役は最初から代々辻源七が当たっていたので、辻の鐘とも呼ばれていた。
  鐘楼下では俳人蕪村が夜半亭と名付けて句会を催して深川の芭蕉庵と共に有名で
  あった。

  当時江戸には日本橋石町、浅草、本所、横川町、上野芝切通、市ヶ谷八幡、
  目黒不動、赤坂田町、四谷天竜寺の9ヶ所に時鐘があったが石町時鐘はその最古の
  ものである。

  石町鐘楼堂から2丁程の所に伝馬町獄があった。囚人たちは種々な思いをこめて
  この鐘の音を聞いたことであろうし、処刑もこの鐘の音を合図に執行されたが
  処刑者の延命を祈るかのように遅れたこともあって、一名情けの鐘ともいゝ伝え
  られている。幕末時鐘廃止後は石町松沢家の秘蔵となっていたが、十思後援会が
  寄進を受けて昭和5年9月十思公園に宝永時鐘々楼を建設し、当時の市長
  永田秀次郎殿で初鐘式を挙行した後、東京都に寄進した。


 「伝馬町牢屋敷跡」

  伝馬町牢は慶長年間(1596-1615)、常盤橋際から移って明治8年市ヶ谷
  囚獄が出来るまでの約270年間存続し、この間に全国から江戸伝馬町獄送りとして
  入牢した者は数10万人を数えたといわれる。現在の大安楽寺、身延別院、
  村雲別院、十思小学校、十思公園を含む一帯の地が伝馬町牢屋敷である。

  当時は敷地総面積2618坪、四囲に土手を築いて土塀を廻し、南西部に表門、
  北東部に不浄門があった。牢舎は揚座敷、揚屋、大牢、百姓牢、女牢の別があって、
  揚座敷は旗本の士、揚屋は士分僧侶、大牢は平民、百姓牢は百姓、女牢は婦人のみで
  あった。

  今大安楽寺の境内の当時の死刑場といわれる所に地蔵尊があって、山岡鉄舟筆の
  鋳物額に「為囚死群霊離苦得脱」と記されてある。

  牢屋敷の役柄は牢頭に大番衆石出帯刀、御椓場(おたくば)死刑場役は有名な
  山田浅右ェ門、それに同心78名、獄丁46名、外に南北両町奉行から与力1人
  月番で牢屋敷廻り吟味に当たったという。

  伝馬町獄として未曽有の大混乱を呈した安政5年(1858)9月から同6年
  12月までの1年3ヶ月の期間が即ち安政の大獄で、吉田松陰、橋本左内、
  頼三樹三郎等50余人を獄に下し、そのほとんどを刑殺した。その後もこゝで
  尊い血を流したものは前者と合わせて96士に及ぶという。これ等愛国不盡忠の士が
  石町の鐘の音を聞くにつけ「わが最期の時の知らせである」と幾度となく覚悟した
  事であろう。

  尚村雲別院境内には勤王志士96名の祠と木碑が建てられてある。】
  (漢数字は戦国ジジイが変換、カッコ内もわたくしが追加)


・・・という訳で、この鐘は元からここにあったものではないようですが、
この鐘を聞いて様々な思いを抱えた沢山の人達がいたんですよ。

なのに、わたくしはそんな事も知らずにこの「情けの鐘」の真下で
のんきにランチしてました。
この現実を知って、罪悪感のようなものにかられた気持ちも
少しわかっていただけるでしょう?

当時、公園はもうちょっと広かったような気もするけど、
ベンチもいくつかあるにはあります。
が、昼時には近隣のサラリーマンやOLが
わたくしと同じように弁当持ってここで休憩をしてましたので、
全員はベンチに座れない。

なので、初めからベンチ狙いではなく、
この鐘の真下に座って食べてたんです。
わたくしの指定席です。


小伝馬町・十思公園20


↑これが情けの鐘。
この鐘の音色をわたくしは聞いたことがありませんが、
松陰先生は恐らくお聞きになったのでしょう。

ああ、知らないということは何と罪なことなのか・・・



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最終更新日  2014年07月31日 21時02分37秒


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