戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2014年02月11日
XML
カテゴリ: 上野と寛永寺
さて今度はエリア8。

この時もまだ藤堂高虎の灯籠を探してて足を踏み入れたのですが、
池田光仲の灯籠を見た後だったので、光仲のいとこである光政君の灯籠探しも
目的に加わりました。

ここは銅燈籠の密集地帯なので、すべての灯籠は撮ってませんが、
探しついでに「おっ!」と思ったものだけ撮ったので
まずは一部のみのご紹介となります。


上野・上野東照宮155


上野・上野東照宮157




  武州東叡山 東照宮 尊前
  慶安四年四月十七日
  正四位上行左近衛權中将兼掃部頭藤原姓井伊氏直孝】


徳川四天王・井伊直政の子。
別名、「井伊の赤牛」

しっかし、直孝が正四位上とは知らなかったぞ。
保科正之でさえ、灯籠には「従四位上」とあったのに・・・
(ただし、正之はのちに正四位下まで進んだらしい)

ここまでの灯籠にあった銘は、ほとんどが「従五位下」だったしね。
ずいぶん昇進したもんだな。

極位極官(人物がゲットした最高の位階と官職)の運用については


 【江戸時代には、御三家の水戸藩の水戸徳川家の当主、家門大名では福井藩の越前松平家
  (15代中4人)、譜代大名では彦根藩の井伊氏(17代中3人)、外様大名の
  加賀藩の前田氏や薩摩藩の島津氏(12代中、島津斉宣のみ)、仙台藩の伊達氏
  (歴代では伊達慶邦のみ)などの大名家が昇ることを許された。】

とある。


水戸家は御三家の中でも家格が多少劣ると考えられているので、
大ざっぱな言い方をすると直孝と水戸徳川家が並ぶような形になるのか。
もちろん、井伊家と水戸家が対等って訳じゃないけどね。
御三家の残りの2家、尾張家と紀州家の極位極官は従二位権大納言。

ちなみに、徳川宗家の位階は従一位。
「上野第二編(19)」 で、親王の位は一品(いっぽん)から四品(しほん)までの
4つに分けられることを紹介してますが、このうち一品は
「正一位」と「従一位」に相当します。

正一位が生前に贈与された例は長い歴史の中でも実に6人しかいないそうで、
他はほとんどが死後の追贈。
家康でさえ生前は従一位が最高位で、死後に正一位が贈られた。
ケイキさんを除く他の徳川将軍も、死後に正一位を追贈されている。

こういう身分からも、一品宮である輪王寺宮が将軍とほぼ対等の立場だったというのが
うなずけますね。


で、こちら↓。


上野・上野東照宮159


上野・上野東照宮162


どちらもてっぺんの部分が欠損してると思われますが、これが

 【奉献 東照宮 金燈籠両基
  慶安四年辛卯暦 尊前 四月十七日
  備前少将源朝臣光政】

やっぱりあったよ~!
これが光政君の灯籠かあ~!!

ところでこの銘は、1枚目の写真の灯籠を
銅の真ん中のつなぎをまたいで上下通しで読んだものです。
ここまで沢山の灯籠を紹介してきてますので、なんか変なのがわかるでしょう?

2枚目の方はかなり状態が良くないんだけど、
こちらの方の銘はおそらく

 【奉献 金燈籠両基
  東照宮 尊前
  慶安四辛卯暦四月十七日
  備前少将源朝臣光政】

となっていて、ちゃんとしてます。


実は光政君の灯籠は、残念なことにどちらにも落書きらしきものがあって、
てっぺんもなくなってるし、苦労したらしい形跡がある。

石灯籠がパーツごとに分解できることは 「上野第二編(6)」 で知りましたが、
造りとしてはおそらく銅灯籠も同じで、1枚目の写真の方の灯籠は
1度組み直したんじゃないかなって思うんだよね。

それで、胴を組んだ時に位置をちゃんと合わせなかったから
こんな風に文字がズレてるんじゃないかと推測致しました。
組み直してなかったとしても、上下がズレるだけの出来事があった。
名君の灯籠が、残念なことです。


灯籠奉納時の慶安4年(1651)は、光政君42歳。
この日付の3日後には徳川家光が亡くなり、ちょうど慶安の変・・・
いわゆる「由比正雪の乱」の時期にあたりますが、
当時から周囲の評価も高かったらしく、ウィキペディアには

 【慶安の変の首謀者である由井正雪などは謀反を起こす際には光政への手当を巧妙に
  しておかねば心もとないと語っている。また由井の腹心である丸橋忠弥は光政は
  文武の名将で味方にすることは無理だろうから、竹橋御門で桶の中に扮して
  射殺すべき策を立てたという。】

なんて話がある。
ただ、由比正雪のセリフには

 【「(光政の心学は)表向きは儒者、内々は謀反心も候や」】

という注釈が付けられているので、ただの大藩の聖人のような君主というよりは、
幕府との軋轢を生みだすような、時に苛烈さをも伴う骨太さがあると
認識されていたのかもしれない。

そういう激しい性格の一端を表すエピソードは、
岡山の 国清寺 のあたりでも少し紹介してますけどね。


ウィキペディアには、こんな話も載せられている。

 【衆道を嫌悪し、同性愛を激しく弾圧した。光政にとっては男色はかぶき者と同列の
  存在であり、断じて許すべきではないものとして、光政は男色を「大不義」と呼んだ。

  1658年(万治元年)、男色が原因で死者が出る刃傷沙汰が起こり、関係者が切腹や
  追放などの処分を受けた。これを契機として光政は男色の規制を強化し、
  男色があった場合迅速に家老に連絡するよう命じた。光政にとって、男色を規制
  することは彼の信条とする「仁政」であった。】


去年、江戸でどんな出来事があったのかが一覧になっている
『江戸東京年表』(小学館)という本を買いまして、
各方面の勉強が忙しくてまだ慶安4年までしか読んでません。

ここまでは幕藩体制が漸次整えられていく中で、
当然様々な法令が出される内容が多いのですが、
そのお堅い文章の中でちらほらと男色関係の出来事が顔を出す(笑)。

ここに書かれているのはホントに大きな出来事だけなので、
実際にはもっと男色のもつれはあったんでしょうけど、
もう少し先まで読んでそれなりの分量があれば、江戸の雑談として
男色関係特集を組むのも面白いんじゃないかなんて考えてました。

だって、寛永元年(1624)には「諸隊番士法度」で
こんなことが禁止されたらしいのだ。

 ・城内での争いごと
 ・同僚などとの男色・結党
 ・不良少年の集会への同座
 ・少童に耽楽すること
 ・理由なく他の役所に出向くこと
 ・番頭・組頭の命令に違反すること
 (『江戸東京年表』より)


いやあ~、主従の関係が密接だった戦国時代までは「たしなみ」でさえあった男色が、
お触れで禁止されるまでになったんだからね~。
時代は変わったなあ
つか、家光も男色大好きだったってウワサもあるんだけど。

江戸では町人の間にも男色が浸透し、前髪立ちの美少年の魅力をウリにした
若衆歌舞伎が流行るが、やはりホモ・・・いへ、男色家による弊害が多く、
承応元年(1652)には若衆の前髪を落とさせ、ついで若衆歌舞伎そのものが禁止される。
『江戸東京年表』には、これも若衆を侍らせて男色にふける
大名や旗本対策だったとある。

それでも男色による痴話ゲンカなどが後を絶たず、承応3年(1654)には
少年を草履取りとする事が禁じられる。

しかし、男色問題の根絶には至らず、明暦2年(1656)には
男色のもつれで美濃青野藩主が家臣に殺されるという事件まで起こる。
公式発表は「自殺」のようだけど、取調べで事件の経緯は発覚しているので、
光政君がそのニュースを聞いたとしたら、鼻を鳴らして憤慨したことだろう。



さて、エリア8最後は


上野・上野東照宮166(保科正之)


逆光でロクにわかりませんが、こちら

 【會津
  従四位上左近衛権少将源朝臣正之】

エリア3にあった、保科正之の片割れですね。
こんなとこに・・・


え~、ひとまず灯籠の紹介はここまでとします。
社殿の前におわす狛犬↓。


上野・上野東照宮75


上野・上野東照宮76


すげえ
江戸の狛犬が個性派揃いなのは「プチ日暮里編」などで紹介してますが、
なんともまあ・・・

広島の狛犬はこれまで沢山写真を掲載したように、
とにかくボールがデカくて独特。
ただ、バスケットボールほどの大きさの毬を除けば
これといった特色はない。

それに比べると、江戸の狛犬はバリエーションがありすぎるぐらいで
広島の狛犬を見慣れたわたくしには面白すぎ。

上の写真の後にこんな写真がありまして


上野・上野東照宮77


上野・上野東照宮78


順番的に、狛犬の台座を撮ったんじゃないかと思うんだけど、
近くにあった灯籠の台座に目が行ってふらりと撮ったものかもしれない。
これ、サルだよな?

今度は向かって左側の狛犬↓。


上野・上野東照宮81


上野・上野東照宮83


歯~剥いてるし~。

狛犬のすぐ下の台座は


上野・上野東照宮82


葵だ。
遠目に見ると、ちょっと古代エジプトの「ホルスの目」みたいだな。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2014年07月29日 20時59分48秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: