戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年03月16日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
「今治おもしろ百科」様のサイトでは、

 【江戸忍ヶ岡に東叡山寛永寺を造営する際、天海と高虎の打ち合わせがありました。
  もともと、上野は藤堂家の江戸屋敷があったところ。家康をまつった東照宮を建立して
  鎮守とし、天海が開山となり、高虎が開闢人となれば、来世も一緒にいられるとの
  考えだといいます。】

とある。

天海と与右衛門の親しさの程度はわからないけど、
これまでの歴バナで色々書いてきたように、双方とも家康から信頼を受け、
日光東照宮の奥宮には家康像の隣に天海と与右衛門の像が並んでいるという。


今度行ったら探してみよう。

この両者は久保文武氏が言われるように、権力争いから一歩引いた
二番手に徹する立場でもあり( 「上野第二編(64)」 参照)、
そういう中で紫衣事件に見られるような協調姿勢を取ることも多かったかもしれない。

それに、初期の各地への東照社勧請にはほとんど天海が関わっているし、
場所も寛永寺建設途中(もしくは創建後)の上野とくれば、
上野東照宮の勧請に天海がタッチしなかった可能性は皆無といっていいだろう。
であれば、やっぱり天海と与右衛門は結構親しい間柄にあり、
ゆえに上野への勧請を天海が仲介したと言えるのかな。

与右衛門が改宗した際(上記リンク参照)、天海から「寒松院」の法号を与えられた。

与右衛門の遍歴と性格をよく現すいい法号だと私は思うけど、
これも天海が与右衛門をよく理解していたことの表れじゃないだろうか。



てな訳で、寛永年間の初期には江戸城の紅葉山、浅草寺、上野に東照社があった。
このうち紅葉山は徳川家専用で、浅草寺については 「上野第二編(58)」 で

あったかもしれない。

寛永寺は江戸城の鬼門に建てられた、とはやたら言われることですが、
実のところ寛永寺は少し北に寄っていて、鬼門というなら浅草寺の方がふさわしい。
家康が入府した際、最初に浅草寺を祈祷寺に指定したのは
あるいは鬼門という位置も考慮に入っていたかもしれない。

そういう場所にあるので、紅葉山と同時期に浅草寺にも東照社が勧請されたのは、
それこそ江戸城の鎮守という意味合いもあった可能性はある。
ところが、浅草寺はその大事な東照宮を失火により失うという失態を演じる。
これに対し、家光は浅草寺への東照宮の再建を許さなかった。


実は寛永初期の江戸には第4の隠れ東照社があった。

秀忠は紅葉山に東照社を勧請したものの、こちらは大名などにも参詣させる
公的な性格が強かったためか、江戸城本丸に本殿だけの小さく簡素な東照社を
勧請させたというのだ。

『落穂集』では江戸城に勧請したのは秀忠ではなく家光ということになっていて、
大御所となった秀忠が西の丸から本丸に来る時に目ざわりにならない場所に
小さくお宮を造って、常に拝礼したと語られている。

どちらが造ったにせよ、江戸城の本丸には将軍の私的な参拝のための
小さな東照社があったことに変わりはない。

寛永14年(1637)、秀忠の死後に家光は本丸の社殿を二の丸に移し、
「内宮」としてあらたなものを建立した。
このあたりの経緯が今ひとつよくわからないんだけど、この頃に紅葉山にも
手入れがあったのか、浅草寺東照社の御神体が紅葉山に移されたという。

寛永19年(1642)、浅草寺炎上。
『落穂集』にはこんな話が載っている。


  現在の紅葉山のお宮のお供所の前にある石の手水鉢に「浅野但馬守長晟」とあるのを
  みんなが不思議に思っているのですが、通常、紅葉山のお宮へは御三家様以外の献上は
  ないはずなのに、なぜ外様大名衆の中で浅野長晟殿お一人だけが手水鉢を献上
  されたんですか?


浅野長晟殿の御内室は権現様の姫君で、初めは蒲生秀行へ嫁がれましたが、死別され、
  浅野長晟殿へ再嫁され「紀州の御前様」と称された方です。浅草寺内へ東照宮が建立
  される際、この姫君が御手水鉢を献上されたいと仰せになったということで、御手水鉢には
  浅野長晟と銘があるものの、実は姫君様のご寄進なのです。

  浅草寺のお宮が焼失して焼け残ったこの御手水鉢を、姫君様のご寄進だというので
  紅葉山へ移したそうです。このため、元和四年と彫ってあるのだとうかがっています。



家光は浅草寺に再建を許さなかったばかりか、焼け残った由緒ある品まで
ごっそり引き揚げさせたということらしい。
この姫君とは家康の三女・ 振姫 のことです。


で、慶安4年(1651)になると、家光が与右衛門の建てた上野の東照社を撤去し、
あらたに壮麗な社殿を建立する。
これが現在の上野東照宮。

江戸城本丸と上野の東照社は、いわば私的なもの。
それに対して紅葉山(将軍家用)と浅草寺(庶民用)は公的なもの。

私的なものと公的なものの2種類が江戸にあったために、
変遷も色々と複雑になってますが、つまるところ、浅草寺のが焼失して
再建されなかったために庶民用の東照社がなくなってしまい、
かわって藤堂家の私的なものだった上野にあらためて公的な庶民用の東照社を
造ったって流れになるんだろうか。

ま、ここも家光が与右衛門の造った質素なお宮が気に入らなかったとも
言われるんだけど。


もうひとつの私設東照社、江戸城内にあった方は、家光の死後の承応3年(1654)
紅葉山東照宮改築の際に御神体が紅葉山に移され、社殿は仙波東照宮に移築されたという。

その他、増上寺にも早くから東照宮の前身はあったようなんだけどね。
ただ、芝のは神仏分離令以後に増上寺から切り離されて芝東照宮となったようなので、
ほかの東照宮とはちょっと歴史が違う気がするんだよな。




さてと、歴史関係は大体こんなところかな。
久々に境内に戻りますか。
写真はたくさんありますよ~(笑)。

ちなみに、現在の社殿は家光が慶安3年(1650)に改築を命じて、
翌年の4月17日に完成したものらしいけど、家光はその3日後に亡くなっているので、
上野東照宮のリニューアルオープンは見ることがなかったと思われます。


それでは、 「上野第二編(43)」 で社殿前の狛犬まで来ましたが、
その続きになります。
(つか、20話以上ぶっ通しで歴バナ書いてたのかってことに今気がついた)


こちらが第二編(’13/7/20)での前面の様子↓。


上野・上野東照宮124



上野・上野東照宮84



 【唐門(唐破風造り四脚門)

  日本には一つしかない金箔の唐門である。扉には梅に亀甲の透彫、門柱には
  左甚五郎作昇竜(右)降竜の高彫、門の側面左右上部の松竹梅に錦鶏鳥の
  透彫など非常に精巧を極めたものである。

  昭和25年国重要文化財指定。唐門・社殿・透塀・大石鳥居】
  (現地解説板より)


日本で唯一の金箔の唐門という話は事前に聞いていた。
でもなんか変じゃね?
社殿の周囲にも境内にも作業用具が色々置いてあるから、
工事中なのかな・・・

狙った訳ではありませんが、実はこの後の第三編・第四編と続けて
上野東照宮へ行っておりまして、偶然にも工事の変遷が写真に映る結果となりました。

で、こちらが第三編(’13/11/2)での唐門↓。


上野3・東照宮拝殿



上野3・東照宮唐門(工事中)



うん、だいぶそれっぽい感じになってきてます。
まだ周りはシートに覆われているけど、それでもわずかに顔をのぞかせる金の扉に
おじさんおばさん食い入るように見ております(笑)。
金の魔力ってすごいもんです。


それで、第四編(’14/1/3)ではどうなったかってゆーと・・・
すいません、全景の写真がないんです

いや、上野東照宮ってその立地からそこそこ参拝客もいるもんだけど、
この時は三が日でねえ~。
パンパンするのにも結構並んだんですよ。

で、この時は唐門の変遷に気がついてなかったので(←バカ)
唐門の写真は前にも撮ったし、そもそも人が大勢並んでるから
ろくな写真撮れなかったのでもう撮らないでいいかなって思ってたんだよね。

しかし、門全体の写真はないけど、こんなのがある↓。


上野4・東照宮唐門3



時間と前後の写真からして、これも唐門の扉のような気がするんだけど、
金箔じゃなくなってるな・・・
周りもなんかヘンだし。

まあ、特別な日でなければそれなりに写真は撮れるハズなので、
今度行ったらちゃんと完成形を撮ってきます。


それから、解説にある左甚五郎の竜は、第二編ではシートに覆われていたものの↓


上野・上野東照宮100



第四編ではもう外されてました↓。


上野4・東照宮唐門2



この竜も、かつての 根本中堂前の鐘楼の竜 と同じく、
夜になるとここから抜け出して不忍池に水を飲みに行ったという
伝説を持ってます。

上野東照宮のリーフレットによると、

 【頭を垂れているほうが昇り龍と呼ばれているのは、偉大な人ほど頭を垂れる
  という諺に由来するといわれています。】

とあるんだけど、現状ではロクな写真がありませんので、
ここもまた撮り直しに行って参ります。
あれだけ写真撮ってて、なんで撮り残しがあるんだろう。
不思議だ・・・(笑)。


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最終更新日  2014年07月27日 21時58分29秒


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