戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2014年03月22日
XML
カテゴリ: 上野と寛永寺
こちらが庭園内の案内図↓。


春の寛永寺・旧本坊10-2


コーヒーカップの描かれているのは特設カフェらしい。
アシュラン(興福寺阿修羅像)の上映が始まる前に庭園を見終えて
庭園入り口にあるレストランで昼メシを食べておこうと思ってたけど、
食べ物系も置いてあればお外で宮のお庭を見ながらランチもいいな

この図によると入り口は2つあるらしいけど、
私は時計と反対周りに大きく周ることにした。

五重塔の正面側のお向かいに建つのがこれ↓。


春の寛永寺・旧本坊21


 【第二回内国勧業博覧会の碑

  明治政府は勧業政策の一環として博覧会を開催、その第一回から第三回の
  会場が上野公園だった。明治14年(1881)に開催された第二回博覧会では、
  新築間もない博物館旧本館(コンドル設計)が美術館として使われた。】
  (現地解説板より)


入り口に置いてあったチラシにはもう少し詳しいことが書いてある。

 【(前略)明治10年(1877)の第一回博覧会では、本館北側のバルコニーの
  あたりに、日本で初めて美術館という名の煉瓦造りの建物が建てられました。
  この美術館の前面にジョサイア・コンドル(イギリス 1852~1920)
  設計の博物館旧本館が建てられ、明治14年の第二回内国勧業博覧会で使用
  されました。


  入場者数は82万人に上りました。博覧会は産業の振興におおいに役立った
  だけでなく、美術作品の出品も多く美術の振興にも寄与しました。

  ちなみに、博覧会への出品物は特別購入予算が計上されて博物館に買い上げ  
  られており、現在も明治の工芸作品の展示の重要な一部分になっています。
  博物館に碑が残っているのは、この第二回のみです。】



リフォームされて使われてます。( 「上野第二編(30)」 参照)


で、ここから通路に沿って大きく庭園を周っていく訳ですが・・・


春の寛永寺・旧本坊22


なんか、イメージしてたのと違うなあ。
かなり手が入れられてるような気がするんだけど、
どの程度宮のお庭だった頃の面影を残しているんだろうか・・・
寛永寺のホームページによると、小堀遠州がここの庭園を手掛けたって
話なんだけど・・・

庭園の概要については、チラシにこんなことが書かれていた。

 【博物館の敷地は、もとは寛永寺の境内でした。現在本館が建っているところが
  寛永寺本坊跡にあたり、この庭も寛永寺の庭であったと考えられます。ただし
  庭は何度も改修を重ねており、今ある茶室などものちに移築されたもので、
  当時の面影を残しているのは、東洋館北側のこんもりと高い築山、中央の池の
  ごく一部分、そして庭の一角の古い墓石のみです。】


解説にある築山は前回桜が少し咲いていた小山のこと。
元三の日に門の外から恨めしげに眺めていた時、奥の方はあの築山に遮られて
見えなかったので、一体この奥にどんなお庭が広がってるんだろうと
妄想してたものの、実際往時のものが残されているのはほんの一部らしい・・・
残念だけど、まあしょうがないよな。


舗装された通路に従って、歩きだす。
この通路は割と庭園の外側付近に付けられているので、
樹木の間からトーハクのフェンスが見える↓。


春の寛永寺・旧本坊24・寒松院



あ、あの外側に見えるの、与右衛門の 寒松院 だ。
祝日(春分の日)だから国旗を掲げている。


このあたりから、道は大きく西へと向きを変える。


春の寛永寺・旧本坊25


そのすぐ先に、第一の茶室への入り口がある↓。


春の寛永寺・旧本坊26


どうせ元からあったものじゃないんだし、茶室には特別の関心もないけど、
それなりに歴史のあるものが移築されてるようだし、
いつでも入れる訳じゃないので小道を入って茶室へと向かう。


春の寛永寺・旧本坊28・春草盧


 【春草蘆(しゅんそうろ)

  江戸時代、河村瑞賢が摂津淀川改修工事の際に建てた休憩所で、その後
  大阪に移された。原三渓が横浜三渓園に建てるべく所持していたが、昭和12年に
  松永安左エ門(耳庵:じあん)に贈られ、その別荘であった柳瀬荘(埼玉県所沢市)
  に建てられた。同23年柳瀬荘とともに松永安左エ門から当館に寄贈され、
  同34年に現在の位置に移された。】
  (現地解説板より)


河村瑞賢・・・名前だけは聞いたことあるな。
つか、名前しか知らないので(笑)、いつもの通りお手軽なウィキペディアでお勉強~。

瑞賢さん(1617~1699)は伊勢の農民の出で、
13歳の時に江戸に出てのち材木屋を営み、明暦の大火では木曽福島の材木を買い占め、
莫大な利益を得たとある。
ふんふん、明暦の大火でね。覚えておこう(←相変わらずの火事好き)。

経歴を見ると、新たな航路を開発したり、上の解説にあるような治水工事に
携わるなど水関連の活躍が多い。
ウィキペディアには

 【天和3年(1683)に若年寄稲葉正休が淀川の視察に訪れた際に
  瑞賢が案内役を務めたことから徐々に幕府上層部に伝わることになり、
  翌貞享元年(1684)には淀川河口の治水工事を任されることとなる。】

とあるので、17世紀の終わり頃の建築ってことかな。
休憩所っていっても小さな建物だし、自分用のものなのか、
それともお偉いさんの接待用にでも使われたか。


この手前にはこんなものがある↓。


春の寛永寺・旧本坊29


 【町田久成の碑

  初代博物局長(館長)町田久成の顕彰碑。町田久成は天保9年(1838)
  薩摩(現在の鹿児島県)に生まれ、慶応元年(1865)に渡英。大英博物館などを
  訪れ、日本での博物館創設を志し、帰国後日本の博物館の基礎を築いた。】
  (現地解説板より)


ええ~、何も博物館長の碑なんかこんなとこに建てんでも・・・
が、チラシによるとこういう方らしい。


 【(前略)文化財調査や保護を提唱し、自らの財産を投げうって書・古美術品を
  買い求め文化財の散逸を防ぐことにも尽力しました。明治15年に退職、
  仏門に入り、明治30年9月15日上野で没しました。寛永寺津梁院に墓があります。】 


なるほど、ご立派な方だったんだな。
津梁院(しんりょういん)は津軽信枚の寄進の子院ね。


で、こちらが茶室の裏手↓。


春の寛永寺・旧本坊31・春草盧



春の寛永寺・旧本坊32・春草盧



この「春草蘆」の扁額は、能書家の曼珠院良尚法親王(まんしゅいん・りょうしょう
ほっしんのう:1622~1693)によるもので、原三渓が耳庵に贈ったものだと
チラシに書いてある。

良尚法親王の生没年からすると、春草蘆建築当初頃からあったものだと思われる。
ウィキペディアによると、河村瑞賢は新井白石から「天下に並ぶ者がない富商」と
賞賛されるほど富裕な人だったらしいけど、それにしてもイチ商人が
法親王から扁額を戴くなんてどんだけ・・・



春草蘆を出て通路を先へ進むとすぐ、第2の茶室への入り口が現れる↓。


春の寛永寺・旧本坊33・転合庵



春の寛永寺・旧本坊34・転合庵


 【転合庵

  小堀遠州が八条宮から茶入(瀬戸茶入 銘於大名)を拝領した際に、
  その披露の茶会のために京都伏見の六地蔵に建てた茶室。遠州の晩年には
  しばしば茶会を開いたと伝え、その後京都寂光寺さらに東京へと移され、
  昭和38年10月塩原千代氏から「瀬戸茶入 銘於大名」とともに寄贈されて
  現在の位置に移築された。】
  (現地解説板より)


おお、この八条宮って後陽成天皇の弟の 八条宮智仁親王 のことだよな!
上野編で寛永寺に直接関係ないことまでしこしこ書いてきた甲斐あって、
こういう文章まで理解できるようになるのは嬉しいな


戦国武将にはマルチな人が多いけど、学芸の才能の高い人は
文化面での公家との関わりも多い。

上記リンク先では八条宮が細川藤孝から古今伝授を受けたことを書いたけど、
八条宮が造った桂離宮内にある持仏堂には、かつて和歌の師である藤孝の
肖像画が祀られていたそうな。

『徳川和子の入内と藤堂高虎』(久保文武)には、

 【遠州があれ程有力な幕府の官僚に成った背景には大大名藤堂高虎が
  あったからだろうと、森蘊氏は「小堀遠州」(吉川弘文館)で説かれているが、
  反面、高虎が京の公家衆と特に昵懇な交流を有したのは、織部亡き後の
  当代随一の茶道・造園等の文化人遠州の媒介があったからともいえるのでは
  なかろうか。】

とある。

桂離宮の作庭を手掛けたのは小堀遠州だとも言われ、確かにこの2人の名前を聞けば
庭つながりか~とまず思っちゃうけど、遠州作庭説はどうも怪しいらしい。
ただ、庭つながりじゃなかったとしても、転合庵についてのこういうエピソードが
あるのであれば、茶を通しての付き合いも確かにあったんだろうな~と思った。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2014年03月22日 21時58分17秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: