戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年03月24日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
有馬家の墓を過ぎると、ようやく庭園ぽい光景が広がる↓。


春の寛永寺・旧本坊58


おお、なんかデカい灯籠があるぞ。
行ってみよう。


春の寛永寺・旧本坊60



アハハハ、ひさびさの広島ふう灯籠だ~!!
関東の史跡・寺社めぐりはロクにしていないので、
こちらでこのタイプを見たのは初めてかもしれない。
ついでに小道の先まで少し進んでみた↓。


春の寛永寺・旧本坊85


池だ・・・結構大きい。
正面に見えてる大きな建物がトーハクの本館。
ですが、宮の御本坊を思い浮かべてご覧ください

この池はあちら側から見る方がよさそうだな。
ここで通路へ引き返して、有馬家の墓石の前に見えていた建物へと向かう。


春の寛永寺・旧本坊63・応挙館


 【応挙館

  名古屋市郊外の明眼院の書院として寛保2年(1742)に建てられ、後に
  東京品川の益田孝氏邸内に移築され、昭和8年(1933)当館に寄贈された。
  室内の障壁画が、天明4年(1784)に円山応挙が描いたものであることから、
  「応挙館」と呼ばれている。】


チラシの方では、

 【室内に描かれている墨画は、天明4年、円山応挙(1733~1795)が
  明眼院に眼病で滞留していた際に揮毫したものであると伝えられています。
  松竹梅を描いた床張付と襖絵がのこされています。

  墨画は保存上の理由から収蔵庫で保管されていますが、2007年、応挙館には

  応挙揮毫当時の絵画空間が再現されました。】

だそうな。

縁側にはこんな箱が置かれていた↓。


春の寛永寺・旧本坊64・応挙館



アハハ、 上野東照宮のぼたん俳句会 を思い出すな~。
さすが、文化ゾーン上野だ。

私もここで一句詠んでいこうかと思ったけど、
庭園を見てご飯を食べて12時のアシュランの上映に間に合わせるつもりで、
時計とにらめっこしながらせかせか歩いてたもんだから、
みやびなモードにはなれず、断念・・・


せっかく最新の技術で内部を復元したとあるのに、
戸がぴっちり閉ててあって外側を拝むしかできない。
が、こんなんなってる戸板もあって


春の寛永寺・旧本坊65・応挙館


思わず城郭の窓を連想させる。
内側の板をスライドさせて覗けるようになってるんだろうな。


春の寛永寺・旧本坊66・応挙館



春の寛永寺・旧本坊67・応挙館



瓦が普通の巴とちょっと違うな。
こちらが応挙館の裏手↓。


春の寛永寺・旧本坊84・応挙館


この奥に、もうひとつ建物がある。
建物系はこれでおしまい。


春の寛永寺・旧本坊69・九条館


 【九条館

  もと京都御所内の九条邸にあったものを東京赤坂の九条邸に移し、昭和9年(1934)
  九条家から寄贈され、当館に移築された。床張付、襖等には江戸時代前期狩野派の
  手になる楼閣山水図が描かれている。】
  (現地解説板より)


これ、どーゆー九条さんか書かれてないけど、
単純に九条家と言われて思い浮かべるのはやっぱり九条兼実とか慈円を出した
五摂家の九条家だよな。
それも、御所内にあったくらいだから、宗家の九条さんかな。

明治天皇が京から東京へ移ってきた時、ほとんどの公家が一緒に
こちらに移り住んだって話だけど、ウィキペディアの「九条家」の項には
【母屋などの主要な建物は、明治初期の東京移住命令に伴い東京の九条邸に移築された】
とある。

え、あれって自由意思じゃなく、強制移住だったの?
そりゃ、大変だったろうな~。
わざわざ京から移築するなんて、家を新築するより移築の方が安上がりだったんだろうか(笑)。


春の寛永寺・旧本坊70・九条館


それにしても、立派な建物だ・・・
いつ頃の建築なんだろう。
チラシには、当主の居室として使われていたとある。

ここまでの建物は、内部はすべて覗けなかったけど、
ここはガラス張りになってるおかげで中の様子がわかる。
たとえば、ちょっと見にくいけど母屋(もや)を囲む廊下部分↓。


春の寛永寺・旧本坊71・九条館


板戸になっている。
風格あるな~。
ガラス張りの戸はかつてはせいぜい障子ぐらいではあったろう。


少し進むと、ガラス戸が開け放たれていた。
おお、これはありがたい
撮影禁止とも書いてないので、もう思う存分・・・


春の寛永寺・旧本坊72・九条館



おっ、床の間に絵が見える。
あれが解説にある狩野派のうんたらかな↓。


春の寛永寺・旧本坊73・九条館



この建物は床がすごく高い。
庭にあたる部分には、水ガメのようなものが・・・↓。
これも寄贈品のひとつデスカ?


春の寛永寺・旧本坊75・九条館



裏手へ回り込んだところ↓。
元々の床が高い上に、ここは窓になっているので胸くらいまで高さがある。


春の寛永寺・旧本坊76・九条館


春の寛永寺・旧本坊77・九条館


↑ここも板戸だよ・・・
障子の方の戸も幅広だし、古風な造りだよな。
この先は、最初に見た部屋を正面から見る形になる↓。


春の寛永寺・旧本坊78・九条館


春の寛永寺・旧本坊79・九条館



欄間はカリンの一枚板に藤花菱が透かし彫りされたものだとチラシにある。
手前・奥の部屋とも炉が切られてるようだけど、現在ではこの建物を
茶会などにレンタルしてるためか。
廊下の奥にはポットとか置かれてるし(笑)↓。


春の寛永寺・旧本坊81・九条館



床が高いので、床下好きのわたくしはもちろん覗きこみました。
ただし、ご覧の通りなので中の様子は写真には撮れませんでしたが↓。


春の寛永寺・旧本坊82・九条館


結構いいカンジの床下だったんだけどね。
九条館の瓦はこれ↓。


春の寛永寺・旧本坊83・九条館



応挙館の瓦の真ん中と同じやつだ。
巴とは少し違うみたいだけど、なんていう紋なのかはわからなかった。
ちなみに、九条家の紋ではないようです。


満足して通路へ戻る。
この先を回り込むと、最後の直線ロード。
さっき見た池がよく見える↓。


春の寛永寺・旧本坊87


この後ろに、特設カフェ・・・
いや、移動販売カフェカーが出店していた。
メニューを覗くと、食べ物はホットドックかパンケーキ。
あ、ちょっとこれじゃ軽食すぎるな(笑)。
何かパンでも持ってくればよかった。

ので、予定通りレストランの方で食べることにしたんだけど、
カフェカーの前には見事な桜の木があって


春の寛永寺・旧本坊89



春の寛永寺・旧本坊90



もう花がほころぶ寸前。
これが咲き揃えば、それは見事な眺めだろう。

この池は宮のお庭だった頃の一部分しか名残りをとどめていないらしいけど、
こちら側から見るととても都内とは思えない光景が広がる。
で、動画を撮ってきたので短いですが雰囲気をお楽しみください↓。





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最終更新日  2014年03月24日 21時45分38秒


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