戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月02日
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カテゴリ: 江戸めぐり
前回、榛馬場跡の解説の中に葛飾北斎のことが出てきましたが、

長いので、榛馬場跡の解説と重複する部分などを割愛して紹介します。


 【本所(現在の墨田区南部)に生まれた絵師葛飾北斎は、この稲荷神社の
  すぐ近くに住んでいたことがありました。(中略)榛馬場の辺りに住んでいた
  当時の様子を伝えるのが、「北斎仮宅写生」(露木為一筆)です。絵を描く
  年老いた北斎と娘の阿栄(おえい)が描かれています。阿栄も優れた絵師でした。

  その暮らしぶりを飯島虚心は「蜜柑箱を少しく高く釘づけになして、中には、
  日蓮の像を安置せり。火鉢の傍らには、佐倉炭の俵、土産物の桜餅の籠、

  (『葛飾北斎伝』)と記しています。北斎がこの地に暮らしたのは天保末年頃
  (1840年頃)で、80才を越えていたと思われますが、絵を描くこと以外は
  気にも留めないような暮らしぶりが見てとれます。

  北斎は生涯で90回以上も転居を繰り返したとされていますが、居所のすべてが
  正確に分かっているわけではありません。榛馬場の北斎住居跡は、ある程度
  場所の特定ができ、絵画資料も伴うものとして貴重な例です。】


で、その「北斎仮宅写生」(国立国会図書館蔵)に描かれた
北斎ジジイとお栄ちゃんがこちら↓。


両国26・榛稲荷神社



こういう資料まで解説版に載っけてくれるのはありがたい。


葛飾北斎といえば、「冨嶽三十六景」などの高尚な作品で有名な絵師。

わたくしの北斎のイメージは、無精ひげを生やした変わり者で偏屈でお茶目で
感受性の鋭いジジイ・・・

これはかつての名番組「お江戸でござる」で解説をしていた
故・杉浦日向子先生が描いた北斎像の影響が強いです
(杉浦日向子全集「百日紅」/筑摩書房)。


今は文庫になって復刻されてるみたいだね。
北斎・お栄親子に加え、渓斎英泉、歌川国直など名だたる絵師が
等身大の飾らない姿で生き生きと描かれている作品です。

ちょうど、「北斎仮宅写生」の一場面のような感じ。
てか、こういう史料を元に日向子先生は
自分の北斎像を作り上げたんだと思うけど。

てことで、北斎ジジイが本日の史跡めぐり第一のお目当て。
今回は寄りませんでしたが、本所には北斎生誕の地といわれている
場所もあります。

まあ、現在では榛稲荷神社の敷地は小さくて、
周りの大きな建物に囲まれてひっそりと地味な存在だけど、
この辺にかつてはごちゃごちゃと長屋が並び、
その小さな一室に北斎とお栄が住んでいたと思うと、
急に江戸のかほりが漂ってくるから不思議なものです。

前回載せた「江戸切絵図」を見ると、この辺りは武家の屋敷と
町人のブロックがかなり混在していたようです。


さてそれじゃ境内に入ります。
小さい神社といっても、そこは古い神社らしく古っちいものもある。


両国24・榛稲荷神社



↑小さな境内には似つかわしくない、大きな倉庫・・・
神輿でも収められてるのかな?



両国25・榛稲荷神社



石碑の下部には、なにやら縁起が彫ってある。
全文はちょっと読めないんだけど、どうやら関東大震災でこの付近に火災が起こり、
榛稲荷神社と神社の名称の由来となった榛の木が炎上。

のち、神社の社殿を復興するにあたって旧蹟地から古碑を掘り出したらしい。
それには

 【和銅二年 総国当亀澤村
  亀澤稲荷神社】

とあったそうで、古くは亀澤稲荷神社と呼ばれていたみたい。
和銅2年って709年・・・
聖武天皇の2代前、元明天皇の時代だ。
これが正しければ相当古い神社ってことになるよな。


両国27・榛稲荷神社



両国28・榛稲荷神社



↑この灯篭はもう銘どころじゃありませんでした。
が、かなり古そうだな。


両国29・榛稲荷神社



↑手水鉢に付くのは宝珠。
大正15年の奉納とあるから、関東大震災(大正12年)を経て復興後のものだな。


こちらが現在の社殿↓。


両国30・榛稲荷神社



お?両脇にあるのはもしかして・・・


両国31・榛稲荷神社


おお、やっぱりお狐様だ!!
このテの頑丈なケージ入りお狐様は、巣鴨の とげぬき地蔵 以来だな。

なんとか鮮明に撮れないもんかと近寄ってみたけど、
目の細かいケージに阻まれ、ろくな写真撮れず・・・


両国32・榛稲荷神社



両国33・榛稲荷神社



社殿には、なぜか馬の絵馬がかかっていた↓。
もしかして、毎年干支の絵馬に換えてるのかな(笑)。


両国34・榛稲荷神社



賽銭箱には、宝珠じゃない紋がついていた。
しかし、盗難防止に賽銭箱にかけられたチェーンがちょうど紋にかかって
撮影には邪魔だったのでちょっとずらして・・・


両国35・榛稲荷神社



これ、他人が見たらチョ~怪しい人だよな。
監視カメラに怪しげなわたくしの姿が映って、賽銭ドロボーと間違えられて
警備員が飛んできたらどないしょ・・・

なるべく誤解を招かないような動作を心がけながら、
内心びくびくしつつ写真を撮る。


これで榛稲荷神社はおしまい。
大通りの清澄通りへ戻って南下を続ける。
すぐ先の大きな交差点で信号待ちをしてたら、
通りの向こう側にこんな店があった↓。


両国36・ライオン堂



ライオン堂?
キングサイズ?
いくらここが両国だからって、お相撲さんまで描いてあるし

しかし、後から知ったんだけど、この辺て相撲部屋が多いらしい。
松戸とか、結構千葉にも相撲部屋ってあるから
近郊に分散してるのかと思ったら、やっぱこの辺に集中してたみたい。
なるほど、じゃあホントにお相撲さんもOKなサイズのお店な訳だな。

現地でもらった地図によると、ライオン堂のお隣は靴やさんで
こちらも「大きい靴 イマムラ靴店」とあるから、
好みはともかく、ここの交差点の2軒のお店でお相撲さんも
全身コーディネートできるってことだな(笑)。


内心ニヤニヤしてたら、信号が青に変わった。
今日のモットーは、「手早くコンパクトに」。

てか、江戸めぐりは普段の土日がほとんどになるかと思うし、
あまり根を詰めると事前の準備も後始末(←ブログ)も大変になるので、
江戸めぐりの時はきっちりと下調べはしないことにしたのだ。

ので、今回歩きながら手にするのは「すまほ」だけ。
大体のお目当ての位置は頭に入っているので、あとはすまほのマップで
現在地を確認しながら進むお手軽なスタイル。
もちろん、遠征の時は今後もきっちり準備はしていくけどね。


次のお目当てはすぐ近くにある。
が、マップを見ていたら、その手前に二所ノ関部屋があるとわかったので、
せっかくだから相撲部屋を見ながら行こうと小道を入った。

しかし、道はたぶんあっているハズなのに、相撲部屋らしきものは見当たらない。
ここじゃないかと思われる場所はこんなんなってた↓。


両国37・二所ノ関部屋?



これも後から判明したんだけど、相撲部屋と言っても
デカい看板がかかっている訳でもなし、ぱっと見はフツーのビルかマンションと
いった建物が多い。
ので、たぶんこの工事中の大きな建物が二所ノ関部屋なんだろうと思われます。



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最終更新日  2014年05月02日 23時41分39秒


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