戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月19日
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カテゴリ: 江戸めぐり
明暦の大火供養碑の並びにあるのがこれ↓。


両国・回向院35・関東大震災横死者の墓



関東大震災の供養碑のようです。
このエリアは横死者オンパレードのようだな・・・

かと思うと、一番奥にはこんなのがあった↓。


両国・回向院34・六世竹本都賀太夫の碑


竹本?って義太夫の?
都賀太夫の墓の裏手には


両国・回向院36・竹本関係の墓





もひとつ墓を見る予定なので、このまま明暦の大火供養碑の裏手を歩く。


両国・回向院37



この辺はこんな風にいかにも古そうな、横死者系の碑っぽいのばかりで
怖がりのわたくしは立ち止まっちゃいけなさそうな雰囲気・・・
ので、前回の溺死者一覧で紹介したような、帆掛船形の碑も記憶にありませぬ。

うん、どうもこの辺は違うっぽいな。
とすると、さっきから数人立ち寄っていたこれがやっぱりそうか↓。


両国・回向院38・鼠小僧の墓



奥へ進む前に、この入口にあるお地蔵様をご紹介しましょう。


両国・回向院39・塩地蔵



だいぶボロボロで、ほとんど心霊写真のようですが、



 【塩地蔵  宝暦7年(1757年)建立

  [文政寺社所]
  「日参の諸人心願成就の上塩を供す。依母而俗に塩地蔵と云」とある。
  ※さまざまな人々が願いをかけそれが叶ったおりに、供える塩が大雪が積もった
  ように見えるときもあったと記されている。】



とゆーことで、霊験あらたかゆえにお礼参りで塩を沢山振りかけられて
腐食してしまったんでしょうか
(石が腐食するか?)

このお地蔵様は平成に生きる私達にも恵みをもたらして下さるようで、
この日もお地蔵様の足元には


両国・回向院40・塩地蔵



と奉納品の塩が積まれてました。 

解説の最後には【「東都48塩地蔵の第47番目」である】と書かれているものの、
回向院のホームページには【「東都歳時記」所載の江戸東方四十八ヶ所地蔵尊参りには、
その四十二番目として数えられています】とある。

塩地蔵があちこちにあったのか、48の地蔵のうちのひとつが塩地蔵なのか
今ひとつわからない
にしても、塩とか 油 とかよく考えるよな~。


塩地蔵の反対にある灯篭はちょっと変わってる↓。


両国・回向院41・鼠小僧の墓入口



火袋部分↓。


両国・回向院42・鼠小僧の墓入口



なにこれ?
これじゃ火は入れられないよな。
胴の部分もオシャレ↓。


両国・回向院43・鼠小僧の墓入口



それじゃ、道の脇にある墓っぽいのは無視して奥へ進みます。


両国・回向院44・鼠小僧の墓



全然墓っぽくない・・・
しかし脇にはこう書いてあったので、どうやらこれが2つめのお目当てのようです↓。


CIMG2236



はい、境内には色んな動物が眠りますが、ねずみはねずみでも
こちらはニンゲンです。


 【鼠小僧供養墓 「墨田区民族文化財指定」

  碑の正面には「天保二年八月十八日」「俗名 中村次良吉之墓」
  「教覚速善居士」「道一書」
  裏面には「大正十五年十二月十五日 建立」
  左側には「永代法養料金 五十圓也 細川仁三」と刻まれている

  鼠小僧は寛政9年(1797)生まれの実在の盗賊であり、「武江年表」によると
  天保3年(1832)8月19日に浅草で処刑されている。
  「甲子夜話」によれば、武家屋敷にのみ押し入ったため、庶民からは義賊扱い
  されていると記されている。

  後に幕末の戯作者河竹黙阿弥が、権力者である大名家に自在に侵入し被権力者側
  である庶民に盗んだ金を配るという虚構の鼠小僧を主人公とした作品を世に
  送り出したことから人気に火がつき、演劇界においては現在まで続く当り狂言の
  一つとなった。

  明治12年(1879)1月の「朝野新聞」によると、歌舞伎の市川一門の一人
  である市川団升が狂言が当った礼として碑と永代供養料10円の寄付を行うほどの
  熱の入れようであったと伝えており、施主として刻まれ、墓の横にも石灯籠を
  寄進している。細川仁三とは市川団升のことであるとみる説もある。

  文学界においても芥川龍之介が「戯作三昧」・「鼠小僧次郎吉」・「復習」と
  3度題材に取り上げるなどとしており、虚構の鼠小僧の人気は高い。江戸時代、
  犯罪者には墓を作ることが禁止されていた。しかし歌舞伎や狂言での成功によって
  祈願対象物としての墓の必要性が生じこの供養碑が作られたと思われる。

  ※他方、供養墓の前にある小さな供養碑は正面に供養墓同様「教覚速善居士」と
  刻まれているが、別名「欠き石」とも呼ばれるものである。鼠小僧の墓石を欠き、
  財布や袂に入れておけば、金回りが良くなる、あるいは持病が治るとも言われ、
  成就した人々の奉納した欠き石は数年ごとに建て替えられ続け、現在までに
  数百基にも及んでいるという。

  発生時期は不明であるが、明治18年(1885)に初演された河竹木阿弥の
  「四千両小判梅集」には、台詞の中でこの信仰の事が触れられている。

  「この供養碑は変貌著しい墨田区と歌舞伎とのかかわりを示す資料でもあり、
  そこにはまた庶民のささやかな幸福追求の対象物としての価値も含まれる」
  (墨田区史より)】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


ねずみ小僧は時代劇でおなじみですが、実在の人物だとは思わなかったよ~。
ちょっと前までは、タッキーがNHKでやってたよね。

一体どんな人だったのかとウィキペディアを見てみたところ、
そこには「義賊」とはかけ離れた、生臭い人間・次郎吉の姿がありました。
以下はウィキの要約です。


え~、まず鳶職人となった次郎吉は25歳で親から勘当される。
その後、博打に手を染め、資金稼ぎのために盗みを始めたそうな。

文政6年(1823)以降、武家屋敷の奥向に忍び込むこと28箇所32回。
大名ばかりを狙った理由としては、

 ・庶民の長屋には当然大金はなく、金持ちの商人は警備も厳重。

 ・大名屋敷は謀反の疑いをかけられては困るので警備は厳重にできなかった
  可能性があり、一旦屋敷内へ入ってしまえば広いので案外と警備は手薄。

 ・表向と奥向がはっきり分かれていたので、奥向で見つかっても女ばかりで
  逃げやすい。しかも、盗みがバレたところで体面があるため公にはなりにくい。

と、「あくどい大名ばかりを狙った」という時代劇のイメージはカケラもなく、
ひたすら現実的な面から大名をターゲットにしたらしい。

文政8年(1825)、土浦藩上屋敷に押し入ってお縄になるも、

「初めてなんですう。
ごめんちゃい!!」


と大ウソこいて南町奉行所の尋問を切り抜け、入墨を入れられて
中追放となる。


この後は上方へ行ったらしいが、こっそり江戸に戻って父親の住む長屋で暮らす。
ここでやめときゃよかったのに、ギャンブラーの血が騒ぎ、再び盗みに手を出す。

そこから7年にわたり武家屋敷71箇所、90回もの盗みを繰り返し、
天保3年5月5日上野小幡藩屋敷にて2度目の逮捕。
1度目の時の入墨があるから、もう同じ手は使えない。

同年8月19日、市中引き回しの上での獄門で有罪が確定。
次郎吉も小伝馬町の牢屋にいたらしく、引き回しの際には有名な次郎吉を一目見ようと、
日本橋や京橋あたりまで沿道に江戸っ子が押し寄せたという。

重罪人であっても、一種のショーである引き回しにボロっちい姿で出すと
観客からブーイングが起こるので、次郎吉にはいい着物を着せて
薄化粧の上、なんと口紅までささせたという。

35歳にして、あわれ小塚原(こづかっぱら)の露と消える。


こんな概略のようですが、本人の自供によると盗んだ金は3000両以上。
が、正確な数字はわかってないという。

フィクションとしての義賊・次郎吉に欠かせない要素は
あくどい大名や商人から盗んだ金を貧しい庶民に配る、というもの。

ところが、それは彼の生前からあった噂だそうな。
2度目の逮捕の時だと思うけど、役人が次郎吉の家宅捜索をした。
けど、あれだけ盗みまくったにも関わらず、自宅からは盗んだ金は
ほとんど押収されなかった。

傍目には派手な生活はしていなかったらしく、
盗んだ金の行方がわからないことからこういう伝説が生まれたのだろうという。
ウィキペディアによると、【現在の研究家の間では「盗んだ金のほとんどは
博打と女と飲酒に浪費した」という説が定着している。】だそうな


家に帰って 長命寺の桜餅 をほおばりながら、

「ねずみ小僧の墓が回向院にあったんだけどさ~、
実際は女やバクチに使い果たしちゃったらしいよ」


と時代劇好きの母親に言ったら

「やめてえ~、
夢を壊さないでえ~~!!」


と耳をふさいでいた。

そんなもんかね・・・
女やギャンブルに使ったって方が人間臭くていい気がするけどね。


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最終更新日  2014年05月19日 23時02分23秒


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