戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月21日
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カテゴリ: 江戸めぐり
本シリーズで紹介する、本所両国の構成要素は

北斎は回向院とも関わりがあります。

時期ははっきりしてないのかもしれないけど、
回向院で布袋の大きな絵を描いたそうなんですね。

その前にも音羽護国寺・本所合羽干場で120畳敷の紙に
大きな絵を描いたというから、回向院の布袋画も
同じくらいの大きさだったのかもしれない。
で、大きな布袋を描いた直後に米粒に雀2羽を描いたそうな。


回向院ではこのほど、北斎の布袋画の伝承にちなんで
布袋像を作ったそうです。
本堂はすぐ出てきちゃったから気付かなかったけど。


さて、これで回向院を後にしますが、入口には明暦の大火の解説の他にも
解説版があります。


 【国技館(大鉄傘-だいてっさん-)跡

  相撲は、もともと神事であり、礼儀作法が重んじられてきました。現代の大相撲は、
  江戸時代の勧進相撲を始まりとします。回向院境内にある「回向院相撲記」には、
  天保4年(1833)から国技館に開催場所が移されるまでの76年間、
  相撲興行本場所の地であった由来が記されています。

  国技館は、この回向院の境内に明治42年(1909)に建設されました。

  当時最大規模の競技場でした。日本銀行本店や東京駅の設計で著名な辰野金吾が
  設計を監修しました。

  相撲興行は、戦後もGHQに接収されていた国技館で行われました。しかし、
  メモリアルホールと改称された後は本場所の開催が許されず、明治神宮外苑や
  浜町公園の仮設国技館での実施を経て、台東区に新設された蔵前国技館における


  一方、接収解除後のメモリアルホールは、日本大学講堂となりますが、老朽化のため
  昭和58年(1983)に解体されました。そして昭和60年(1985)、
  地元の誘致運動が実を結び、JR両国駅北川の貨物操車場跡に新国技館が完成、
  「相撲の町両国」が復活しました。
  大鉄傘跡地は現在複合商業施設となっていますが、中庭にはタイルの模様で
  土俵の位置が示されています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


あ~、蔵前ね~。
そういえば、そんなの聞いたことあったような・・・

で、その大鉄傘の写真がこちら↓。


両国・回向院7・旧国技館(大鉄傘)



今は大鉄傘跡はこんなんなってます↓。


両国・回向院となり2



見ての通り、ここはもう回向院の境内じゃありません。 
ここにも例の高札があったので、ついでにご紹介しましょう。


 【旧国技館跡

  旧国技館は、天保4年(1833)から回向院で相撲興業が行われていたことから、
  明治42年(1909)に、その境内に建設されました。建設費は28万円
  (現在の価値では75億円程度)です。

  ドーム型屋根の洋風建築で、収容人数は1万3千人でした。開館当時は両国元町常設館 
  という名前でしたが、翌年から国技館という呼び方が定着し、大鉄傘と愛称されました。
  しかし、東京大空襲まで、3度の火災に見舞われるなど御難続きで、戦後は進駐軍に
  接収されました。返還後は日大講堂として利用されていましたが、昭和58年(1983)
  に解体されました。左手奥の両国シティコアビル中庭の円形は、当時の土俵の位置を
  示しています。】


で、上空からの大鉄傘の写真がこちら↓。


両国・大鉄傘-2



すごい立派~。
明治にこんなドームが造られてたなんて。
こんな洋風の小洒落た建物の中でふんどしの大男たちが「どすこい」してたなんて
ちょっと笑える~


この「両国シティコア」は複合施設のようで、大鉄傘の解説のほかに
こんなポスターがあった↓。


両国・回向院となり



 【伝統の町両国と鼠小僧次郎吉!

  ここ両国シティコアの界隈では、江戸の昔、曲芸、軽業、相撲などの小屋掛けが
  立ち並び様々な芸能が連日演じられていました。6回までの「大江戸両国・からくり祭」
  を「大江戸両国・伝統祭」と改名し、当時の江戸のにぎわいを今に再現し、より広く
  伝統文化を伝えるべく開催致します。

  その昔、両国の町の一隅に鼠小僧次郎吉が住んでおり、今も回向院の地に眠って
  います。鼠小僧は泥棒でしたが、金持ちから盗んだ金を貧しい人々に分け与えて
  いたと言われています。鼠小僧の身の軽さは、今日の手妻、軽業、曲芸に通じる
  ものがあるかもしれません。また、庶民の味方という心意気も立派です。

  これからも、前回と同様に「大江戸両国・伝統祭」をここ両国に関わる「鼠小僧次郎吉」
  をシンボルマークとし開催して行きます。
  どうぞよろしくごひいきのほどお願い申し上げます。
  大江戸両国・伝統祭 プロジェクト】


伝統芸能と当時の両国の賑わいを再現するのはいいけどね、
次郎吉を称えるのはね・・・
まあ、「庶民の味方」「義賊」というイメージが定着しちゃってるんだろうな。

私個人としては、遊ぶ金欲しさに盗みを繰り返し、
バクチと女にパア~ッと使ったケチな泥棒野郎って方が
人間臭くて好きなんだけど・・・


さてと、前回書いた通り見落としがあったので、
ここから一旦京葉道路を東へ戻りま~す。

少し歩いてすぐの場所にあったのがこれ↓。


両国・本所松坂町の碑



うおお、ラッキー
こんなとこにあったぜ。

「本所松坂町」の名称は 本所松坂町公園内の文章 にあったように、
現在では残っていません。

この石碑の存在は、江戸博で買った『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』を
ご飯食べながら読んでる時に知ったんだけど、どこにあるんだろう?って思ってた。
冊子には住所も書いてあったんだけど、
わざわざ調べて行こうというほどの気はなく、歩いてるうちに忘れた(笑)。

本来であれば回向院の後はそのまま西へ向かうはずだったのが、
忘れ物をしたがためにこの道を通って、偶然見つけてしまうなんて
ラッキーすぎる。

ちょうどこの石碑のすぐ近くにはなぜかおまわりさんが立っていて、
「うろんな奴」と思われても困るけど、周囲の目なんか気にしてたら
史跡めぐりなんてできやしません。
ま、石碑を撮るぐらいで補導されることもないだろ・・・
(↑もう未成年じゃありまへん)

で、石碑をパチリ。
側面には何やら碑文も刻まれてるけど、一部摩耗がひどくて全文は読めない。
ので、『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』の解説を御紹介します。


 【本所松坂町の石碑

  吉良邸は、討入りの一連の処分後は取り壊され、跡地は開放されて町人地と
  なった。同時に町名がつけられ、宝永年間(1704~1711)に
  松坂町1丁目、松坂町2丁目となった。

  昭和4(1929)年11月に、町名が東両国3丁目に変更されることが決まり、
  近世史上に残る「松坂町」の名を後世に残すために、昭和7(1932)年
  6月に町会によって建碑された。石碑は、現在の墨田区両国3丁目19番地に建つ。

  石碑側面には「・・・松坂町トテ近世史上著名ノ地ナリ・・・江東ニ於ケル
  不可失ノ地名ノ永ク後世ニ傳ハラムコトヲ希ミ・・・」とある。】


てことで~、「本所松坂町」の地名は赤穂浪士の討ち入りが
造り出したものだったんですね~。
吉良邸と「松坂町」の名称は直接の関係はないけど、
かつて両国に吉良邸があったことを偲ばせる地名でもある。

歴史ファンとしては松坂町の名称は残して欲しかったところだけど、
歴史ある地名を惜しむ地元ではこの石碑や吉良邸跡にある「本所松坂町公園」に
しぶとくその名をとどめている。

地元のこうした努力がなければ、松坂町の名称は完全に消滅しちゃってたからね。
近年の市町村の大合併などでは、字ヅラだけ綺麗な名称に市町村名が変えられちゃって
由緒ある古くからの地名が姿を消しているなんて話も聞くけど、
たかが地名でも歴史を伝えるものだと考えれば、やはり勿体ないことだと思う。


ここから再び吉良邸の表門前を通り過ぎて、着いたのがこれ↓。(場所は こちら )


両国・本因坊屋敷跡



 【本因坊屋敷跡

  ここに本因坊屋敷跡がありました。本因坊家は、囲碁の名門で、織田信長、
  豊臣秀吉、徳川家康の3人に仕えた日海(一世本因坊算砂)を開祖とする家系で
  名棋手を輩出してきました。「本因坊」の名は、算砂が住職を務めた寂光寺の
  塔頭の一つに由来しています。

  もともとその拝領地は芝金杉にありましたが、幕府に接収されたため、その代地として
  寛文7年(1667)この場所が屋敷となりました。江戸期を通じて、常に囲碁
  四家元(他に安井家、井上家、林家)の筆頭の地位にあり、道策・丈和・秀和・
  秀策などの棋手を生んでいます。特に江戸末期の秀策は、史上最強の棋士として
  「棋聖」と呼ばれました。

  現在は、実力制で争われる多くのタイトル戦のさきがけとして名が残っています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


戦国ジジイだから本因坊なら算砂がお目当てなのに、
巣鴨の 本妙寺 には4代目以降の墓しかなく、
算砂も江戸に来たことはあるらしいものの、屋敷がここに移される以前に
とっくに死んでるから、残念ながらここも算砂とは関わりがない
でもちょっと来てみたかったんだよね。

今年の夏の墓参りの後は 小林平八郎の墓 に寄ってみようかと思ってるから、
「棋聖」秀策さんの墓ぐらい撮り直してくるかな~。


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最終更新日  2014年05月21日 23時42分39秒


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