戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月29日
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カテゴリ: 江戸めぐり
さて、享保18年の水神祭では、鍵屋さんは弥兵衛から数えて6代目。

同じ年には江戸城本丸へ花火を納めるまでになったそうな。
初代弥兵衛のあと、鍵屋では代々弥兵衛の名を受け継ぎ、
両国川開きの花火を担当した。

前回の引用にあるように、文化7年(1810)には玉屋がのれん分けをする。
玉屋になったのは、番頭で腕の良かった清七(新八とも)。

鍵屋では鍵屋稲荷を祀っており、そのお狐様の一方は鍵を、
また片割れは玉を持っていたそうで、清七ののれん分けの際、


清七あらため、玉屋市郎兵衛の腕はかなりのものだったらしい。
玉屋ができると、両国の花火は両国橋の上流を玉屋が、下流を鍵屋が受け持ち、
花火の競演で出来のいい方を「かぎや~」「たまや~」と呼んで評価し、
これが花火の掛け声の由来だとされる。

ただ、実のところ、当時の浮世絵で花火が描かれる場合は玉屋ばっかりだったようで、
本家本元の鍵屋をしのぐほどの玉屋の人気の高さがうかがわれる。

ところが、玉屋は天保14年(1843)4月17日に失火で全焼、
付近の町並も類焼してしまう。

罪科は時代によって違いがあると思うけど、江戸中期以降は
公事方御定書に基づいて刑が決められたようで、
火事の中でも放火と失火では当然罪の重さは違い、


平日の失火なら当人の「押込」だけで済むものが、
将軍のお出かけデーに当たってしまうと、家主・地主や五人組までも連座となる。

玉屋の火事は運悪く将軍の日光参詣の前日だったため、
江戸払いという重い処分を受けた。
これにより、玉屋は断絶。


玉屋の花火が両国に上がらなくなっても、「たまや~」の歓声は残った。
絶大な人気を博した玉屋は、ほとんど伝説のようになっていたのかもしれない。


両国の川開き花火は明治維新や戦争などで中断されながらも、
昭和36年まで続いた。
昭和53年、復活。
「隅田川花火大会」と名を変えたこれが、現在まで続く人気の花火大会。
去年は開始直後の大雨で異例の中断となっちゃって残念だったね。



テラスには、こんなものもあった↓。


両国・潮位記録



下の3つのラインは実際の大川の水位のようだけど、
一番上のは昭和34年の伊勢湾台風級が来た場合の想定値らしい。

現在の堤防はこれより高い位置にあるので、大丈夫だよと言いたいのかもしれないけど、
ホントに大丈夫なのかな。
先の震災では、津波が川を遡上してったからね。

この辺も心配だけど、羽田へ行くモノレールから見る京浜運河沿いは
絶対ヤバいと思う。
いわゆるウォーターフロントとしてオシャレになった無防備な低地を
早くなんとかした方がいいといつも思いながら、羽田空港へ向かってます。
だから~、東京オリンピックよりやることが山ほどあるだろって・・・(←しつこい)


総武線の鉄橋が近くなってきた手前でテラスを出る階段が現れたので
上がろうと思った頃、川辺の柵にこんなのがあるのに気がついた↓。


両国・隅田川テラス



両国・隅田川テラス2



両国・隅田川テラス3



両国・隅田川テラス4



おお、相撲の「手」じゃ~ん!!
もしかしてここ、48手全部あるのかな・・・
もっと早く気付けばよかった。 

しかし、引き返して48手すべてゲットするほどの
時間も体力も気力もない・・・
で、隅田川テラスは今回はこれにて終了。

ここまで歩いてきた堤防の向こう側には、かつて伊勢津藩藤堂家の蔵屋敷がありました。
はい、与右衛門(高虎)の藤堂家ですよ。

両国駅に向かう前に、もうひとつだけ見ていこうかな。
当初の予定では、駅より少し北側まで歩いていくつもりだったんだけど、
また来ればいいや

大体のあたりを付けて小道を川辺まで進んでみたけど、
たぶんあるであろう高札はそこにはなかった。
おかしいな、何かあるハズなんだけど・・・
と思ったら、駅前の通りにあった↓。


両国・津軽藩下屋敷付近



 【百本杭跡

  百本杭とは、総武線鉄橋あたりの隅田川の湾曲した東側の部分に打たれていた
  護岸のための杭で、ここからほど近い川中にありました。川の流れを和らげて、
  土手を保護する役目を負っていました。その辺りは、明治中頃までは鯉の釣り場
  として有名で、釣り好き幸田露伴もよく出かけたといわれています。

  その風景も見事だったため、広重の「東都名所」にも描かれていますし、最後の
  浮世絵師といわれる小林清親が「千ぼんぐい両国橋」や「東京両国百本杭暁之図」
  として、浮世絵に描いています。また、歌舞伎の「色街模様薊色縫」の「稲瀬川
  百本杭の場」で、かなわぬ恋をした二人が身を投げて心中する場所とされています。】


高札に載ってる清親の「千ぼんぐい両国橋」がこちら↓。


小林清親「千ぼんぐい両国橋」


カメラを右に振ると、そこはもう両国駅前↓。


両国・両国駅前



かつてはこの辺りに津軽藩の下屋敷があった。
青いバスの向こうに国技館の屋根が見えてるけど、
そこまで行くと 御竹蔵 の敷地。

清親の絵の左側にぽっこり突き出た場所があるけど、
藤堂家蔵屋敷のあった辺りは、当時こんな風に突き出ていたので、
ちょうど川の湾曲部でもあるし、そりゃ~護岸のための杭は必要だろうと思う。

そういう不自然な地形なので、昔は「どざえもん」が引っかかったという。
関係ないけど、「どざえもん」の名はその膨れ上がった姿が享保頃の相撲取り、
成瀬川土佐衛門に似ていたことから付いたんだそうな。

今は多少埋め立てられたらしく、百本杭を必要とした場所は
なだらかな地形に変わっている。



行きは大江戸線で来たけど、帰りはJRで。
両国駅には相撲の町らしくこんなのがあった↓。


両国・両国駅2



サイズがちっこいので、わんぱく相撲になっちゃってるけどね(笑)。
改札付近には、明暦の大火から現代に至るまでの両国と両国橋の歴史を記した
解説版があった。

かなり長い文章だし、大まかなところは本シリーズで書いてきたので
解説文は割愛します。
ただ、こんな絵がありました↓。


両国・両国駅3



江戸期の川開きの光景と思われます。
すごい舟の数・・・
真ん中にあるのはもちろん両国橋ですが、都内の通勤ラッシュもまっつぁおの
ぎゅうぎゅう詰め。
こんな重量、木橋じゃ耐えられんだろう。
実際、川開きの日の両国橋はギャラリーの重みできしんだって言うし。

川開きに関連する一部分だけ、駅の解説版から紹介します。


 【江戸の夏の楽しみといえば、夕涼みがあげられますが、特に大川(隅田川)での
  納涼は代表的なものでした。5月28日の川開きから8月28日の川仕舞まで、
  見世物や水茶屋は夜間営業を行い、花火も毎晩のように打ち上げられたといいます。
  川面に大型の屋形船や屋根船など数百艘を浮かべ、三味線の音に耳を傾け、
  船上での料理に舌つづみを打ちながら花火を眺めました。】


現代の隅田川花火大会で打ち上げられる花火は合計で2万発以上。
1晩で上がる花火の数は、往時と現代とでは比べ物にならないと思うけど、
3か月もの間、連日のように花火が上がる大川の賑わいは相当なものだったろう。

火事が多かった江戸では、火の取り締まりも結構厳しく、
寛文元年(1661)には夜7時ころ以降は市中の茶店・煮売りの営業は禁止され、
夜中に火を使って煮物を売ることも禁じられた。

まあ、夏の夜の両国では火を使った料理は出なかったかもしれないけど、
全く使わないってのもちと無理があるし、おそらく江戸っ子の楽しみである
川開きの期間中の両国は特別扱いだったんじゃないかと思う。


解説版の先には、こんな絵が↓。


両国・両国駅・白鵬



おお、白鵬だ。
カッコいいな
そのお隣はなぜか・・・


両国・両国駅・むさしまる



なにゆえ、ムサシ?


この奥では、こんなのやってた↓。


両国・両国駅・歴史展



「両国歴史展」なら頑張って観たけど、「両国駅歴史展」じゃな・・・
ワシャ、鉄子じゃないし。


以上で今回のお出かけは終了。
歩きやすかったし、史跡の案内板なども充実しててセンスがいいと感じたので、
かなり楽しめて満足しました。

江戸に目覚めたのは寛永寺に行ってからだけど、
一口に江戸時代っていっても長いし、両国へ来るまでは
江戸でも武家を対象に史跡めぐりなどをしようと思ってた。

が、本シリーズを書く中でいろいろ読んでみると、
やっぱり下町は町人の活気がある。
それに、土地勘があるせいか、西国の勉強をするよりも
江戸はすんなり頭に入ってくるので、もっと江戸が好きになりました。

「戦国ジジイ」の称号を(称号か?)返上する気はありませんが、
今のわたくしの体組成割合は戦国45%、江戸30%、仏教15%、
建築10%といったところでしょうか。
今後どう変わるか見ものですね


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最終更新日  2014年05月29日 21時58分56秒


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