戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月31日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
パゴダのおじちゃんは大変フレンドリーな方で、


え~と、最近では受験生もお参りに来るとか言ってたような・・・
あれ?
でも、何度もお首が「落ちてる」んだから、ホンマかいな。
私の記憶違いかな・・・

お参りに来た人は、大仏のお顔に触っていくという。
私にも「おさわり」を許可してくれたので、ちょっと触ってみた。

大仏は、有名どころでは奈良と鎌倉と宇治の平等院・・・

たぶん全国的には案外大仏の数はあるんじゃないかと思う。

が、おそらく大仏に、それもお顔に触れる大仏となると
ここ上野ぐらいじゃないかと思われる。
まあ、ある意味貴重な体験のできる大仏様ではあります。

なんで上野のはお顔だけなのか?
現地には平成18年3月27日付の読売新聞の記事が置いてあり、
これもいちおうおじちゃんに断って写真を撮らせてもらったので、
かいつまんで近代の大仏の歴史をご紹介します。


時は大正12年(1923)9月1日。
正午前に関東大震災は起こった。

上野公園に近い谷中に住む宮内さんは、友達の家で震災にあい、

家は無事だったが、余震が怖くて外で眠った。

そのうち、あちこちで火災が発生。
火が迫ってきたため親戚の家に避難した数日後、上野大仏のそばを通ったら
お首が転がっていて、空洞になってる内部が見えた。

【「子供心に『仏様』を敬う気持ちがあり、触ったり、いたずらしたりはしなかった。


他にも古老の話が載ってるけど、みんな「まさか大仏が」という気持ちだったらしい。

【現在も大仏を管理する寛永寺の執事長浦井正明さん(68)によると、関東大震災後、
 壊れた大仏は解体したうえで寺で保管し、復元の計画を温めていた。新しい大仏を
 建てる計画も浮上、日本画家の吉川霊華に原図を依頼したこともあったという。

 先の大戦中は、軍需品製造のため、金属類の供出令が出された。胴体や足は差し出したが、
 顔だけは境内のヒノキにくくりつけて残した。「復元するつもりだったから、
 『せめて顔だけは』と隠したのでは」と浦井さんは話す。

 戦後、復活のチャンスはあった。上野観光連盟が昭和30年代、観光振興にと大仏再建
 構想を打ち出した。1967年には、かつて大仏が座っていた場所に仏塔を建てた。
 「大仏再建には、当時で○億~10億円ぐらいが必要だった。浄財を募るため、まず
 『拠点』を作って募金の受け皿にしようということになった。」当時、同連盟の事務局長
 だった石原亮さん(70)は説明する。しかし、連盟はその後、東北・上越新幹線の
 上野駅誘致などに忙しくなり、大仏再建はその脇へと追いやられてしまった。

 「今時、大金をはたいて大仏を造ることがいいことだろうか、と二の足を踏んだ」と
 浦井さんは振り返る。
 結局、保管されていた顔(約1.5メートル)だけの姿で、上野の山に再登場したのは
 72年のこと。以来、30年余り。大仏の全体像を記憶する人はめっきり減った。】


しばらく上野編をお休みしてたので忘れちゃった方も多いかもしれませんが、
記事の中でインタビューを受けている寛永寺の浦井執事長は、
ここまでの上野編で多く参考にさせていただいている
『上野寛永寺 将軍家の葬儀』などを書いた方です。

この記事の見出しは、『仏の顔も 4度の受難』。
うまいこと考えるよな~。

こういう訳で、江戸期に3回、関東大震災でまたお首が落ち、
果ては頭部(つーか、顔)以外は兵器に様変わりしてしまったんだそうな。

ちょっと暗いですが、記事には健在だった頃の大仏様の写真が載ってます↓。


上野・上野公園・大仏パゴダ10-2



両大師あたりで買った『東叡山 寛永寺』という小冊子には、
もっと綺麗な写真が載っている。
が、大仏様の手のあたりにちっこい人間らしきものが見える・・・

これ、心霊写真じゃないよな
と眉をしかめましたが、読売新聞の記事によると、
小泉八雲も大仏の前で写真を撮っているらしいので、
あるいはその写真なのかもしれない。

関東大震災で崩れるまで、上野大仏も人気の観光スポットだったらしい。
驚いたことに、胴体には千社札なんかが貼られていたそうな。

「大仏が座っていた場所に仏塔を建てた」ってことは、
つまりパゴダの位置におわしたってことか。

記事の最後は、ここへお参りに来る受験生の話で締めくくられている。
なんでも、「胴体がないんだから、もう(首が)落ちることはない」
という理屈なんだそうな。

アハハハ・・・
まあ、ものは言いようってゆーか、何事も信心ですな。


雑談 「リベンジ報告」 で第二編の当日におみやげの数々を披露してますが、
珍しい丸い絵馬と大仏飴はここで買ったものです。

飴の方は正直、ビミョ~な味だったんだけど、
「カリー探偵団2」 その他に登場している同僚のチャチャさんにも1コ上げたら、
社交辞令なのか彼女はおいしいと言っていたので、人それぞれなようです(笑)。



さて、第二編ではこの後他へ移動しますが、
第三編でこの付近の取りこぼしを拾いに来たので、
ついでにそちらを紹介します。

大仏様のおわす小山は大仏山ともいうそうで、
大仏山南側にはこんなのがひっそり建っていた↓。


上野3・パゴタ裏



宝塔だな。
しかし、何の解説もないし銘らしきものも確認できなかったので
これがどういうものなのかはわからない。

ただ、笠の上に乗っかってる相輪は明らかに欠損しているので、
元からこの位置にあったかはわからないけど、
おそらく上野戦争以前からあったものだろう。
つまりは、上野のお山全域が寛永寺だった頃からのものと思われる。

宝塔の近くの掲示板にはこんなポスターがあった↓。


上野3・円仁遠忌



慈覚大師・・・円仁(えんにん)か。
御遠忌イベントは平成24年4月1日から平成27年3月31日まで
続けられるらしい。

円仁さんについては、別のところで簡単に書く予定ですので
ここでは話を先に進めますが、ウィキペディアによる円仁さんの生没年は
延暦13年(794)~貞観6年1月14日(864年2月24日)。
あれ?
命日とも関わりがなさそうなお日取りだな・・・

円仁さんはあちこちに足跡を残した方なので、天台寺院、
とくにゆかりの寺では来年まで様々な遠忌イベントが企画されるんだろう。


前回、パゴダのちょうちんの脇から時の鐘が見えてましたが、
大仏山のすぐ南にありました↓(場所は このへん )


上野3・時の鐘



鐘楼の下にあった石組み↓。


上野3・時の鐘2



石自体は割に古そうだけど、雑だし積み直されてるのかな。
上には瓦が数枚載っている。
あるいは旧寛永寺の遺物かもな。


 【時の鐘

  花の雲 鐘は上野か 浅草か

  芭蕉が詠んだ句はここの鐘のことである。
  時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていたが、寛永3年(1626)になって、
  日本橋石町3丁目に移され、江戸市民に時を告げるようになったという。元禄以降、
  江戸の町の拡大に伴い、上野山内・浅草寺のほか、本所横川・芝切通し・市谷八幡・
  目白不動・目黒円通寺・四谷天竜寺などにも置かれた。

  初代の鐘は、寛文6年(1666)の鋳造。銘に「願主 柏木好古」とあったという。
  その後、天明7年(1787)に、谷中感応寺(現、天王寺)で鋳直されたものが、
  現存の鐘である。正面に「東叡山大銅鐘」、反対側には、「天明七丁未歳八月」、
  下に「如来常住、無有変易、一切衆生、悉有仏性」と刻まれている。

  現在も鐘を守る人によって、朝夕6時と正午の3回、昔ながらの音色を響かせている。
  なお、平成8年6月、環境庁の、残したい「日本の音風景100選」に選ばれた。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


時の鐘自体については、小伝馬町にある 石町の時の鐘 の解説の方が少し詳しい。
しかし、不思議なことに石町の時の鐘は「日本の音風景100選」に入ってないらしい。
石町の方のが、歴史もあるし鋳直された時期も宝永8年(1711)と
上野より古いのに・・・
なんでじゃろ?

やっぱ、外枠の外観が悪いのか、はたまた金や運動の成果か・・・
イヤなことを言うと思うでしょうが、たとえば世間では相変わらず百名城が人気ですが、
あれだってね、純粋な視点での選定じゃなく、所在地のバランスとかあって
あーゆー選定になってるんだからね。

だから、都内でいくつも鐘を選定する訳にもいかなかったのかもしれないなって
思ったんだよね。

鐘を間近で観たいと思ったものの、ここからでは入れなさそう。
精養軒の方に入口があるのかな。
てことで、とりあえず真下から。


上野3・時の鐘4



ここも現在の寛永寺の所属のようです。
『東叡山 寛永寺』には、この鐘は除夜の鐘も撞くとある。

あれ?
根本中堂にある 家綱の鐘 も除夜の鐘やるんじゃ・・・
と思って寛永寺のホームページを見たら、やはり根本中堂でもやるらしい。
ただ、どちらも事前の申し込みが必要とある。

・・・何のための申し込み?
鐘が撞けるのかな?
園城寺 のように有料かな?(笑)
まあ、どちらもそんなに広くはないから、入場制限的な意味合いもあるのかもしれない。

でも、鐘なんて響きわたるものだから、上野東照宮あたりにいれば
家綱の鐘と時の鐘とダブルで除夜の鐘が楽しめるかもしれないってことだな。


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最終更新日  2014年05月31日 23時50分38秒


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