戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年06月24日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
おこんばんは~。

「無愛想」から一転、「イケメン先生」に
経過は順調のお墨付きをもらったにも関わらず、
日曜の夜からかつてないほど足が痛み始め、昨日は安静のため休み、
今日は痛みに耐えかねて早退して病院に行った戦国ジジイでございます。

今日はレントゲンは撮らなかったけど、患部は目立った異常はなく、
院長先生に「天候によって痛むこともあるからね~」と言われ、
「薬出しとくからしばらく飲みなさい」と少々あきれ顔で言われてしまいました。

どうも「大げさな奴だ」と思われたっぽいけど、

ウソじゃないもん・・・

ぶっちゃけ、ギプスをしてるとどこが痛いのかわからないので(笑)、
どうも別の場所が痛んでる気もするんだけど、
また金曜日にレントゲンを撮りに行くから、
様子を見てからイケメン先生に相談しよう・・・


さて、長すぎた寛永寺シリーズもいよいよ大詰めですよ~。

場所が今ひとつわからなかったので先に彰義隊の墓と西郷どんの像へ
行きましたが、少し戻って次のお目当てを探しました。(たぶん この辺 )


上野3・天海毛髪塔



 【天海僧正毛髪塔


  天文5年(1536)に奥州会津郡高田郷(福島県)で生まれた。11歳で出家、
  14歳で比叡山に登り実全に師事して天台教観を学び、さらに三井寺や奈良で
  諸教学を学んだといわれる。のちに江戸崎不動院(茨城県江戸崎町)、川越喜多院
  (埼玉県川越市)などに住し、徳川家康の知遇を受けた。

  元和2年(1616)家康が没すると、その神格化にあたり権現号の勅許を計り、

  帰依を受け、江戸城鎮護のため上野忍岡に寺院の建立を進言し、寛永2年
  (1625)に寛永寺を創建した。

  寛永20年(1643)に子院の本覚院にて108歳で示寂。遺命により日光山に
  葬られ、この地(旧本覚院跡)には供養塔が建てられた。後に本覚院伝来の毛髪を
  納めた塔も建てられ、毛髪塔と呼ばれるようになった。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


うむ・・・

別名を「どちて坊や」とした方がいいんじゃないかと思うくらい、
あちこちで素朴な疑問(←ツッコミ)が湧いてくるわたくしは、
もちろんここでもあれこれ妄想しました。

そもそも天海は坊さんなのに、なんで毛髪塔?

いや、あくまで頭は剃ってるからハゲな訳で、
毛根が死んでない限りはほっとけばちょぼちょぼ毛は生えてくるんだろうから、
頭のお手入れをした時に大事に数ミリの頭髪を取っておいたのか?

それにしたって、せいぜい寛永寺創建以後ぐらいの話だろうから、
寛永寺ができた年ですでに90歳近いってのに、
そんなに元気よく生えてくるもんだろうか?
それとも体毛とか

も~う、色々考えました。

ま、それでも世の中には私と同じ疑問を抱く方もいらして、
その方がまた別の方から教えてもらった話によると、
古い寺院などでは高貴な方の遺髪を持っているケースがあり、
それが誰の毛なのか寺院サイドではオープンにしないものの、
高貴な遺髪の塔を建てることが寺社のステータスにつながる、
ということらしい。

なるへそ。
あらためて解説文を見ると、まず最初に天海の本体は日光へ行っちゃったけど、
現在毛髪塔のある、かつての本覚院には天海の供養塔が建てられた。
そのあとで「本覚院伝来の毛髪を納めた塔も建てられ」たって流れなのか。

寛永寺教化部発行の『東叡山 寛永寺』ではこんな解説になっている。

 【天海大僧正は、寛永20年(1643)10月2日に108歳で示寂
  されました。墓所は日光山輪王寺慈眼堂御廟にありますが、当山には
  山内子院の本覚院第一世の晃海が供養塔を建立し、後に同院に伝来
  されていた毛髪を納めた宝塔も建立されました。】

ふむ。
ここも「毛髪」の主が書かれてないし、そもそも「天海僧正毛髪塔」って
名称だからつい「天海の毛髪塔」って思いこんじゃうけど、
正しくは「天海供養塔+どなたかの毛髪塔」ってことなのね。

なんだ、天海の毛が納められてると思って寄ったのに・・・


ところで、『東叡山 寛永寺』の方の解説文ですが、
「本覚院第一世の晃海が供養塔を建立し」とありますね。
晃海・・・
この名前、覚えてますか?
穴稲荷 を再興したと言われてるのが、晃海さんです。

穴稲荷の記事を書いた時、無知なわたくしは同じ「こうかい」だから
寛永寺第二世の毘沙門堂公海のことかと思って堂々とそう書いた。
ところが、公海とは別に、天海の弟子に晃海さんもいたそうなんですよ~。
なんてこと・・・

公海もジミーだけど、晃海はもっとマイナー。
が、一体どんな人だったのか調べてみたところ、
どうも公海と同じく京の公家の出らしい。

父は本姓・中原の平田職忠(もとただ)。
このパパは地下官人(昇殿が許されない廷臣)だったが、
【息子晃海が師の天海とともに徳川家康に仕えたことから江戸幕府の評価も高く、
慶長年間以後蔵人方地下官人を統率する催官人の地位に挙げられた】
(ウィキペディアより)というので、たぶん本覚院晃海のパパで間違いないと思う。

「天台宗 東京教区」様のホームページによると、

 【本覚院は、江戸城内紅葉山山王社移転に伴い、東叡山寛永寺子院・山王社別当
  として寛永14年(1637)に創建されました。

  それまで江戸城内の鎮守として城内に祭られていた紅葉山山王社に代えて、
  東照宮をもって江戸城の鎮守とするという三代将軍家光公の命によって、
  旧山王社は寛永寺内に移転されることになりました。

  その際、寛永寺開基・天海僧正ご自坊を以ってその地に当て、天海僧正の
  弟子であり、又、紅葉山山王社別当寺・城琳寺住職であった晃海僧正
  (初代寛永寺執当)を住職とし、肥後細川家が檀越となり、山王社別当として
  本覚院が創建されました。】

だそうな。

もみじやま・・・
江戸城内の寺社の変遷はごちゃごちゃしてはっきり言ってよくわからない。
江戸城鎮守の山王社は、また別にあるんですよ。
何年か前に初詣に行きましたけどね。

けど、この解説を見るに寛永寺山王台にあった山王社は
紅葉山のを移してきたってことになるのかな。
それで、紅葉山の別当だった晃海がセットで付いてきて
本覚院ができたという流れになるらしい・・・

ただし、後代の絵図には山王社に並んで本覚院が描かれているのに、
延宝期(1673~1688)の絵図には山王社の近くには
本覚院が描かれてないので、一時的に名称変更でもあったのか、
あるいは別当がほかの子院へ移った時期でもあったのか。
ちょっと手持ちの資料では詳しいことはわかりませぬ。


毛髪塔の入口には、ガイジンの観光客も多い上野らしく
英語で標識が建っている。

 【HAIR PAGODA FOR PRIEST TENKAI】

そうか、英語にするとパゴダになるのか
ニヤニヤしながら、中へ。


上野3・天海毛髪塔3



前に建つ灯篭も、いかにも古っちい↓。


上野3・天海毛髪塔4



上野3・天海毛髪塔5



 【厳有院殿 尊前
  延宝九年五月八日
  従五位下摂津守源姓太田】

・・・ダメ、摩耗してもう読めない

厳有院は4代・家綱。
ウィキペディアにある死没年月日は延宝8年5月8日だから、
ちょうど1周忌の日付か。

この年代で太田摂津守だと、灯篭の奉納者は第2代浜松藩主・太田資次と思われる。
父・資宗は家光の6人衆。
祖父・重正は お梶 と兄妹とのウワサのある方。

まあ、家綱への灯篭がここにあるのはいいですよ。
かつて霊廟にあった灯篭があちこちに移動してるのは
これまでも色々見てきたしね。

しかし、この灯篭の裏面には

 【慈眼大師毛髪塔寶前】

と大きく刻まれているのだ。
これは一体・・・

フツーに考えれば、旧寛永寺時代にこんなことするとは思えない。
ので、明治以降にここに持って来られた時に追刻されたと思われるけど、
それにしても大胆な・・・
いずれにせよ、これは間違いなく天海の供養塔へ奉納されたものじゃない。


さて、正面からの全景を撮った写真ではど真ん中に高い石柱が建ってますが、

 【帰命東叡開山慈眼大師 贈大僧正法印大和尚位
  当寺開基 晃海】

とある。
「贈大僧正」の後は「法卯」のようにも見えるけど、
それじゃ意味がわからないので「法印」と思われます。
「当寺開基」は本覚院のことを言ってるんだろうな。

ぱっと見、この高い石柱が「天海毛髪塔」のようですが、
実は後ろにメインが隠れてます↓。


上野3・天海毛髪塔7



石造りの宝塔スタイル。
正面に何やら刻まれてるけど、ちょっと読めないなあ。
側面には梵字のようなものが刻まれている。

宝塔の台座にも「弟子ナントカ」とか刻まれてるんだけど、
これも読めないなあ。
とにかく写真がブレまくりで(笑)。

ここも今後の宿題だな。
(宿題ありすぎ・・・)


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最終更新日  2014年06月24日 22時32分03秒


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