戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2014年06月26日
XML
カテゴリ: 上野と寛永寺
天海毛髪塔の裏手には、大きな石碑がある↓。


上野3・博士王仁碑


上野3・博士王仁碑2


 【博士王仁碑

  「古事記」などによると、王仁(わに)博士は古墳時代前半に百済国から渡来し、
  「論語」・「千字文」を伝えた学者であり、後に帰化したとされる。また、その
  子孫は文筆をもって朝廷に仕えたといわれる。

  この「博士王仁碑」二基は、王仁博士顕彰会により、昭和15年(1940)及び
  昭和16年(1941)に建立された。】


このすごく立派な石碑のすぐ脇にも何やら立て札があって何かと思ったら


上野3・博士王仁碑3


 【菅公詠梅

  東風吹かばにおいおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ】

とあるだけで、この梅の木を大宰府から移したとか
そういう説明はさっぱりなので、ここにある意味が皆目わかりませぬ。


さて、第三編ではこの後出口の方へ向かいましたが、
「ケージョー」と「春の寛永寺」で補足の写真を撮ったので少しご紹介。
まずはパゴダの入口付近↓。


上野4・摺鉢山付近



もしかして寛永寺時代の遺物なのか?
随分大きな石だしな・・・

ここから参道に出た光景↓。


上野4・旧吉祥閣付近参道



これがかつての寛永寺の参道で、

写真に写ってる洋服の現代人を、着物を着た江戸時代人に置き換えて
ご覧ください(笑)。

それで、写真の左手に向かうと小山があります。
上には何があるという訳でもないし、正月の時にはカップルが座ってたので
登ったところの写真はありませんが、小山を下りた反対側を春に撮りました↓。


春の寛永寺・摺鉢山



 【摺鉢(すりばち)山古墳

  摺鉢山は、その形状が摺鉢を伏せた姿に似ているところから名付けられた。
  ここから弥生式土器、埴輪の破片などが出土し、約1500年前の前方後円
  形式の古墳と考えられている。現存長70m、後円部径43m、前方部幅は
  最大部で23m。後円部の道路との比高は5mである。

  丘上は、かつての五條天神、清水観音堂鎮座の地であった。五條天神の創立年代は
  不明であるが、堯恵法師は「北国紀行」のなかで、文明19年(1487)に
  忍岡に鎮座する五條天神を訪れた際、

    契りきてたれかは春の初草に 忍びの岡の露の下萌

  と、うたっている。現在、上の公園忍坂脇に鎮座。
  清水観音堂は、寛永8年(1631)寛永寺の開祖天海僧正により建立されたが、
  元禄年間(1688~1703)初めごろ寛永寺根本中堂建立のため現在地に
  移転した。現在、丘上は休憩所となっているが、昔のまま、摺鉢の形を保っている。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


はい、解説にある通り、ここがかつての 五條天神社 があった場所であり、
その後、 清水観音堂 が最初に建てられた場所でもあります。(場所は こちら )

にしても、上野に古墳があったなんて初めて知ったぞ。

上は休憩所とあるけど、ベンチが1つ2つあるくらいで
現在はどうということもない小さな丘だけど、
少し前まではこの辺て木立で薄暗くて、心中事件が続いたとかなんとかって
何かの本で読んだなあ。



では、第三編に戻りまして、西郷どんの先にある階段で山王台を下ります。
その辺の広いところがかつて寛永寺の黒門があった場所で、
上野戦争では激戦があった場所とされる。
・・・が、現在では至ってのどかです。


上野3・黒門付近4



上野3・黒門付近3



↑振り返って山内方面を見たところ。
右にあるのが山王台へ上がる石段だけど、
確か旧寛永寺時代にはこの階段はなかったんだよな。
で、そのさらに右手にかつて「新黒門」があった。

写真の左手奥に見えてるあたりは、かつて黒門があった場所と思われる。
江戸城を出て寛永寺へ参詣に来た将軍が使ったのもここの門。
ただし、黒門の脇に将軍専用の御成門があってそれを使っていた。

そしてこの噴水、水の供給源は


上野3・黒門付近2



上野3・黒門付近



清水観音堂でぱらぱらと降り出した小雨は、
なかなか止まない。
が、もともと雨の予報じゃなかったんだし、
なんとかなるだろうと山内を出る。

上野公園を出た光景↓。


上野3・広小路付近



この辺は京成の駅があるせいもあってかすごく変な地形だな~と
いつも思ってたんだけど、歴史を知れば何てことないッス。
この先は、明暦の大火後に火除け地として作られた、「広小路」なんです。
( 「本所Wデビュー(28)」 参照)

付近にあった解説版の地図を拝借してこの辺を説明しますと、
こうなってます↓。


上野3・元黒門町-3


上野の広小路は現在では地名として残ってはいないけど、
JRや京成でこの辺に出る出口は「広小路口」なので、
由来とか意味はわかってなくても、この辺が広小路だという認識は
現代人も持ってます。

この頃にはちょっと本降りの様相を呈してきた。
ううっ、ここまで来たら、あともうちょっと回りたい・・・

で、この先のコンビニでとりあえずビニール傘を買おうと思って急いでたので
写真はありませんが、上の写真のすぐ先にはかつて不忍池からの
唯一の流水路である忍川が流れており、そこに3つの橋が架かっていた。
3つの橋なので、「三橋」(みはし)と呼ばれる。

3つの橋のうち、真ん中が将軍専用の橋。
パンピーは脇の橋を渡ることになっていたそうな。
京成の駅入口の裏側あたりには三橋跡の碑でもあるかもしれないな。

実際の「上野広小路」は三橋の先にある広い通りなので、
上の写真に写ってるあたりはまだ寛永寺の敷地になるんじゃないかと思うけど、
上野のお山の南の先っぽにあたるこの場所は
「寛永寺デルタ地帯」とでも呼ぶのがふさわしいような
細長い三角形の地形になっている。

三橋から黒門まではそこそこ距離があるので、
広小路に連続するこの寛永寺デルタ地帯も、火除け地の意味もあったかもしれない。


忍川は現在ではもうありませんが、見えない忍川を渡ったあたりに
コンビニがあったので、ビニール傘を調達。
で、不忍池に沿って少し歩くと、上の図で「忍川」と書いたあたりに
解説版があった。

 【旧 上野元黒門町

  本町の町名ははじめ、上野黒門町と呼ばれていたが寛永3年(1626)に
  新・元の二町になったことによって起立した。町名の由来は、寛永2年
  (1625)に創建した東叡山寛永寺の門が黒いことからこう呼ばれていた。

  元禄10年(1697)、幕府は広小路を造るため町内東側の地を長さ85
  メートルにわたり、御用地として召上げた。このため町域は狭くなったが、
  その後形成されていった仁王門町や仁王門前上野家来屋敷等を明治2年(1869)
  に合併して、町としての形態を整えた。昭和39年(1964)、住居表示の
  実施で全域、上野二丁目に編入された。

  上野黒門町は上野山内の出入口、不忍池に面して町があった。不忍池が四季の
  風光に富んでいたせいか、江戸、明治を通じて著名な料理屋が多かった。現在も
  料理屋は多い。また、不忍池畔には下町風俗資料館があり、下町の文化や風俗を
  資料として保存、展示している。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)



ご~よ~お御用のこ~えが~す~る~


「ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイヨイ!
めでてえな!!」
でお馴染み、「伝七捕物帳」のオープニングテーマですが、
黒門町がどこかなんて考えたこともなかったけど、
これって寛永寺に由来する町名だったの~!?

地図を見ていてこの辺がかつての黒門町だと知ったので、
ちょっと寄る気になっただけなんだけど、「黒門」に由来する町名なのは
わかるものの、なんの「黒門」なんだろうと思ってたんだよね。

そっか、伝七はこの辺にいたのか(←架空の人物です)。
この先はかつての「池之端仲町」なので、
錦袋円の店 もこの辺にあったと思われます。

解説の通り、「黒門町」の町名はもうありませんが、
近くにはわずかに名残りをとどめるものもあります。
それがこちら↓。


上野3・元黒門町2・黒門小学校


上野3・元黒門町3・黒門小学校


いいねえ、こーゆーの。
て、これだけを見にこの小学校に寄ったわたくし・・・


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2014年06月26日 22時03分47秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: