戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年06月29日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
お稲荷様の前にも、古そうな石仏が並ぶ↓。


上野3・湯島聖天24


こちらの自慢は円仁作といわれる御本尊様だと思うけど、非公開。
ただ、一般向けの目玉商品もある。
それがこちら↓。


上野3・湯島聖天26・柳の井


 【江戸名水 美髪・厄除 柳の井

  江戸時代の文献『江戸砂子』『紫の一本(ひともと)』などの「柳の井 男坂下」
  の項に、「この井は名水にして、女の髪を洗えば如何ように結ばれた髪も、はらはら

  と記されている。

  柳の井は古来より水枯れもなく、数滴髪に撫でれば水が垢を落とすが如く、髪も心も
  清浄になり、降りかかる厄難を佛ってくれると伝えられている。関東大震災の時には、
  湯島天神境内に避難した多数の罹災者の生命を守った唯一の水として、当時の東京市長
  から感謝状を受けた。】


湯島聖天の表にある解説版によると、この柳の井戸があることから柳井堂と呼ばれたそうな。
柳の井の近くには、使い方が図解されていた↓。


上野3・湯島聖天25



私はくせ毛で、髪には昔からコンプレックスがあるので、
ここの水盤に頭ごと突っ込みたいぐらいですが
ほっといても雨で濡れているので、この霊水を撫でつける気にはなれませんでした。



ロクな写真を撮ってなくてすみません


出て右に向かうとすぐ、湯島天神の坂がある↓。


上野3・湯島天神・天神坂(男坂)


これは男坂。
この上で女坂と合流する。


うちでは千代田線の湯島駅からまっすぐの場所にあるこの坂から入るのが恒例。
ただ、ここへ初詣に来てたのは娘たちが学生の頃で、
成人してからは家の近くにある氏神様へ初詣するようになったので、
わたくしがここへ来たのはかなり久しぶり。

当時は日付が変わる頃にここに並んで、初詣を済ませた後で
正月特別運行の電車に乗って帰るだけ。
学生の頃は日本史や寺社に興味はなかったし、
そもそも大昔のことなので湯島天神以外のことはほとんど記憶にない。

ので、湯島聖天の前を通りかかった時も

「こんなんあったっけ~」

って思ったし、男坂の脇にこんなのがあったのも覚えてない↓。


上野3・湯島天神・天神坂下


あっ、お堂の全景の写真がない
湯島ではロクな写真を撮っておらんな。
っつっても、この後は撮影の嵐なのですが(笑)。


 【復興地蔵尊由来  佐久間達夫氏遺稿より

  1923年(大正12年)9月1日の関東大震災は東都に未曾有の惨禍をもたらした。
  (死者・行方不明者約10万人超)
  当時の町会長を中心として、有志は罹災者の安寧と早期の復興を願い、元禄7年より
  約300年来火伏寺としての伝統を持つ心城院の協力を得て「災害復興地蔵尊」
  (向って右側)を当地に建立し、震災で亡くなった方々の冥福と地元の平和発展を
  祈った。

  その後、1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲では、隣接町会がほとんど
  焼土と化したなかで、当町会は一軒の損失もなくその難を免れた。これは「お地蔵さん」
  の御加護によるものと往時の人々の心に深く刻まれた。

  左に奉安の尊像は、戦後復興の兆しがみえてきた頃のある朝、突如出現された。
  由緒こそ定かではないが、お心安らかなそのお顔はいつしか「幸せ」を呼ぶ地蔵尊として
  親しまれている。

  この二体の地蔵尊は、地元天ニ町会をはじめ近隣地域の大切な守護尊としてその繁栄を
  見守っています。毎年9月1日には宝前で供養会が営まれます。
  天二町会
  天二町会リサイクル推進委員一同】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


ほお!?
なかなか興味深いことが書いてあるな、この解説板・・・

まず心城寺(湯島聖天)が出てくるけど、「元禄7年より約300年来
火伏寺としての伝統を持つ」だって。

あるいはそれは、神宮寺であったであろう湯島天神別当の喜見院が
「火伏せの寺」という伝統を持っていたんじゃないかって気もするけど、
廃絶してしまった喜見院の伝統を受け継ぐ心城寺が
現在では火伏せの寺と見なされてるってことだな。

それから、心城寺の縁起には確かに東京大空襲で被害を受けなかったとあったけど、
ここも「当町会は一軒の損失もなくその難を免れた」とある。
そうなのか、この辺は大丈夫だったのか・・・

今年も夏が近づいてきたので、また隣国からの抗議という
いつもの話題が繰り返されるのだろうと思うとうんざりしますが、
東京への空襲は3月10日以降も繰り返され、市街地の50%を焼失。

米軍では日本家屋や町の構成なども徹底的に研究した上で、
木造家屋の密集する下町を中心に狙ったというから、
民間人への無差別攻撃・大量虐殺と言っていいと思う。
もちろん、本土への空襲は皆様も御存知の通り、各地でも行われていますが。

原爆と並び立派な戦争犯罪だろうと私は思うのだけど、
サンフランシスコ平和条約があるから、日本は今さら賠償を求めたりはしない。
去年も安倍内閣が東京大空襲についての答弁書を出したらしいけど、
(おそらく晋三君個人としては追及したい気持ちアリアリだろうに)
かなりぼかした言い方をしている。

国交正常化って、そういうものでしょう。
だからと言って、それによってすべてがチャラになる訳ではないけどね。

ただ、先の大戦当時と今とでは世界情勢が全く違う。
植民地バリバリの時代のことを、今の価値感でどうこう言うのは
おかしいんじゃなかろうか。
特に、隣国の方々には政治のカードに使うのはやめていただきたい・・・
いつもそう思ってTVを見ています。


話がそれましたね。
この事に関しては、言いたいことは山ほどありますが(笑)、
今は湯島の紹介をしているので現地に戻りましょう。


 【天神石坂(天神男坂)

  38段の石段坂である。別名は天神男坂。すぐわきにある、ゆるやかな坂・女坂に
  対して男坂という。江戸時代の書物”御府内備考”によると、湯島神社(天神)
  参拝のための坂であったが、その後、本郷から上野広小路に抜ける通り道に
  なったという。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


湯島天神の境内はあまり広くないし、他にも入口があるので
初詣の時には入場制限がかかり、ここの男坂で待たされた覚えがあります。
ここを上がると、石鳥居↓。


上野3・湯島天神1


鳥居の脇にはこんな石碑がある↓。


上野3・湯島天神2



 【講談高座発祥の地

  江戸時代中期までの講談は、町の辻々に立っての辻講談や、粗末な小屋で
  聴衆と同じ高さで演じられていた。文化4年(1807)湯島天満宮の境内に住み
  そこを席場としていた講談師伊藤燕晋が、家康公の偉業を読むにあたり庶民と同じ
  高さでは恐れ多いことを理由に、高さ三尺、一間四面の高座常設を北町奉行小田切
  土佐守に願い出て許された。これが高座の始まりであり、当宮の境内こそ我が国
  伝統話芸、講談高座発祥の地である。】
  (碑文より。漢数字は戦国ジジイが変換)

へえ、「高座」にそんないわれがあったなんて・・・

振り向いて男坂を見降ろしたとこ↓。


上野3・湯島天神3・男坂上から


こちらが鳥居の向かって右側にある女坂↓。
踊り場がある分、ゆるやか。


上野3・湯島天神4・女坂上から



ではこれより境内に入りま~す。
普段の時に来たのはたぶん初めてだと思うけど、
屋台が結構立ってるなあ。
ちょっと写真撮りづらいなあ。

男坂からだと、脇から入る形になる。
表参道に合流する前には、狛犬↓。


上野3・湯島天神6



天神様らしく、台座も小洒落ている↓。


上野3・湯島天神7



上野3・湯島天神100



 【湯島神社は湯島天満宮、湯島天神として全国津々浦々まで知られている。
  雄略天皇の勅命により、御宇2年(458)1月創建と伝えられ、天之手力雄命を
  奉納したのがはじまりで降って正平10年(1355)2月郷民が菅公の御偉徳を
  慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請した。

  文明10年(1478)10月太田道灌これを再建し、天正18年(1590)
  徳川家康公が江戸城に入るにおよび特に当社を崇敬すること篤く、翌19年11月
  豊島郡湯島郷の内5石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き
  文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。

  その後林道春、松永尺五、堀杏庵、僧堯恵、新井白石など学者文人の参拝たえること
  なく続いた。徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよびこの地を久しく文教の
  中心として、当天満宮を崇敬したのである。明治18年に改築された社殿も老朽化が
  進み、平成7年12月後世に残る総檜木造りで造営された。】
  (現地解説板より)


湯島天神のホームページには、【明治維新以前は上野東叡山寛永寺が別当を兼ね、
喜見院がその職に当った。】とある。

うん、やっぱ喜見院は寛永寺グループの一員だったんだな。
なら、円仁作とされる仏像が心城寺にあるのも納得できる。
将軍家と輪王寺宮のご威光で巻き上げ・・・ムニャムニャ。

長い歴史の中では、やはり湯島天神も火災の被害にあったらしく、
元禄16年(1703)には社殿が全焼したとホームページにある。


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最終更新日  2014年06月29日 22時07分59秒


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